待子あかね
電話のベルが枕元で鳴る。
しくじってしまったわ、と彼女は心の中で呟いた。いつもの癖で、携帯電話を手元においてしまったことと、夜は、マナーモードにしていなかったということ。
「遠慮しないで、出たら」
苦虫を噛み潰したような顔をしている彼女に、アキラは投げかけた。気にしなくていいから、そんなことばに、より一層、いたたまれなくなる。
ベットから立ち上がり隣の部屋へ行く。
自分の家にも関わらず、別のところにいるような知らないところにいるような、そんな違和感を覚える。
ベルを鳴らした相手は出る前から分かっている。アキラの可愛い女の子だ。
「ねえ、そこにアキラいるんでしょ? 今晩のおかず、何がいいか聞いておいてくれないかしら。あたし、急にデートが入っちゃって、出かけなきゃいけないから、ね、リクエスト通りに作っておくからさ」
来年、大学入試だということは随分前に聞いたことがある。それでも、今までと変わりなく、アキラの分まで全部、ご飯の支度をしているのだとか。父親のことを、名前で呼ぶのはどうかとも思うが、彼女はアキラに指摘なんてしない。さらっとした恋人(恋人という表現がふさわしいのかさえ、最近ではわからなくなっているのだが)でしかないので、話題の中で話されることはあっても、それっきり。
あなたの可愛い子からよ、って言おうかどうしようか、ほんの一瞬迷ったが、連絡をもらうっていうことは信頼されている(のだか、わからなくなるときも多いが)のねと思い、
「マリちゃんからだったわ、急にデートに誘われたんだって。だから、今晩いっしょに食べられないけれど、アキラの好きなもの作っておくって。だから、何がいい?」って言っていたわ。
そうか、デートか、マリは、とっても美人だからな。変な男が家に遊びに来たら、心配だよ。
悪い、けど、帰るわ。
そう残し、さっさと服を着て、アキラはマリちゃんの元へ帰って行った。彼女はアキラに、お昼もいっしょに食べようと思っていたんだけど、残念ね、なんて言わなかった。アキラの後ろ姿を見ると、何も言えなくなった。
携帯電話を取り出して、さっきの着信先を鳴らす。
「あ、もしもし、マリちゃん。アキラ、今、出たから。10分ほどでそっち着くんじゃない? あたし、お昼、アキラといっしょに食べたかったんだけど、マリちゃんのためなら仕方ないわ。夕べは、こっちへ来てもらっていたしね。ごめんね。ありがと」