エントリ1
ホールディング
鯨井弘子
夜の闇を恐れないで 日々続く、争いの渦に飲まれないで あなたは強い子よ 優しい子よ でもね、人は脆い生物なの 傷付きやすいから、傷つけるの 恨まないで 愛してあげて
あなたのやさしさで、包んであげて 人が強く生きれらるように この世界のどこかで、笑って過ごせるように
この時代から、目をそらさないで 涙で目を曇らさないで あなたは神の子よ 愛しい子よ でもね、愛を知らない子もいるの 愛を知らないから、愛せないの 逃げないで 助けてあげて
あなたの愛で、包んであげて 子供達の笑顔が、消えないように 魂が燃え尽きないように
あなたの無垢さで、包んであげて つかれはてた大人たちを、いやしてあげて それが、あなたの戦いよ
エントリ2
夏目漱石的 狂夢想詩
ゆふな さき
こんな夢を見た
浅黒い肌した若い男が歩いてくる 彼は手に蘭の花をもっている、 ここは南の国なんだと思う 若い男の人の体は細い 細すぎる腰と大きすぎる足 彼はちょっと前まで子供だったのだと思う 南の国の住人であるはずの彼は ジーパンなんか履いていて ちょっとがっかりする 黒い髪に覆われたその少年の目は深い これは私の夢なのだ、 夢の世界にいることを、夢の中で知る
「ひさしぶり」 私は言う すると少年はしばしこちらを見て、 嫌そうな顔をして目をそらした
少年は砂に寝転んで、 もっと褐色の肌をした少女を抱き始めた 少女の体は細く、目は子供のように動き回る 嫉妬 けれど目が離せない そして (私の体は肥えて醜い) そんなことを思う
気づくと少年だけが砂浜に寝ている 濃厚な汗 黒髪を額に張り付かせる ときどき開けられる目が 研ぎ澄まされて光る 実際に見たことのない 概念としての黒豹のような目の色 ピンクの蘭が彼の手にのっている 花に走る筋は赤く 桃の果実に似ている くきを掴むと彼は その花を口にもっていき 軽く花びらを口に含む そう言えばあの少年には 口元に手や指をもっていく癖があった 浅黒い肌に花の薄桃はビロードのようにひかり アメリカンチェリーに似た赤茶けた唇のそばの、花粉は黄色く毒々しい にやりと笑って少年は言う まだいたの 邪魔なんだ と言いながら眠ろうと体を捩っている 胎児のような姿 さらに腰が細く見え、そのくせ肩が広く厚みをもっていることを知る ぞっとして 涙が浮かぶ
やさしくも出来るのだよ 彼は言い、 次にまた、私ではない誰かをやさしく抱こうとしていた それも見ようと思う けれど涙が止まらなくなり 彼は本当に邪魔だ、と静かな声で言う
そこで目が覚めて 私は泣き続ける つまりただ単に欲しい それだけらしい
エントリ3
それぢゃあね
凜一
御病気なんだ
足がね 足が 足が
森の一部になったよ
足だけだよ
手は違うよ
何かさ
或る人がね
自分が自分でなくなる気がして怖いって云うんだ
もとより自分なんて持ってなかったくせにね
面白い人だよ
それよりさこの黒いの何?
箱に書いてあったんだ
虫の足みたいにならないのが売りなんだって
虫の足 無視の嵐
マザァリィフが増えたんだ
一枚100円のを二枚買ったんだけどね
今じゃもう
植木鉢5鉢と多量の水耕栽培
各部屋に一つは居るよ
鼠より性質が悪い
この子達
母さん
子どもは考えて作らないと
もう悲しいのは厭なんだよ
月曜日のパパは
金曜日のパパにはなれない
でしょう?
携帯電話の着信メロディは
トルコ行進曲
ねぇ 心に響くだろ
大嫌いなんだ
この曲
そっちの天気はどうだい?
