ある朝、わたしはいつものように窓を開け日光をあびた。「パパ-、ごはんだよー。」6歳である娘の声ががいつものようにわたしを朝食へと導いた。わたしは妻と娘の3人暮らしのどこにでもあるようなごく普通の家族だった。「あなた、今日も頑張ってね。」「ああ、今日は早く帰るよ。」わたしは普通のサラリーマンで普通に会社に勤めている。そんなある日、会社帰りに少し変わった事があった。いつものようにわたしがまっすぐ家にむかっていると、ある路地裏でせきこむ声が聴こえてきた。わたしは怪訝そうにその路地裏を見ると一人の女性が倒れていた。「水を・・・・・、水をください・・・・。」わたしはすぐさま近くのコンビニに走った。彼女はわたしが買ってきた水をとてもおいしそうに飲んでいた。彼女に何があったかはあえて聞かなかった。「ありがとう・・、」声はかすれていたが回復したようだった。しかし、不思議だったこんなに倒れるまで水を飲まないで何をしていたのだろう?気にはなったが、家族がまっているのでこれで失礼しようとした。「あの・・・、」女は何かを言おうとしていた。その瞬間。「ん!!!」とっさの事で何がなんだか分からなかった。その女性はわたしに口づけをし、礼を言って帰って行った。わたしは唖然とした。世の中だいたんな女もいるものだと少し違和感を感じながら家に帰った。「お帰りー!」妻と娘がわたしを笑顔でいつものようにむかえてくれた。いつものように楽しく食事をすまし、いつものように2回の部屋の床についた。今日は少し変な一日だった。わたしは今日はもうおわったと思っていた。しかし、わたしがいったん寝ついてどれくらいたっただろう。下で変な音がする。まるで誰かが走っているかのような音だ。わたしはその時泥棒かと思った。そう思っている中、音が変わった。「ガシャーン!ガシャーン!」それは完全に皿が割れる音であった。これに驚いたわたしは家族が何かしているのだろうと階段を駆け降りた。わたしは今までみたことのないような家族・・・、いや、もはや人間と呼べるような姿勢ではなかった。先ほどまであんなに楽しく食事をしていたテーブルの上に娘と妻が立っている?座っている?4足歩行をしている動物にしか見えなかった。わたしはただ呆然とたちつくすしかなかった。その時!!玄関のドアを強く叩く音がした。テーブルに乗っていた娘と妻はなにやら分けのわからない言葉を叫んでいる。ついに、ドアが壊された。4足歩行でわたしの家にはいってくるのは近所の人達だった。その内の何人かが口に何かをくわえていた・・・。人の足や手だ・・。どんどん、家の中は血と得たいのしれないバケモノでいっぱいになっていった。わたしは2回へ走って逃げた。しかし、窓からまたバケモノがでてきた。バケモノが笑いながら何かを食べている・・。わたしは別の窓から飛び降りようとした・・。その窓からわたしの目に入ったきたものはバケモノの長蛇の列だった。道路いっぱいにうじゃうじゃバケモノがともぐいしている。もうわたしにはどうすることもできなかった。バケモノ共が一斉に笑いだした。わたしは窓から飛び出してきたバケモノに外にひっぱりだされた時、わたしは見たこともないような空を目のあたりにした・・。空?あれは血だった。バケモノの顔がわたしの前に現れた・・。バケモノは笑っている・・・。笑っている・・。空の色がより濃く赤に染まった。
※作者付記: 第一作目です。
「何で…人は死ぬのかな?」…静かに、落ち着いた声色で、その少女、澪菜(れいな)は呟いた。目の前、椅子に座り、ずっと…ずっと澪菜の右手を握りながら見つめる少年、亜樹(あき)の耳にも聞こえるよう…。「…。」だが亜樹はそれには反応しなかった。したくなかったのだ。死というキーワードは、今の二人には重すぎる…。「死ぬのに…理由がないのも、嫌だよ…。」落ち着いた声色…そう聞こえるのかもしれない。だがそれは間違いでもあった。彼女、澪菜の声は沈み、弱かった。これから先のことを知ってしまった…いや、先なんてないとわかってしまった。二人の目の前にぶら下がる、病魔の糸。その意図は決して神によるものではない。運命というものなのかもしれなかった。「死ぬ理由が、誰かのため、とかだったら、それでもいいっていうのか?」黙っていた亜樹が今度は口を動かした。その声は、先のない澪菜よりもずっと暗く、淀んだ弱い声だった。「不思議と…これでも落ち着いてるの。だって…」そこで澪菜は一つ、拍を置いた。その次の言葉に、今の自分の全ての希望が込められているのだから。「だって…?」言葉をとめた澪菜の目を見つめ、亜樹は、暗いながらも真剣な目で彼女に聞き返した。すると澪菜は、絶望で細くなる心を必死で動かし、笑顔を作り、話し出した。「何で死ぬのかなって言ったけど、なんでかっていうの、わかる気がする。」「…」黙り、亜樹は澪菜の最後の笑顔を見つめながら話を聞く。「輪廻転生ってさ、生まれ変わるってことなんだよね?でね?今の現世で生きてる人達って、強い絆で結ばれてる相手とは前世でも深い間柄であるらしいの。それってね、生まれ変わっても恋人同士とかだったら、ほら、次の世界でも二人で出会えたりできるんだよ。」そこで初めて、笑おうとしていた澪菜の瞳が揺れた。涙。それが彼女の瞳を揺らがせる感情。体が震えていた。亜樹の心も、澪菜の涙と生に揺れる。「だから、ね?ここで私が死んでも、きっと、きっとまた会えるよ…。しばらくは寂しいけど、でも、生まれ変わりは別れじゃない…だから死ぬことも、少しのサヨナラってこと…だから、ね?また、出会えたら、もっと、もっと、ずっと一緒に、いよう、ね?ずっと、ずっと、ずっと、ずっと…」泣きじゃくる澪菜を抱きしめる亜樹の腕は、力強く、そして優しかった。もしも生まれ変われるとしたら、今度こそは、二人の望む、【出逢い】であるように…だから今は…その後の二人の経緯を語る術はない。だが、巡る魂の再会は、いつか…
※作者付記: 補足させていただきますと…、作中の「糸」と「意図」は決して変換ミスではございません(^^;
