第3回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry3
金曜日の夜、帰るとアパートの扉の下が濡れていて、私は察知した。鍵を開けてそっと覗くと、オカリナを反対側から吹いたような寝息を立てて、かっぱ君が寝ていた。起こさないように、静かにハイヒールを脱ぎ、化粧を落として、手早く夕食を済ませ、近くのコンビニにパックの日本酒と胡瓜を買いに行った。
鍵の掛かった部屋にどうやって入り込むことが出来るのかとても不思議だが、そんな不思議はかっぱ君の不思議の中では序の口だ。かっぱ君はお昼過ぎにやって来るらしい。下のおばさんが、パタンパタンという足音を聞いたと言っていた。部屋に入るとかっぱ君は、私の小さな冷蔵庫の残りものを片っ端から平らげた後、座布団の上に器用に収まって眠ってしまう。一度、テレビがつけっ放しだったことがあった。テレビも観賞するらしい。
翌朝、クワックワッという鳴き声に起こされると、かっぱ君は既に卓袱台を出してお皿に胡瓜を積上げ、パックの日本酒をコップで飲んでいた。私の起床に気がつくと、私の分のコップにもパックの日本酒をナミナミと注いでくれた。かっぱ君は勧め上手で、私は断り下手なので、パジャマ姿のまま着席させられ、酒盛りが始まる。
かっぱ君は、飲むほどに饒舌になり、クワクワ、ピーピー、パァーと盛り上がるが、私にはもちろん、何を言っているのか解らない。でも、二杯目を注いでもらう頃にはそんなことはどうでもよくなり、私もつられてペチャクチャ喋り出す。愚痴になりがちな私のお喋りが解っているのか、いないのか、かっぱ君のお喋りも熱を帯び、頭のお皿で燗をつけたりしはじめる。私は燗がつくたびに大声で笑う。
その後、歌って、踊って、酔いつぶれて眠った私は、かっぱ君に肩を叩かれて目覚める。夜の闇が恐いかっぱ君は、日没前に沼まで送っていってほしいのだ。酒を飲むくせに変なところだけ子供が残っていて困る。私は手早く着替えて、マフラーを巻くと、三本指の小さな手にひかれて外に出る。日没が迫り来る不安に酔い覚めの不安が手伝ってかっぱ君の甲羅が小さく震えている。
「大丈夫よ」かっぱ君の手を強く握る。かっぱ君が握り返す。
昔河童と祝言したが
怠け河童に愛想が尽きて
里に帰ってきたものの
残された子は母恋し
月に一度は会いに来る
沼の水辺で手を離すと、かっぱ君は大急ぎで水に入った。沼中に気配が満ちて、黒い水面に無数の瞳が光った。私は、アパートに戻ってたくさん眠った。