第7回中高生3000字小説バトル Entry11
大学の合格と同時に車学に通い始めた。自動車の免許が欲しかった。それは自分の街、それにつながる今までの自分との別離をはっきりと目に見える形で確認させてくれると信じていたからだ。まず何よりも必要だった。
毎晩、月の形が変化してゆくのを眺めながら、友達に運転を教えてもらった。卒業の日を間に挟んで、月は満月になった。月も人も変わりゆく。変わらないのは街だけだった。
さらに幾度か月が昇った、月が奇麗な夜。女の子を誘って初めてドライブに出かけた。兄貴からもらった車、免許は仮免だけどまぁOKだ。隣には幼なじみの女の子。まるで昔のロックみたいだ。グッドオールドデイズ。僕が過ごしている今も、何十年先には古き良き日々になるのだろうか?
「自分の街の夜景ってすごくきれいにみえない?」
橋の上を走っている時に彼女が聞いてきた。
「そうだね。なんでだろう?何度も見てるのに。よく見るの?」
僕も彼女も、橋の上から一望できる小さな街の出身なのだ。
「ううん、親が厳しかったから。」
「時間は大丈夫?」
「もういいのよ、卒業もしたんだし。大人になりたいんだもの、足かせがあったら成長できないわ。」
そう言ってから彼女はバックからメンソールの煙草を出した。
「変わっていくって、恐ろしい事なのかしら。」
白い煙と、やりきれなさを、彼女は窓から深く蒼い夜へ吐きだした。
そんな彼女を見ていたら、ずっと以前に好きだった年上の女の人を思い出した。その人の顔、発した言葉、何も理解できなかった自分。幼なすぎた自分。今でもその時の事を忘れられない。話しながら歩いた雪道、秋の陽射しの公園。後悔は過去の自分の姿となり、過去の僕はいつも僕を苦しめる。
車の速度を上げる。アクセルを強く踏みこむ。どんどん景色が流れてゆく。家、家、小さな書店、交差点、銀行、二年前に潰れたままの床屋、薄汚れているカラオケ屋、バス停、そしてひっそりとした高校が見えてきた。
「高一の時、何してた?」
「ピアスあけて、学校の中で煙草吸っていきがってたよ。」
「確か、高一の夏、久しぶりに会ったじゃない?あまりにも変わってて驚いたから、あの時の事すごくよく覚えてる。」
「僕も覚えてるよ。夏祭りの時だよね。」
「よくできました。裏の神社でかき氷食べたのも覚えてる?あの時さ、よし子が見てたらしいんだけど、あの娘、まったくあなただってわからなかったみたい。後で、あの人誰?って聞かれたもの。」
「あの時は、あれが必要だったんだ。」
「え?」
僕は煙草に火をつけた。自分の過去を話す時は何かでごまかしながらじゃないと、とても話せない。
「今じゃ変にいきがったりしないし、そんなのしてもしょうがないって思ってる。けど、あの時の僕は不安だったんだ。たくさんの人がいて、その大勢の中で自分がどの場所にいるのかわからなくて不安で不安でしょうがなかった。自分を大きく見せなきゃ怖くて学校になんか行けなかった。たくさんの中の一人になる事が怖かった。」
「今は?」
僕はきっと誰かに話して自己確認したかったのだろう。彼女が真剣に話を聞いてくれたのが嬉しかった。
「今は外面だけ変えてもしょうがないって思うよ。それかひょっとした自分のなにかが変化したのかもしれない。」これは成長といっていいのだろうか。
「ふうん、うまく伝えられないけどさ、今の方があなたらしくていいと思うよ。」
僕は照れた。
「どこ行く?」色々走ってから彼女に聞いた。
「思い出深い神社で。」
「夜だと気味悪くない?」
「そんな事ないわよ。神様はきちんと見てるもの。」
「バチは怖くない?」
「そんな事できないわよ。神様はただ上から見てるだけなんだもの。」
街の夜の道路はいつもがらがらだ。たまに深夜タクシーがすれちがうだけだ。誰もいない道路を、月を追いかけるように走る。走っても走っても追いつけない。様々なものを通り抜ける。錆び付いた商店街、まだ明かりのついている家、落書きされたトンネル、変わらない大通り、泣きそうになる街並み、誰かと歩いた通学路。本当に様々なものを通り抜けてきた。女の子と話した公園、果たせなかった想い、秋や冬、午後の陽射しの林の中、口ずさんだ歌、歌いながら帰った道、泣きながら帰った道、眺めた夕日。窓をあけたら雨上がりの濡れた草の匂いがしてきた。
深夜の神社。空は晴れ、夜の蒼い光の中、神社の敷地内を僕と彼女は歩く。
「いつあっちに行くの?」
「今月の末だよ。」
「寂しくなっちゃうね。」
「うん。子供の頃から一緒だったもんね。」
「私、言いたい事があるんだけどさ。」
「うん。」
「言わないわよ。」
「どうして?」
「あなたがいなくなるから。」
「よくわかんないよ。」
「だからね、あなたは去って、私は残って離れるでしょ。下手すると一生会わないかもしれないわけよね。」
「すぐ帰ってくるよ。」
「けど今までのようにはいかない。言う方はさっぱりするかもしれないけど、言われる方はどうゆう事を言われたにしろ、気持ちの整理なんかできないし、後味悪いじゃない。」
「そうゆうとこ、子供の頃から変わってないね。」
自分で全部考える所。彼女はいつも自分の中で全部終わらせた。
「成長してないのよ。」
「僕もだよ。何もわかってなかった。」
彼女を送った後、何を考えればいいかわからなかった。
ただアクセルを踏んだ。景色はまた流れていく。月の光はもう消え、朝日が出てきた。明るくなっていく空。遠くに朝日が出てきた山が見える。
口笛を吹いてみる。アンパンマンのテーマ。歌詞は確かこんなのだった。
何が君の幸せ
何をして喜ぶ
わからないまま終わる
そんなのは嫌だ
車は走る。景色は流れる。思い出、時間、痛み、どんどん流れ去っていく。これからも通り抜けてゆくのだろうか。流れる景色は、にじんで見えなくなっていった。