エントリ1
無 矢凪祐
無機質な感情が滴り落ちては
無気味な音を立てる
雑り気の無い君の瞳には
永遠に届かない
「後悔」で積み上げてきた道のりが
この胸に重く伸し掛かり
足元はふらつくだけで
前へなど進めない
全て壊してしまえたら良かった
中途半端な自分ごと
塵になってしまえば
みんな同じだから
夢に魘され続けた後で
醒めない瞳はまだ
夢を追い続けていた
「幻滅」の存在を感じながらも
何もかも始めから狂っていた
その渦の中に身を投じ
逆流に呑まれながら
私はもがくしかない
何度でも繰り返す思考回路
君に云いたかった言葉を
もう思い出せない
全てが解らなくなっている
私は天使じゃない
エントリ2
オクラ納豆妄想小噺 藤幹子
おや またいらっした
お隣りかい
お隣りよ
お止しよ あんた そう覗いたりして―
ふん、針子の楽しみ
お高く止まってないであんたも見たらイイワ
ほらあの青瓢箪
瓢箪ってぇよりはとんがらし
青いんじゃ
とんがらしでも瓢箪でも役には立たないさね
へっ
色ベレーなんて身震いする
ベレーって顔かい
もしゃもしゃと生やしゃあがって…
うふふ
何がおかしいの
うふふ
だってねえ 姐さんが言ってた
チクチクするのがいいんだっテェ
知った口をきくんじゃないよ
あのアバズレ 禄な事を教ゃあがらない
ああ 色男ぶって
しゃべりっぷり 聞いた事あるかい?あんたぁ
ネチネチぐねぐねして
腐った魚みたぁな
あたしはあんなのはごめんだね
ふふ
だから似たものでひっからまってんでしょぅよう
すごいんだから
ウラナリと粘っこの後家さんがくんずほぐれつ…
お止しったら しっ!
胸糞悪くなる
後家さん体を空けたくないのさ
イイのを見りゃ すぐしなだれついて
あの人
だって 触ると糸引くみたいヨゥ
最近じゃ
ちっと 変態性欲的ってもっぱらのウワサ…
馬鹿ね Hってぇのが流行り
Hだかなんだか知らないわよ
とにかく普通の刺激じゃもの足りないッテ
閨に持ち込むものが…
あらオクラ旦那が出て来たよ
顔真っ赤にして
これでとんがらしだったら良く売れる
やっこさん
納豆後家の趣向がお気に召さなかったかネェ
趣向ってぇ何サ
ふふふ
刺激が欲しい後家さんは
芥子を仕込んでるってぇ話
それでオクラ旦那
縮み上がっちゃった てわけ
ハハハ
そのうち本当にとんがらしでも咥えこむかね
こわいこわい
ハハハ ハハハ ハハハ……
(それでも未練の糸引いて オクラ旦那 去っていく)
作者付記:オクラ納豆。オクラを茹でて刻み、納豆とあえて味付け。美味しいですよ。
エントリ3 この世界の終わりに トノモトショウ
闇深き午前五時のシャングリラ
超能力者の俺は半身のまま
疾走する熱病列車に乗っている
耳の悪い中年男が向かいに座り
しきりに腕時計を確認している
時間はまだ進んでいるか?
世界はまだ生きるに足るか?
名無しの眼鏡の縁には赤十字の刻印が並び
銀色のガラスの点滅が反射している
鼻の奥まで指を突っ込んで
今まさにスイッチを押したようだ
これがテロリズムと呼ばれる彼らなりの戯れだ
ハハ予想通り
それから一時間後の車内
ということは午前六時の世界のエンディング
夜明けとは裏腹の曖昧な境界を生み出し
誰もが輪郭を失ってしまうのだ
取り残された俺の魂だけが
泣いている
のか?