夢なんて見れそうかな
こっちは快晴だよ
きっとお年寄りと幼児に
死人がたくさんでるだろうね
和服にはまっているんだよ
特に好きなのは
黒い 黒い
羽織
ぎゅってするんだ
泣きたくなるから
飼ってた出目金が死んだとき
思い出すでしょ
大丈夫だよ
頑張ってよ
頭撫でてあげるからさ
また来てよ
此処に来てよ
動けない僕の代わりに
世界の裏側まで見てからさ
ねぇ
エントリ4
誕生と引き換えに失ったもの
香月朔夜
ああ まだ死にたくない まだ ここにいなくては 皆が泣いている 悲しんでいる 励ましてくれている 頑張らなくては 消えてはいけない
なのに 体は動かなくなってゆく ゆっくりと魂が身体から離れる 私なんかの力じゃどうしようもない 大きな渦に飲まれて 暗い 深い 無へ帰ろうとしている やがて 意識は途絶え 感覚は融ける ひどく冷たい静謐の中 ただ 虚ろな現実の夢を見た
けれど ふいに 闇の中 温かさを見つけた それは だんだんと大きくなり 私を包む ゆらゆらと揺れながら 私は真理に辿り着く 世界の構成 精神の循環 生命の元素 まるで 陽だまりの中 海に浮かんでいるかのように 落ち着いた無限の時間と空間
だけど 唐突に 気づいた ここは忘却の海だ 私の思い出が流されてゆく 消えてゆく やめて 消さないで 孫の満面の笑みが消えてゆく 娘の心配そうな顔を消えてゆく 息子の優しい面影が消えてゆく 婿の励ます顔が消えてゆく 愛する人の顔までもが消えてゆく
いやだ 出して ここから出して! 忘れたくない 失いたくない 私の大切なものを持っていかないで
私は必死に壁を叩く 殴る 蹴る 私にはいつの間にか手や足があって それを使って 訴える 全力で ただ失いたくなくて 狭い部屋(せかい)の中で 暴れた
でも 止まらない 記憶が 思い出が ほころびてゆく 見えなくなってゆく 霞んでゆく
だめだ ここにいちゃ ダメだ 逃げなくちゃ ここから出なくては
そうして這い出たとき 私は白い世界に出会った 白熱灯の光に眼を奪われながら 私は すべてを失った 記憶は白紙に戻された
けど それでも 何か とても大切なものがあったような気がして 何か 忘れてはならないものがあったような気がして ただ 悲しくて 泣いた 大きな声で 力の限り 泣いた 血まみれのまま 声が嗄れるまで 叫び続けた 涙は出なかった
やがて懐かしいぬくもりが告げる
“生まれてきてくれて ありがとう”
その嬉しそうな笑顔が思い出の中で重なる
ああ そうか 私はここにいてもいいのか
エントリ5
いちご
森嶋みき
いちごの季節は 雨の匂いと 萌える緑に 焦りを 掻き立てられる
確実に 伸びる草木にくらべ 切実に 何事も成し得ない 自分に 冷たい汗をかくから
ため息混じりに 口にした いちご水 グラスから ポタリと 赤い滴
広がる甘い香りが やるせなさを 掻き立てて
頬から ポタリと 今度は 熱い滴
失ってしまった情熱の 行方が 分からないのです
遠の昔に置いてきてしまった ハートの片割れに 今更 会いに行く勇気も 無いのです
胸にぽっかり 風穴を空けたまま 生きぬくことを 覚えた 代償に 吹き抜ける風に 熱を奪われ 低体温症に悩まされ続けるのです
道を開く 鍵は 過去にあるのか 未来にあるのか いまだ 分からないまま
風穴の言い訳も そろそろ 卒業して 進む足取りの 行方を 決めなくてはいけない 焦りに 背中を後押しされる
木の芽萌やしの雨
エントリ6
「いつか」なんて信じないけど
柳 戒人
ここじゃない でもどこかにある気もしない
わたしじゃない でも誰もかわらない
こうじゃない でもほかの道も選ばない
いまじゃない でもいつか来るわけじゃない
だけど
だけど
だけど
なんかあるって想像だけは捨てないから
エントリ7
思い
古月沙南
バイト中のガラスごし あなたの姿さがして 目を双眼鏡にして ジートジートみつめつづけた いくらまったって こない もう こないってわかってるのに なぜみつづけてしまうのだろう?
