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第4回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry1
深夜の住宅地に下手くそなフルートが響く。マンション隣の公園からだ。 延々と『over the rainbow』らしき曲を練習しているが、高音を伸ばす途中で必ずピッチが下がるので気持ち悪いと言ったらなかった。非常識な時間帯ということ以上に、そのピッチにイライラする。 「もっと真面目に練習してよっ!」 子供達が寝静まったリビングで家計簿をつけていたのに、脳裏に浮かんだ自分の言葉で、時を経て乾いた羞恥心と共に高校の音楽室がフラッシュバックした。 3階の突き当たりにある広い階段教室。窓は全開で夏の風が渡り、強烈な日射しが窓際の床を真っ白に光らせている。 夏休みの前半はコンクールの練習で毎日音楽室に居た。私は吹奏楽部の部長で、午前中の練習で爆発したばかりだった。 カモちゃんは敢えて私の怒りには触れず、いつも通り並んで昼食を食べようとしていた。音楽室に漂う異様な静けさと雰囲気の悪さに、私は黙ってオニギリに海苔を巻く作業に没頭したふりをする。「私、納豆が大好きなんだよね。」 カモちゃんはおもむろにコンビニで買い求めたミートスパゲッティに納豆をぶちまけていた。辺りに納豆の香りが充満する。「その口で吹いたら楽器が腐るよ。」 私はかろうじてそう言った。納豆が大嫌いで匂いすらダメだった。「ん? 芽胞菌っていいんだよ。他の菌が生えてこないし、落ち着くよ。」 訳の分からないことをあっけらかんと言う。とどめを刺すように、ぐちゃぐちゃにかき回されて糸を引く地獄のミートスパゲッティを一本、箸でつまみ上げるとカモちゃんはまったく悪びれずに笑顔で言い放った。「食べる?」 その瞬間、バツの悪い空気が少しだけやわらぎ、私は納豆が少しだけ好きになるような気さえした。 誰かについて思い出せることは、そう多くはない。 溜息をつく。カモちゃんのことは好きだったのに、よりよって一番鮮明に残っているのは納豆スパゲッティなのだ。 先週、人づてにカモちゃんの訃報を聞いた。訃報と言っても、亡くなったのは半年も前のことらしい。今年の年賀状が届いていなかったことを気には留めていたのだけれど、その頃にはもう臨終の床だったらしい。 フルートは止んでいた。 涙を流す程悲しさが肌で感じられない。ただ、鈍痛だ……カモちゃんには、もう二度と会えない。 カモちゃんが、そしていつかは私を含める誰しもが、遙かな場所へひとりきりで渡りゆく。 夜空を見上げる。