最近よく夢を見る。毎回必ずサメに食われるのだ。こんな話人に話せないし困っていた。なぜサメに食われる夢ばかり見るのか夢診断の本を読んだりする日々が続く。ある日町に出るとサメの店という店を見つけた。サメの絵が描かれていて表札に「サメの店」と毛筆で書かれている妙な店だ。入ってみた。サメグッズやサメの肉が売られていた。主人は私に会うなり「あなたサメに食われる夢を見るでしょう。」と言った。私は何だこの人はという表情で主人を見つめた。主人はにこやかに「わかってますよ。」と言った。私は「店長あなたは超能力でも使えるんですか。」と言うと主人は「私はサメに関する事は何でもわかるんですよ。」と言った。主人は店の奥に入っていった。三十分くらい待っただろうか主人はサメ型のパソコンを持ってきた。ディスプレイの形がサメの形になっている妙な形のパソコンだった。私はこんなパソコンを見るのは生まれて初めてだった。主人は「お腹をすかせたサメがあなたにサメインターネットでメールを送ってるんですよ。」と言った」。サメインターネット、サメメール、もしかするとサメの世界もIT化されているのかもしれない。主人はパソコンを立ち上げ何か操作すると私の夢の中に現れたサメが出てきた。主人はメールで「この男の肉はとてもまずいですよ。」とメールした。すると画面のサメは不機嫌な顔をし、メールを送り返してきた。「海に来る事があったら食うつもりだったがそんなにまずいのなら勘弁こうむるぜ。」とメールが送られてきた。それから主人に仕事料を払いサメの店の外に出た。それからはサメに食われる夢を見る事は無くなった。でもサメの世界の一端を見た思いがして何だかおかしくなるのだった。
私と彼女の間柄はいわゆる「悪友」、夜遊びするのは彼女とである。彼女は雅子。私は亜矢子。1年前、週3日は雅子と会っていた。ある日、雅子に言われた。「亜矢ちゃん、彼氏になってくれない?」職場まで迎えに行き、ご飯を一緒に食べ、夜景を観にドライブしていたので自然に受け入れられた。私は雅子が好きだった。雅子も私のことが好きだと思っていた。もちろん、友達としてだが。 それから3ヵ月後、雅子から「彼氏ができた」と報告があった。相談は受けていたので、「よかったね」と言った。これで私の彼氏のふりも終わりかと胸をなでおろした。同時に胸に穴が開いた間隔を覚えた。 しかし、雅子の彼の話はいつも暗い。そんな雅子の曇った表情を毎回見ているのが嫌だった私は、彼と別れることを勧めた。雅子は「彼の嫌なとこばっかり目に付く。でも好きなの。別れたくない」その意思はかわらなかった。「恋は盲目」と言うが、まさにこの状態なのだと落胆した。私以外の友達も雅子の交際を反対していた。説得をやめようと思ったのは、雅子にとって私が彼の4分の1の存在だと知ったからだ。私は急に虚しくなり雅子のことを考えることをやめてしまった。 それから私は考えた。雅子の幸せを願っていたけど、本当にそれだけだったのか。自分の手から離れると嫉妬からの説得ではなかったのか、純粋に雅子の幸せを考えていたかどうかを。 ある日雅子から呑み誘われた。自分の気持ちは整理できていたので会えた。昔と変わらず会話ができた。変わったことは、雅子は彼との交際が続いて幸せだということと、私が一線おいて彼女と付き合うことを決めたことだった。 「彼の前だと素直になれる」そういう彼女が眩しかった。彼女の明るい表情をみて、私は羨ましかった。自分にはそういう存在はいないからだ。それに、私は雅子に素直に感情をぶつけることもなかった。 雅子とのことがあって、私は自分の色々な感情に気づくことができた。好意、疎外感、嫉妬。でも、純粋に相手の幸せを願うということも知ることができた。 私と雅子は友達である。ただ、自分にとっての幸せは自分しかわからないから、よく考えてほしいということだけ伝えた。 この先雅子が笑っていられるなら、私は心から「おめでとう」を言える。雅子が笑っていたら、私も笑うことができる。そして私も同じように幸せになり、お互いがお互いの幸せを願える関係になれたと実感している。
※作者付記: 昔の実体験です。
「・・・だから多分好きなんだよ。俺は、お前が」「はぁ?!」なにを言ってんだこいつは。オレンジのケータイの話口にむかって素っ頓狂な声を上げる私。ちょ・・・とまってよ。あんた。私は「今何してる?」「ん?勉強」とかいう他愛もない会話を望んで塾帰りに電話をしたのに。少し会話をしてから彼の口から紡ぎだされたこの言葉。「・・・」私は言葉を失ってしまった。妙に速く脈打つ心臓が動揺を如実に表している。なんとなくそんな関係なのかなぁ?と思っていたけど今実際に彼の声でそれを告げられると「なんで今そんなこと言うのよ・・・」動揺のふちに立った自分がそう勝手に口を動かしてしまう。でも、その言葉には理由があったから。第一試験7日前。それが今日だった。勉強に専念しなければいけない時期に色恋なんてもってのほか。それに少し優しいくせに悪戯好きな彼の言葉を疑っている自分がいた。結局駅のホームでケータイをきり、強制的に自分を現実に引き戻した。告白Take1・NG次の日の彼はいたって普通だった。「昨日のことは気にすんなって」いつもの笑顔でそう話しかけてくる。やっぱりタチの悪い悪戯だったのだろう。「あはは。気にしてないって!べつに」そう笑顔で言うものの内心少しがっかりしている自分がいる。本当は昨日イエスと言っておけばよかったのかもしれない。けれどそれも後の祭り。ま、このままでも充分だよ。もう一人の自分がそうやさしく諭してくれたので私は納得して家路についた。自分の部屋に入るとすぐにある物に目がいった。「?」ケータイのお知らせランプが青く点滅していたから。メールが一件。慣れた手つきで画面に表示すると、噂の人物から−また後日告白するから覚悟しとけよ−思わず笑みをこぼしてしまった。なんて彼らしいんだろう。私の気持ちは十中八九決定だ。合格の発表日推薦で一足速く決まってしまった私は集まるように言われた学校で数々の笑顔の友人達におめでとうを行って回りながら彼の姿を探す。・・・いない。まさか・・・いや、そんなはずない。自分に言い聞かせて彼を待つ。集合時刻まであと30秒・・・「すみません!遅れました!」体育館中にからかいと祝福の笑い声が響いた。「やっぱり好きだな」合格通知をもらう順番を待つ中、隣から聞こえてくる彼の小声。「何が?」「お前が」「・・・そっくり同じこと言ってもいい?」告白Take2・OK
