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約十年前、熱帯の海に、ある無人島が発見された。私はセンセイと共に数年に渡り、この島の調査を続けてきた。数千万年前には既に孤立していたと考えられるこの島は、全体が熱帯林で覆われており、独特の生態系を織り成している事が判明している。 「あ、ほらほら、あれを御覧なさい」 そう言うと、センセイは一メートルほど先の木の枝を指差した。 「あれは『シイタケリス』と言いましてね、ほら、シイタケを一本、しょっているでしょう?実はあれは背中から直に生えていて、お腹がすくとあれを食べるんですよ〜」 シャチョウとそのヒショは、枝にちょこんと立つシイタケリスを興味津々とばかりに木を見上げた。リス自身は、何かを探しているようで、しきりに首をかしげている。 「食べた養分はシイタケの方にも回り、それによってまたシイタケが育つ。あのリスは自分の身体の中だけで、食物連鎖を完成させているんです」 私がそう付け加えると、二人は感心しきりの様子でうなっていた。 調査は中々上手い具合には進まず、島の三分の一は未だ前人未到の地となっている。今日は一応の中間発表という事で、普段色々と援助をしてもらっている、会社のシャチョウとそのヒショの二人を島に招待したのである。センセイも快くそれを承諾した。 「おぉ、これはまた、何とも綺麗な蝶々ですなぁ!」 一匹の蝶々らしき虫がひらひらと舞い降りて、シャチョウの出っ張ったお腹に止まった。ゆっくりと閉じていく紫色の透き通った羽をシャチョウが触れようとすると、ヒショが慌ててそれを制止した。 「シャチョウ、せめて軍手くらいお付けになっては…」 かまうものか、お前こそ警戒しすぎだ。白いティーシャツに半パン姿のシャチョウは、登山家のようにゴテゴテに着込み、さらにサングラスとマスクまでしているヒショに向かってそう言った。ごく普通の探険服な私から見れば、どちらも極端である。 「いやぁ、私はね、小さい頃から森の中を歩く時はこの格好なんですよ。自然の空気も生き物の感触も、直に感じたいじゃないですか。折角の休暇だ、存分に楽しまなくては。ところでセンセイ、これは何と言う蝶々ですかな?」 「えぇ、これは『チョウモドキ』って言いましてですねぇ。何をかくそう、セミの一種なんですねぇ〜」 センセイがそう言うと同時に、シャチョウのお腹から、 「ミーン、ミミーーン」というけたたましい声が響きだした。 綺麗な外見からは想像もつかないだみ声に、シャチョウは慌ててお腹をはたき、追い払った。 「はっはっは!少し驚いちゃいましたかぁ?聞き慣れればまた良い味わいが出て来るんですがねぇ」 「いやはや、私にはとても我慢出来ませんな」 センセイはそれを聞いているのかいないのか、逃げ去って行くチョウモドキに手を振っていた。 この島には、本当に多くの奇形種が存在する。この数年で見てきたそれらは、全く持って我々の常識を覆すようなものばかりである。その中にはもちろん危険性を匂わす種も含まれており、今日はいつにも増して、注意して行動しなければならない。 「しかし、この島は不思議ですなぁ。我々一般人の知識では到底理解出来ないような虫や植物だらけだ」 しばらくして、川辺で小休止をとっている時、ヒショが心底感心したようにそう言った。ちなみに、センセイは休む間が惜しいと、島の生き物とふれあいに、単身近くの茂みに入って行った。この辺りはまだ研究施設に近い為、私の頭にもしっかりと地形図が組み込まれている。ある程度センセイと離れていても平気だと踏んで、特にセンセイを止める事はしなかった。 「大陸から離れてしまった為に、他と進化の方向が異なってしまったんですよ。マダガスカル島と似たようなものです。今日見たもの以外にも、たくさんの変、珍種が存在しますよ。…やはり、まだまだ研究の必要があります」 「ほう。まぁそれは今からゆっくりと調べてもらえれば結構。これほど面白い体験は、本当に久し振りだ。まるで童心に帰ったようだ。私は心から、この島が気に入ってしまった」 今度来る時までに、是非別荘を建てるに相応しい場所を見つけておいてくれ、そんな話をして、シャチョウは大声で笑った。ヒショはそんなシャチョウに苦笑しながらも、私に質問をしてきた。 「では、今の所あなたが見てきた中で、一番の珍種とはどういうものでした?」 「そうですね、やはり島に到着した直後に発見した――」 スカーン! 突如、大きな乾いた音が辺りに鳴り響いた。 「?なんの音でしょうか」 シャチョウとヒショが首をかしげる中、私は聞き覚えのある今の音の記憶を辿る。これは『テッポウ豆』だ。さやに収めた自分の種子(いわゆる豆)を鉄砲のように遠くに飛ばす、その名の通り豆科の植物である。 「テッポウ豆が何かに当る音ですが…はて、一体何に当ったのでしょう」 少々の固物に当らない限り、あれほどの快音は出ない。この先に何かあっただろうか… 「そう言えば、センセイはどちらですかな?さきほどから姿を見かけませんが…」 「…セ、センセイ!」 我々はセンセイが向かった方角へ走り出した。テッポウ豆の、条件が揃えば悠に数十メートルは飛ぶであろうそれは、場合によっては一種の凶器である。嫌な感触の汗が頬を伝った。 「あ、センセイ!」 しばらく進んだ所で、地面にうつ伏せに倒れるセンセイをヒショが発見した。頭の辺りの横に、直径七、八センチ程度の大きな豆粒が転がっている。…ピクリとも動かない。間違いない、センセイはテッポウ豆の直撃を受けてしまったのだ。 「まさかもうテッポウ豆の繁殖期だったなんて…」 「どど、どうするんだね!?もう日も傾き始めているぞ!センセイもこのまま放っておくわけには…」 まずい事になってしまった。無我夢中でここまで走ってきたため、不覚にも現在地を見失ってしまった。これでは、暗くなってしまうと身動きがとれなくなくなってしまう。その上、この時期には夜になると『ダイジャカブリ』という、大蛇すら飲み込んでしまう大食らいのカエルが稀に出て来るのだ。センセイはダイジャカブリのねぐらを見つける事が出来たので、今の今まで安心しきってしまっていた。 私を含む三人は途方に暮れていた…が、すぐ先に小さな小川を見つけた時、私は一つの希望を見出した。 「少しの間、ここを動かないで下さい。そこの川で魚を捕ってきますので」 二人が問い詰めようとする前に、私は駆け出した。そして、川で目的の魚を捕まえると、大きな安堵の息を洩らした。元の場所に戻ってきた時、二人は私にではなく、センセイの方を見つめたまま、驚愕の声を張り上げた。 「セ、センセイの身体が…土にとけ込んでしまった!」 見てみると、そこにはセンセイの着ていた探険服があるだけで、中身である本人の肉体はどこにも見当たらなかった。私はそれを確認すると、センセイの探険服の上に、先ほど捕ってきた魚を置いた。すると魚は土の水分を吸い出し変態を始め、みるみる内にとけてなくなったはずのセンセイの身体を再び形成した。 「これは一体…!?」 開いた口がふさがらない二人。今まで黙っていた事を謝りつつ、私は説明を始める。 「この魚はムツゴロウの一種で、私が『センセイ』と名付けました。私達と同じヒトの形へとメタモルフォーゼし、島を案内して周ってくれるという、今まで出会った中でもとびきりの珍種です」 |