再び時間を戻し
午前五時二十三分の駅前通りにて
偶然すれ違った義理の母親に
あなたは神を信じるが、
神があなたを信じることはない
と焦点の合わない視線を投げかけ
足早にホームセンターの方に駆けていくが
途中の交差点で消滅した
それから彼女には会っていないし
結局何を目的とすれば良いのかわからず
(はずもなく)
(夢は覚めて)
群集は爆発しろ
群集は爆発しろ
群集は爆発しろ
と、思わず俺は言っていた
午前五時に
エントリ4 皆殺しのための100行 大覚アキラ
無からすべてが始まったというのは真っ赤な嘘で
始まりなんてそもそもなかったのだろう
すべては元々そこにあったに違いない
ただそれではあまりにもだらしがなく
物語の語り手としては都合が悪いので
なんとなく無ってヤツをスタート地点に置いてみたら
それっぽく見えたのでそうしただけのことだ
さてそうやってだらしなく始まった
否
だらしなく元々そこにあったすべてだが
あまりにもだらしなく無秩序だったので
このままではどうしようもないというワケで
そこで言葉が登場した
言葉は上手い具合にすべてに意味を与え
意味が与えられたことによって
すべてはそれなりに秩序を持った世界を形作っていった
言葉の誕生以前は
すべてが
意味もなく喚き散らしたり吼えたり泣いたり寝そべったり
どうしようもなかったのよ
ホントに手がかかる子で
と
母が苦笑しながら台所から現れた
右手には味噌汁茶碗
左手にはカレイの煮物
テレビでは死刑制度の是非について
いわゆる知識人どもがお互いを口汚く罵りあいながら
白目を剥きながら議論している
新聞越しに醒めた目つきでブラウン管を眺めていた父は
やがておもむろに語り始めた
殺すという言葉を口にすることは甚だ容易い
だがしかしそこには覚悟がなければならない
殺すという以上は
自らも殺される可能性があるという覚悟だ
その覚悟なくして殺すという言葉を吐く者
あるいはそんな覚悟など脳の片隅にもないまま実際に殺す者
そんな人間には殺す資格はない
殺していないつもりの我々
殺すなんて口にしたことのない我々
殺される現実なんて想像さえしたことのない我々
そんな子羊のような我々でさえ
殺し殺される輪廻から無縁ではいられない
生きることは己の命を生かすことであり
そのためには他者の命を奪わなくては生きてはいけない
つまり我々の日々の生活
我々の数十年の人生
それらはすべて殺す日常であり
殺す歴史に他ならない
傍観者を気取ってみたところで
実は我々全員が同じリングの上に立っているのだよ母さん
それじゃあまるで
私たちはみんな
人殺しじゃあありませんかお父さん
母は刃渡り30センチの出刃包丁を握り締め
台所に突っ立っていた
母の頭の向こう側にはオレンジ色の電球がユラユラと揺れ
まるで聖母か鬼子母神のごとく
ああ
この人は確かに私の母なのだと
ふいに再確認した
落ち着け母さん
母さん落ち着くんだ
父はさっきまでの達観した口調から一変し
しどろもどろになりながらまくし立てる
つまりは覚悟だ
いや意味だ
所詮は物語だ
というか言葉だ
そう言葉
言葉だ
言葉の問題だ
例を挙げてみようか
おまえのことを母さんと呼ぶ私は決しておまえの息子ではなく
私のことをお父さんと呼ぶおまえも決して私の娘ではない
そしてここにいる私たちの息子は
こんな状況をただ眺めながら
写生でもするように詩を書いているのだよ
どうだ不自然だろう
その不自然さはすべて言葉のせいだ
結局すべては言葉の問題なんだ
誰かが適当に作り出した言葉によって
意味を与えられた世界に我々は生きているわけで
どんなに足掻いたところで
言葉の壁を乗り越えることはできないだろう
そういうことだよ
なあ母さん
