エントリ1
鏡 ソラ
鏡は僕を映し出す
僕の瞳を
僕の涙跡・・・
人の感情を映し出そうとする
「僕」は「僕」
鏡のヒトは「僕」なの?
鏡に問う
答える事を知らないのに・・・
あの方なら
なんて言っただろう・・・
僕は鏡から離れた
何も知らない鏡・・・
一瞬
古びた鏡はまるで
光輝く太陽の様な面持ちだった
作者付記:「鏡」をテーマにした作品です。「僕」の心の中について語っている(・・・はず)
悲しい感じ→明るい感じに移っていきます
・・・ゎかってくれれば良いけど((汗
エントリ2
HENRY Tsu-Yo
「ヘンリーってのは
どこの国のサッカー選手だい?」
ねえ、母さん
ヘンリーはアイルランドの選手だ
ヘンリーはアイルランドのカレッジのチームで
今日もベンチを温めている
ヘンリーの親父さんはスコットランド人で
それはそれは酷いサッカー狂いだけど
ヘンリーはそれほどサッカー狂いってわけでもないんだ
どちらかといえば6:4ぐらいで女の子に狂ってる
けど、母さん
ヘンリーは今日も死ぬほど必死で練習しているんだ
ヘンリーは監督とそりが合わなくてさ
今日はとうとうベンチにすら入れなかったよ
けれどヘンリーはそれほど下手なわけじゃない
ただちょっとアイツはドリブルが好きで周りが見えてないんだな
それに大好きだった女の子にふられたばかりで
落ち込んでもいたんだ
そうだ、母さん
ヘンリーはフォワードの選手なんだ
ヘンリーはとにかくセルフィッシュなプレイヤーでね
ボールを持っている奴が王様だなんて
アイルランド人のくせにブラジル人みたいなことを言うんだ
スコットランド人の親父は相変わらずのサッカー狂いだよ
そのせいでヘンリーが七歳のとき
母親は家を出ていってしまったんだけどさ
「ヘンリーのユニフォームは
ずいぶんと日本代表のユニフォームに似ているねぇ」
ああ、母さん
それはヘンリーのユニフォームじゃないんだ
それはアンリのユニフォームなんだ
HENRYって書いて“アンリ”って読むんだ
アンリはフランス代表のスーパースターだ
本当だよ
ヘンリーはアイルランド人だし
特別な人間じゃないから
レ・ブルーのメンバーには選ばれないんだ
けれどヘンリーはサッカーを心から愛している
これも本当だよ
アンリがフランス国民の期待を一身に背負って
華麗なゴールを決めるとき
ヘンリーはサッカー狂の親父の期待を背負って
泥臭いゴールを決めるんだ
でも、母さん
アンリだってヘンリーだって一緒だろ
だれだってひとつの情熱の裏に
いくつもの人生を抱えているじゃないか
きっとアンリだってかつて
女の子にこっぴどくふられたこともあるさ
きっとヘンリーのゴールもいつか
親父以外の誰かの心に深く突き刺さる日がくるさ
だって、母さん
誰だって自分の才能のなかで
幸せになる権利ぐらい持っているだろ
なあ、そうだろ、そうじゃないか
エントリ3 遠くで笑って 桜はるらん
夏休みのあいだ毎日通った
中目黒のあのアパート
今ではもう無いでしょう
スナックのバイトとバンドの練習で
疲れきったあなたは
お昼頃まで寝ていたね
いつかあなたのコンサートで
花束渡すのが夢だった
それがふたりの・・・
2学期がもうすぐ始まるね
急行待っている素足のサンダルに
秋の風吹いて涙がこぼれた
握り締めていた合鍵を
返してくれなんてウソでしょう?
優しく私の髪撫でて
きつききつく抱きしめたあれもウソなの?