※作者付記: なんかとってもベタな話になってしまいました。青春の1ページということで、ちょっとした私の理想が入ってます。
次から次へと舞い落ちる花びらに思わず目が行く。 夜の公園にライトアップされたソメイヨシノが、二人の沈黙を見守るかのようにそびえ立っていた。 純白にうっすらとピンクのかかったその色は、僕の好きな色のひとつだ。 しかし、もうすぐその色は僕の中から失われる。 医師からきわめて特殊な色覚障害だと診断されてから約一年が経つ。 最初は濃い寒冷色から少しずつ色を識別することができなくなっていった。非常に稀な病気のため治療の方法はおろか、進行を食い止める方法もまだ見つかっていないらしい。 いまでは赤色系以外の色は、もう識別することができなくなってしまっている。 カメラを撮りはじめるようになったのは症状が進行してしばらく経ってからだった。キャノンのフイルム一眼レフを買った。そのカメラをいつも持ち歩き、自分が美しいと思った景色を片っ端から撮っていった。 いくらカラー写真に現像したところでいずれ僕には、モノクロ写真になってしまうことなんて百も承知だ。ただ、そのときに感じた色は写真を見れば朧げながらにでも思い出せるかもしれない、という想いが僕にシャッターを押させ続けていた。 最近になって日本にはたくさんの色の名称があることを知った。青色ひとつとっても「紺碧」「岩群青」「薄縹」「碧瑠璃」「露草色」など様々にあり、それらはそれぞれがひとつの色として確立していた。 しかしそれを知った頃には、もうその微妙な違いを感じることはできなかった。 こんな僕に、いろいろと世話を焼いてくれる女性がいる。 彼女とは、カメラを通じて知り合った。 取り立てて美人というわけでもなく何処にでもいそうな容姿だが、透き通るように白い肌だけは、平均からはかけ離れているように思われた。 彼女が僕に好意を抱いてくれていることは薄々勘づいてはいる。 だが、色覚障害があることが何となく負い目になり、友達以上恋人未満の関係性がずっと続いていた。 つい先ほど、いま目の前にいる彼女に「結婚を前提に付き合ってくれ」と告げたばかりだ。 意思表示することに踏み切った理由は、これといって特には無かった。 ただ、もうすぐ完全に失っていく色の中で、何か確かな答えを欲していただけなのかもしれない。 彼女は、驚きの表情を一瞬のぞかせ、そのままうつむいてしまった。 真っ白い肌の頬にうっすら紅がさしていくが分かった。 その色は、ハラハラと舞うソメイヨシノの花びらとシンクしていきながら、僕の視界に鮮やかに飛び込んできた。 純粋に、この世で一番美しい色ではないのかと感じた。 彼女の返事が、イエスであれノーであれどちらであろうとも、この桜の木をバックに記念写真を撮ろう。 たとえモノクロームの世界の住人になってしまっても、このさくら色は何年経っても、何十年経ってもきっと忘れない。 網膜に焼き付けているその景色の中でそっと彼女が頷いた。
母は淫売父はアル中、人を頼る事を知らずに十五まで生きて挙げ句失敗り今となっては水の中、漂い死んでしまいました。なんて、ありふれた話! 話の種にもならない茶番劇。有りがち過ぎて詰まらない昼メロの様な展開。でも目の前にぷかぷかゴミ袋みたいに浮いている死体は紛れもない真実、映画や芝居ではない生の(生の?)死体、しかもそれが見知った人間のなれの果てだった日には。しかし見知った等というのも冷たい話、今水死体となった元人間、思えば自分の親友とでも言うべき竹馬の友、そんな人間が出来過ぎの小説みたいに目の前で水袋となっているのだから、自分もわざとらしく驚愕して死体を抱え起こしみっともなく泣き喚くべきなのかもしれない。「どうしてこんな事に!」とはいえその気は毛頭無いのだけれど。生前―――――生前、生前、その響きの白々しさと言ったら!―――――貧しい暮らしに関わらず、手入れをする余裕もない黒髪はけれども深くたゆたい、正に緑の髪だとか烏の濡れ羽色だとかいうのに相応しい美しさだったのが今や不揃いにもつれ、水面に不様に浮かんでいる。それを哀しく重う気持ちはやはり自分には無い。寧ろいい気味、と思っていない事もないのだから、人間は恐ろしいという話。人は人を笑顔で欺くのだ。騙されるな!それにしてもどうしたものだろう。何かにつけ人目を引こうと大げさに振る舞いがちな子ではあったが、こうまでも体を張って哀れみの注目を浴びたかったのか。馬鹿な話、けれどあの子なら有り得なくもないと思わせる、それも厭な事だ。本願叶って明日の朝刊でこれ以上無いくらい注視を集めてる事になるだろうから彼女もさぞや満足だろう。あの得意げな笑顔は虫酸の走るほどの嫌悪感を自分に与える。まぁこれで二度とあんなうっとおしい面を見ないですむ、と思うと気が晴れない事もない。否、正直に言えば清々する。幸いなる哉!自由なこの身!水死体は水を吸って膨張し、皮が剥がれ惨憺たる様相を呈している。それに対して不快は感じない。寧ろ普段生きていた頃に比べたなら好意すら感じられる程。食い千切られた指も、変色した唇も。彼女の紫色の唇に指を寄せた。けれど思い止まりふと思う。己の死体をいつまでも見つめている幽霊というのも真にぞっとしないじゃないか。未練たらたらでいつまでも現世に引きとどまる幽霊、浅ましく片腹痛い。とはいえもう少しの間、この場に止まる事を赦してほしい。この水死体は自分の唯一の親友、切ろうにも切れない物質としての自分自身、酸いも甘いも知り抜いた離れもしないパートナー、私の精神に寄り添うただ一つの肉体なのだから。しかるべき時が来たなら、自分は潔く成仏しよう。だから、ああ世界よ!
