第3回 耐久3000字バトル 第4回戦

エントリ 作品 作者 文字数
1俳句石川順一2031
2宇宙旅行にいったことごんぱち3000
3ある家族の話笹井 淳一1976



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バトル結果ここからご覧ください。



エントリ1 俳句   石川順一


クーラーの中に入ると私は徹底的に怠惰な思考に悩まされた。本なんか一文字だって読みたくない。例えば家の周りが、と言っても家の東側だけだが、下水工事の後砂利が敷かれブロック石が埋め込まれた。そんなのちょっと踏み具合が変わっただけで大した変化では無い。だがほったらかしにしておくとふと眼を下にやった時に激烈な変化の様に感じられるときがある。視覚が地面に起こった変化に慣れて居なくて何か手堅い工事が行われたとこちらを錯覚させるものがあると思って仕舞う。(実際手堅かったのかもしれない。市役所の専門部署の人が検査に訪れた。)。

クーラーの中で戸惑う思考たち

クーラーを擬人化して見た。何か弱い。

クーラーやギャグは機能を停止する|クーラーの紐はひょうきん懺悔室|クーラーで庭を隔絶したつもり|クーラーで庭を見ないで済む日かな|クーラーを付ける瞬間神となる|クーラーを窘められて反発し

 「窘める」と言う文字が読めないと言う苦情があった。驚いた。この程度の漢字も使えないのか。新聞雑誌が簡単な漢字しか使わなくなったからだな。しかもその苦情主ときたら大学教授だった。フランス文学ばかり読んで居るのでどうも漢字を忘れて仕舞ったようだ。私はやさしく教えてあげた。

耳ばかり攻撃されて金メダル|金曜日がつんがつんと手話忘れ|二日後に解体前の百貨店|夏帽子撮ってくれろと泣く子かな|割り箸は取っちゃだめですとマダムかな|オムレツはスペイン語で言う「オムリス」だ|

 記憶がぐるぐるとして来た。何の事を言って居るのか。例えばオレンジ色の携帯電話を抱えて飛び降り自殺をするとはっとする。ここはどこだ。名古屋ドームでも岩倉駅でも常に説明が杜撰だった。何時でも説明通りに行くと目的地の遥か手前だった。さらに「前進」しなくてはならない。「アヴァンティ」(前進!)はムッソリーニの機関紙だったろうか。それともファシスタ党のスローガンだったろうか。とにかく既存の認識を破壊して前進せねばゴールは無い。そこで東横へ行く。ホテルの名前だ。え?東横線だって。そう都会では電車の路線かも知れぬが田舎ではホテルだ。そこで印鑑がシャチハタで以前はよかったのに認印で無いと駄目だといきなり変って居る。私は何とか印鑑屋を探し出して認印を買う。そうだ今年、大阪で通り魔事件があった。南野信吾さんが刺殺された。失礼ながら太平洋戦争開戦時で必ず名前が出る石川信吾海軍大佐(開戦時)を思い出して仕舞った。彼は先輩の岡敬純(おかたずみ)の引きで何とか海軍に残る事が出来たらしい。何か不祥事があったのであろうか。石川は強硬な開戦論者であった様だが戦犯にならなかった。

扇風機コメント書けば記憶喪失|登録と解除が増えて海の中|

 今年の夏私は何をやったのだろう。川柳と俳句と短歌を作った。詩を作った。それなりに充実していたと思う。しかし何かが足りない。家の庭には今年も揚羽蝶が来た。6月の終わりごろにはつがいの揚羽蝶を見た。7月初めにかけて結構見た。それからあまり2匹一つを見なくなった。揚羽蝶の生態を異常に知りたい。青むしを殺さないでほしい。アゲハの幼虫かもしれないから。

性海寺新たな施設を堪能す|紫陽花を何時も見て居る如く見る|丘陵をあがりあっけなく降りた|般若読む般若の心得本屋にて|音の矢は距離に関係なく届く|冷奴(ひややっこ)最初に届く最小が|帰りがけ煙草吸う女(ひと)おちよさん|オレンジの話は忘れ吸う女|心とは心眼なりき忘れるな|

