←前 次→

第2回6000字小説バトル Entry16

デニッシュの事

「今日も時間ぴったりで偉いわね。真面目な患者さんで嬉しいわ。あ、荷物はそこに置いてね。レインコートはそこのハンガーで。椅子はどちらでも千尋ちゃんの好きな方を使って良いわよ」
「あ、はい、山下先生。じゃ、今日はこっち。こちらに座ることにします」
「外はまだ降ってるのかしら?天気予報ではお昼過ぎには小止みになるって。ここからだとお天気がよく分からなくてね」
「ふふっ、そうですよね。このブラインドじゃあ。外は、もう雨あがってますよぉ。こうすると見えるかなぁ?」
「まぁ、そんなことしたらブラインドが折れちゃうでしょ。今日は随分行動的なのね」
「うふ、すみません。で、さっき、陽が射してきたから、傘たたんだんです。そしたら」
「そうしたら?」
「デニッシュ」
「え?」
「だから、デニッシュ!甘くって、バターたっぷりの、クルクルってしたパンです」
「あの、お砂糖とかジャムがかかってるパンね」
「それがぁ、パン屋さんのガラス越しにこう、金色に輝いてて。私、なんかものすっごく懐かしくなっちゃって」
「デニッシュの想い出かぁ」
「はい!とびっきりの」

 山下先生には、昔お友達だった友美さんのことお話しましたよね。とっても仲がよかったんですよぉ、私達。食べ物の好みもピッタリおんなじで。ホント、びっくりするくらい。それが分かったきっかけがデニッシュだったんです。不思議ですよね〜。
 何かが急に食べたくなる事ってあるじゃないですかぁ。丁度その日も、私、ちょっとムシャクシャしちゃってて、
『これは絶対伊藤ベーカリーのカスタードデニッシュだ!』みたいな気持ちになってたんです。あ、伊藤ベーカリーっていうのは、学校の近くの小さなパン屋さんなんですけど、結構おいしいんですよぉ。で、私なんかイライラすると、こういうほぁって甘いものが食べたくなっちゃうんですよ〜。だから放課後直行して、買い込んでたんです。寮だから、夜お腹が空いたりすると大変なんで、こういう買い食いは寮母さんも黙認してくれてるっていうか。
 あ、どうしてイライラしてたかですかぁ?
 えーと、新しいお菓子を、皆で食べようって、私が隠して持ってくって話になってたんですよ。でもぉ、休み時間前にそれが担任に見つかっちゃって、一緒に食べようって言ってた人達もしらんぷりで、私だけが叱られて。ショックだったのに、
『随分沢山食べられるのね』なんてイヤミまで。クラス中に笑われたんですよ。それでちょっと。へこんだっていうか。
 で、あぁ、夜の話。そんなもんで、なんかとびっきりイイ事しようと思ってぇ。お茶もとっておきのを淹れました。カップなんかローラアシュレイのお花柄を使って。オシャレな夜中のお茶会って思ったんですよ。給湯室からこっそりお湯を運んで、スリリングで楽しい感じがしました。
『いただきます』って1人で手なんか合わせちゃって。で、フッと顔をあげたら。
 そうなんですよ〜、先生もう分かりましたぁ?そこに、友美さん。って、この時はまだ知らないんですけど、名前。にこ〜って優しそうな、私より少し年上かなって人が座ってて。
『私もなんだか眠れなくって。おいしそうなデニッシュね』って笑いかけてくれたんですよ〜。
 私のいた寮って色んな学校の子が集まってましたから、知らない顔の人がいてもヘンじゃないんです。お湯を取りに行ってカップの用意をしたり、私パタパタしてたんで、開いている扉から美味しそうな匂いでもしちゃって、きっと遅くまで起きてた先輩がつられて来ちゃったんだろうなって。でも人懐っこい人だなって思いました。
 そのせいなのかな、2人で5個のデニッシュを、最後の1個は半分個までして平らげる内に、『ちーちゃん・友美先輩』なんて呼び合っちゃう仲になってたんですよぉ。私人見知りなんで、驚きました。やっぱり食べ物の好みが合ってるから気も合った?それともその逆で、気が合うから二人ともデニッシュが大好きだったのかなぁ。ホントに、言う冗談まで分かっちゃって。
『パンがなければケーキを食べれば良いじゃないの、ってこれはパンって言うのかなぁ?それとも、やっぱりケーキ?』
『なんだかマリー・アントワネットみたいですねぇ』
 もう初対面の時から盛り上がっちゃったんですよぉ。楽しくて、私、是非またこんなお茶したいなって思いました。そう言ったら友美先輩は、にこ〜って笑って、
『いつでも美味しい物がある時は呼んでね。私とっても食いしん坊なの』って言ってくれたんです。