扉を開けるとそこにいた。斜め下、見上げる感じで僕を見ている。別にそいつがひざまづいて迎え入れている訳でもなんでもなくてあえていうなら、お前誰だ。勝手に私の家にあがりこんで来るな、という邪魔者を見るような睨む目で僕を見ている、そんな気がした。 どんなにネガティブな考えになろうとも学校へ行かないことがいけないことだと僕は思わない。 物言わぬ彼女を通り過ぎ部屋に入るとそこにはこたつがあった。僕は通学鞄を床に放り投げこたつの電源を入れテレビをつける。チャンネルをグリグリ変えフジ系「どうなってるの!?」に合わしコタツのせんべいに手を伸ばす最近の僕はこの番組を欠かさず見ている。近所の奥様方の話にも入っていけるんじゃないかと思っているくらいだ。 ぬくぬくと午前のひとときを満喫しているとさっきまで玄関にいた彼女が部屋にまで来ていた。この家では彼女の寝床は無い。囲いの中で育てるよりも自由に歩き回らせたほうが天才になりやすいのだと母親である姉は言っていた「・・・何だよ?」ジッとこちらを見ている彼女の瞳は相変わらず目つきが悪い。別れたろくでもない父親にそっくりだ。 「いつかお前にもわかる日が来るよ。個という存在がいかに大勢の中で無力かを知る日がね」 悟ったふうなこといってんじゃねぇ!て言ってるような目つきに見えるがこれは他ならぬ僕自身の思いだろう。 しばらくテレビを見ていたが彼女はずっと僕のそばいた。ジッとたたずむ彼女が寒そうに思えた僕はしかたないので毛布を持ってきてやろうと隣の部屋に向かいおしいれにしまってある毛布出していると玄関で物音がした。 「もう!啓太またきてるの〜!?」一番上の子を幼稚園に送りに行っていた姉が戻ってきたのだ。バタバタと騒がしい足音でコタツのある部屋にむかった姉は急に驚いた声を上げ 「ちょっ・・・啓太ぁ〜!来て来てすごいよほら!」と僕を呼んだ。何事かと毛布を引きずりながら部屋に戻るとさっきまで四つん這いで僕を見据えていた彼女が両手を広げフラフラと立ち上がっているのだった。 「すご〜い。まだ1歳にもなってないのに!もしかしたら将来は歴史に名を残す偉大な人物にでもなるんじゃないかしら!?」 そんな大げさなと僕は思う。 「あんたもいい加減怠けてないで学校行かないとだめよ。学校で何があったかわからないけど逃げてたら何も解決しない」 「・・・そんなことわかってる」 誇らしげに立ち上がる彼女はさっきまでにこりともしてなかったくせに満面の笑みだった。多分それは姉が帰ってきたからだろうが僕にはそれがとてもいやらしいく映り不意に彼女を小突き倒しニヤリと笑った。
蜃気楼揺れるアスファルト。笑い上戸の高層ビルが太陽をなじる。青の信号を合図に沢山の土踏まずが白と黒のシマウマを踏みしめる。真ん中で交差して器用にワン・ツー・ステップで肩口をかわす。安い香水の匂いと税金のかかった煙草の煙が微かに混じってすれ違っていった。僕は必要の無いスーツを着込んで焼き付くアスファルトに佇んでいた。いそいそと手首の秒針に追われる彼等の真似事をしてみたかったのだ。まず手始めに大股で歩いてみる。着る予定の無い借り物のスーツは、ウエストと股下がガポガポと文句を言い合っていた。ムキになって大股で歩いていると、一歩手前を歩いているスーツを着たヒトのかかとに目が止まる。すぐに立ち止まり自分の足元に目をやった。スニーカーで速歩きでは意味が無いじゃないか。しっかりと革靴を履いたスーツの男性は人波に紛れて見えなくなった。僕はぼんやりとその場に立ちすくむと、大口を開けて笑うビルとビルの快晴を見上げて安堵にも似た溜め息を吐いた。
温かで、暖かかった、午前2時。そうっと口付けたのは、私と携帯のアンテナしか知らない。 鼓膜が破れそうな位に煩いクラクションには、もう慣れた。慣れすぎて落ち着かない程までに、進化してる。浴びせる罵倒や批判には、もう慣れた。慣れなければいけない、と言い聞かせてる。 重なった漫画とか、煙草の灰色が言う。(あんたって強いな!)其ほどでもない、と心で叩きかえして、その場に寝転がった。ごつごつして痛いし冷たいのに心地良い。ついでに、考える頭や魅せる星とかも。ドロドロに慣れてても、少しでも人間だ、と思った。(人間だから、寂しいくせしてさぁ) 中枢神経をちくり、とされるような言葉に喉がつまって、本能がままに起き上がった。「‥意味わかんない」 シャワーを浴びてから随分経って乾ききった髪を掻いてみる。だからどうしたって訳でもない。だって、「…慣れないのよ、これだけは」答えくらい解ってる。沢山覚えて、慣れて、生きているのに。『寂しさ』だけは、慣れない。だから、せめて。携帯に口付けしてみた。
※作者付記: 初めてです。宜しくお願いします。メールマガジンで発行したものをこちらでもう一度使用してみました。