「卒業だけはちゃんとしろよって」あの十字路で手を振った
あなたと海で焼いた背中がまだ痛いよ
大人に逆らう力も無くて学校辞める勇気も無くて
卒業式はあっけなく終わって型通りのレール歩く
投げやりな私の耳に流れてきたヒットチャートは
いつも私に歌ってくれた懐かしいあなたの声
あなたのポスター指さして「昔の彼よ」って
私が言うとね みんなが笑うのよ
だから私も笑うの
「そんなのウソよ」って笑うの
あなたもきっと笑ってね
遠くできっと笑ってね
「そんなのウソ」って笑ってね
遠くできっと笑ってね
作者付記:一応、ラブ・ソングですが、
自身の体験か、創作かは、みなさんのご想像にお任せします。
エントリ4 アメリカン・ブレックファースト 大覚アキラ
ダイニングテーブルのうえには
いま
まさに呪いのかたちがある
パン
なみなみと注がれたぶどうジュース
半熟の茹で卵
干からびたベーコン
銀のナイフとフォーク
それらすべてが
不自然なバランスで配置され
それによって意味を与えられている
笛吹きケトルのけたたましい叫び
だらしなく漂ってくるコーヒーの匂い
隣室のドアの隙間からは
赤ん坊が火が点いたように泣く声が
いつまでたっても
誰も
テーブルには着かない
ダイニングテーブルのうえには
呪いのかたちだけが
冷え切って
蝿がたかりはじめていて
誰もいない
エントリ5
傷 海月
人はみな、傷つくために生まれる
生まれた頃は傷一つ無いまっさらな体なのに
転んだり
ぶつかったり
様々なものと触れ合い
そして傷つく
心も傷つく
信じてた人に裏切られたり
嫌なことを言われたり
好きな人にふられたり
様々な人と触れ合い
そして傷つく
でも人の体は不思議だ
傷ついてもかさぶたが出来るし
薬を塗ればすぐに治る
でも人の心も不思議だ
傷ついたら心に見えないかさぶたが出来る
でも心の傷はなかなかすぐには治らない
薬も売ってない
なんで同じ傷なのに治らないんだろう?
なんで同じ傷なのに薬が売ってないんだろう?
答えは見つからぬまま
今日も僕は同じクラスメート達に
心と体を傷つけられる
でも一つだけ逃げ道があったんだ
「人は傷つくために生まれるもの」
そう思えば少しは傷が癒える気がした
エントリ6 後悔 有機機械
タクシーの後部座席で
あたなと僕の手と手が触れ合う
互いの手がぎこちなく力んでいて
全神経が指先に集中しているのが分かる
刹那のような、永遠のような2秒間の後
離れる手と手
あの時あなたの手を握ってさえいたなら
そうしたところで僕達の状況は
何一つ変わらないことは分かっているし
あなたの本当の気持ちは何一つ分からないけれども
それでもあの時あなたの手を握ってさえいたなら
せめてなにかのしるしとして
エントリ7
ニュークリーチャー 佐藤yuupopic
この身体は魂の入った容れ物だと思ってる。
不良箇所はそこそこあるけど
それなりに気に入っている。
丈夫で長持ち。生まれてこの方、骨折知らず。虫歯が少々。
この身体で少しでも長くこの世界を楽しめたらいい。
二年前に煙草を止めた時
新しい生き物に生まれ変わった。
先日何年かぶりにきみに再び出会い
また
生まれ変わった
気がする。
一昨日の朝。
通勤途中
いつもの道
通りかかった庭先の
木々
風が吹いて
道路に
小さな果実
ぽとん と 一つ
俺は拾って
ポケットに入れる
スーツの胸が
甘く
青く
香る
混雑した通勤電車内
鼻先をくすぐる
香り
きみの
髪の匂いに似ている
一緒に歩く時
俺だってわかるはずないのに
覚える気もないくせに
目に映る植物の名前をいちいち聞いてくる
きみを
思い出して
抱きしめたいと
不意に
思う。
この間、真夜中
シャッターが閉まった商店街を歩きながら
きみが
ある店に差しかかった時
「あなたの十九の誕生日にあげた瀬戸物の貯金箱は
この店で買ったんだよ」
といった
まだ俺たちが
どう間違っても
手をつないで歩くなんてことがなかった頃
