Entry1
山吹
トキオ
山吹
登場人物 大田道灌 その家来計3名・山小屋の娘・僧 嶽然
1 武蔵国 越生のある鄙びた小屋にて
-戦国時代のある春の日、武将である大田道灌及びその一行が父である大田道真を訪ねる途中、武蔵国の越生近辺に来ている。周辺はひどく寂れて山と林のほか何もない。その道中雲行きが怪しくなり、大雨が降り始めてしまった。-
大田道灌: いや全くもって今日は途中より大雨に見舞われ、さんざんな一日であった。皆の者、とりあえずこの雨をしのぐためどこか探すのじゃ。よいか。
-道灌ら一行は雨しのぎをするため、一軒の古びた山小屋を見つける。-
大田道灌: あれに見えるは一軒の小屋ではないか。これは助かった。あの中にとりあえず逃げ込ませてもらうこととしよう。
家来の者の一人: 殿、しかし時間はそろそろ日暮れにございます。とりあえずどこか宿場に行き着きませぬと、物騒な追剥ぎや不埒な輩に遭遇しないとも限りませぬ。いかがでしょう、もし殿の蓑が一着、あの山小屋の主人から借りられることができれば。これは便利かと思われますが。
大田道灌: そうじゃのう。ひとつ頼んでみることにしよう。
-大田道灌ら一行は鄙びた山小屋の扉をたたく。-
大田道灌:頼もう。雨にあって困っている。
-暫くの時間を経て、二十歳前後の若く美しい娘が姿を現す。-
娘:何事にございましょうか。
大田道灌: 余は大田道灌左衛門大夫である。余の父君をたずねてこの近辺を旅しておるところであるが、このにわか雨に祟られ難儀をしている。すまぬがその方に、箕がひとつあれば貸してはもらえぬかと頼むのだが。
-娘、当惑した様子で奥に入る。-
その家来の者の一人: かかるあばら小屋に娘一人とは奇妙なことに御座います。
その家来の者の一人: 左様。このような辺鄙な地に何ゆえあのような娘が住んでいるので御座ろうか。だれか一緒に住んでいるので御座ろうか。
大田道灌: 左様な無粋なことを聞くまでもないことじゃ。捨ておけい。
-暫くの後、娘は一輪の山吹の花を持って大田道灌一行の前に姿を現す。-
娘: かようなあばら家にあるものは山吹の花一輪のみにございます。
-大田道灌ら一行不機嫌を呈してくる-
その家来の者の一人: この小娘の分際で何を申すか。われら一行は道を急がねばならんのだ。しかもこのような大雨に見舞われ、困るに困りきって、このように我が殿がお前にお頼み申しているのにもかかわらず、山吹の花一輪を持ち出すとはいったい何たるしぐさか。
-娘の表情が白く変化する。-
その家来の者の一人: ええい。この刃のもとに切り捨ててくれようか。
-その家来の者の一人、刀を抜き娘に切りかかろうとする。娘はたじろぎ、震えて無言のまま控えている。大田道灌が入る。-
大田道灌: (家来一行に対して。)まあよい。よいではないか。その方どもも控えるのじゃ。(娘に対して。)わしが頼んだのは箕一着であり、かような山吹ではない。おぬしの家には箕がないと申すののじゃな。どうじゃ申せ。
-娘、無言で控えながら、首を縦に振る。-
大田道灌:そうであろう。わしら一行の者は気が荒く、無粋なところがあり取り乱したところを見せて悪かった。しかしこの大雨だ。すこし雨宿りをさせてもらうというわけにはいかんだろうか。男3人が娘一人住まいに頼むのもなんじゃろうとおもうが。
-娘、無言で控えながら、首を縦に振る。-
* * * * * * * *
-暫くの後、雨は止みはじめる。が・・・-
その家来の者の一人: あの娘は我々を何者とおもうのか、茶一杯くらいのもてなしがあってよかろうはずと思えるのに。少なくとも殿に対して・・
その家来の者の一人: 先ほどからへいつくばってぶるぶると震えているではないか。
その家来の者の一人: 左様。左様。
その家来の者の一人: しかしかわいい娘じゃないか。わしらで手篭めにしてはどうかな。
-その家来の者どもは悪魔のような微笑をもらす。-
大田道灌: 者ども。わしら一行はただの客人に過ぎぬ。つまらぬ考えに染まってはいかん。
* * * * * * * *
-夜に入り、雨もようやく止んだようである。道灌ら一行も娘の家を離れ宿場に行くときが来た。-
大田道灌: 雨も止んだ。いよいよ出かけるとしよう。娘。世話になったな。それでは、さらばじゃ。
家来たち: さらばじゃ。
- 道灌 表に侍らせていた馬に乗る。家来一行はそれに続く。娘は相変わらず無言で控えている。娘が差し出した山吹の花一輪は玄関に置かれたままで、道灌ら一行の興味を引かぬまま、土にまみれている。道灌ら一行は漆黒の闇の間に消えてゆく。残されたのは娘一人のみである。-
* * * * * * * * *
2 ある伽藍にて。
-大田道灌、武蔵国越生であった奇妙な物語をある伽藍にて僧都嶽然に語る。-
大田道灌: いやはや、その後もわが家来が行く道を間違えてしまい、宿屋に着いた時刻が丑三つ時となって大変な一日であつた。皆の者、へとへとになってしまった。
嶽然僧都: いかにも。
大田道灌: しかし奇妙な話には御座らぬか。あのような辺鄙な土地に若い娘が一人で住んでいるということが。
嶽然僧都: いかにも。
大田道灌: さらに奇妙なこととして、その娘が山吹の花一輪を持ってきたということだ。一体どうして山吹の花をもってこなければならなかったのか、それがしには皆目見当がつかぬ。ないならばないとはっきり言ってもろうたほうが、それがしの家来をあまり怒らせることもなくて済んだと思うんだが。わしの家来はどうも単刀直入で困る部分もあるんじゃが。あの娘の歯にものの詰まったような言いぷりは、あの地方独特の風習なのか。それとも何か意味があるので御座ろうか。碩学として名高い僧都にひとつ聞いてみようと思い来てみたのだが。どうで御座ろうか。
-僧都暫く考える。-
嶽然僧都: それがしににも釈然としないところがございます。
大田道灌: どういうところだ。
嶽然僧都:「七重八重花は咲けども、山吹の実のひとつだになきぞ悲しき。」という和歌があるということを殿はご存知か。
大田道灌: いや、知らぬ。
嶽然僧都: 後拾遺和歌集にある和歌にございます。どうしてそのような山奥の辺鄙な土地の若い娘に、咄嗟にそのようなことを言うことができたのか。それがしにもよくわかりませぬ。殿が蓑をその娘にお頼みになられたが、きっとその娘も窮していたのでしょう、なき悲しみを山吹の花としてあらわしたかったのでしょう。しかし何と雅な話ではございませぬか。それに対するご家来たちの対処の仕方はなんとも無粋としか言いようがございません。
大田道灌: そうか。そうだったのか。それがしもそれとは知らず悪いことをその娘にしてしまった。
-道灌、縁に出て、伽藍の庭園を眺める。広大な庭には池があり、周りに石垣を廻らせている。池の中心には島が作られており、石垣と島をつなぐ橋があたかもあの世とこの世とをつなぎとめるかのように掛かっている。朱で深紅に塗られた橋は、あたかも天女が羽衣を着けて緩やかに昇天していくようなありさまである。周囲には何百年もわたって育まれてきた松や杉、楓の木などが鬱蒼と茂っている。蛙の声が聞こえるほか、あたりはひっそりとしんとしている-
完