鏡の向こう側。 そこに立っているもう一人の私は、本当にただの虚像なのであろうか? 髪型をセットする私。 歯を磨く私。 ニキビを気にする私。 鏡の向こう側で、左右の入れ替わった私が私の生活を演じている。 この鏡がなければ。 私は、私がどんな顔をしているのか、知る事はなかった。 だが、その顔は普段、皆が見ている私の顔とは微妙に違っている。 鏡とは、世界を左右逆転にしてしまうから。 私は私の顔を、決して自分の肉眼では見る事が出来ない。 きっと、鏡の向こう側にいる私も同じであるに違いない。 そんな私は、鏡の向こうの私の顔を、肉眼で見る事が出来る。 そんな鏡の向こう側の私は、肉眼で私の顔を見る事が出来る。 鏡の向こう側。 もしかしたら、その先にはこの世界とは違う、もう一つの鏡の世界が広がっているのかもしれない。 その先にいる私と、ここにいる私。 一体、どちらが本当の私なのだろうと、ふと考える。 もしかしたら、今、ここにいる私のほうが、鏡の中の世界の住人であるかもしれない。 そう考えると、何だか怖くなった。 だから私は、試してやった。 鏡に向かって、両手をあげたり、指を複雑に動かしたり、口を大きく動かしたり、変な顔をしてみたり。 普段は行わないような動きをする事で、私は鏡の向こうの私に、私の真似ごとを失敗させようと試みたのだ。 失敗するという事は、向こうがニセモノであるという事になると思った。 そうする事で、オリジナルは私であるという事を、証明しようと思った。 ところが敵も然る者で。 完璧なまでに、私の動きを再現している。 そうしているうちに、本当は、真似をさせようとしているのは鏡の向こう側の私で、私はまんまとその企てに乗せられているだけなのではないか、と思うようになった。 私は力なく、身体の動きを止めた。 鏡の向こうの私も、動きを止めた。 どこか、その顔は疲れているように見えた。 どっちが本物で、どっちが虚像で。 そう考える事自体が、そのうち馬鹿馬鹿しく思えてきた。 仮に、向こう側にもう一人の私がいるとしても、きっと向こうも本物は私だ、と思っているに違いない。 私は、鏡に手を触れてみた。 鏡の向こうの私も、触れてくる。 手と手が、鏡を通じて重なる。 なんとなく。 掌に温かい感触が伝わってきたような気がした。 私は手を離すと、「お疲れ様」 そう言い残し、鏡の中から姿を消した。
部屋に転がったエゴン・シーレの画集には、格好つけたがりの男のいやらしさが込められているような気がしたのに、わざとらしく介抱を求めてもたれ掛かってくる体を払いのけようとしなかった理由の一つは、私が偶々シーレ好きだったということと、あとは私が男よりも数倍多くの杯をあけていた、ということに、尽きる。 「わたし、恋愛とか興味ないんです。」 新歓コンパ。自分でもイタイな、と思う台詞を吐いて数秒間、同期の女の子も男の子も幹事も上役もあの愚鈍な上島課長ですら訂正の言葉か、もしくは笑いに変える一言を待ってくれていたのに、長年の対話コンプレックスと思春期のそれよりたちの悪い理由無き反抗心と少しの自虐的耽美趣味などという要素があいまって、どこにもオチをつけられずに次の話題が持ち上がるのを待つ間、あ、これおいしいなどと今やスーパーで買える牛角のキムチをつまんでビールを飲んで、いっぱしの自己中を気取ってみたりした。こんな時ありがたい煙草は何故かその存在を消している、恐らく上着の中にあって、二メートルぐらい離れた距離から私を哀れんでいるのだろうが、今この状態における二メートルというのは中々重い意味を含んでいるんじゃないか、と勘繰る気持ちが先にたち、意識は二メートル先、体は此処にあり、なんだか怪しげな態勢を保つ形となってしまい、どうしようもないから向かいの席の村木斉藤(適当)間の虚空をぼんやり眺めている、という所に落ち着いた。きっとあさって月曜から、私には何らかのレッテルが付されていることでしょう。それは多分白々しいほど爽やかな空色が似合うと思う。絵の具を空にぶちまけたような、とか、空よりもあおい、とか、そんな嘘くさい形容詞を伴うような。 「新歓コンパとかするもんじゃないよね。上司の御機嫌とりながら、とか、ビールが不味く感じるし。ねぇ。」 男はそう言いながらウーロン茶を飲んでいる。頭が働かない。昨日こんな男いたっけ。あ、いたから私はこの人の部屋に来ることになったんだっけ。こんな奴だったのか。ということは今の男の発言は明らかに昨日スベッた私をフォローしたものだ。私自尊心は高い方だから、そんな下手な気の使い方は、余計に。 「帰りますね。あの、牛角のキムチ買って行かなきゃ。ほら私昨日、あれほんとおいしくて、皆と話すよりも熱中しちゃって。」 「うん。でもお茶でも飲んで行ったら?」 うん、だって。 ウーロン茶だと思っていたけど、彼の飲んでいたのは丁寧に入れたアイスティーだった。私は、この人はほんとにシーレが好きなのかもしれないと思った。 「あ、うん、じゃあいただきます。」
きりーつ、れー、さよーなら。ああ面倒くさい。「酒田、お前このあと視聴覚室で集まりあるからなー」担任に呼び止められた。しかも視聴覚室に行くには階段を一階分上がらなくちゃいけない。早く部活に行きたいのに。階段を上る足が重い。視聴覚室のドアを開けたら中には20人くらい人が居た。なんの集まりなのか聞いてからくればよかった。暗幕のひいてある窓を見て、グラウンドが見える部屋がよかったと思った。どれくらい待っただろうか。前のドアが開いて女子と男子が一人ずつ入ってきた。女子が1年で男子が3年だったと思うが名前はなんだったかな。周りのしゃべり声で女子が水嶋、男子が高田だとわかった。「これから椅子とりゲームをします」水嶋が言った。消え入りそうな声なのに不思議と聞き取れたのは周りが一瞬静かになったせいかもしれない。視聴覚室まで来てなんでそんなことしなくちゃならないんだ。俺はそう思ったけど周りは何故か素直に机を動かし始めた。