第6回中高生3000字小説バトル Entry14
洋楽の流れる冬の町並みを、俺は急ぎ足で駆けていった。
これほどまでにすれ違うカップルを羨ましく感じた事は無い。
今の俺には、ああやって幸せになれるだけの資格が……あるだろうか。
病院へ向かうアーケードを走り去る時、少しの涙がこぼれた。
絶対に、絶対にあいつは俺が守ってやる。
数ヶ月前だろうか、フラれてやさぐれた俺は、
なんとなくと言うただそれだけの理由で他人の車を傷つけ、店先の商品を
崩し、とにかく感情のままに色んな事をしていた。
社会の冷たい目が俺に刺さるが、その鮮血を俺は拭おうともせず進んでいた。
その時、
「やめなさいあなた! 何があったのかわかんないけど!」と声がした。
ふと見るとその子は俺より年下のようだった。
なんだか自分が恥ずかしくなって、それっきり悪戯をやめた。
それは怒りが収まったと同時に、その子に対する好奇心すら感じてきたからだ。
それからしばらくして、俺とその子はそれなりに話をするようになった。
その子の名前は周防悠。やっぱり、俺より2歳年下の18歳だった。
俺の家のすぐ近くのファーストフード店でバイトをしているらしいが、
実家の方はちと遠い所にあるという事はわかった。
ただ、こんな親密な会話をしているくせになんだが、
別に俺にしろ悠にしろ互いの恋愛感にはまるで興味など無かった。
その時の俺は一人だったが、悠には年上の彼氏だって居たのだから、当然か。
ただ、その時の俺は完全な一人ぼっちではなかった。悠が居た。
それが、俺を変な道に進ませなかった一つの要因かもしれない。
それなりに幸せは感じていたし、悠に彼氏が居る居ないは、俺にとっては
全然関係の無い事だったし、寧ろ喜ばしかったぐらいなのだ。
それから数日経った。
その日は悠はバイト。俺は逆にバイトは休みで、どうしようかと想ってた矢先
俺のケータイに見慣れない番号から電話がかかる。
「はい、もしもし。」
「大沢陽一君か?」
「はい。そうですけど」
「私は、悠の父なんだが……」
「へっ?」
正直ヒヤリとした。何か悠の奴が変な事を言ったか?
それとも俺の言葉に何かマズイことでもあったのか。
「実はな……悠がさっき、交通事故でやられた」
「……え?」
悠のオヤジさんは既に病院にいる。なんでも悠は意識が途切れ途切れの中、
俺に電話をするよう悠のオヤジさんに言ったそうだ。
……何で俺なんだよ。俺より、先に彼氏に連絡しろよ。
そう思いながら、俺が病院へ向かう足は、ますます速くなった。
病院に入ってみると、悠は既に意識不明の状態で、何も言えない状況だった。
のにも関わらず、俺は悠の側でしばらくずっと叫んでいたと思う。
聞こえるか? 聞こえてるか? そうやって、答えない悠に問い掛けていたと思う。
不明瞭な言い方をしているのは、俺がその時のことを覚えてないからだ。
「君だね?悠の彼氏というのは?」悠のオヤジさんが俺に問い掛けた。
――多分悠は俺の事を彼氏だといったのだと思う。職業は夜の仕事、
年は遥かに上、下手すると悠のオヤジさんと同年代。そいつが悠の本当の彼氏。
それは絶対に言えなかったのだろう。まだ、俺の方が信頼あったのだろう――
それを一瞬で悟った俺は、ただ首を縦に振るだけだった。
家に戻らないと、心配してるぞ、とのオヤジさんからの忠告に従い、とりあえず
俺は家路を急いだ。……もう夜11時、今更帰っても変わらないけど。
家に帰ってから俺は泣き続けた。何故、あいつが……。
気付けば俺は、友達である悠に対して、何故か恋人を失おうとせん慕情に打ち惹かれていた。
気が付けば、自分の部屋で俺が泣いていた、それが証明していた。