「そう、それが千尋ちゃんと友美さんのデニッシュの出会いだったのね。甘いデニッシュとお茶なんて良いわ。なんだか先生もお腹が空いてきちゃった。こんな時間ですものね。じゃあ、今日はこのくらいで。次は又土曜日の同じ時間でいいかしら」
「はい、私はそれで」
「気をつけて帰ってね。傘を忘れないで」
「ありがとうございましたぁ。ア、先生私ね、今日すっごく嬉しかった。友美先輩の事、こんなにちゃんとお話できてほんと嬉しかったんです。お母さん、じゃなくて母とかも私が先輩の事話そうとするだけで嫌な顔になっちゃって。だから、もう誰にも言うまいって思ってたんですよ。それをこんな風に聞いてもらえてとっても、嬉しい。」

「失礼しま〜す」
「こんにちは。今日は暑かったわねぇ」
「はい、なんか梅雨がそろそろあけるんじゃないかって言ってましたね。でも私、どっちかって言うと暑いのニガテだから、これからはちょっと辛い季節なんです」
「じゃあ食欲とかも落ちちゃうのかしら」
「ああ、食欲。そうですね。私結構むらがあって、ワガママなんだって思うんですけどすんごく食べられる時と、そうでもない時があって」

『いつも、ご馳走になるばかりじゃ、悪いでしょう。今日は、私のお・ご・り』
 ある晩、先輩がたっくさんドーナッツを持ってきてくれたんです。ええと、こないだのデニッシュのお茶会から、4,5回目だったから、知り合って2週間ぐらい経ってたと思います。それまでに、色んなお菓子で盛り上がってましたから、お互いの特に好きな物については、自分よりも知ってるって感じで、それで笑いあったりもしてました。
『もうっ、何で、私の食べたいものがわかるのぉ』『こんな、お姉さんが欲しかったな』なんて、言い合う事もしょっちゅうで。アイスクリームも一番好きなのは、ハーゲンダッツのストロベリーチーズケーキで一致。これは、しつこーいって言う人とまろやか〜と褒める人に分かれるんですよね。で、私達は、もちろん少数派の大好きっ子って分かったんです。思わず、同士とかって。

「千尋ちゃん、とっても、美味しそうだけど、先生もだめだめ派だわ。あのこってりはついてけないの。それで、貴方達は、なんでも趣味があってたのね」
「あ、いけない。またやっちゃいましたね。うふっ。なんか、食べ物の話って夢中になっちゃう」

