第2回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry5
手帳を愛用している。
ノートパソコン?
あるよ。ネットとも繋がっている。当たり前だ。
本社が更新している顧客リストをこれで見る。
でも持ち歩いたりはしない。邪魔だし、どうも信用できない。
俺は受け持ち分の名前だけをパソコン画面から手帳に書き移す。
今日は三人。大したことはない。
イタリア製の上等なスーツに身を包む。
安物は客にナメられるからな。
色は黒。
本社の規定だから守るしかない。
まあ似合ってるからいいけど。
仕上げにサングラス。これは自由。
事務所を出て、電車に乗って、散々歩いて、凍った歩道で2回滑る。
うんざりして、偶然見つけた珈琲屋に入り、むっつりと珈琲を飲む。
煙草。すこし気が晴れた。
しかし、最初の客の所まではまだある。
車が使えたらどんなに便利だろう。
勤務中の自家用車両の使用は厳禁。
本社規定だ。
確かにこの仕事中に交通事故はシャレにならない。
雪の中を歩き続けて、町の外れの、忘れ去られた豪邸の前に来た。
今はただのデカイ空き家だ。
豪邸を取り囲む壁に穴が空いてて、そこから入る。
誰も住んでいないから、別に用心する必要もない。
ドーベルマンが何匹も急に飛びかかってくるとか、そんなこともない。
豪邸だけあって庭に林がある。林の中には池がある。
なぜか池は凍っていなかった。
今日最初の客は、その池の中に突っ立って俺を待っていた。
「やあ」
声を掛けてみた。返事もしないし、こちらを見もしない。
俺は慣れてる。三人に一人はこんな感じだ。
いつものことだ。
「待たせたかな?」
客がやっと俺に気付く。
「ああ、来たね」
「仕事だから」
とは言わないで、ただ頷く。
「例のモノは?」
俺はスーツのポケットからワッカを取り出す。
丸い蛍光灯に似てるけどぜんぜん違う。
「ほら、投げるから、落とすなよ」
俺は冷たい池には入りたくない。客は池のあの場所から動けない。
だから、投げるしかない。
投げて渡すな、とは本社の規定にもない。
いいんだよ。ちょっとくらい雑に扱ったって。
客は受け取ったワッカをしばらく眺めてから、自分の頭の上に載せた。
ワッカは頭の上にふわっと浮かんで止まる。
不思議でもなんでもない。
そういうふうに出来てるからそうなる。
「やっと楽になれるよ。ありがとう……」
そう言った客の体がすっと宙に浮かび、そのままどんどん空まで上がっていく。
透明になって消えてしまうまでは見てないといけない。
本社の規定だよ。
俺は煙草を吹かしながら、下から手なんか振って見送る。