あなたが好き 大好き ただそれだけ ただそれだけいいたい
もう 過去のものなのに・・・ 私はやっぱり追っている
エントリ8
平成の日本刀
箱根山険太郎
神の宿る匠の手で 鍛え上げられた しなやかで強靭な体
もはや人の体液を吸うこともなく ただ美しさだけを愛でられ 怪しい光を放ち 静かに呼吸をしている
人を殺める使命を背負いながら この時代では 世界の東の果てで生まれたが為に じっと息を潜めているだけ
人々の誇りが空回りするのを 無表情で眺めているだけ
エントリ9
雑草
THUKI
優しくされたいと思ったことありますか・・・・?
優しくしたいと思ったことありますか・・・・?
誰が、私の姿を見てくれたのでしょう?
誰が私の姿に心を止めてくれたのでしょうか?
私は誰に優しくすれば、優しさを与えてくれたのでしょうか?
花屋に売られている彼らは、どれも美しく飾られ、人々に優しさを与え、優しさをもらっているように見えます。
彼らと私はどこが違うのでしょう?
私は、本当に生まれてくる価値があったのでしょうか?
この世のどこに私の存在を求めている方がいるというのでしょう?
でも、それでも私はその命を懸けて一輪の小さな花を咲かします。
この世に美しくない花はないと信じているから・・・・。
たとえ、私の名前を知られなくても、私は美しい存在であるはずだから・・・。
エントリ10
ダータオ・ム
眼車
むかしの歌を聴いているとむかしにいました ちょうど国道55号線をチャリではしっていると反対車線をはしっている一年前の自分とすれちがうのとにております だとすると今日すれちがうあのひとは何年後かのあなたかもしれません くたびれにごった眼球の底があなたに嘲笑のひかりをなげかけますがあなたはきっと気がつきません あなたをみおくるかれの眼はやがてくうどうになりだんだん開いてかれ自身をのみこみ、そこにはかすかなかれの声だけがのこるでしょう
※作者付記:
半年ほど前の処女作です
エントリ11
嘆きの経
蒼樹空
けたたましい静寂・・・。無音の静でなく、微量の慟哭が夜の淵に佇む。無風によって闇が深みを増し、氷の解ける音が狂気に鼓膜を突き刺す。それを合図に、見せ場のなかった五月雨が、溜め込んだ旋律を吐き出した。死者の悲しみを雨に籠めたように、天の嘆いた経が読まれる・・・。
異国の地で残虐に切り落とされた生首・・・。滴る血流は、地に落ち、天に舞い、透明な青いこの星を、真っ赤な死球に染めた。知りたくない恐怖を知らなければいけない不便利なネットワーク。幸福をもたらさない多機能な端末によって映し出される画面のリアリズムが、リアルに捉えられなくなった希薄な意識に対する驚愕。氷心と冷炎で生まれる、偽善を塗られた正義と大義。 己の身の安全を再確認し、あたかも自然であるかのような平和的行動に、真実の義はない。恐怖の安売りによって新たに生まれた感情が、偽者の悲願な表情を哀れに照らす。
蛇口から出る赤い血で、朝の身支度をする権力者。心の黒さを覆い隠すために、真っ白なシャツを着た富豪者。趣味である殺人を、いにしえの思想で歪曲する宗教家。人間性悪の権化は、今日も蔓延り、欲の刃を上段に構える。戦きの顔が緑の大陸を埋め尽くし、血しぶきが夕焼けを殺す赤を広げる。しかし、最も恐ろしいのは、全てを他人事だと決めつけ、冷えたビールを飲み、暖かい夕食を食べる私たちの日常かもしれない。天はいずれ、赤い雨を、私たちに降らすだろう・・・。
エントリ12
死ぬんでしょ
ヨケマキル
猫を殺しよったたら誰もが「かわいそう」「信じられへん」言うでしょ でも蟻を踏まぬよう注意して歩いとる人 見たこと無いね
これはいいけど あれはだめ か