仕方ないから俺も立ち上がって机を押した。ヤギが手紙を食べるメロディーにあわせて椅子の周りを回った。やる気がなかったため俺は一回戦で敗退した。その後は机に座って観戦していた。椅子を取れなかったやつがかなりひきつった顔をした。何でだろう?水嶋は無表情でラジカセのスイッチを切り替えている。あれ、高田って人が後ろに持ってるのって斧かな。何でだろう?あ、鈴木先輩が優勝した。鈴木先輩はサッカー部の先輩だ。巧い。性格もいいし後輩にも優しいので万人に好かれてるんじゃないか。ついでに顔もいいし。その後もジャンケン列車やらあっちむいてほいトーナメントやらが続いた。とても奇妙な光景だった。「机を戻して、紙に人の名前を書いて下さい。誰でもいいです」どういう意味かわからなかったが周りを見て、机の中に紙と鉛筆が入っているのだとわかった。辺りに響く鉛筆の音を聞きながら、みんな慣れてるみたいだ。と思って、こんなわけわかんないことに慣れてるわけないか。とも思った。机の中に紙をしまうよう言われたから、白紙のまま放り込んだ。そしたら水嶋が黒板に猛烈な勢いで何か書き始めた。文字か絵かわかんないけど何か。「なあ、席替わってくんね?」鈴木先輩だ。「どーぞ」俺は通路を挟んで右の席に移った。「目をつぶって下さい」これは流石にばれるのでちゃんとやった。「これから首を飛ばします」は?変な音がして、左頬に何かへばりついた。
今日で十年が経った。亜紀と付き合ってからそんなに時を刻んでいたのだ。亜紀とは生まれた時から幼なじみだった。母親同士が中学からの親友でたまたま一緒に妊娠したらしく僕らは同じ年に生まれた。細かく書くと五ヵ月ほど亜紀の方が早かったのだが、老け具合をみると当たり前だがあんまり変わらなかった。いつから付き合ったことになってるのか分らないけど、僕らはいつの間にか一緒にいろいろな場所に遊びに行っていた。遊びに行くといってもデートらしい事はしないで、両方の親に行く場所と帰る時間を伝えてから出かけたので友達みたいだった。今でも憶えているのが、初めて二人でボートに乗ったときの事だ。僕の漕ぐ技術が未熟でボートは少し沖に出たらクルクルと回転してその場を動かなくなってしまった。その時の彼女の笑顔は今でも思い出に残る亜紀のベストフェイスだ。おそらく、その時から僕は真剣に彼女のことを好きになったのだと思う。まぁ、その後は思い出したくも無いのだが回り続けるボートに呆れたおじさんが迎えに来てくれたのは言うまでもない。頼りない男の僕を見つめる亜紀の目は今でも夢に時々出てきては僕の睡眠時間を奪っているのだ。っと、冗談はおいといて。そんな彼女との十周年の記念日である今日、亜紀から突然別れ話をされた。理由は簡単だ。ずっと一緒にいた僕に刺激も成長も感じなくなってしまったらしい。きっと新しく好きな人も出来たのかもしれない。理由ははっきりとは伝わってこなかった。でも、そんな事は僕にとっては関係ない話だ。言われてみれば最近のデートはマンネリだったのかもしれない。ボートに乗った次のデートからは幼なじみとしてみていた彼女とは別に一人の女性として見始めたのだ。もちろん、男なので亜紀の全部を求めたし彼女も応じてくれた。最初の頃は何をするのも新鮮で、どこに出かけても一緒に居るだけで楽しかった。その繰り返しがいつのまにかマンネリに変わっていたのかも知れない。家族同士の付き合いもあるし、学校も一緒だし。どこかで別れられない強い鎖をお互いに結んでいたのだと思う。だから、十年経った日にあえてリセットを望んだのだと思う。別れ話をされた僕は彼女への回答に首を縦に振っていた。その姿を見た彼女はうっすら涙を浮かべながら手紙を僕に差し出しその場を走るように去っていった。「遠く離れていてもずっと愛しているよ」海外の住所と共にそう書かれてあった。
「ほら、また遅刻するぞー!」「ちょっ、ま、待ってよー!」 ショウ君と付き合って三ヶ月目のお昼時間、私は幸せの絶頂で転がった。幸せすぎて、ショウ君しか見えなくて、私は何の変哲も無い廊下に足をひっかけた。「ひゃっ!」と宙に浮いて、したたかに頭を打ったのだ。 ほのかな消毒液の匂い。心地よい布団。気がつくと、私は保健室に寝かされていた。ふと頭を持ち上げると、小さな痛みが霞む。「んっ」と思わず髪の中をさすってみたけど、傷跡も包帯も無い。心配したより私はずっと石頭だったみたい。「あら、起きたの」 保健室の先生の口調も心なしか穏やかだ。「あなた、脳しんとうを起こしてたのよ。頭、まだ痛む?」「いえ、そんなには」「そう、よかったわ。これから救急車で病院に連れて行ってもらうからね。ご両親にも」「えっ、で、でも! 私、このとおり大丈夫ですし」 怪我よりも、そちらの方が一大事だ。明日きっと皆に笑われる。ショウ君にも迷惑をかけてしまう。脳の重要性を意気揚々と解説する先生を横目に、私は呆然としていた。こんなにも身体は元気で、どこにも異常は無いのに。頭の痛みは治まってるし、膝頭もすり傷だし、左手の小指にも赤い糸が生えてるし。「赤い糸?」「えっ?」「い、いえ、何でもないです」 そう、何でも無い。見間違いに決まっている。そう思ってじっと目を凝らしても、糸は指先からひょろひょろ浮かんでいた。私はハッと顔を上げる。先生の下あごに当てられた小指にも、果たして、赤い糸は生えていた。 それは誰の指にも生えていた。救急車のおじさんにも、病院のお医者様にも、ナースさんにも、お母さんにも、犬のポチにも。 私はどきどきしながら、お母さんと家の前にいた。幸い脳には異常は無かったけれど、今はそれ所じゃない。扉を開けると玄関先に駆け寄り、心配そうに身体をさするお父さん。その小指にも赤い糸はあった。だけどその向かう先は。 お父さんの糸は北の台所へと、お母さんの糸は東の居間へと、それぞれ別々の方向に伸びていたのだ。私は卒倒しかけて、危うく家族にいらぬ心配までかける始末だった。 人はどれだけの確率で、運命の人と出会い、結ばれるのだろう。 この特異な力は、私に何を成せと言うのだろう。 でも、そんなこと、どうでもいい。 ただ、ただ、この指先の赤い糸がショウ君の小指へと繋がっていてほしい。 ベッドの中、私はひたすら、そう願っていた。