とにかくその刃渡り30センチの出刃包丁をしまいなさい
お父さん
あなたは一体
何を言っているのですか
私たちは同じリングの上に立っているのですよお父さん
母は晴れやかな笑みを浮かべながら
刃渡り30センチの出刃包丁を振り下ろした
そうだ
無からすべてが始まったというのは真っ赤な嘘で
始まりなんてそもそもなかったのだろう
すべては元々そこにあったに違いない
畳の上にだらしなく横たわった父の体から流れ出る
真っ赤な血を眺めながら
そう思った
エントリ5
時計 紀茉莉
・― ・・ ・・
―― ―・ ・・
―・ ・― ・―
か つ て
―― ・・ ・― ・・ ・―
―・ ・・ ―― ―・ ―・
―― ・― ―― ・― ・―
で あ つ た
・― ・― ・・ ・― ・・ ・― ―・ ―・ ―・
―― ―― ・― ―・ ・・ ―・ ・・ ・― ・・
―・ ・― ―― ―― ―― ・― ・・ ・― ・―
か な え ら れ た も の と
・― ・― ・・ ・― ・・ ・― ・― ・・ ・―
―― ―― ・― ―・ ・・ ―― ―― ―・ ―・
―・ ・― ―― ―― ―― ・― ―・ ・― ・―
か な え ら れ な か つ た
―・ ―・
・・ ・―
・・ ・―
も の
・・ ・・ ・―
―― ―・ ・・
―― ・― ―・
う つ し
―・ ―― ―・ ・・
・・ ―・ ・・ ・・
・― ―― ・― ・・
と ど め
・― ―・ ・・
・― ・・ ――
・・ ―― ――
ひ ろ う
・― ・―
・― ―・
―― ・・
い ま
作者付記:竹久夢二をよむ
エントリ6 商店街の片隅で kikki
少女は逃げてゆくので
その美しい足も
指先や
いじらしい思いも何もかもが
汚く映る
妄想
Wednesday,May 27,2015
吐き気くらみの中
歩く白昼は腐れた匂いと清楚な佇み
喪服を来た男が7人
固く口を閉ざした商店街で破綻し骨の山を築く
足下に踏み潰された赤い花
走り去る自転車がきゃらきゃらと笑う
嫌いなら嫌いと言えときゃらきゃら笑う
男たちは振り返り目をそらし
僕は振り返らない
水たまりがちらばっている
仰げば空は水の色で
ひびわれたバス停のコーラ色のベンチ
老人は正面を見据え
子供たちが制服を着ている
現実
もうすぐ雨と夏がやってくる
Wednesday,May 27,2015
鳥がさえずり木々にまとわりつきながら
いつか商店街の片隅でカラスの餌になる日を想像する
僕は太陽の刑浴びてくるくる回りながら
いつか
商店街の片隅で
エントリ7
黄昏から夜明けまで ヨケマキル
入って来たでしょう
さっきわたしが見た
ねえ
白昼夢に
持っていたでしょう
臆病で
キララなナイフを
隠していたんだね
カーテンを開けると
知らない町の風景が
ラジオから流れ
それはユーモレスクでして
この
水の惑星は
黄昏です
滲みオレンジがぼんやり
遠く遠くから
何十年も前の工事現場の音が
風に乗り届く
オルガンという言葉の響きが好きで
弾けもしないのに買ってしまった中古のそれが
誰かの指で鳴り出すのを
部屋のすみっこで待っていて
窓の外では幽霊が灯群れていて
ソプラノがサーチライトとなって
少年と少女を殺すのだ
from dusk
この砂漠もいつかは森であったように
till dawn
叩く 光 いびつ ちぎれ
それは
宇宙のリズム
もう眠ってもいい
夜明けに
うっすらと見えるのは
それは恐懼の塔という名で
エントリ8 サンダーマイン ぶるぶる☆どっぐちゃん
虹を破壊した男。
「オーロラを見たんだ」
凍てついたキャンピングカー。オーロラの傷。
神殿のように凍てついたキャンピングカー。
「オーロラを見たんだ」
