エントリ1
ヒミズ 大覚アキラ
心の闇
なんていう安っぽい言葉ひとつで
人殺しの気持ちを説明できた気になるなよ
+
薄っぺらなプラズマテレビの向こう側で
薄っぺらな現実が不意打ちみたいに暴発する
眩しい
眩しいよ
こんなにも眩しいのに
この光は何も照らさない
+
他人事ではない
という言葉は
いつでも安全地帯から発信されている
+
サイレンが
遠くで鳴り響くのを聴きながら
他人事ではない
という言葉を
プラズマテレビを眺めながらつぶやく
+
この世界には
太陽を視ようとしない生き物が
いるってことを
知っておかなければならない
そんなセリフが
大手を振ってまかり通る世の中だから
+
プラズマテレビの向こう側には
歩行者天国が
十万光年の彼方まで続いていて
+
身体中を切り刻んでみても
心の闇ってやつは
どこにも見当たらなかったから
細かく切断してトイレに流して
骨は砕いて
近くのマンションの
ゴミ捨て場に捨てた
+
百万本のダガーナイフが
曇り空から降り注ぐ
それを
プラズマテレビ越しに眺めながら
+
眩しい
眩しいよ
こんなにも眩しいのに
この光は何も照らさない
エントリ2
ブラジリアンコーヒーを飲む様に 石川順一
扇風機が回っている
動力は人の悲しみだと言う
クーラーを運転して居る
エフワンレーサーが今日交代した
あの世からだって
交代要員はたんまり居るから
今日だって捕虫網を持って構えて居るんだ
捕れた!! と思ったら
何だ妖精か
よくある話さ
捨てておけ
いや可愛い
貰っておこう
エントリ3 のまど Tsu-Yo
いくつもの停留場が
いっせいに
羽を広げ
南の方へ渡って行った
停まるべき場所を
失ったバスは
大人たちの口から口へと
走り続けている
高層ビルが突き刺さった
地平線の向こう側
人々はもう
何処へも行けない
気の早いタンポポが
春を待たずに
綿毛を飛ばす
少年が新しい角度へと
旅立っていく
エントリ4 ひとりぼっち わいさん
ひとりぼっちで生きるので 助けなんていりません
笑いたくなったら 笑うだけ
泣きたくなったら 泣くだけで
歩くのも 僕の意志なら
道に迷うのも 僕の答えだ
名前も顔も隠して作られた 利口な幸福などいりません
自分を もっと使って 考えたい
自分を もっと使って 暮らしたい
そうして泡のように消えた時間だけが 僕を描くことができるのだろう
風の中 闇の中 立ち尽くす
鼓動だけが 響いている
ひとりぼっちが 描けたなら
ひとりぼっちを 探せるだろう
かなしさや さびしさにも 失わない 誰かの ひとりぼっちを
エントリ5
白昼夢 トノモトショウ
1
商店街を歩いている
初めて来たような気もするが
すれ違う何人かと挨拶したりしていると
懐かしい、感じがする
薬屋と靴屋に挟まれた一角に
「人間屋」という看板を掲げた小さな店がある
幼女を誘拐して商品にしているとか
臓器を破格の値段で売買しているとか
そんな噂話はしきりに飛び交うのに
誰も店の中に入ったことがないというのだ
僕は夢想する
きっとつまらない傘でも売っているんだ
2
見知らぬ女性とのセックスは
気持ち良いのだろうか
電車で隣り合った男女が
相手も選ばず乱れ合うとして
僕のペニス君は誰のヴァギナちゃんに挿入されるのか
あの女子高生風のお坊さんか
あのジミヘンの衣装みたいなお坊さんか
3
外人を殴りたい
ファックとかビッチとかアスホールとか罵って
そして僕達人類が平和でありますようにって
肩を抱き合って祈るんだ
ウィアーザワー
ウィアーザチルドレー
って、歌ってよ
誰か
エントリ6 サマーレイン イグチユウイチ
シケた灰色を 青いフィルターに通して
信号は明滅
ビニール傘の白いプラスチックは
皮膚呼吸 わずかな息苦しさが点在
十字路も灰色 微量の色彩を
流れていく 人とか 車とか 時間とか
そんなもんじゃねえ
雨は まだ降っていない
日常を憎んでいた
生活は沼で 埋没したらもう
おしまいだろ
そうなんだろ
雨は まだ降っていない
雨は まだ降っていない
かつて 日常を憎んでいた
埋没した沼の底には 小さな家があって
おかえりと 言ってくれた
左手にはビニール傘 右手には手
雨は まだ降っていない
エントリ7
鎖 村方祐治
地面を見失った
人形たちが悲しみを貪る間にも
真実を知っていたのだろう 坊や
客のふりをして傍観しているけれど
きみが僕のことを俯瞰するように
僕達も君のことを俯瞰している
それを地面だと知覚しなかった人も大勢いた
しかし知覚した瞬間―それはさっと悲しみになる
それらの悲しみは蓄積され膨張して
やがて君らの世界を黒く染めるだろう
(かつて僕らがそうだったように)
考えたこともないかもしれないね
無理もない…… そっちには地面がある
空もあるつもりでいるんだろう
だから対岸の火事だなんて思っている
でもそんなに甘くはない
この火事は伝染する よく飛散する
僕らの悲しみが
君らの喜びを包むとき
君は物語を思い出さなければいけない
歴史を紐解かなければいけない
僕らの後悔が君の後悔と重ならないように
(僕達はとりかえしのつかないことをした)
どうしてもどうしても
どうしてもどうしてもどうしても!