今日も全国の学校や家で 戦争よ いぢめられる方にね やられる方にね 問題があるんだっていまだに言うちょるんよ あん子は仲間に入ろうとしよらんから あん子はなんか臭いにおいしよるから あん子はお母はんが変な仕事しとるから 笑わないから 泣かないから 憎たらしいから から から からや
これはいいけど あれはだめ か
私からすると戦争もイジメもたいして変わりなくてね そりゃあもう地獄地獄です 区別主義者の天下っちゃ
誰かが産まれ 誰かが殺される
誰かが笑い 誰かが泣かされる
誰かが上昇し 誰かが蹴落とされる
私はね 道端に煙草を投げ捨て 障害者を笑い 八つ当たりに老いた母を殴り 罪を人になすりつけ 友人を騙し 食べ物を食い散らかし 浮浪者に石を投げ 誰かに嫉妬し 誰かを憎み 地球を汚し 宇宙を汚し あの人を汚し そして
そしてくもり空のある日 ほんとうのことが何ひとつ言えなかったことを悔やみながら 死ぬんでしょ 蟻みたいに 知らぬ間に
踏まれてね
エントリ13
ある夜の夢
有機機械
夢をみた
僕はサッカーワールドカップの日本代表で
大声援の中ゴールを決めて歓喜に包まれていた
調子に乗った僕はがむしゃらにボールを追いかけ二点目を決めた
こんなに簡単でいいの?
ふと気が付くと
僕が立っているのはフィールドではなく中学校の教室で
中田や宮本ではなくクラスメイト達と
ボールではなく丸めた雑巾を蹴りあっていて
それでもなんの違和感も感じずに
机を並べてつくったゴールにシュートを決めまくり
そしてばかばかしくなってやめた
これは何かの象徴?
あるいは何かの暗示?
それともただの夢?
エントリ14
捨てユルスタイル
歌羽深空
綺麗な女の子も後何十年経てば廃ってくるし それ以前にもはや綺麗でいるなんて事もわからなくて そんな子に目を奪われてるもんだから 周りの愚かさ美しさも見えないままなんだろうなぁって 思うんだけれどもまた自分は自分だから
捨てゆるスタイル 流れていく8ビートと 太りそうなコーラがカラリ カラ リ
格好良い男の子も何十年立てば体臭気になるし それ以前にもはや髪の毛があるのかも判らなくて タバコ吸いすぎなもんだから 肺の色はまぁ綺麗ではないんだろうなぁって 思うんだけれども自分は自分な訳で
捨てゆるスタイル 消えてゆくBGMと 溶けそうなジンジャーエールがひらり ひ らり
フェイドアウト 消えていくライン 渚の地平線 まだ見えなくて フェイドバック 流れてゆくスピード 殻の足跡 まだ掴めなくて
捨てゆるスタイル ありえない修羅場と 飲み損ねたオレンジジュースが のらり くらり
葉っぱ 焦げた 64
エントリ15
ランダムに塗られた油絵の具
紫色24号
〜トローニーとしての不粋な不易流行〜
柄の悪いフランス人形が寄こした 通りすがりの一瞥 この世はロシアンルーレットなんかじゃない
榕樹のように溶け出す記憶 石筍のように育つ憎悪 経験で得られる至幸と 思弁の指し示す彼岸
フェルメールブルーの空に墨絵の雲 描かないことで描かれる空間に吸い込まれてゆく 描かれないフェルメールブルーの水 ここは墨絵の世界なんかじゃない
白髪の幼児に貼りついたチェシャ猫の笑い かかってささってそらをつかう架空の青鹿毛が 哲学的なまなざしで佇立する逢魔ヶ刻 金色の風は吹いたか
サロメの捧げ持つ ヨカナーンの首から垂れ落ちる血液のように 追憶はだらだらと 恣に新生血管をのばし増殖するがん細胞のように 悲哀はすくすくと 時系列に乗じて変化し 変わらないのはそのものの 錆びついた魄 熟さない魂
エントリ16
京橋にて
大覚アキラ
