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第6回中高生3000字小説バトル Entry2

真夜中の散歩道

人にはそれぞれ、心の安定剤と言うものがあるのだと思う。音楽を聴いたり、本を読んだり、映画を見て泣いてみたり。それと同じように、わたしの中にも心の安定剤と言うものが存在する。それは決まって、静かな夜に行われた。
青白い丸い月が黒曜石の色に染まった夜空の上にぽっかりと浮かんでいる。その月から少し離れたあたりには、今は見えない太陽の光を反射してきらきらと輝く小さな貝殻達が、静かに眠っている。私はそんな夜空の下をゆっくりと歩きながら、静まり返った家々の間を、まるで物音一つ立てないで歩く猫のようにすり抜け、真夜中の探検を一人で楽しむ。冷たい北風に冷やされた真冬の空気はまるで今、地中の奥深くから湧き出た清らかな水のように冷たく、澄み切っている。
私が真夜中に近所を散歩し始めたのは、今からちょうど一年前になる。可愛い一人娘だからなのだろうか、それとも元々勉強が出来る頭を私が持っていたからなのか、私は両親からの予想以上の勉強に対しての期待に押しつぶされそうになり、家の中で息苦しくなった私は両親が寝静まった真夜中に家を抜け出し、深夜の住宅街へと散歩に出たのだ。それからと言うもの、私は何かあると夜に家を抜け出し、散歩をするようになった。
深夜の住宅街はまるで、別世界へと来てしまったのではないかと言う思いにさせられる。灯りがついている家は一軒もなく、誰も住んでいない空き家だけが永遠に続いているように見えるのだ。駐車場に停められた車や自転車からは、生活のぬくもりが感じられず、時折聞こえてくる消し忘れのテレビの音は、どこか遠い国の言葉で歌われる音楽のように聞こえる。庭で飼われているペットの犬達も、私を見ても吠えようとはしない。全てが静寂と言う見えないベールに包まれ、透明人間のようになってしまったかのようなのだ。
私はその空気が好きだった。普段の日常生活では味わえない空気が、真夜中の住宅街の中に当たり前のように漂っている。
私は小さく深呼吸をすると、後ろを振り返ってみる。月明かりだけに照らされたアスファルトの道路が幻想的に浮かび上がり、私が歩いた部分だけが青白く光っているように見える。私はその部分を目で辿って行く。段々と遠くになるにつれて真っ黒な暗闇が目立つようになり、最後には大きな口を開けた暗闇が全てを包み込んでしまい、何も見えなくなってしまう。その暗闇も、私は好きだった。
その暗闇の向こうには、一体何が隠されているのだろう。その暗闇に呑み込まれてしまったら、私はどうなるのだろう。私は自分の背後に広がる暗闇を見ては、よくそう考えた。暗闇に隠された見えないものを掴もうと、何度も手を伸ばしてみたが、暗闇は空気と同じようなものらしく、掴んだり暗闇に隠されたものを見たりする事は出来なかった。
公園に続く坂道を歩きながら、私は真夜中の夜空を見上げた。夜空はまるで夜の海のように黒一色に染められ、その海の奥深くでは月や貝殻に似た無数の星達が輝いている。私はその空に向かって大きく息をはく。私の口からはかれた暖かい息は一瞬にして外の空気に冷やされ、白い煙となって消えて行く。私は何度もそれを繰り返しながら、まだ小学生だった頃の自分を思い出した。まだ、自分のやりたい事を素直に行っていた自分を。
小学生の私は、きっと今の自分よりも輝いていたと思う。自分のしたい事は進んでし、興味のある事はとことんのめり込んでいっていた。まだ両親が勉強についてあれこれ言わなかったので、本当に今の自分よりも自由に過ごしていた。自分の思った事や感じた事も、はっきりと相手に伝えていたと思う。自分の前に立ちはだかる困難と言う壁も、どうにかして自分の力で乗り越えて行っていた。今の私よりも何百倍もの力を持っていた。
そんな私は中学と言う学校に通い出してから変わった。両親からの熱い勉強に対しての期待は私の背中に重くのしかかり、その期待に答えようとする自分と、その期待から逃れようともがく自分とが、しばしば心の中で衝突しあった。その衝突から生れるあきらめの気持ちを持つ自分が、今の私の中に溢れかえっている。勉強が出来なかったり、友達に裏切られた時に「どうでもいい」と感じる自分がいる。運命の気まぐれにもてあそばれている自分が、今の私なのだ。それと同じように、自分の前に立ちふさがる壁から逃げている自分もいる。「どうでもいい」が今の私で、昔の私のようにきらきらと輝くものも、今は持っていない。
公園につき、私はブランコの隣にある木のベンチの上に座ると、さっきと同じように顔を上げ夜空を見上げた。丸い大きな月が暗闇に染められた雲によって隠されようとしている。その暗闇の向こうには一体何が隠されているのか。私の心の中で、誰かが冷たい静かな声で呟いた。
月はすっぽりと隠され、今まで明るかった地面が急に暗くなり、私は少し寂しくなった。空では月が消えたのにも関わらず、小さな貝殻達はさっきの輝きを失わない。
「あなたは強いのね」
ふいに誰かが私の心の中で、私に向かって言った。
「あなたは強いね。強い子だね」
一番の友達に裏切られた時に、私が何も悲しんだりしていないのを見て、友達が言った一言だった。「強いね」と言う言葉に、私は心の中で何度も首を横に振った。私は強くない。強い子でもない。私は弱い。それも、歳を取る度に段々と「弱く」なってきているような気がする。
確かに体力的には強くなったと思う。けれども、精神的には弱くなっていっている。小学生の頃の自分の方がとても強い。それも、今の私よりか何百倍もの力を持っている。どうして私は弱くなっていっているのだろう。どうしていつも「どうでもいい」と、すぐに感じてしまうのだろう。目の前にある壁を、どうやって乗り越えればいいのだろう。
小学五年生の時、私は作文で自分の将来の夢について書いたことがあった。「看護婦さんになりたいです。」と書いたのを覚えている。その夢は今でも密かに私の心の底で眠っている。その夢に向かって歩いていけば、果たして強くなれるのだろうか。
私は机の引き出しの奥にしまっている看護学校の資料を思い出した。二年前、久しぶりに会った従兄弟に看護婦になりたいと打ち明けた時に、従兄弟が私に送ってくれたのだ。私はその資料をもう一年ほど引き出しの中から出していない。
「ありがとう」
私は電話で従兄弟に礼を言った。「頑張ってね」そう従兄弟は私に言った。
いつのまにか月は雲から顔をだし、私が今から帰る家までの道路を照らしている。私は立ち上がり背中を伸ばした。そして大きく息をはいた。
私はどうやら知らない間に、私自身の将来に向けて歩き出していたらしい。無気力で何も考えていない私の隣では、もう一人の私がきちんと将来を考えていたのだ。後は私の「あきらめない」気持ちだけだ。
私はゆっくりと歩き出した。私の頭の上では丸い月が優しく微笑んでいる。
強くなる方法はわからない。小学生の時に持っていた力の取り戻し方もわからない。けれども、私はとりあえず夢に向かって歩いてみる事にした。そうすれば、いつかは分かる時が来るだろう。いつかは、今の自分よりも強くなっている自分に出会えるだろう。小学生の頃に持っていた強さには及ばないかもしれないが。

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