 私は句作に悩んでいる。どうしたら句の精度が高まるか。私は悩んだ末に高橋大先生に電話をかける事にした。
「高橋大先生句作の教えを教えて頂きたく」
「うむ。何でも聞いてくれ」
「句作の真骨頂を」
「つまり・・」
「句作の要諦を」
「うむ」
「俳句とは」
「俳句とは花鳥風月。有季定型。」
「もっと詳しく言うと」
「それは自分で感得せねばいかん。俳句とは花鳥風月。有季定型。それ以上の要諦を知りたければ自分で感得する。じゃないと絶対怠けて仕舞う。自分で考えて感得する。今日なんかわしは外線ボタンを押して仕舞った。え?外線ボタン押して仕舞って切れちゃった。あたりまえじゃないかと思われるかもしれないが、わしにとっては当たり前ではない。何故ならこっちから掛ける時は子機台から外して直ぐ数字を押せば直ぐかかるが、ちょっと置いてから電話番号を押すと外線ボタンを押さないとかからない。それが癖になって居たからこっちに電話がかかって来た時も思わず外線ボタンを押して仕舞う。しかしこっちに掛かって来た時はそりゃ外線ボタンを押せば切れて舞うわな。こっちに掛かって来た時は紛らわしいボタンに保留ボタンが合ってこれを押す癖があった。わしは保留ボタンを押す要領で外線ボタンを押して仕舞ったんじゃ。そりゃ切れて舞うわな。」
「大先生、俳句を教えて下さいよ。脱線せずに」
「うむそうじゃった。実を言うと俳句と言うものは・・」
 私は有意義な時間を過ごせた。









  エントリ2 宇宙旅行にいったこと   ごんぱち


「ほお!」
 志水光男はモニタ越しに見える蒼い輝きに歓声を上げる。
「凄いぞ、ママ、彰太、凄い凄い!」
「そうね」
「地球は青かったね!」
 光男と息子の彰太は宇宙船の窓に顔を付ける。
「凄いなぁ、凄いなぁ。本当に宇宙に来てるんだなぁ」
「あっという間に来たね、パパ」
「あんまりはしゃがないでよ、みっともない。初めてだってのがバレバレじゃない」
 妻の芳恵が他の乗客たちを横目で見ながら言うが、その声は弾んでいた。
『皆様、ただいま本船は地球の大気圏を離脱し、衛星軌道に入りました』
 古のフライトアテンダント風の制服を身に着けたスペースシップガイドの疑似人格が画面の一つに現れる。
『右手をご覧下さい』
「どれどれ」
 光男が右のパーソナルモニタに目を向ける。
 ボールに細い棒を何本か付けたような物体が斜め後ろからゆっくりと近付いて来る。
「スプートニク?」
「パパ、声が大きいわよ!」
『そこのお父さん、当たりです。スプートニク一号です』
「でも、あれって百年も前のだよな? それに確か落下したって」
『仰る通り、あれは人工衛星第一号を記念して作られたものです』
 スプートニク一号のレプリカは宇宙船を追い越して遠ざかって行った。
「なんだ、偽物か……」
『――左手をご覧下さい』
「え?」
 左のパーソナルモニタを見ると、斜め前から白いカケラが近付いて来る。
『音声並びに指先の操作で映像を拡大できます』
 光男がモニタを操作すると、白いカケラは拡大されていく。青地に白い星印がくっきりと見えた。
「これは昔のアメリカの……」
『はい。宇宙事故から劇的な生還を果たしたアポロ十三号の外壁の一部です』
「本物かぁ?」
 別の乗客が声を上げる。
『三〇年前の宇宙クリーンアップ作戦によって、衛星軌道上の直径五センチ以上のデブリは全て登録されました。アポロ十三号に由来するデブリは、この際に発見されたものです。同様の宇宙遺産は多数見られ、衛星軌道は博物館としての側面も持っています』

 それから二時間で、宇宙船は十八ヶ所の名所を通り、十九種類の宇宙遺産と接近した。
『それでは、無重力体験コースが開始されます。予約の方は集合場所の第四エリアに向かって下さい』
「やったっ! 行くぞママ、彰太!」
「うん!」
 光男と彰太が立つが、芳恵はシートに座ったままだった。
「あれ? 行かないのか?」
「どうしたの、ママ?」
「ちょっと気分が、悪くて」
「顔色は良さそうだし、一番楽しみにしてたじゃないか」
 芳恵は黙り込んで自分の顔を押さえる。
『奥様』
 ガイドが微笑む。
『無重力状態で血流量のバランスが崩れる事による顔のむくみ、いわゆるムーンフェイスは、ある程度の時間が必要です。体験コースのような短時間では問題ございません』
 それを聞き、芳恵はシートからそろそろと立ち上がる。
「へえ、そ、そんなのあるの? 知らなかったけど、何となく気分が良くなったから行くわ」