徹夜明けにバスに揺られながらウトウトして ふと見ると妙に見覚えのある景色 昔住んでいたマンションのすぐ近く バスはぼんやりと信号待ちで停まっている
寝坊して何度も走った駅までの道 新作はいつもレンタル中の小さなレンタルビデオ屋 愛想のないおばちゃんのいる弁当屋 子猫を拾って帰った裏通り 冬になるといつもホットココアを買った自動販売機 焼きそば"だけ"が美味しい中華料理屋 しょっちゅう釣銭を間違えるバイトのいるコンビニ 酔っ払って吐いた電柱 世界チャンピオンがたまに顔を出すボクシングジム 手をつないで歩いた公園沿いの道
過ぎてしまった時間 おれが置いてきた街
決して 決してあの頃に戻りたいとか そんな風に思っているわけではないのに
決して 決して戻ることのできない時間が やたらと愛おしく思えて
そしてバスは 走り始める
エントリ17
ジェリーフィッシュの夜
イグチユウイチ
むせ返る 熱帯のような渋谷の夜に、 美しいクラゲが浮かぶ。
透明で ひんやりした 水底のような夜の闇に、幾つもの、 ネオンの色を帯びた 美しいクラゲが浮かぶ。
僕はと言えば、緩めたネクタイをぶら下げたまま。 視線は遠くに、ぼやけたまま。
指一本で間抜けなピアノを弾くような 空しい気持ちを抱えて、 今日も あの涼しい横顔を想う。 クラゲのやわらかな触手に絡め取られたいのは、 この胸の 可愛い期待。
羊水に浮かぶ赤ちゃんみたいね と、いつかクラゲの前で あの人が言った、 その風鈴のような声が、さざ波みたいに 何度も 何度も 打ち返しては、 この熱っぽい体や 八月の夜は、大いなる揺りかごのリズムで 優しい眠りに ついていくのです。
今夜もあの人は、幼い子供を抱いて、夫に抱かれて、 あの日のような顔で眠るのだろう。 そうだろう。
ああ。
誰かの記憶に残るための 切ない努力を、今日こそ やめるよ。
去らない微熱を持て余しては、羊水の海に揺れる、 ジェリーフィッシュの夜。
エントリ18
小景
相川拓也
こうして曇った うす暗い空でも さらさらと太陽は、雲間から かげをこぼす
さりげなく僕は ちかすぎるくらいちかくにある この小さな手を握ってみる
エントリ19
猫ばあさん
村上かおる
夜の8時ごろ 駐車場の前を通ると 猫ばあさんに会う
かなりの高齢だろう 無造作に束ねた白髪と 大きく曲がった腰 そろり よろり 手押し車を転がしながら 街のそこかしこに 餌を置いてまわる
猫ばあさんは 悲しい顔をしている 淋しい背中をしている 野良に語りかける笑顔は 泣いてるように見える
人間は この世の中で一番かわいそうな動物だ いつか老いると知っている いつか死ぬと知っている 愛されなければ 生きていけない
エントリ21
夏の気配
マリコ
夏の気配がわたしをくすぐる。
大きくなっていく向日葵のつぼみ。 耳に心地よい風鈴のリズム。 悠々と泳ぐ金魚の尾ひれ。 軽やかに揺れる浴衣の裾。 低いうなり声をあげて首を振る扇風機。 口いっぱいにほおばったスイカの甘さ。 鳴りやむことのないカエルの合唱。 夜空に咲いた満開の花火。
雨が降ると空を仰ぎ、傘もささずににっこり笑う。 雨をぬぐい汗をふき、うちわ片手ににっこり笑う。 照りつける太陽に目を細め、髪をすいてにっこり笑う。 つないだ手の湿り気を、愛しく思いにっこり笑う。
夏の気配がわたしをくすぐる。 深呼吸して目を閉じたら、 海とあなたが溶け合って消えた。
エントリ22
今ひとりぼっち
大介
怖い夢を見たよ 眠れなくなって窓を開ける 月明かりがしばらく部屋を照らす
夏の夜空に流れる雲が 次第に月をそうっと隠していき その光が届かなくなった部屋が 僕をますます寂しくさせた
