エントリ1
うたがう 蒼ノ下雷太郎
あの曲を歌いたかっただけなのに
やってしまったのは、歌じゃなく、疑う
誰かが弾いたバイオリンも
誰かが叩いたタンバリンも
全てが壊れた硝子のように砕け散った
人は最初に信じることから始める。
この世界はここにある
目を閉じたら
誰もいない世界なんて存在しない
あの人は母親
実は全く違う宇宙人なんかじゃない
あの人は父親
異星人でもない
構築されていない容器は
それでも、信じることを覚える
疑うという歌を知らないから
それが人の始まり
だとしたら、疑う者は人の終わりなのだろうか
彼の気持ちが分からない
彼女の気持ちが行方不明
この言葉を言って欲しいと思っていたのに
実際に言われても、疑いという歌が邪魔をする
こんな歌なんて、誰も聞きたくない
なのに勝手に歌われる悪魔
いや、悪魔は芸術を汚さない
芸術を汚すのは、いつだって人間
今日も疑って
信じてみようとして
でも疑って
明日も疑って
信じられなくて
そんな自分が嫌で
泣きたくて
誰かにアイラヴユーとか言いたくて
でもこの自分の気持ちさえ邪魔な歌が聞こえてきて
今日も明日も明後日も、これからずっと疑い続ける
疑いが終わりなら、信じるは始まり
終わりと始まりなのに
いつも同時に起きたり
行ったり来たりしてる
ウロボロス
もしかして、初めからそんなものがなかったかのように
笑い声が聞こえた
エントリ2
名無しの町 わいさん
白い月 白いビル
その箱には番号が刻まれ 赤ん坊が眠っている
言葉はまだ話せないが 名前だけは決まっている
この町では 大切なことだから
電線で縫い合わせた空が 町を覆う
誰かが見上げるなと 教えてくれた
閉じられたシャッターは錆だらけ 逃げる道もない
聞こえてくるのは 昔話ばかり
それが子守歌になった
公園に入るには名前が必要で
いつも誰かが 誰かの背中を狙っている
隠した番号が 少しでもキレイに並ばるように 祈りながら
安い新聞によく映る顔が 笑っている
また新しい線が引かれたみたいだ
逃げ惑う人々は
無闇に作られた段差に足を取られた
ありふれた名前の人々は 新しいスーツに着替えた
もうすぐ町を離れるのだろう
空いた家には幽霊が住むって噂さ
閉じこめれば 怖いことなど ない
閉じこもれば 怖いものなど ない
誰かが 誰かを指差して 勝手に名前を呼んでいる
縛り付けるためには 必要なのさ
新しい名前 新しい誰か 新しい幽霊
この町には 足りないものばかり
白い月 白いビル
その箱には 番号が刻まれた
エントリ3 蜜蜂 乱坊
女王なんて存在しないのに、今日も数百万匹が蜜を求めて飛び立ち空を汚染する
集団に意思はない
八の字ダンスはプログラム
コミュニケーションは絶滅した
羽が生えてからなにかがずれはじめた、と長老は云う
容易に手に入れられるようになった蜜は、地べたに這いつくばって得た獲物とはものが違うっておばばが云う
僕は羽があるのに飛べない障害者だから、
昔ながらに地べたを這う
八の字ダンスは舞えないけれど、交尾は得意らしい
子供が3匹もできた
数百万匹が蜜を求めて飛び立つなかで、今日も僕ら家族は地べたを這う
餌は豊富だ
女王がいないこともちゃんと知っている
でもやっぱりあたらしいやどに帰ってく
エントリ4 未知なる才能 RISE
何故人は
あまりに広大な宇宙に不安を感じない
何故人は
先の見えない未来に恐怖しない
何故人は
一秒先の不幸を考えない
何故人は生きていける
何故人は幸せを唄える
何故そのわずかな希望に頼れる
それは未知なる人間の才能だ
私はそれらがとてもできない
私はそれらがとても恐ろしい
私はまるで愚かだ
失わなければ知り得ない才能だった。
エントリ5
ライフ 弥生
東京が膨張していく夢を見た