 って、あ、趣味。そうなんですよ。不思議ですよね。友美先輩もなんと私と同じ趣味だったんですよ。食べ物以外の事でも、合う人って合うんですね。ちょっとした手芸なんですけど。もう、すんごいびっくり。
 その日も、うーん、ドーナッツが食べたいなって思った私の前に、先輩山盛りのドーナッツそれも、クリーム入りを持って登場。『先輩大スキっ!』って思いました。
 えっ?なんでそんな気分だったのかって?私、また落ち込んでたんですよね。ホラ、これ、そうビーズのチャームなんですけど。うふ、可愛いでしょう。実は、じゃあん、私の手作りなんです。子犬のコロちゃん。可愛いのに、その日、学校で壊されちゃって。耳のところがほろって、可哀相ですよね。だから、直すのって難しいけどその夜、宿題やった後頑張ろうって思ってたんです。宿題、もちろん優先ですよ。これでも、私真面目生徒なんです。皆も頼ってくるし、だからやっとかないとヤバイし。で、数学のプリント終えて、ビーズのコロちゃん、お耳つけてあげるわね、その前におやつ欲しいなとか思った時。先輩のおごり宣言だから、びっくりですよねぇ。で、
『アラー、可愛いワンちゃん。なにぃ?かわいそうに、お耳が取れてるんだ。』
『そうなんですよ、で、直そうと思うんですけど』
『新しく作るより、面倒』
『って、どうして分かるんですか先輩』
『だって私、自慢するけどベテランだもん』
『まぁた、自分で言う』
『ホント上手いのよ。だから、ちゃって直したげるから、ちーちゃんはお茶でも淹れてきて。すぐ出来ちゃうから、ね』
 うわぁ〜って感激しました。だって、本当にすぐに綺麗にって言うかもっと、可愛く耳がついてなんか、コロちゃん幸せそうに見えるんだもん。その晩もドーナッツが美味しかった。
 でも。

「でも?」
「でもぉ、私困っちゃったんですよね。友美先輩とは何かを食べてる時しか会えないんですよ。それも、私が大好きな物を食べる時だけ。学校の時間帯が違うのか、寮の他の場所で見かける事もなくて。だから、楽しくお喋りができるのは夜のおやつの時間だけだったんです。それに、いくら甘い物好きの私でも、お腹には限度がありますよね。でもお茶だけ飲んでると先輩は来てくれなくて。初めに言ってた通り、本当に食いしん坊な人なんだなって思いました。でも正直で可愛い人なんだとも、思いました。それに学校であったイヤな事を先輩に話してると、なんだかそんなのとっても小さな事で、悩む必要なんてないじゃないって思えてきて」
「救われる思いがした?」
「はい」
「だからもっと会いたくなったのよね?」

 そうなんですよね。その頃もう私は、ヘンな言い方ですけど、先輩無しではいられないっていうか、出来れば毎日でも会いたい。会わないとたまらない。きっと、恋をしてる人ってこんななのかな、とか。エヘッ!あっ、でもゼンゼンそんなんじゃないんですよ?その、女の子同士でどうこうとか。ただ、美味しい物を食べて楽しくお喋りをする。普段は言えないような事をにこ〜って聞いてもらえて。誰にも迷惑かけてるわけじゃないし。お菓子代だって、家は私にあんまり構ってくれられない分、お小遣いは多い方だと思います。信用もされてるし。だから私、決めたんです。美味しいお菓子があれば先輩が来てくれるなら、毎晩用意しようって。
 お喋りの内容なんか大した事じゃなかったんだけど、学校での愚痴とか。やっぱり女の子同士ですから、お洋服とかお化粧の話とかが多かったかなぁ。でも私その頃、洋服がきつくなってきちゃってて、ヤバイなって感じだったんです。やっぱりお菓子が多いのかなって、それは分かってました。女子校で太った子ってマズイんですよね、かなり。だから、危機感ありましたよ。だけどお菓子を用意しないと先輩には会えない。お菓子か、痩せるか。これって二律背反って言うんですよね?うふっ、頭いいでしょう、私。で、これを解決しなくちゃいけない。考えましたよ〜。でも、数学学年主席ですからね、意地もありました。で、意外と簡単な方法を思いついたんです。
『食べなかったことにすればいい』
 ね?お菓子は、出しちゃえばいいんです。簡単に言えば、吐いちゃう。って言うほど最初は簡単じゃなかったです。やっぱり人間ですからねぇ。それに、美味しい物好きなんだから、それを不自然に出すのは、苦しいし。でも、吐けば友美先輩とも会えるし、学校でもイジワルされないですむ。太りたくなくて先輩にも会いたい私の、究極の選択だったんです。吐くのもその内コツをつかんで楽になってきて。涙は毎回出ましたけど。