さっきまで側にあったぬくもりが 懐かしくて遠く感じる そんなおかしな感覚が体を包んで 僕をますます孤独にさせた
息をつくまでの間に 今の気持ちを何度言えるだろう? もし5回言えたなら電話しよう 深呼吸してゆっくりと 心の底から吐き出した言葉たちは 窓からふわふわ飛び出していく
「いまひとりぼっちでさみしいよ いまひとりぼっちでさみしいよ いまひとりぼっちでさみしいよ いまひとりぼっち…はぁ、はぁ」
エントリ23
平成アリス
児島柚樹
コンクリートが犇めき合う冷たい森 ランプは沢山溢れている
ほら時計を気にしてる兎がたくさんいる
追いかけるんだ
ティーパーティーはちらほら沢山やっている コンビニで買ったペットボトルのロイヤルミルクティーで少し休憩 イカレ帽子屋のかわりにはコンビニ店員 三月兎は兎小屋
寄り道をしてしまった
ほら
兎を見失ったじゃない
辿り着いたのはガラスのビル 赤いバラは花瓶に刺さっている 白バラはインダストボックス 新しいを飾らないとね
チェシャ猫はインフォメーション 「近道はこちら」 愛想笑いでお出迎え
ハートの女王はクロケーよりゴルフが趣味です ナイスショット池ポチャ そんなんで笑うと首切られます ほら 追いかけられるトランプの枚数以上の社員 なのにばさばさ捨てられるんだ
兎は何処に行った?
時計を気にする兎は沢山いて
追いかけた兎は見つからない
冷たいコンクリート森の中 一人で出口を探して
彷徨い
くたばる
気づいたのはベットの上 ビビットカラーのベットカバー ドットのカーテンから朝日 手元にはルイス・キャロルの名の知れた物語
苦しい目覚めに 温かいホットミルクティーでも飲むかな
まるでワンダーな夢でも見たみたい
エントリ24
太陽がいっぱい
ぶるぶる☆どっぐちゃん
直線を無視し曲線を否定し 旋回性能を無視して飛行機に乗る
夏が終わる夏が終わる夏が こんなにも青い海の空の中に爽やかに 夏が 老婆が春画を引き裂き 少女は廃墟に鮮やかな色を塗る
無限直線から無限遠方へ そこにはイタリアの小都市があり 最後の晩餐があり いま少しずつ失われようとしていて
少女は助かるだろう そしてわたしも助かるだろう イタリアの春 スパゲティの鮮やかな花が野に一面に咲く 今はそれくらいしか話せない
エントリ25
龍潭寺にて
空人
誰もいない書院庭の縁に 半跏座を組んで 呼吸をゆっくりと落ち着ける 目の前の池には 石の上で 亀が 空を見上げている
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 水澄ましの波紋
石の上に二匹の亀 そこに別の亀がやってきて 石の上にあがろうとする 石の上に乗っていた 大きい方の亀が場所を譲る
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 水澄ましの波紋
石の上に二匹の亀 甲羅が乾いている亀と まだ 濡れている亀 そこへまた別の亀がやってきて 石の上にあがろうとする 二匹の亀は場所を空け 石の上には三匹の亀
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 水澄ましの波紋
石の上に三匹の亀 甲羅が乾いている亀と まだ 濡れている亀二匹 そこへまた 別の亀がやってきて 石の上にあがろうとする 三匹の亀は場所を空け 石の上には四匹の亀
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 浮力を失った水澄まし のた打ち回る水澄まし
水面に描く竹の葉の紋様 石の上の亀たちは すこしも動くことはない のた打ち回る水澄まし 溺れかける 水澄まし