僕達はあの日を忘れてしまいたい
(僕達はとりかえしのつかないことをした)
そのために回想されるのは一日だけでいい
んだからちゃんと聞いててね
悲しくなるほどはっきりと
この世界の真実を描くから
一筋の涙で
エントリ8
雨宿り 葉月みか
空気の粒が徐々に肥大化して
ざらり 首筋に貼り付く 宵の口
アナーキーなゴミ捨て場
未だ鳴き続ける蝉 に 混じって
コンバンハ
鈴が鳴る
三ヶ月振りに遭遇した隣人
重い湿気を孕んだような黒髪にはしかし
不快な暑さはない
曖昧に会釈を返した刹那にだけ絡む視線
いつ も は
古い 木造アパ ート の
薄い 壁 の向こ うにいる
黒 目がち な フィリピ ン女
褪せた朱いサンドレス の 裾 ひらり
息も絶え絶えな蛍光灯 の 下 で 鮮やかに翻り
浅黒い華奢な足首
饐えた臭いの アナーキーなゴミ捨て場 から 見送る 俺
いつの間に 誰のガキを 孕んだのか
頭上に暗雲 風ぬるく
後に残されたのは 所帯じみたシャンプーの匂い
*
深夜番組を切り裂く
蝶番のハイトーンシャウト
「カギくらい掛けたら?」
「こんな雨じゃ、誰も来ねぇよ」
無造作にヒールを脱ぎ捨て
遠慮なくにじり寄る強いムスク
長い爪に導かれるまま立ち上がれば
濡れた前髪の向こう に 冷め切った双眸
消えるTV 流れ出すジャニスの祈り
キャリアなスーツ 高そうなアクセ
自分じゃ脱げないから 俺に剥ぎ取らせる
そのためだけに此処に来るお前は
既に 何の価値もない カナリア
湿気た布団に押し付け
(薄い 壁 の向こ うか ら)
馴れた肌に指を這わせても
(フィリピ ン 女 の)
もはや秘密もない花園を荒らしても
(大袈 裟 な)
声ひとつ上げない
(喘ぎ声)
スポットライトを当てても
(褪せ た赤 ひ らり)
レスポールを掻き鳴らしても
(華 奢な 足 首)
マイクの前に立たせても
(黒 目が ち な)
もう
(あ どけ ない 瞳 を)
啼かない
(犯したい)
お前は
俺を捨て
この部屋を捨て
すべてを捨てたつもりで
この部屋を利用し
俺を利用しているつもりなんだろう
ふらり 現れ
気まぐれに 腕を絡め
都合良く 俺を求め
て
いる
つもり
なん
て
可哀想な カナリア
この部屋で
あのステージで
あんなにいい声で啼いていた お前 は
もう 何処にも 居ない
窓を打つ強い雨音
ハスキーなシャウトと
ひとつになる
掌の下で 熱を帯びる肌
浅い息づかい
腰骨の感触
固く目蓋を閉ざせば
長い黒髪
薄い胸元
膨れた腹
むせかえるような
所帯じみた シャンプーの匂い
フィリピン女が果て――
目蓋を開ければ 飛べないカナリア
いっそ その細い首を折ってしまえば 楽になれるのか
ループするジャニスの歌声
鼻につくムスクは消え失せ
其処に在るのは 昔と変わらない
闇に浮かぶ 貧相な 白く美しい裸体
雨、啼き止み
声を失くして 猶 何処にも行けない哀れなカナリア
細い首を折る代わりに 強く抱き締めるしか できない
俺
も
また
雨宿り の 途中
作者付記:もし良かったら『驟雨、ゆえに宿らず』(第66回)もお読み下さい。
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