エントリ1
橙の月 凛々椿
いやだなあ
濡れると冷たいから
多分ね
綺麗に見えるようになったんだよ
彼は言った
月が綺麗なことはむかしから知ってる
けれど
そうだね
色んなことが過ぎて
声も失った
あの時の月といまの月は 同じだけれど同じじゃない
疲れて見上げる空
望みを託して見上げる空
失って見上げる空
欲しいと叫べず見上げる空
雨の匂いがする
早くおうちに帰ろう
みいんな消して 肌をつなごう
そんな未来を想像しようよ
橙の月が覗くうちに
北風が雲を 広げてしまわないうちに
エントリ2
さむい場所そだち はなもとあお
甘えを許されない
さむい場所で
暮らすと
厳しい基準で
ものごとをとらえるようになる
ぬるく
あたたかい場所で
育った人には
その
キレが
理解できない
きっと
そこだとおもうの
いま
わたしが
おもうひととの
共通点は
甘えたい
とろけるように
あまく
あまく
でも
きもちわるくなってしまうから
低温で
平熱で
じんわり
温まる
ときどき
目の奥にある
つめたさを
互いに
覗き込みながら
エントリ3
あたらしい年に 大覚アキラ
あなたの その 透き通った瞳の奥の
けっして揺らぐことのない 美しい信念の
まっさらで 汚れのない 鏡のような水面に
しずかに落ちる 一滴のしずくから 広がってゆく
ていねいに 塗り重ねられた 幾重もの波紋
おしえてください 日々の生活に 倦み疲れた わたしに
めくるめくような 心のざわめきを
できごごろで結ばれた 身体と身体の あいだを
とっくの昔に 忘れていた 鮮やかな感情が
うなりを上げながら 突き抜けてゆく
ごらんなさい しっかりと 刻み付けるように
ざわめきが 深い森の奥から 巻き起こって
いままさに わたしたちを 遠くへ連れ去ろうとしている
まぶたの裏側の聖域だけが 安全地帯なのだとしたら
すぐに 後を追うから どうか そこで 待っていて
エントリ4
あいつもあいつも 駄々
眠れない苦しさから逃れるために
財布と携帯と煙草を持って
近くのコンビニ向かうとき
七十過ぎたおじいさんが
こんな深夜に歩いてた
車をゆっくり走らせて
そっと顔を覗いたら
高校時代の先生で
近所なのは知っていたけど
立派な先生だったから
きっと徘徊ではないだろうと
勝手に決めて通り過ぎた
ばかやろうばかやろう
どんなタイプの人間だろうと
頭壊すときは壊すのに
昔立派な先生だからと
あの人が壊れるはずはないだろうと
思い込む俺でもないはずなのに
そうだ元気な友もやんちゃな友も
明るいお洒落な可愛いあの子も
みんな頭壊したのに
この先生がそんな事は無いだろうと
思って見捨てた俺だって壊れた
さて次は誰だろう
衝撃を伴う風の噂は誰だろう
エントリ5
天沼の、 サヌキマオ
天沼の路上に二羽のひよどりが降りていてなんらか突付いている。
それは紙ナプキンに半ばくるまれて、ハッシュドポテトのようであり、大判焼きのようであり、マドレーヌのようであり、ささかまぼこのようである。ささかまぼこというには全体的に焼き色が付いているので除外するが、練り物というにはあまりにもスポンジ風なので除外するが、ひよどりがかあいそうにアスファルトに降りてきてまで餌を探す冬の日である。
青空には喰うものがないほど晴れ渡っている
エントリ6
知らないよ 待子あかね
どこでなにをしているかなんて
どこでどうしているかなんて
背を向けたあの日から
なんにも
知らないよ
元気かしら
風邪ひいてないかしら
困ったことはないといいのだけれど
なんにも
知らないよ
じゃあ またね
背を向けたあの日から
手段を失ってしまった
自分で選んだこと
どこでどうしているかなんて
きっと おばあさんになったときに
どこかで 気づかないぐらいの早さで
風が知らせてくれるね
知らないよ
きっと いつかが
くるのかなんて
知らないよ
きっと いつかを
望んでいるのか なんて
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