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に どこからともなく 黄金の鯉が現れる
日が翳り 彩度を失う世界 黄金の鯉 ゆらり泳いで背びれを見せ のた打ち回る水澄まし 下を通ってまた どこぞの茂みへ隠れてしまう
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 消えてしまった水澄まし 姿の見えない水澄まし
静けさ という音に満ちる 書院庭の縁 四匹の 亀の甲羅は 艶を消し砂色
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 消えてしまった水澄まし 姿の見えない 水澄まし
大きな亀はどこへいったか 目だけ動かし 池を見やると すぐ目の前を 顔だけのぞかせ 現れた が またすぐに沈んで どこぞの茂みへ隠れてしまう
木々にそよぐ風の音 虫の飛ぶ音 鳥のさえずり 踊り落ちる竹の葉に 主の見えない波紋 ひとつ 姿の見えない波紋 が ひとつ
エントリ26
color creation
さと
この世に色を落すとしたら あなたは 何色を選びますか。 その色は何の為に 選ばれたのでしょうか。 あなたの為? あたしの為? みらいの為? その色でいったい 何が創れるのでしょうか。 あなたの未来? あたしの過去? みらいの 今? その色でいったい 何が壊せるのでしょうか。 あなたの過去? あたしの未来? みらいの 今? 全てを壊し 全てを創り直せ この色を殺し 新しい色へ塗替えろ 無駄に染まらぬ色になれ 愛をも恐れず 塗り潰せ この世に色を落すとしたら あなたは この色を選ぶでしょう。 そう あなたの左手の奥に 握られた その色です。 だって これしか あたしは 持っていないもの。
エントリ27
アナザー、ニュータウン
佐藤yuupopic
(どうせ信じやしないんだから、そんなくだらないこと云うなよ)
単にわたしをキライになって去っただけなら好いのにな わたしの知らない誰かと何処か新しい町でハッピイに暮らしているのならば 好いのに
ヒトの想像力には限界があって 、特にわたしは乏しい方だから、 あなたが生きて日々を過ごしているはずの町の細部を脳内で構築しているうちに 必ず同じ箇所でつまづく
何遍も何遍でも同じ箇所でつまづく で、 嗚呼、まただ。 また気づかされてしまった 先刻まであんなに上手に忘れ去ったフリ出来てたのに。
真夜中のベッド浅い眠りの端で不意に地面失って、 ガクン、急降下、そんな経験、あるでしょオ まさに、ソレ。 何遍陥っても、再び突き落とされルまで、あのカンジいっつも忘れちゃってて、 落ちた途端、 思い出す、 あなたは 、 もう。この世界に。 (イナイだなんて、どうせ信じやしないんだから そンなくだらないこと云うなよ。お願いだから)
そうだ、 昨日観た映画の中で ファイが云ってた 「生きていさえすれば必ず逢える」 あのモノローグ、随分、形骸的で、しごく平凡だけど とても、 好きだよ
昨日の続きのように見えて、その実 それを決して許されざる日々を往くうちで、 大切なことは他にもいっぱいあるだろうけど、 もしかしたらプライオリティで云ったら、 かなり上位にランクインするんじゃないかなア
ねえ。知っているンなら。 自殺の仕方より長く生きる冴えたやり方を教えてよ、 それが一等わからないよ 知らなくても好い 是非あなたなりのアイディアを聞かせて頂戴
