Entry1
忘れえぬ日々
小笠原寿夫
次の日の仕事は、前の晩から始まっている。くたびれた身体でバネットに、道具、本体、材料を積み込んでいく。全ての確認を終えたところで、明日の朝に備えて、ライトエースで大阪から神戸へ、高速道路で家路に向かう。
今日の現場は、「新規の壁付け、MAPS」。昨晩、BOSCHの予備で積んでおいた重たいHILTIがバネットの荷台でガタゴトと音を立てている。カーステレオのラジオは、昨日の阪神タイガースの試合を振り返っている。
“ほんまに井川が情けない!今年の阪神どないなっとんねん!!”
パーソナリティーの怒号は鳴り止むところを知らない。勝てば「六甲おろし」を歌うところだが、昨日は“エース井川”が散々だったらしい。そんな日は、多少、気も滅入る。
9時過ぎに現場に到着して、スナックのマスターも務めているある電気屋さんが、まずビルの屋上の様子を見に行く。実はこの人、すごい人で、ここでは正体を明かさないが、父とスナックで飲んでいるときに知り合った。
エレベーター機械室にある電気屋さんが入り、電源供給箇所を探す。その隙に屋上にブルーシートを敷き、本体(MAPS)、3共BOX、ポールにアンテナ、金具、道具類、材料類などを並べる。手元(先輩に必要な道具を渡す見習いの仕事)のぼくは、アンテナと同軸ケーブルをスパナで繋いだり、足りない材料を車に取りに行ったり。ベテランの先輩方がBOSCHで壁に穴を開け、アンテナ取り付け金具、3共、本体の金具をボルトで固定する。
「おい!17のガチャ用意しとってくれ!」
先輩の声に、いつも何かしら威圧感を感じつつ、おぼろげに覚えた道具をバッカンに入れ、ロープのフックに引っ掛ける。
アンテナポールが無事に立ち、水平器で真っ直ぐに立っているかどうかを確認しながら、セットハンマーでアンカーボルトを打つ。
アンテナポール、本体、3共が備え付けられたところで、昼食。仕事に疎いぼくは、ある電気屋さんや先輩方の話を聞くのが精一杯である。まるで、虫のように食事を頬張る姿は、周りの先輩方にどれ程、不快感を与えたことだろうか。
約一時間休憩の間に、煙草やジュースを飲んで、疲れを癒す。ある電気屋さんの下に集まった、(ぼくを含む)3人の電気屋は昼からの仕事のことで頭がいっぱいである。
「さぁ、始めよか」
この合図に3人は動き出す。
一人の先輩が配管のためのVE管とPF管の長さを目分量で告げ、ぼくは、それに従い、パイプカッターとスケールを使い、切り分ける。
「ついでにコンビネーションも2個ぐらい持って来て。」
ぼくは、確認もせず、車に向かって、エレベーターを下りる。バネットの鍵で後ろのドアを開け、引き出しを漁る。やっとそれを見つけて、エレベーターに乗り込み、屋上で布のバッカンにそれらを入れて、ロープで上に上げると、上のほうで怒声が聞こえる。
「これコネクターやないか!」
「すいません!間違えました!」
「VEとPF繋ぐやつや!ええ加減に覚えんかい!!」
「すいません!」
この仕事を始めて何回「すいません」を言ったか知れない。
一人の先輩が、アンテナをポールに取り付け、角度を合わせている。
もう一人の先輩が、配管のためのハンガーレールをドリルとビスと充電ドライバーで壁にくっつけている。壁に穴を開けたら、コーキングで防水処理をするのが、基本である。
ある程度、作業が進むと手元の仕事は手持ち無沙汰になる。ぼくは荷物をバネットに下ろすよう命じられる。そこへ、ある電気屋さんから会社のPHSで呼び出される。2階のMDF盤まで来いとのこと。そこから屋上までビル内に通信線を這わす。それを「青白・黄白・緑白・赤白・青茶・黄茶…」の順に、本体に繋いで、エレベーター機械室から電源線を繋げば、作業は完了である。最後にMDFの通信線に丸札をつけて、自社名と「PHS」とを書く。すると親会社の親会社から、お金が貰えるという算段である。
この時点で6時前。これから事務所に帰って、明日の積み込みをする。
へとへとになった身体はライトエースの後部座席で、それでも休まることはない。
余談ではあるが、その年、阪神タイガースは優勝した。
仕事は始めるときより潮時が肝心である。この仕事を半年ばかり続けた頃だろうか。疲労とストレスで、もう何もかも終わってしまえばいいと思った。夜の夜中、皆が寝静まった頃、ぼくは睡眠薬を一粒ずつ飲んでいき、水をがぶ飲みして、布団に入った。
「これで全て丸く収まる。」
何を勘違いしたのか、そう言い残すと、ぼくは布団の温もりに身体を任せた。静かに、苦しまずに死ねるならそれが一番いい。でもそれは間違いだった。
「命を懸けてまでする仕事ではない。」
後日、洗いざらいを話した医師に、そう告げられた。救われたなと思った。先は長い。のんびり行こう。ぼくは生きている。それだけの他人の支えがあって、なぜここまで苦しむのか。人は忘れていく生き物。苦しみも喜びも感動さえも。
きっちりケジメをつけようと思ったのは、仕事に行かなくなって、約一ヵ月後のことだった。ある電気屋さんのPHSに電話をかけ、貸していただいた作業着とPHSを返した。散々、嫌味も言われたがそれも仕方ないと思った。ただ、ある電気屋さんへの恩は忘れようとも忘れられない。初めて腰道具を巻いて、ラジェットを握ったあの腕の感覚と共に。
・ある電気屋さんから学んだこと
「まずは仕事の流れを覚えろ」
「男は結婚より仕事や」
「考えてから質問しろ」
「仕事覚えたかったら努力せえ」
「生きてるうちに頭使え」
「勉強だけはしとけ」
「目に力入れ」etc.