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枯れ葉が風にひらひらと舞い散る小径。
小さな少年と誰だか分からない女が、手を繋いで歩いている。少年が口をヘの字にして見上げる女は、銀消し色のフレームからはみ出していて、その顔を見る事は出来ない。女の黄色いスカートが軽く風に揺れ、少年の肘に重なる。
洋子の影が、交差点を横切る人波に重なる。
少年の向こうには、灰色の路面に橙色の落葉が敷き詰められ、その先に水色の海と蒼色の空が広がる。下り坂の風景の中に微妙な色が混ざり合い、少年の白い頬を鮮やかに浮き立たせる。海の波は穏やかで、小さな光りの欠片を波頭に煌めかせ、空と海の境が光りの線で区切られる。
点滅し始めた交差点、青と赤に区切られる二人。
岬には薄い緑色の影を帯びた白い灯台が小さく霞むように、少年の季節外れの麦藁帽子の縁に乗っかかり、そこだけ不安定な調和を見せている。
洋子の後ろ姿、不安定で危なっかしい黒い踵のヒール。
どこか不安気な少年の眉が、私に何かを問いかけているようだ。私はいつの間にか溜息を吐かされる。確か、あの時もそうだったのかもしれない。
灯台を左に見て、手前に霞む高崎山の稜線が、染色された絹糸のように蒼色の空に向かって突き上がっている。まるで洋子の富士額を思わせ、銀座に立ち寄った時の洋子の掌を思いだした。白く暖かく、そして冷たい掌。別れの言葉も無く、身体を寄せ合う事も無く、洋子は交差点の人込みに消えていった。
『もういいじゃない、疲れたなら。』交差点の向こうから聞こえる気がした。後ろを振り返れなかった。
少年の手を握る女の手は、母親の手には見えない。少年の瞳の中に見えてくる女の顔は優しい微笑みではない。冷たく凍えるような、冬の寒さを感じさせる女の薄笑いが見えてくる。坂道の下には少年の本当の母親がいて、彼を追って来るんじゃないかと私は思う。勝手にそう願う。洋子が交差点の人込みから現れて、私の前で微笑むように、坂道の下から現れて、その子に微笑んで、一緒に帰ろうと、一緒に居たいと、走って、息を切らして、声を振り絞って……。少年を連れ帰る為に来るんじゃないかと。
……そんな事、ある訳が無い。
銀座のギャラリーに飾られた、一枚の絵。私が何処かで見かけた、描きかけの心象風景。
少年はあの時も待っているようだった。完成されない絵は、今も変わらず誰かを待ち続けている。
今の私と同じように。あの日、洋子を待ち続けた私のように。
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