ねえ。 ねえ。 ねえ。 ねえ、 聞こえているなら。 何処にも往くな そこにそこにそこにいろずっといろずっとずっといろ、 そこに 逢えなくても 逢えなくてもこの際構わないから、 どうかどうかずっと、ずっと そこに
嗚呼、
いて
ください。
(あなたは 、 もう。この世界に)
新しい町で 新しい町で あなたはきっと 暮らしている
新しい町で 新しい町で 阿呆みたく 呪うみたく
新しい町で 新しい町で 口ン中 ガム噛むみたく何度も何度も (もう、何処にもイナイだなんて、どうせ信じやしないんだから そンなくだらないこと)
ここじゃない何処か 新しい町。
エントリ28
twilight lights
木葉一刀
影が好き放題に伸び 日が地平に侵食され 夜が悪さを始めるころの 得体の知れない空気が好きだ
いつものように 部屋の灯りを点けるには早く 青灰色に染まったこの部屋で一人 窓下の交差点を見ていた
停まる車はスモールライトを灯し 夜が来た事を誰と無しに告げ 時折灯される方向指示器の橙は 夕闇の移ろいの中で妙に明るく点滅していた
やがて目を引く一台が停まった それは真夏の太陽のような色をした 3D開きドアの昆虫のような車 輝くボンネットに若葉の影が縁取られる
方向指示器を光らせるも 上手く流れに乗れないのか 不揃いに流れるこの裏道を 右折できない
信号が赤に変る 日が落ちきり 中空もそっと青灰色に染まる そして夜が動き出す
一際高いエンジン音が吹き上がり 中空に金色の筋が走る 3Dドアを全開にし 羽撃く黄金虫
宵の口 逢魔が残した得体の知れない空気が好きだ この時間は心昂ぶる 今も金色の尾を彼方にビールを煽る
エントリ29
夏の私
詠理
ひどくさむい しろっぽい夏の日射しだ あらあらしい口笛が吹きぬける ビルの谷間は 幽閉された氷のように乾いている わたしは熟睡している人々を 起こさぬよう くもの巣のような灯りだけを頼りに 底冷えする地面をあるいた アスファルトは生々しく きしんだ寝息をたてはじめる 難破してしまった夜から ほたるが まぎらわしい屑にも似たひかりが 暗がりにまとわりついて くらげのように飛んでいく 尖っている あれは父からもらった クリスタルグラスの小鳥の 灰だろうか さきほどまで眠りこけていた 星座たちの 行方不明になった影だろうか わたしは物陰に隠れながら しのび寄り 目をくもらせて しなりをもった絹衣の かさぶたで おおう だって さむさが飽和して とっくに凍えそうなのだし ビルがしわくちゃな音をだして けちをつけている というのに 息たえだえに飛びかう 熟し終えてざらついた実に のたうって追いすがるなんて もう遅すぎるではないか これで いいのだ けれど わたしはこのおびえた胸を どうしよう ふり返ってみると 石ころだらけの谷間が あっけなく 隅っこのほうへ伸びている 口笛がたったひとつの音階で 飽きもせず渦まいて わびしく 暗く おちくぼむように吹きぬけていく わたしは ずっと まっすぐにあるこう よそゆきの服をきて 一休みしながら いよいよ静かにかえっていこう 途中で出会うはずの ちいさな蛇には きっと他人事のように 海はどこですか とたずねてやる そして 濃い緑草を すべっていって 海辺へいって どんよりした波間を かきわけて はるか隅っこから 気体に なって 雲を越え 大気を 抜けて ひそやかに 天体 を か
じ
り
と
け
る 糸 の よう 日射し 天上から しゃしゃり でる な ! 古い ストーブ のたかれた地下 大理石にかこまれて 磨きこまれた とびきりの 心臓が どくん
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