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第21回中高生1000字小説バトル Entry9

僕の人命救助

 ある夏の、ある昼下がり。
 ギラギラと太陽が鬼のように日本を照り付けていた。
 雲の涙も乾き切り、それを受けた植物達が雨の雫を滴らせている。
 僕は、部活帰りの自転車に乗り、長々いストレートを疾走していた。
 この時間帯、人通りが少なく、気持ち良く、傷害物も無く思う存分走れるのは良い。
 数キロ離れた学校から全力で駆けて来ているのに、少しも呼吸は乱れていなかった。
 日傘をさした女性が、子供と思われる赤ちゃんを必死に負ぶっている。
 こんな暑い日に赤ん坊を外に出したら、脱水症状で死んでしまうかもしれないのに。
 思いつつ、その女性を避けて走る。
 無数の蝉(せみ)達が、騒がしくはしたなく音を、止まる事無く紡ぎ出している。
 蝉。蝉と言えば、小学校の時に先生が、こう教えていた。
 「蝉の成虫は、たった一周間で死んでしまう。あの鳴いている蝉達を見ろ。あいつ等は必死に鳴いている。この時の一瞬が大切なんだ。あいつ等は必死に生きている。自分が生きている事を必死に証明しようとしているんだ。お前達も、この一瞬を大切にしろ。必死に生きてみろ」
 つまり先生はあの時、僕に一周間で死ねと言いたかったのだろうか。
 「……なんてね」
 今は思ってはいない。
 多分、当時の僕にとっては、己の命ほど自分にとって邪魔な物は無かったのだろうと、思う。
 あの時の僕は、誰の命も救えなかった僕は、自分が生きている事それ自体が屈辱だった。

 坂の前に出た。
 ……坂か。この坂は僕の家の前にある。したがって、生涯何度もここを自転車で登ろうとした。しかし、今までこの坂を自転車で、地面に足を着けずに登り切った事は一度も無かった。
 そう、例えば僕が今それに成功すれば、必死に頑張れば、神がその頑張り具合を見て、瀕死の誰かを救ってはくれないだろうか。
 極まった馬鹿らしい考えだった。
 でも、この世界には、僕が自転車でこの坂を登りきった事が無いという事実が存在している。
 一度ぐらいは、登り切った快感と言われるものを体験しても構わないのだろうか。
 地球では、数秒刻みで人が死に、そして誕生している。そして、九死に一生を得た人間だって、いる。
 もしも、僕が頂上に辿り着いた瞬間と、誰かが九死に一生を得た瞬間とが重なったなら、それは僕がその人を助けた、と勝手に考えても別に良いのではないだろうか。

 少し意気込んで、汗ばんだハンドルを握り直す。
 僕は、蝉になった。

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