きみがくれた
ロマンチックの欠片もない
プレゼント
俺たちは知り合ってから
もうずいぶんと時間が経っているのに
お互いのことを本当に知ろうとし合うようになってからは
まだほんのわずかだ
大抵いつでもお互いに恋人がいて
ずっと友だちだった
どうしてこんなふうに
一緒にいるようになったのか
かなり不思議だけど
全てはそうなるようになっていたとしか
今になっては
思えない
「あれから十余年、何度か引っ越したけど
あの時もらったカネゴンは今も押入れの二段目にいて
日々小銭を食べて満足げだよ」
と伝えたら
照れくさそうにそっぽを向いた横顔
頬にくちづけたら
赤くなった
ああ。
そんなことを連鎖的に思い出している
俺は
田舎へ帰る新幹線の座席だ
ごしゃごしゃのアタマで
平静を保つための拠り処として
無意識に
きみの
姿や
声
髪のにおい
指や
身体のあたたかみ
そんなものに
必死にすがっている
自分に
たった今
気づいている
窓の外は日差し明るく
車体が進むごとに深まる緑、
燃える七月
俺は
ばあちゃんに会いにゆく
これが
最後だ。
ばあちゃんは
田圃に囲まれた老人保健施設に入っていて
会いにゆくたびに俺のことをわからなくなっていった
ベッドに腰かけて
足をぶらつかせ
島のように記憶が飛ぶ時期を
とうに過ぎていた
かつては
俺を叱ったことも
じいちゃんに口応えしたことすらなかった
ばあちゃんは
もう何が何だかわからなくなっていて
職員さんや園の仲間に乱暴を働いたり
暴れてベッドから落ちて
あちこちにあざをこしらえていた
園の旧式なカセットデッキから流れる
童謡に
しわがれた声で
壊れた機械のように繰り返し合わせていた
ばあちゃんのアタマんの中の
レコード針が飛ぶ
ランダムに歌われる歌詞
言葉に宿った意味は
失われ
声だけが
宙に浮かんでいた
時折夢に出てくる光景がある
幼い俺の手を引いて
ばあちゃんが海岸線を歩いている
ばあちゃんは
齢を感じさせぬ鈴をふったような声で
わらべ歌を教えてくれている
俺は足りない舌で真似る
ばあちゃんが笑う
それがうれしくて
俺は必死で真似る
生成りの日傘
大きな柄の花模様のワンピース
浜の風に
防砂の松の枝も
日傘も
ワンピースの裾も
ゆれる
うんと老人のように思っていたけど
今思えば七十過ぎくらいで
たいしてお年寄りでもなかっただろう
ばあちゃんの声と
俺の声と
響き合う
道に伸びる
手をつないだ大小の影
極めて
心地好い夏の昼下がり
はたいてもらった
ベビーパウダーの香り
この夢から目覚めると
最近は泣いていることが多い
夏休みにばあちゃんの家に泊まりにゆき
いとこ連中と日々を過ごすのが
一人っ子の俺の毎年の楽しみだった
先に亡くなったじいちゃんが
生きていた時分は
台所のこともばあちゃんがしていて
お昼にはよく
くじらの入ったにゅうめんをこしらえてくれた
今くじらを食べる国の俺たちは
いろんな国から非難を受けているけれど
そんなことが未来に起こるなんて
全く知らないで
腹をすかせて海から帰った俺たちは
ばあちゃんが出してくれた
くじらのだしの効いた
そうめんをあたたかく煮たやつを
アタマを寄せ合ってふうふう食べた
まっ黒いおつゆ
あの味が恋しい
ばあちゃん
もう一度
食べたいよ
今年の春、
最後に訪ねていった日。
俺が園を去る時
ばあちゃんは食堂で
おやつに出されたプリンを頬張っていた。
かつては季節ごとの植物をあしらった着物を
粋に着こなしていた呉服屋の女房は
洗濯した時に他人のものと混在せぬように
フルネームが大きく書かれたシャツと
記名済の上履きと
ビニールのエプロン姿で
プリンを頬張る
ぼんやりした目の中に
既に俺は
いなかった。
彼女の智慧はどこで奪われたのだろう
裁縫上手で料理上手
書をたしなみたくさん本を読んだ
違う
あれは本当のばあちゃんじゃない
お願いだ
あの人を責めたり憎んだり厭わしく思ったり
どうか
誰も彼も
するな
俺もだ!
