Entry1
ロバの耳の生えた王様(全裸)
サヌキマオ
私立万歳学園。中高一貫で二千人の生徒を抱える都内のマンモス高校である。
「いや、それっておかしくない?」
郊外には運動部専用の広大なグラウンドを持つ野球部で有名だが、最近になって野球部を凌ぐ人気となりつつあるのが演劇部である。
「え、どこが?」
文化祭公演や中高演劇の大会で多くの人の心を打つとか打たないとか。
「王様の耳はロバの耳、って云ったのは子供じゃないわよ」
「うっそだー。王様の耳はロバの耳ーって看破されて、王様が大恥かく話だよ、アレ」
「そこは合ってる。でも、子供じゃない」
「だって、子供いるじゃん。パレードで指さして笑うんだよ」
「じゃあ、その子供はどうやって王様がロバだって気づいたのよ」
「ぐっ」
といったこととは特に関係のない月曜の昼休み。高校二年生のクラスが並ぶ校舎本館二階にはコモンスペースと呼ばれる広間があって、点在する丸テーブルでは生徒たちが各々お弁当を食べたり、憩いの時を過ごしたりしている。
演劇部員・墨家青子は独りで昼食を食べている。いかにも「女子向け」という大きさのランチボックスではあるが、青い。青いボディに碧い蓋。ランチボックス、と呼ぶにはあまりにも凛々しい箱に箸を伸ばしている。たっぷりとした栗色の髪に表情は隠れがちだが、レンズの厚いメガネが強いインパクトになって、神経質そうな印象を持たせていた。
「……?」
コモンスペースの周囲の壁沿いはベンチになっている。ベンチには同じく演劇部員の俵村曲が座っていて、「ロバの耳」の出どころについてブツブツと考えている。青子はベンチから聴こえるブツブツ云う声にしばらく耳を傾けていたが、また米粒の咀嚼に戻り始める。
「そうか、床屋だ」
と声がしたが見向きもしない。
「床屋がいたんだよ、お抱えの床屋が。それで、王様の髪を切るときに耳が見えちゃうから」
「ずいぶん正解に近づいてきたじゃない」
そうだよ。で、王様から黙ってろって命令されるんだけど、我慢ができない。
声の主は青子の正面の椅子にやってきて座り直す。この年頃の女子には珍しいくらいのベリーショートで、というのはちょっとした誤解で、たしかに肩まで髪の毛はあるのだが、青子とは対照的に髪の量が少ないのであろう。ぺったりとした印象は曲を中性的に見せた。
「で、『王様はロバだ―』って袋に叫ぶんでしょ?」
「ずれてきたずれてきた」
「ええ?」
困惑がすぐに顔に出る。相変わらずはっきりした眉毛だなぁ、と青子は思う。
一年生で出くわした時から、全く印象は変わらない。
「だって、その先は判るよ?『王様はロバだ―』って袋の中に溜め込みすぎて、最後には袋がパーン、って」
「まーたズレてきた」
「いや待って、待って……袋が違う?」
「そう」
「穴に入れて、埋める?」
「……そう?」
おや。青子も自信がなくなってきた。
「で、春が来ると芽が出て膨らんで、成った実から『王様は裸だ―』って」
「今のは、わざとだな?」
ランチボックスの中身を口に詰め終えると、青子は視線をぼかしてひたすらに咀嚼した。視界の隅では曲が、青子が飯を飲み込むのをじっと待っている。
「井戸、よ」
ペットボトルの紅茶を口に含む。眉を上げて考えこむまがるを観察する番だ。
「井戸だっけ」
「そうよ、井戸に叫んじゃうから、地下を通して街中の井戸という井戸から聞こえてくるのよ」
「正直、どうもしっくりこない」
「そう仰られましても」
「否、しかしだキミ、人間、思い違いということはあるんじゃろうがね」
曲は青子のペットボトルに手を伸ばそうとして、叩かれる。
「子供はどこに行ったのかね」
「だからその子供が思い違い、なのよ」
