第3回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry2
部屋の中には、私とボタンしかなかった。
ボタンである。
牡丹ではない。
衣類のボタンでもない。
スイッチのボタンである。
言っておくが、部屋の中には勿論空気はある。鍵のかかったドアもある。天井据え付けタイプの蛍光灯もある。当然壁もある。
ただ、窓はない。
調度品はない。
電化製品もない。
人間もいない。人間だけではなく、細菌やダニ類よりも大きな生命体も多分いないだろう。
つまり、ボタンと差し向かいという奴だった。
ボタンは床に直接付いている。色は赤。サイズは直径三センチ程度の丸形。
昔、青少年科学センターなんかで、色々な科学仕掛けが動く出し物についていた始動ボタン、大体あれと同じイメージである。
大体の想像は出来たろう。要するに変な部屋だ。
変な部屋だが、独自性は甚だしく欠いている。
何となれば、こういう情報の全くない部屋に、ボタンと人間を入れるというシチュエーションは、あまたのショートショート作品(特に素人の没作品)で語られているからだ。
現実にこういう場所に放り込まれた人間がいるかどうかはともかく、小説の世界ではあくびが出るほど有り触れた光景だ。
博士がタイムマシンを発明するぐらい、一人称「僕」男がバーで隣りに座った女と何となくラブホに入るぐらい、中学時代の親友がリストカットで自殺するぐらい、悪魔の願いを百個に増やすぐらい有り触れている。
さて、ボタンだ。
人間はボタンを押したくなる生き物だ。
だから「あなたが死ぬボタン」とか「核ミサイル発射ボタン」とか、押すと深刻な結果になる場合がある。押さない方が賢明かといえば、これも「押せば良かったのに」なんて事もある。
まあいずれにせよ、押せば押したなり、押さなければ押さないなりの結末が用意されている。大体とびきり不幸な奴が。
そもそもショートショート書きの脳味噌なんて、主人公をどうやって破滅させるかぐらいしか考えていない。
で、私がどうするかって話だ。
誰かの意図に乗るのは真っ平だ。
作者のご都合で破滅するのも、人間の弱さとやらを露呈して回るのも御免被る。
というより、もうボタンは押した。
時間的に言うと、君が『古典的シチュエーションに関する考察』とかいうタイトルを読んでいた頃かな。
結局、ボタンはドアの開閉スイッチで、もう私は部屋の外に出ているのだがね。
言ったろう。
部屋の中には、私とボタンしか『なかった』って。