【≪ 前】【▲第5回もくじ】 【次へ ≫】


第5回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry2

絵に描いた餅



「駄目だ駄目だ、石鹸じゃねえんだぞ!」
 五十嵐先生が、後ろから怒鳴る。
「え、と、お餅に見えませんか?」
 僕は鉛筆を持ったまま、振り向く。
「何年アシやってんだ、書き直せ!」
 それ以上話す時間も惜しいという風に、五十嵐先生は自分の机に戻って、ペンを走らせ始めた。
 そんなに、悪いかなぁ。
 僕は原稿を眺める。
 少々天然系のヒロインが、お正月にやってくる憧れの従兄のためについた餅が、固くてなかなか切れないというシーン。
 そのいくつか切れた餅のある背景が、僕の担当部分だ。
 前のページで、必死の形相で餅つきをする彼女は、本当に滑稽で、いじらしくて、どこかにいそうで、やっぱり五十嵐先生は凄い。
 僕は原稿用紙と別の紙で、餅を描き始める。
 のし餅を四角に切るのが関東風。
 餅米だけで何も混ぜない。
 包丁で真っ直ぐに切るんだから、ビルや積み木みたいに四角い物体に、影を付ければ出来上がり。
「石鹸……」
 言われてみれば、そう見えない事もない。でも、餅と石鹸って、そんなに見分けがつくだろうか。大体、シチュエーションを見れば、分かるじゃないか。
 僕の頭はどんどん熱くなってきて、紙の上はもう、石鹸だか、豆腐だか、白いレンガだか、水槽に入れた牛乳だか分からない四角い物体だらけだった。
「――先生、夜食買い出し行って来ます!」

 秋の夜風はひんやりしていて、頭に昇った血がゆっくりと冷めていく。
 そっか、秋だよな、まだ。
 お正月どころか、クリスマスだってまだまだ先だ。
 枯葉を一枚、拾い上げる。
 いわゆる典型的な綺麗な葉っぱ型をしていた。
 なんの木だっけ?
 木を見上げる。
 月のない空に伸びる枝。こんな風に見上げたことが、何度かあった。
 そうだ、桜だ。
 スタジオのみんなで花見をしたっけ。締切後、朝の九時から。
 前の年は、気がついたら毛虫の季節になってて、その前の春は。
 ……先生が入院して、穴埋めに僕の作品が載ったんだ。
 原稿料、嬉しかったなぁ。
 桜の木に寄り掛かると、ジャンパー越しに、ゴツゴツした感触が伝わった。
 次の作品、出ないな。
 連載、アニメ化、印税生活……。
 大きくため息をつく。
 まだまだ絵に描いた餅、か。
 また歩き始める。
「絵に描いた餅かぁ」
 声に出して、呟いた。
「そうだ、今度のアシスタント料」
 足をちょっぴり速めた。
「正月の餅を買おう」
 いつの間にか雲が切れて、空にはまあるい鏡餅みたいな月が出ていた。


【≪ 前】【▲第5回もくじ】 【次へ ≫】