青々と稲ゆれる田舎道
畦を抜け
日本で一番長い川に沿った土手に出て
無我夢中で歩いた
水面が日差しを反射し
岸に寄せられた
ぼろぼろの船に
きらきら照り返していた
草いきれ
激しく打つ鼓動
溢れ出て
止められなかった涙の
熱さ
あの午後
が
俺の内から
去らずに
今も
在る。
新幹線の駅に着き
レンタカーで山を越えて一時間弱。
ばあちゃんは
もう何年も戻ることのなかった
自宅の奥の間の
自分の布団で
寝息を立てることなく
ひっそりと眠っていた。
薄く化粧をほどこされ
白い着物をまとって
川を舟で往くわずかな渡し賃をたずさえ
小さくかわいらしく眠る
その顔には
知性が戻っていた
抱きしめたら
なんの抵抗もなく
もう体温も引き
こわばり始めていて
顎が
かくりと
うつむいた
頬に指を触れると
のめって沈み
跡が残る
ああやはり。
そうだ
俺たちはそれぞれに魂の入ったちっぽけな容れ物で
魂が失われれば容れ物が残る。
でもそれは
卑下でも悲観でもなく
ただ客観で
そして残された容れ物は
争いも苦悩も茫漠も想念も全て跡形もなく消え去り
ただ美しく
愛しいのみ。
通夜はこじんまりと
たいそう感じよく執り行われた。
葬儀屋の担当の女性は心配りの行き届いた
素晴らしい仕事人だった。
こんなことでもなかったら会うこともないだろう
遠縁や血のつながらない縁者が一堂に介し
酒を酌み交わし馳走を口にし故人の思い出を語り
生きていることと死んでいることが
どれだけ紙一重なのかを共に噛み締める
平素はみなそれぞれの生活を生きるのに必死で
互いのことなど失念している同士が
どんな時よりも血のつながりの濃さを感じる
ひととき。
切りたくても切れない
縁は異なもの
この時間は亡くなった人がくれる
最後のプレゼントだ。
葬儀の朝早く
式場で段取りの最後の打合わせをしていた時に
担当の女性が淹れてくれたコーヒーは
とても好い香りがして
疲れた心身にしみた
「わたしはコーヒーを淹れるのだけは上手なんです。
いつも夫に褒められるのはこれだけなんです」
微笑んだ彼女の指に
シンプルな指輪がまだ眠そうに光っていた
きっと旦那さんはこの人を深く愛しているだろうと
本能的に感じて
胸があたたかくなって
俺は
きみの声が聴きたいと思った。
けど
そっちは会社だろうから
電話をかけるのは
止しておいた。
葬儀は滞りなく終わり
彼女は
斎場に向かう棺を納めた
黒塗りの車に乗った俺たちを
手を合わせ
腰を折り
いつまでも姿が見えなくなるまで
見送ってくれた
黒いストッキングに包まれた
細いけれど丈夫そうな足首が
誠実そうに垂れた彼女の頭(こうべ)と
深く折った腰と
身体の重さをしっかり支えていた。
彼女はただお金をもらって
自らの仕事を忠実に全うしたに過ぎないだろう
それでも、
俺は本当に有難かった。
彼女に葬(おく)ってもらえて
ばあちゃんはしあわせだと
どこにでも尊敬出来る人や仕事は
あるのだと思った。
たぶん俺よりも年若く
社会人経験も少ないであろう
彼女から
俺はある種の感銘を受け
何かをもらったように思った。
目には映らずともそこに確かにある
光に似たもの。
俺にも出来ることは何かあるのだろうか
俺の仕事も誰かにとって
彼女のようになんらかの支えになるものであれたらいい
そう、願わずにはおられなかった。
本当に有難う。
葬儀の帰り道。
行きは先に到着していた母親を乗せ
駅に向かう山道で車を走らせていて
少し道に迷った
そのうち
不意に視界が開けて
草原が広がった
ただ広い中央に大きな一本の木が生い茂り
枝には実がなっている
引き寄せられるように車を止め
俺は木に近寄った。
車中の母親は不思議そうに
でも何かを理解したように
黙って俺を見守っている
その姿が見える訳ではないが
背中でそれを感じていた
たわわに実る枝
その実は紅い
枝も葉の形も林檎に似ているように思うけれど
こぶりでやや面長な実の形が異なる
陽の加減で金色にも見える
風が吹く
静寂。
木をゆする風が生む
葉ずれの音
遠くに鳥の声
かすかに
頗る
静か。
この光景は
俺の心が生んだ
幻なのではないかと
幾度となく
目を閉じて
網膜の裏に即席の闇を作り