 宇宙服風の服を着込み、光男達を含めた二〇名程体験コース参加者はドアの前に立つ。
 旧式の宇宙船のハッチを模したドアは、円形のハンドルが付いており、『重力フィールド範囲外! 磁力靴装着確認!』の注意書きが書かれている。
 インストラクターの一人が重そうにドアを開いた。
 光男達は無重力エリアに入る。
 無重力エリアは潰れた円柱形の、丁度スポンジケーキのような形をしている。床面に鉄が仕込んであり、靴に仕込まれた磁石がよく吸い付く。
「おおおお」
「なんか、お腹がヘンな感じね」
「わあい!」
 彰太が飛び上がろうとする。
「お客様」
 ――が、すぐさま腕をインストラクターに掴まれた。
「事前に説明した通り、飛び上がるときは我々インストラクターと一緒にして下さい」
 不満そうにしている彰太を、光男と芳恵が諭す。
「彰太、思い切りジャンプなんかしたら、すぐに天井に頭をぶつけて救急車だぞ?」
「そうしたら彰太一人で帰らなきゃならダメよ?」
「それは……やだ」
「では、まず、一周歩いてみましょう」
 インストラクターの後に付いて、光男達は歩き始める。
 円柱の底面を歩いていたインストラクターは、側面の通路へと移る。
「おおお、映画で観たぞ、こんなの!」
「本当に上も下もないのね」
「変なの!」
 参加者達は、円柱の側面、丁度、回り車の中のハムスターのような形に立つ。
 インストラクターは参加者達に向き直った。
「では、順番にジャンプして頭の上の通路まで飛んでみましょう。最初に飛びたい方」
「はいはいはいはい!」
 誰よりも先に手を上げたのは、光男だった。

 船外アームが、宇宙船の外壁に置かれた模擬デブリを掴み、ケージに回収する。
「やったわ!」
「ママ凄い!」
「ハイスコアじゃないか?」
 オペレーティングルームで光男と彰太は芳恵のアーム操作を見る。
「素晴らしいですね。何か近いお仕事でもされていたんですか?」
「ええ」
 インストラクターの問いに、芳恵は少し恥ずかしそうに答える。
「昔アルバイトで」
「ああ、あれかぁ」
「ママかっこいい!」

『かつて、宇宙船はあらゆる無駄を省き、出来るだけ沢山の荷物を運ぶだけのものでした』
 シートベルトを締めた光男達の前のモニタに、船外の様子が映る。
『しかし、重力干渉法の確立により、かつてからは想像が出来ない程の高効率、低価格の宇宙航行が可能になり、居住性も向上しました』
 モニタに映る星が回転し始める。
『このような航行を行っても、機体へのダメージはなく、乗客の皆様に不快と感じられる程の振動や衝撃もありません』
 そして。
 天井を覆っていたシールドが開かれる。
 天井全体が窓となり、地球とその向こうに太陽の輝きが見える。
 乗客達の口からは、ただ溜息が洩れるばかりだった。

 ぎぎぎぎぎぎっ!!
 車輪が滑走路でこすれる音と振動が響き渡って宇宙船は止まった。
「なんかちょっと身体が重いわね」
「重力フィールドは地球の重力の九割程度らしいからな」
「地球? ついたの?」
 シートベルトのサインが消える。
『本日はスペースジャパンをご利用いただきありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』
 ガイドの挨拶が終わった後、光男たちは宇宙船から下りた。
「さ、お土産買わなくちゃね」
「土産か」
 宇宙港の土産物屋は、他の宇宙船の客も加わってかなりの混雑だった。
「へえ、月の石か。いいんじゃないか、これ」
 小さな瓶に、砂利とも石とも付かない大きさのものが入っている。
「もう、パパのセンスはひと昔前ね」
 芳恵が笑う。
「宇宙旅行のおみやげはこれだよ」
 彰太が土産物の菓子の箱を指さす。
「『大銀河』?」
「無重力状態で生地を浮かせて作る、地球じゃ作れない焼き菓子なのよ」
「ねー」
 試食用のケースを開けて、芳恵がひとかけら差し出す。
「どれ……ほおう」
 光男の顔は自然と笑顔になっていた。

 ロボットタクシーが住宅地へと入って行く。
「いやぁ、凄かったなぁ」
「来年も絶対行きましょ」
「ほんとう!?」
「任せなさい」
 光男は彰太の頭を撫でる。
「来年の作文も困らないぞ」
「もうべつなので書いちゃったよ」
「あはは、まあそうだよな」
「もうすぐ夏休みも終わりだものね」
『到着しました。目的地と間違いありませんか?』
 タクシーは光男達の家の前で停まった。
「ただいまー」
 光男達は家に入ると、居間に行く。
 それから、誰先ともなく畳の上に寝転んで、溜息と共に――。
「ああ、やっぱり家が一番だ」