もう春近いというのに、その日はちらほらと雪が降っていた。私は吹奏楽部のコンサートを控え、遅くまで残って練習していた。部活の後、友達と別れて市電の乗り場に向かう頃になると、かなり暗くなって人影もまばらだった。 案の定、乗り場には誰もいなかった。私は傘を畳むと、しばらく立ったまま空を眺めていた。向かい側も市電が発車してから、ふと隣のベンチを見やると、小さな女の子がベンチの端にちょこんと座っていた。 私は内心ぞっとしたものの、一人で待つ必要がなくなって少しほっとした。 女の子は十歳くらいだろうか、腰の辺りまで髪が長く、水色のフリルのついたワンピースを着て、白いフリルの靴下に黒いストラップシューズを履いている。 (迷子かな?) 私は首を傾げた。こんな格好でこんな時間に一人でいるなんて、どう見てもおかしい。 女の子が私の方を振り向いた。愛らしい顔はどこか青白く、影があった。 「どうしてここに一人でいるの?」 女の子は答えずにじっと私を見つめている。 「…お姉ちゃん、フルート吹くの?」 女の子は私が片手に提げていたフルートのケースに気づいたらしい。 「うん、そうよ。まさかあなたも吹けるの?」 女の子は小さく頭を振った。 「ううん、お父さんが吹くの。とっても上手に吹いてくれるの」 「じゃあ、今お父さんを待ってるのかな?」 女の子はその言葉にぴくりと体を震わせた。 「お父さん迎えに来るよって…帰ったらたくさんフルート聞かせてあげるよって言ってたのに……」 女の子はうつむいて泣き始めた。私は思わずハンカチを出そうとポケットを探った。 市電の来る合図と共に、私の乗る市電が乗り場に向かってきていた。私がハンカチを手に女の子の方を振り返ると、そこには空のベンチがあるだけだった。 私の横で市電のドアが開き、数人の客が降りた。 後から聞いた話によると、このあたりに有名なフルート奏者が住んでいたらしく、地方公演に向かった際に事故に遭い、唯一の家族だった一人娘を残して死んでしまったらしい。公演に招待され後から行くはずだった娘は、ずっと雪が降り積もる中父親を待ち続け、凍死してしまったのだという。 今朝もちらほらと粉雪が舞っている。私はいつものように市電で高校に通う。市電に乗るとき、向かい側のベンチを見ずにはいられない。あの子がまだあの青いベンチの端で泣いているのかどうか、確かめずにはいられない。
※作者付記: 長崎で市電に乗ったとき、思いつきました。市電は電車とバスの中間くらいの乗り物で、いわゆるちんちん電車と思ってくれて良いです。
自分の中のどうしようもない≪無力感≫。それを今ココで吹っ切るため、アタシは屋上に一人で突っ立ってた。手から流れ落ちる赤い液体。もちろん、誰でも察しはつく筈。アタシが今からやろうとしてる事が。そんなアタシの目に映ったモノ…「……蝶々…?」一匹のアゲハ蝶。そういえば、昔から大好きだったっけ。「…痛…ッ…」一瞬、頭に激痛が走った。 それから…?……そう、意識を失った。『ねぇ、起きてよ』どこからか、声がする。アタシが目覚めた所は、見たことも無い世界。「ココ、何処??」『…ボク達の世界』「誰!?」アタシの眼前に飛んできた、アゲハ蝶。「…さっきの蝶?」コイツが喋ってるんだ。現実とはかけ離れた世界に、アタシはただ混乱するしかなかった。『自殺…しようとしてたんでしょ?』驚いた。所詮は虫と思っていたのに。「…だから何?人間はね、アンタ達みたいに気楽じゃないの。」『ボク達は…生まれてから長く生きられないんだ。…人間はその分ボク達の何十倍も生きられる。』「何が言いたいワケ?」『イノチを無駄にしないでよ』…そこで、目が覚めた。記憶が途切れてる。最後の言葉が、頭から離れなかった。『イノチヲ、ムダニシナイデヨ』ふと手首を見ると、傷は綺麗に消えてた。「…帰るか。」少し暖かくなった時期のこと。目についた時計は11時を指していて、秒針が太陽でキラキラと光っている。浴びた風は心地よく、心の《無力感》とやらはいつの間にかスッキリ無くなっていた。
世間はすっかり春めいて脳味噌が浮足立つ今日この頃です。大好きな君とずっと一緒にいたくって離したくなくって逃げないように繋いでおいた。そしたら君は壊れてしまった。壊れた君のために僕は唄うょ。僕は笑うょ。君を抱き締めるょ。君だけの側にいるょ。君のためだけに。なのに、君が僕を笑うから、僕は如何したらぃぃの?壊れた君を見ても何も浮かばない。あぁ、そうか。僕も壊れてしまったんだ。君に狂ってしまったんだ。だけど、僕がそれに気付くことはないみたぃ。君が僕を笑い続けるから。僕がそれに気付くはずがなぃょ。壊れてしまったのだから。仕方ないからとりあえず離れないように手を繋いだ。ただ、手を繋いでいたら、僕の大好きな優しい笑顔で君は微笑んだ。