ふたたび目を開けるが
やはりそこに在る
消えてはいない
そこに
在る。
ぽとん と 実が 落ちる
思わず 拾って つややかな朱の肌に くちづける
きみにあげたいなと 思う
どんな顔で
受取るだろう
きっと
「ありがと」
て
この
実のように
頬を赤らめて
笑うだろう。
ねえ
この木の名前はなんていうんだい
いつも聞いてばっかりのきみは
俺が聞いたら
なんて応えるだろう
魂が去った後
容れ物になって
その代わりに
再び知を宿したばあちゃんの顔は
俺に
今まで知らなかった
新しい考えをくれた
その考えの名前は
「希望」だ
生命を全うする道中
望むと望まないとに関わらず
俺はたくさんのものを失ったり
奪われたりするのかも知れない
それはとても怖いことだ
けれど
最後に
静寂の中で
あんなにも美しい容れ物になれるなら
これから生きてゆくことを
必要以上に恐れることはないのだと
思えて
力が湧いて来る
そして
最期に
俺がそんなふうに
新しい生き物に生まれ変わる時
きみが
そばにいてくれたら
どんなにかいいだろうと
思う
ああ。
この草原広がる風景は
やっぱり俺の心の中だったみたいだ
木の実が
ぽとん と また 一つ
落ちる
またきみの声が聴きたくなる。
思わず話しかける。
俺の世界の全部を
きみにあげたい。
ねえ、
あの木の名前はなんだい
俺に教えてくれないか。
エントリ8 デニムスター 21CB
明るい午後の光を浴びて
自転車 走らす噂の君は
確かに聞こえたデニムスター
最終回の裏側で
無邪気に笑うその横に
そっと座ったデニムスター
微炭酸の夏の色
ひまわり色の花時計
歪んだメガネのデニムスター
ラッシュアワーの人ゴミを
転んで、支えて、涙して。
タバコをふかしたデニムスター
全てを知ったような目で
実は何にも知らないけれども
心を打ち抜くデニムスター
嘘で迷路を作り上げ
気が付きゃ自分も閉じ込められて
一人で泣いてるデニムスター
エントリ9
あなたを好きでいるあいだ 柿坂鞠
あなたを好きでいるあいだ
わたしはわたしを好きでいられた
あなたを好きでいるあいだ
わたしはみんなを好きでいられた
あなたを好きでいるあいだ
淡い希望を持っていられた
彼女じゃなくて
わたしをって
彼女への不満を信じて相談に乗っているうちに
情が移っちゃったなんて馬鹿みたいだけど
あなたのその優しさが薬から毒に変わるまで
大して時間はかからなかった
「何だかんだ言って
彼女のことが好きなんだよね」
わたしの気持ちを知りながら
ゲームを楽しんでいるかのよう
許せなかった
相手のことを思うなら
憎まれてでも
切ってほしかった
あなたからできそうもないから
わたしが切ってあげました
あなたを好きでなくなったら
何もする気になれなくなった
あなたを好きでなくなったら
急にチョコレート中毒になった
あなたを好きでなくなったら
狂わないでいられる方法を探す毎日になった
「あなたを好きでなくなったら」
まだ好きなんだと認めざるを得なくなった
苦しいけれど頑張るよ
だって 見えるもの
これを乗り越えられた時のわたしの
清々しい笑顔が
あなたを好きでいるあいだ
わたしはわたしを好きでいられた
あなたには感謝の言葉しか出ない
だって
誰かを愛していないときでも
きっと自分を愛せるということを
教えてくれたから
エントリ10
てる 三毛猫ロック
我輩は猫である
名前は、あるが言わない
そのほうが黒猫っぽくてかっこいいから 三毛猫だけど
我輩の家の窓際で、いつも首を吊っている男がいる
この男を、我輩はテル坊と呼ぶ
本人は「自分はテルだ」と言い張るが、若造なのでテル坊と呼ぶ
恥ずかしがり屋であるこの男、常に顔を白い鼻紙で覆い隠しているのだ
そんなことだからいつまでたってもテル坊なのだ、と我輩は言うが
この男曰く、顔を白い鼻紙で多い隠すほうがかっこいい、らしい 納得
我輩の主人は雨の日になると必ず、テル坊を窓際に吊るし上げる
明日は娘の遠足とやらが行われるらしい
テル坊が首を吊った次の日には、雨が止むと主人は娘に言う
次の日、博識である主人の言うとおり、雨は止んだ
娘は晴れやかな笑顔で遠足とやらに出かける