「そう……」
「そう、よ。王様はロバの耳なんだけど、理容師には黙っている訳にはいかない。だから理容師には『喋ったら首を刎ねる』位の約束はさせてた。ところが黙っていられないから、井戸に叫ぶ。井戸を通じて街中にばれちゃった、という話だよ」
「オチは?」
「……あ~あ、バレちゃった、という部分じゃないの?」
「そんな軟弱なオチ、私は認めないぞ」
ふっ、と笑うような溜息を付くような。青子はランチボックスを片付ける。
「どこか行くのか?」
「どこか、って次の時間は音楽よ。あんたも移動でしょう」
「ああ――そうだっけ?」
「置いてくわよ」
青子が教室へ帰ろうとすると、曲がひょこひょこと後をついてくる。
「ねぇ」
「うん?」
「子供はどこにいったの?」
「だから、子供は、裸なのよ」
「子供が?」
「王様がよ」
音楽の授業ではずっと歌を歌っている。
考えてみれば、五十分授業の内、少なくとも三十五分くらいは歌っているのである。
部活だったら、三十五分も発声練習しないぞ。
一日の部活は四時から始まって、六時までしか無いのである。
そう考えると、授業ってハードなんだな。
(なんだか朝、いきなりロバの耳が生えてたらどうしよう)
全員で歌うのに紛れて窓の外を盗み見る。好天に富士山がよく映える。雲ひとつない快晴だった。
(うちの兄ちゃんたちだったら、どういうリアクションをするだろうな)
歌唱で汗ばんだ手のひらで、そっと耳の上を押さえる。
(もっとこう、たっぷりとした感じになるはずだ。耳なんか、もしゃもしゃとして」
「たわむらさんっ」
はっと我に返ると、先生を皮切りに、クラス中の視線がぱたぱたぱたと波状に、こちらに向かってくるのがわかった。
「あの、すみません。ぼーっとしてました」
慌てて視線を泳がせると、横向きの青子の顔があって、表情はわからなかった。
ただし「私は他人です」と側頭部にありありと書いてあるようだった。
「あっはっはっは、あの王様は、裸じゃあないか―!」
周囲の視線が集中するのがわかる。そんなセリフ、ないものな。
放課後、演劇部の発声練習。伝統的に(顧問が考えたらしいけど)演劇部の発声練習とは、自分に与えられたセリフを本番どおりに喋り続けることだ。
曲もはじめは随分疑わしく思っていたけれど、たまたま深夜にやっていた、人気アイドルの舞台裏を追う番組を見ていて途端に納得がいった。
そのアイドルたちも、普段から特殊な訓練をするわけではなくて、与えられた楽曲を完璧に「踊りながら歌える」まで練習するのだという。
そうすると、踊りながら歌える、必要に足りるだけ身体が鍛えられるというわけだ。
「おいおい何を云っている」
急な声色にはっとして見れば、青子が「おい大臣、あの子供は一体何を云っているのだ」と続けてくる。
必然的に、ノリの良い部員がわらわらと集まってくる。
「いやはや、あれはただの子供でございます。己の妄想と現実の区別がつかんのでございましょう」
「いや、……もしかするとあの子供は真実の目を持っているのかもしれませぬ、セキシン! あの子供は王様のセキシンを見抜いておるのです!」
「……セキシンって、なに?」
大臣役で乗っかってきた花戸部長がキョトンとした顔で尋ねると、セキシンと云った麻実ちゃんが「あの、赤い心です。ピュアとゆーかなんとゆーか」と目を白黒させる。
「そーかそーか、じゃあセキシン、それだ。わしゃあピュアオブザイヤーなのであの子供の首を撥ねい」
どこがピュアやねーん! とツッコミが入ってみんなでどっと沸き立つ。
(王様にも二種類あって、裸になるやつと、ロバの耳が生えるやつだ)
急に格言めいたものが曲の中に芽生えたが、特に意味は思いつかなかった。