  エントリ3 ある家族の話   笹井 淳一


 私は、埼玉県を流れる入間川の岸辺で、ウナギ釣りを見ていた。ウナギ釣りは自分で釣らなくても見ているだけで十分に楽しい。その日、朝からウナギを釣っていた釣り人のそばでウナギ釣りをじっと見ていた。その釣り人は、この日は大漁で昼過ぎにはもう25匹も釣っていた。その釣り人に「今日は大漁ですね。」と言ったところ、その釣り人は「いや、最近はしらす(ウナギの稚魚)がめっきり少なくなって、昔ほど釣れないよ。」と応えた。あまりに釣れるので「そのウナギどうするのですか。」と尋ねてみた。その釣り人は「家じゃ食べきれないから、どうしようか迷ってんだ。どうだい、今日は土用の丑の日だから、よかったら一匹二千円で売るけど。」とウナギの販売を始めた。「せっかくですけど、私は調理の仕方が分からないので。」と応えたところ、「さばいてやるから1匹二千円で買えよ。」と熱心に購入を勧めた。その時「1匹二千円なんて、随分高いわね。そんなの買わないで、うちにウナギ食べに来ない。」と女性の声が聞こえた。その女性は、近所に住む鈴木洋子さんだった。「人の商売の邪魔しやがって。」釣り人が怒りながら洋子さんに言った。洋子さんは「どうせ釣った魚でしょ。ただであげなさいよ。」と釣り人を諭した。釣り人は「今日は店じまいだ。」と言い、竿を畳んで帰って行った。洋子さんは近所に住む主婦で、よく食事に誘ってくれ、夕食をご一緒することが多かった。洋子さんは静岡県浜松市出身で、この日は、実家からウナギを送ってきたので夕食に誘ってくれたのだった。
 夕刻、鈴木家に行きウナギの蒲焼をご馳走になった。夕食は、洋子さんのほか、旦那さんの雄一さん、一人息子の恵一君と一緒に食べた。雄一さんはもの静かな人で食事の時は、ほとんど喋らなかった。恵一君は高校2年生で、最近、反抗期が顕著に現われていた。鈴木家で食事をしていると必ずといっていいほど、親子喧嘩が始まるのだ。この日も、食事を終えた後、洋子さんと恵一君が口論となった。「恵一、ちゃんと勉強してるの。来年受験なんだよ。うちは、あんたを私立大学に行かせる余裕はないんだよ。」と怒鳴るように洋子さんが言った。「うるせい、俺は誰にも束縛されない人生を送るんだ。おれの人生に口出しするな。」と恵一君は言い返した。雄一さんは何か言いたそうだったが、じっと我慢している様子だった。このようなやり取りが、鈴木家では毎日起こっているのだ。
 食事を終えた後、恵一君の部屋で一緒にDVDを見ていた。DVDが中盤に差し掛かったところ、恵一君が「こんな家に生まれた僕は、この世で最も不幸な人間ですよ。あんな意気地なしの父親と、あんな自分勝手な母親を持った僕の気持ちが分かりますか。」と吐き捨てるように言った。
 親の苦しみを理解し、困難と戦ってこそ正義の道が開かれるのだ。この少年は今、その道を踏み外し、間違った道に進もうとしているのだ。私は、ただ、黙ってこの現実を見過ごしていいのだろうか。私は葛藤した。そして、「恵一君、それは違う。君のお父さんは、決して意気地なしなんかではない。君のお父さんは、毎日2時間掛けて東京まで通勤し、会社ではリストラの危機に直面しながら、家庭を守るため必死になって働いているんだ。君のお母さんは、決して自分勝手なんかじゃない。君のお母さんが毎日、スーパーでアルバイトをしているのは、君が将来結婚したときのために今から結婚資金を貯めるために働いているんだ。そんなご両親の元に生まれた君は、この世で最も不幸な人間だと思うのかい。」と恵一君に説いた。「それは本当なんですか。」恵一君は呟いた。勿論、嘘である。そんなことを私が知っているはずが無いのだ。しかし、そう言わざるを得なかったのである。私は「本当だよ。」と言い残し鈴木家を後にした。
 この日以来、鈴木家と私との距離がとてつもなく広がったような気がした。鈴木家に夕食を食べに行くこともなくなり、庭先で会うこともなくなった。「洋子さん、怒ってるだろうな。」出まかせであんなこと言ってしまったことを後悔する毎日が続いた。
 それから2か月ほど経過したある日、私はその日も入間川でウナギ釣りを見ていた。この日もあの釣り人は大漁だった。「こんな所で、何してるの。最近、全く姿を見せないから心配してたのよ。」背後から女性の声がした。洋子さんだった。「うちの子に、あんまり変なこと言わないで。」洋子さんは笑顔で私に語りかけた。家族でランニングをしている途中、私を見つけて話しかけてきたのだった。雄一さん、洋子さん、そして恵一君、三人が一家団欒でランニングをしていた。恵一君はご両親と和解したのだ。この家族に光が差しているように思えた。私は、三人の後姿を見て、この家族の幸福を願わずにはいられなかったのだった。(おわり)








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