テル坊は、顔面蒼白状態でマジックで描かれた笑顔を我輩に向ける
「首を吊るのは楽しいのか?」私は聞く
「これも仕事ですから」少し苦しそうにテル坊は返す
昼を過ぎても、テル坊は首を吊っていた
どうやら主人はテル坊のことを忘れてしまっているらしい
「やれやれ、困りましたねぇ」
少し白目を向きながら、テル坊は苦笑する
仕事で昇天しそうなテル坊が少し哀れに見えてきたので、
我輩はテル坊と遊んでやることにした
自慢の肉球でテル坊を突くと、
糸に吊るされた五円玉の如く、この男は楽しそうにブラブラとグッタリする
「あはは、やめて下さいよ」と、テル坊は楽しそうに白目を向く
そしてブラブラの反動を利用して、私はテル坊を更に強く突いた
爪が引っかかり、テル坊の笑顔が少し歪んだ
午後10時の昼寝から目覚めると、テル坊は窓際から消えていた
どうやら主人がようやくテル坊を休ませてやったようだ
鼻紙を剥がされ、ゴムボールだけの全裸になったテル坊が
テーブルの上で子供のように転がっている
雲がざわついている。きっと明日も雨だろう
テル坊よ、お前は明日も首を吊るのだろうが
我輩は雨は嫌いではない
作者付記:ここのサイトでは初投稿となります。
はてさて、皆さんに気に入っていただけますでしょうか…?
エントリ11
7月13日、雨 空人
1
最近 いろいろなことが虚しく思えてきてしまって
生きていくのが 本当に重たくなっているのです
働いて 稼いで でもそれは
すぐに目の前を 通り過ぎていってしまって
食べて出して また食べて
5分後には 忘れてしまうような会話をして
眠れないのに 目を閉じて
毎朝 顔を洗って 変わらないのに
自分の存在を 鏡で確認するのです
いったい 何をしているのでしょうね 僕は
ただ 毎日を歩いているだけなのです
隣の住人の ときどき嫌な咳をするのが こちらまで聞えてきます
2
雨が降っています
もうすぐ 7月も半ばだというのに
僕が子供の頃は こんなに梅雨明けが遅かったでしょうか
もう いまくらいの時分は
蝉の声と 大きな太陽と 雪ダルマのような入道雲が
幅を利かせていたような 気がするのですが
僕の勘違いでしょうか それとも
僕が大人になって 忘れてしまったからでしょうか
カタツムリには 性別の概念がない それは幸福なことかもしれません
3
何でしょうね 人生の半分も生きてない男が
こんなことを言って
きっと あなたは笑うでしょうね
でも あなただって 生きるのをやめたいって思ったこと
一度くらいはあるでしょう
僕は 毎日思います
笑っていても うれし泣きをしても その裏側で いつも
このまま ふいっと いなくなれたら いいな って
周りの人のこと 考えますよ もちろん
でも 悲しみは それほど長くは続かないものです
あなたへの悲しみが いま それほどでもないのと同じように
薄れて いつかは 忘れてゆくんです
あなただって きっと同じはずです
4
最近 肉を食べていないんですね
そう 大好きなのに
毎日 味噌汁と 納豆とご飯
それに 煙草も止めているんです
そう あんなに好きだったのに
でも 両方とも それほど苦しくないんです
それが 僕には 何だか悲しくて
好きなものも 簡単に諦められるのかな って
そうじゃないでしょ
きっとあなたは 咎めるでしょう
でも
そういうことなのです
あなたの中では違っても
僕の中では 同じことなのです
それが良いことでも 悪いことでも
遠くから 6時を伝えるサイレンが聞えてきます
5
生きることに意味はない
死ぬことにも意味はない
そんな風に 堂々と 言い放ってみたいと思います
でも いまの僕には ちょっと無理みたいです
その言葉を受け入れる覚悟も ないのですから
本当に 甘えん坊の 子供ですね
僕が泣いているのを見て
あなたは 子供のままの笑顔を見せるのでしょうか
非道いですよ 自分だけ
ずるいじゃないですか
僕はあのとき ただ俯いて 頭の中をからっぽにすることしか できなかった
6
雨は 明日も降り続くのでしょうか
今日は少し寒いので あたたかいココアでも作ろうかと思います
こんな夜は
あなたの声が 聞きたいと思います
そう あなたの声は