翌日、オヤジさんに連れられ、俺はある場所に行った。
店の前で俺は驚いた。そこは紛れも無い宝石店だったのだ。
「事故の前にな、悠が言ってたんだよ。今度の彼氏とは結婚する予定だって。
今度の休みにでも、彼氏を連れてくるってな……」
「……」
「それで、その時に結婚指輪を一緒に買いに行こうと言っていた。だが……」
「……わかってます。悠が元気になったら、俺が指輪を差し出せばいいんですね?」
「……それが悠の幸せ。やっぱり、わかってくれるか?」
「はい……」
――本当は、彼氏なんかじゃないのにな。悠の想いは、俺なんかじゃない。
全然別の人が居る、けど……
今は本当の事を言ってはいけない時期だなんて、ガキの俺にもわかったんだよ――
悠はしばらく意識不明の状態だった。
俺はバイトの合間合間に、病院に駆けていっては、悠の耳元で
ずっと囁きかけたり、歌を歌ったりしていた。少しでも悠に届くように。
今考えれば全然聞こえていないはずなのに、でも必死で話していた。
気付けば、そんな状態でずっと一方通行の会話をして、2週間ほどが過ぎた。
本当に、何も出来なかったのに、時間は凄く早く過ぎていった。
オヤジさんもいつも近くに居た気がする。悠を思う気持ちは、当たり前だが
オヤジさんの方が大きいのだから……それは当然だったのだろうが。
しかし日を重ねるごとに彼女の容体は悪化していった。
医者も何度か短い手術を繰り返していたが、それさえもムダだ、と。
俺がいつものように駆けて病院に入り込むと、病室で、医者の話を聞いてオヤジさんが泣いていた。
なんとなく、内容はつかめた。聞かなくても、オヤジさんが泣いた理由なんてわかった。
――もう、悠の命は長くないなんて、俺にだって簡単に悟れたんだよ。
次の日、バイトも手につかず、先輩に叱られ、もう既に頭の中は、
あと何日持つかわからない悠の事しか頭に無かった、そんな昼休み。
オヤジさんから一本の電話がかかった。
――悠の容体が急変した。来れるのなら今すぐ来てくれ――
その電話を、俺はすぐに切った。そして病院へと駆け出した。
病室に着くと、既に悠のオヤジさんを始め、お母さん、悠とは2つ違いの弟、
とにかく悠の家族が、悠と、それを救おうとする医者、その2人の周りを囲っていた。
悠に取り付けられたオシロスコープは、昨日とは全く違う動きをしていた。
秒針のようなスピードで、不規則に動く。まるで俺の鼓動とは対照的だった。
「お父さん、お母さん……悠ちゃんの手を握ってあげてくれませんか」
既にマッサージの手に諦めの表情を見せている医者の声で俺は現実に引き戻された。
「……陽一君、君に右手を任せたよ」オヤジさんの言葉に、
俺は、悠の両親への深い感謝と、現実の悲しさに涙を流して悠の右手を握り締めた。
いつしか秒針のようだった悠の鼓動は、更に遅くなり、病室の時計が彼女の鼓動を追い越した。
気付けば、友達なんてものではない、何かが、俺の握る力を強くさせた。
何で彼氏でもないのに……。
――そして、彼女の鼓動は、時計を抜くことなく、ひたりと止まった――
その瞬間、俺の涙が、スッと止まった。悲しいはずなのに。
「ご臨終です」
声なんて聞こえてなかった。悠の家族が泣くのも、俺には見えなかった。
ただ、俺の目には、涙の向こうにある悠の、寝息の無い眠った顔だけだった――
あれから何百と言う日にちを数え、もう2年になった。でも、未だに、俺は、
天への階段を上ってしまった悠以外視界に入らない。
早く忘れてしまえ、と友達は言うが、そんな事が俺にできるわけもなく、ただ待ちつづけている――
――今年で、悠もようやく二十歳になるんだね――