「苦しくても嬉しかったんだ。…大変だったね。そろそろ周りの人も何か気がついてたんじゃないかしら」
「はい。さすがに、毎晩遅くまでお茶を淹れたりお皿をカチャカチャさせたりが続いてたので、両隣の人から寮母さんに苦情が行っていたみたい」

 きっと私達、同じようにして問題を解決しようとしてたんだと思うんです。あ、友美先輩と私です。だって先輩もあんなに食べてるのに太ってきてなくて。それどころか、2人ともだんだんウエストとか細くなってきてて、とっても嬉しくて。なんだか、何が起きてもクスクス笑える感じ。つい、大きな声で騒いじゃったりとか。

「寮母さんが見つけた時もそうだったのかしら」
「あ、はい、そうです」

 あの時は、そう、またデニッシュでした。でも、カスタードじゃなくってリンゴのジャムだった。甘いいい匂いに惹かれたのか、1匹のハエが部屋中飛び回っちゃって。私虫本当にイヤなんですよぉ。友美先輩ももちろん大のニガテで。あ、虫が好きな女子高生なんてあんまりいませんよね。だから、大騒ぎでした。丁度、春の可愛いワンピースを試着してるところで、気取って合わせてアップルティーを淹れてたんです。なのに、ハエ!でもキャーキャー逃げ回ってる内に、なんだか面白くなってきちゃって。二人共大笑い。
『私たちのアップルデニッシュを守るのよ〜!』
『怯むな、ダルタニャン!』
『なんの、アトス!』
 その辺にあった定規を振り回して、お茶を倒して。でもそれも面白くて。笑いが止まらなくなってたんです。
『きゃあぁはははは、お茶が毀れたわ、あははははっ!』
『ハエが、あはっ!ハエが飛んでる〜っ!』

「千尋ちゃん!大丈夫?」
「は、はいっ!あぁ、すみませんっ。ホントにこんなだったんですよね。寮母の坂本さんが私を見つけてくれた時。きっと、怖かったでしょうねぇ。夜中に、飛び切りのよそ行きを着て、デニッシュを頬張りながら大笑いしていたんでしょう?私、1人で」
「そうね」
「後で聞きました。お茶とジャムでベトベトになったお洋服をとにかく脱がせて、ベッドに入れてくれようとするのに、私大興奮してたって。
『ちーちゃん逃げて!』
『友美先輩っ、行かないで!ほら、まだデニッシュがあるし!一緒に食べましょうよぉ』って、そんな事叫び続けてたんですってね」
「そう。辛かったわね」
「はい。とっても。それに、恥ずかしい」
「でも今は、千尋ちゃん、落ち着いていい顔をしてるわ。にこ〜って笑うのね」
「友美先輩は行ってしまったけれど、私にはとっても優しくしてくれましたから。私、成長できた気がするんですよ。私の中にいた理想の先輩です」
「そうね、その通りね。友美さんが今の貴方を見たら、誇りに思うでしょうね」
「あ、はい!そうですね、だって、私、今友美先輩みたいに後輩を可愛がってあげてるんですから」
「あら、どういう事なのかしら?」
「だから、ちょっと気が弱いけど、とってもいい子なんです、容子ちゃんって。だからほっておけなくて」
「え?」
「今日も、遊びにくる事になってるんで、一緒にビーズ作るんですけど。その前に、チョコチップクッキーが食べたいって言うんですよぉ。それなら私が得意だから焼いといてあげるわって。約束しちゃったんで、今日はこれで、失礼してもいいですか?」

←前 次→

QBOOKS