第10回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry4
森中を追い掛け回した挙句、やっとの思いで紅ヶ沼に追い詰めた。三郎の震える銃口の先には、先年河童に引かれたはずの女房と娘の姿があった。今ではもうすっかり河童に化身して、地肌は深緑色にヌメヌメと光りを放ち、背中に背負った立派な甲羅は苔生しており、頭上の白い皿の輝きも、顔の真ん中に鎮座する鋭い嘴も、五本の指の水掻きも爪も、正真正銘、河童のものだが、三郎の銃口に射竦められて、怯えた眼差しの中に揺れるその瞳は、懐かしい女房と娘のものであった。
「めったなことを言うもんじゃねえぞ。お前の女房は、お前の極道に愛想をつかして、娘をつれて実家に帰ったんじゃないか。村中の誰もが知ってることだ。それを今さら河童だ何だとありもしねえ作り話をこさえて、どうするつもりなんだ」
庄屋の説教がよみがえってきた。
「うそじゃねえ。本当に俺は見たんだ。明け方、俺の畑の隅に親子連れの河童がいただ。声はかけなかったけんど、背格好といい、身のこなしといい、間違えねえ……」
村中の誰彼となく捕まえて話したが、誰も聞く耳を持たなかった。
「そこまで言うんならなあ、三郎、その河童を捕まえてこいや。捕まえて、俺たちにも見せてみろや」
ほら吹き、嘘つきと揶揄されて、散々笑いものにされた挙句、村の衆に挑発された。その上、農作物が荒らされただの、小坊主がかどわかされただの、堤防が決壊したことから、悪天候が続くことまで全部「お前の女房と娘の仕業じゃねえか」と八つ当たりの濡れ衣を着せられた。
三郎は不自由な独り暮らしの上に、村八分まがいの扱いを受けた。三郎の女房と娘を思う気持ちは、いつしか憎しみへと変わり、『河童狩り』への執念だけが三郎を生かした。
寺の古文書を頼りに河童伝承の歴史を紐解き、紅ヶ沼の地勢を探り、河童たちの生活、習性を研究し、半年、一年と時間をかけ、じっくりと親子の河童を追い詰めた。
ぐるるるる、ぐぐ。
半分感覚を失った右手の人差し指で今、引き金を引き絞ろうとすると、三日三晩食べていない三郎の腹が胃液を捻り出すような悲鳴を上げた。
「何故だ、何故なんだ、何故なんだよう」
遣る瀬無い疑問が呪文のように沸いた。
二匹の河童が背にした沼の水面に無数の瞳が湧き上がってきた。仲間の河童たちの抗議の眼差しに曝されて、三郎は自分の犯した過ちに気づいたが、もうどうすることも出来ないと悟った。
ぱーん、ぱーん、森に乾いた銃声が響いた。