遠ざかるほど速度が増して
膨張していく
ちょうど、宇宙みたいに
随分前に夢から覚めた
醒めた、けれど
東京にはあなたがいて
生活があった
几帳面に四つ折りにされた
真っ白なフェイスタオルが
なんだかしっくりこない
ボディーソープの配列が
逆に私を安心させた
たった2、3時間前
あなたが確かにここにいたしるし
エントリ6 dumb 大覚アキラ
地下鉄のホームで
女子高生がケータイで喋っている
と思ったのだが
よく見てみると 女子高生のように見えたのは
等身大の女子高生型ケータイストラップで
空中に浮いたケータイからは
小さなノイズが洩れ続けているだけだった
ノイズはまるで
「助けて 助けて 助けて 助けて」と
繰り返し呟く声のように聞こえた
数ヶ月前に認知症だと診断されたおじいちゃんが
昨日の夜 電話をかけてきて
「なあ わしは インターネットに行ってみたいんだが
おまえは行ったことがあるんか」と訊ねた
ある と答えると
「今度行くときは わしも連れてっておくれ」と
さびしそうに言った
真夜中にコンビニに行ったら
客も 店員も みんなマネキンだった
肌色の硬い皮膚は
ひび割れてあちこちが剥がれて
安っぽいお化け屋敷みたいだった
「おまえのことをしっている」
というタイトルのスパムメールが
毎日のように届く
きっと インターネットは
誰にも繋がっていない
ぜんぶ 絵空事
エントリ7
冬の朝に一杯のスープを Tsu-Yo
テーブルのうえでは焼きたてのクロワッサンが眠っている
時計の秒針は、すこし遠慮がちに肩をすぼめる
朝は単純なのがいい
さっと卵をとき、すぅっとフライパンに流し込む
正確な不規則さでスクランブルエッグはできあがる
コーヒー
マグカップのなかに沈む異国の香り
半円描いていつもの時間に溶け込むミルク
きっと今日がいちばん良い日だと自分に言い聞かせる
知っているかい?
君は朝を友達にしなくてはいけないということを
一杯のスープが、底冷えする冬の日の最高の贅沢だ
グリンピースをゆでる
ゆで汁は無駄なものじゃない
日常に無駄なものはない
そいつとチキンでダシを作る
玉ネギとじゃがいもはころころにして
バターでじゅっじゅっと炒めてしまう
あとはもう、全部ひとつの鍋に放りこんだら
塩、こしょうで君の好きにしてやればいい
そうやって毎朝を素敵な時間にする
労を惜しんではいけない
自分の時間をうまく使えるのなら
今日を楽しむのなんて簡単なことだよ
食卓を飾るグリンピースのスープ
冬の朝にひとつのピース
エントリ8
冬の朝 空人
徹夜明けの朝
サンダルを履いて 近所のタバコ屋まで歩く
歩きなれたこの道も
今日ばかりは 何だかそっけなく
まるで初めて訪れた町のようで
バスが吐き出す排気ガスのにおい 冷えた空気
生まれ変わりを静かに喜ぶ町の風が
僕の足元にいかがわしいチラシを運んだ
こちらを見て微笑む女は
むかし好きだった女に似ていた
よれたトレーナー姿の自分が
なんだか 情けなく思えた
足早にすれ違う女
不機嫌な顔で一瞥した瞬間
別れを告げたあの女のように見えた
無精ヒゲを生やした自分が
ますます小さく思えた
忘れかけていた女のことを
思い出したような気持ちになった
でも
本当はその女とは似ていないのだろう
薄れていく記憶
あの女のなかには もう僕はいない
そしていつかは 僕の記憶からも完全に消えてしまうだろう
チラシの女や すれ違った女を見ても
忘れたことも忘れてしまえば
それはなかったことになってしまうのか
あのとき感じた皮膚の記憶さえ 無になってしまうのか
冷たい朝の空気が 鼻の奥にツンと響く
もうすぐ30回目の1月がくる
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