聖剣グラムを持って、サングラスをかけた男。ポルシェで高層ビルから飛び降りる。でも死なないのさそういう男は。男は人を殺したことがある。愛する人を殺されたことがある。
愛する人を殺したことがある。
愛してなどいなかったんじゃないか、と思ったことがある。
「誰のために鐘は鳴る?」
お前のために鐘は鳴る。
ジギープレイドギター。
階段を昇り続けている。
悲しみなんて感じるわけも無く。
階段は壊れ続けていく。
「壊して。お願い。めちゃくちゃに、壊して」
「なんて美しい」
廃墟。瓦礫。人間。
「とても美しい」
「また作り直しだ」
アンタレス。
アンタレス輝くお前。
「なあ、なにをどうしようか。なあ。聞いているか。まあどうでも良いか。そうだな。地図でも書いてみるか」
公園には紳士の銅像がいつも茂みに突っ込まれておられる。
誰の仕業かは知らないが、見つけたら直してやる。
重い石像だからなかなかの重労働である。
踊る男。雪の上を、踊る男。
「コーヒーをくれないか」
これは無謀な願いか。美しい男。美しい揺らぎ。一瞬と永遠。演算は繰り返される。可能性は試され続ける。虹を破壊した男。神殿。虹色の眼球譚。オーロラを見たんだ。
「ただの、ガラスだまだね」
「美しいね」
神殿。
モザイク画。
炎など熱くなく。ガラスを突き破り、あなたを手に取る。あなたは目を閉じる。
クモは餌にした蝶の羽をつけて羽ばたく真似をしていた。
虹が凄い数だ。
虹。
ソフトクリームが溶けてしまった。
今年の夏は暑い夏では無かった。
今年の夏は大切な夏では無かった。
世界は変わろうとしている。今皆の手のひらの中に小さな地球儀が乗っている。ハイテク機器なので世界で何が起こったのかすぐ更新されるのだ。アフリカ大陸の真ん中には大きな穴が開いていた。それは何処かへ行けそうな穴だ。いや、過去からの穴だ。過去からの復讐の穴だ。
いかづちの中に書かれた文字。詩。
そんな絵を描いていたのか。
いなづまを掴む。
サンダーマン。
「いなづまを捕まえた男を知っているか?」
「さあ」
「いなづまを捕まえた男を知っているか?」
「知らないねえ」
「いなづまを捕まえた男を知っているか?」
「聞いたことが、あったような気もするが。
知らないね」
エントリ9
綺羅沼城址公園 ながしろばんり
電車の窓から見える
多々良川の全景
広い広い川原に
光と影がまだらに散らばっている
次の駅で降りて
20分の後戻り
こんなことだったら
鉄橋から飛び降りてしまえばよかったねと
君は笑う
いない君が笑う
いない
平日昼間だというのに
鴨撃ちの猟師がうろうろしている
その間を
遠足の子供達が走り回っている
走り回る
こどもの前髪を
弾丸がかすめる
大縄跳びで遊ぶこどもの
大縄の5ミリ下を弾丸がかすめる
シーソーの金具に当たった弾丸が
アルミニュウムの弁当箱を貫通する
鴨は
鴨は
鴨は
鴨はどこにいる
地表のまだらはせわしなくて
鴨の小さな陰は見分け難い
撒き散らされる薬莢を
こどもたちが川に投げる
投げても、
投げても平べったい石ほどは飛ばないが
でも、きらめくから
こどもは薬莢が好きだ
薬莢も
火薬の匂いのする父親も好きなのだ
ああまた
天下取りのボールを貫通して
弾丸が鉄橋に向かって飛んでいく
ぎぉんと音がして
一斉に鴨が飛び立った
誰も撃たない
何も撃たない
弾が尽きて
投げるものも無くて
しかたなく鴨の大きな尻を見上げている
こどもたちは
いっせいに携帯で写真を撮っている
エントリ10
愛なんて 葉月みか
隣の花は真っ赤っかで
逃がした魚は史上最大
だから
盲目にでもなんないと
やってらんないのよ
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