モノのように古びたりはしないし
お金のように どこかへ行ったりはしない
そういうものに 触れることができるなら
僕はまた少し 明日に光を探そうと
そんな気持ちになるのです
あなたの声を 雨越しの夜に聞いてみたい
僕のそんなわがままを この空の向こうでまた
あなたは笑うのでしょうか
エントリ12
今は別に欲しくないのだけれど ヨケマキル
昨年の今頃
海の近くのいなか町に 家を借りて引越しました
ほとんど歩道の無い国道沿いを
走る車すれすれに歩き
海に行ったりしました
夏祭りの抽選会に参加した
1時間近くならんで
やっと抽選券を手に入れたのに
僕に自転車は当らなかった
僕に自転車は当らなかった
仕方ないので帰り道
藍色浴衣のお姉さんに
声をかけて何とかしようと思ったのですが
抽選会同様 思い通りに事が運ばず
リンゴ飴おごるだけの結果になった
とにかく僕に自転車は当らなかった
12時近く家に着いて
車のカギで玄関を開けようとしている自分に嫌気がさし
死んでしまおうかとも思ったのだけれど
八月 田舎町 夏祭り
抽選会 お姉さん リンゴ飴
など考えてやめた
ある日
その小さないなか町を震撼させた通り魔のニュース
襲われた女性の一人は ショックで記憶喪失に
数日後
その女性が入院している病院に
恋人と名乗る男が現れ
女性の心の傷を癒すため
献身的な協力をしたそうです
退院する頃には 女性の心もずいぶん安定したという事です
実はその男こそ通り魔だったのですが
僕の方は 結局3ヶ月で家を引き払う事になってしまいました
仕事が見つからず
なにより いなかは性に合わない
隣の家の奥さんですが
僕がいた3ヶ月間
ずっと左足に包帯をしていました
病院の屋上には
無数の包帯が干してあって
白昼にはそれが光り出し
あらゆる笑い声が生まれる
僕に自転車は当らなかった
今は別に欲しくないのだけれど
エントリ13
墓参り イグチユウイチ
小さい頃 親父に叱られて殴られた事がある、と言う事が
こんなにも 誇らしいものなのだと、
親父になって 初めて気付きました。
ありがとう。
エントリ14
ダチュラの子 トノモトショウ
この世で初めてリッケンバッカーが破壊され
先端恐怖症の芸術家「M」の変死が報道され
ドラッグストアの看板に極端な思想が描かれ
白黒の甲虫の羽音が例年より騒がしく聞こえ
哀れな僕達は互いの性器を擦り合わせていた
そうして昭和が殲滅されて彼らの無謀が溢れ
つまらない言葉の氾濫に怯えた詩人が鳴いた
情熱と暴力と鋭角とデジタルとクリトリスが
不確かな輝きを放っているのが見えないのだ
と、思っていたのは意外にも僕だけだったが
現実的な街は分裂病と同様のパラドックスで
ふあんふうんと不穏な色相に翻っているのさ
個と個の接続は共感と拒絶の反復でしかなく
苛立った僕は真っ赤に歪んだ爆弾を投下する
絶望の君に宣言「理由は何でもいいんだよ」
夢から覚めたらまた僕を産み落としておくれ
ダチュラの呪文で孤独な心臓を抉っておくれ
そっと、そっと
エントリ15
残像 植木
今夜も君たちは
空へ手を伸ばすだろう
逝きたい生きたいと
一対の音叉のように震えながら
かつて音無橋の下で
水は交じりあったが
今となっては もう
大海に包まれた密室で
鈍色の潜望鏡になった僕に
一瞬の稲光だけでは
その残像すら届かないのだ
エントリ16
ポップコーン ぶるぶる☆どっぐちゃん
すぐに十字架を見つけてしまうよ
すぐに虹を見つけてしまうよ
アイドルコンサートに行くんだ
ポップコーンの撒き散らされた道
遠くに見える巨大な超技術スピーカー
「ラッコの上着が来ねえんだよ!」
「ラッコの上着が来ねえんだよザネーリ!」
何も、何も、何も、何も、何もかんがえてないわけじゃない
タバコの煙で目が
白い肌(それは偽物のように白い)
太陽 (それは偽物のように輝く)
犬(それは偽物のように吼える)
ギター(偽物のフェンダー)
かきむしる
風
馬鹿みたいに嘘臭い拳銃自殺
六年その死体と暮らす
青空
六年後 花束
「おかえり」
「ただいま」
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