会ったばかりなのに。初めて泊まった男の部屋。引っ越したばかりでがらんどう。毛布もなくて、床に転がる。ホテルで寝たばかりのそこの身体。しばらく天井を見ていたら、光がうっすら明るくなってまた暗くなる。話をしていて、それなのに男の腰が時々動く。「いたくない?」いたいよ、だって床とあなたに挟まられてね。服を脱がされる。されるがままだね。 うん。私は答える。小さく、 したほうがいい?と聞いてみる。 何もしなくていい。と答えられて、私はほっとしながら彼の髪を撫でる。おわって。理由が必要になるらしい。頭がぼおっとする。本能としか言いようないし。彼も実はわかってて、で、二人でだべる。 俺、AB型でね、それがいやなんだ。女みたいなこと言うなと思って聞く、相槌をうつ。別にAB型わるいイメージないじゃないと思いながらその理由を聞く。 性格が変わるんだ、一日に何度も変わる。移り気だって言うことだ。それを私に言いたいのだな。なぜかかなしくならずに聞く。私もいろいろしゃべる。不思議と話が合う。今日で終わりになるのか?互いにどう思っているのか。答えは出ないまま、帰るのを引き伸ばしながら、遊んでるふうを装いながら、わかれる。
ドラマ「大濠で入水」での俺の演技が評判になり、家宅には知人からの手紙が頻繁に配達されてきた。漸く俺の演技力が認められたのだ。俺は有名人になった。だから外出する時はサングラスを掛けなければならない。まあ俺の正体が露見した場合の衆人の混乱模様を考慮すると、これくらいの気遣いは当然か、と俺は独りごちて安物の靴を履いた。「光くん」 数分後、俺は雑踏の中で誰かに呼び止められた。前方から同世代くらいの女が接近して来る。まさか正体がばれたのか。俺は急ぎ女とは逆方向に歩み出した。ところが女は俺に、「久しぶり」 などと呟いた。どういう事だ。俺が俳優だと判り、わざと旧知の仲を装って近づく魂胆なのか。或いは、この女の知人である光と、偶然にも本名が光である俺とを誤認しているのだろうか。俺は、貴方の勘違いです、と言おうとしたが、ぐっと堪えた。確かに、この勘違い女を追い払う事は容易い。しかし、ここで彼女の知人の光を演じてはどうだろうか。売れ出したとは言え俺の演技力はまだまだだ。ここで未知の存在であるもう一人の光を演じ、最後まで彼女を騙し通せたならば俺は大物俳優になれる。そんな気がした。「やあ久しぶり」「三年ぶりだね」「綺麗になった」「ありがとう」 などと手始めは順調で、俺は喫茶店に入って女の思い出話に合わせて演技をした。 話すうちに、俺が演じる光は極めて平凡な男だと判った。高校時代に喫煙が露見して殴られた等、俺にも経験があるような話ばかりだったのだ。俺は実体験を交えて、あたかもそれらの経験を共有していたかのように演じ、女は始終俺の正体を疑わなかった。俺は将来に大物俳優の道を見た。さらに、俺に確信をくれたこの女に正体を明かしてやろうという気分になった。「なあ、大濠で入水ってドラマ観てるだろう」「何それ」「深夜一時のさあ」「周りの誰も観てないから知らない」「えっ」「どうかした?」 知らなかった。俺の傑作を誰も観ていないなんて。よく考えれば、家に届く手紙は全て撮影関係者や同業者からで、俗に言うファンレターは一通も無かったのだ。それに気付いた俺が後悔の念で悶えていると、「光くん、まだタトゥーある?」「タトゥー?」「初めてのデートの時に刺れたじゃない。私、まだ消してないんだ」 女は袖をめくった。そこには俺の右腕と同じタトゥーが刺れてあった。 俺はサングラスを外して、ほとんど俳優失格の作り笑いを拵えた。
私の帰郷を最初に迎えたのは月山から吹き付ける冷たい風だった。雪が少し混じった風は東京の生活に慣れきってしまった私の顔を赤く染めていく。三年前とは変らない駅の情景は自分の成長を映し出しているかのようで少し悔しかったが、安らぎを感じる事も出来た。街灯に照らされた街並みを見ながらバスは僕が育った集落へと向かう。国道112号線は除雪車が通った後なのか路面には雪が残っておらず、アスファルトは闇に変っていた。東京のように店やネオンがずっと続いているわけは無く真っ暗な外の景色はだんだんと自分の知っている景色へと変っていく。家の前に着いたときには雨雲も去った後で、月の光が私の足元を照らしてくれていた。雪に埋もれた我が家を見て帰ってきたというよりも、久々に開く扉になんだか違和感と緊張感をぶつけていたが、待ちくたびれていた母の姿をみたら、大きな溜め息が出た。 「三年で成功しなかったら戻ってくる」 東京に向かう時、私は母にその言葉だけを残し扉を閉めた。進路をいつも人任せに進んでいた私にとっては大きな反抗と成長だったのかもしれない。それから三年後。何も変らないで戻ってきた自分が居たが、母は何も言わず、ただ優しい笑顔を投げかけてくれた。 デザイナーになりたかった。自分で着たい服がなかなか見つからなかったからだ。上京して最初の方は物事が順調に進んでいった。おそらく、今考えると情けだったのかもしれない。そんな事も気がつかなかった私は自分の才能を勘違いしてしまい、すぐにその世界に居られなくなってしまった。時間というものは不思議なもので、充実していると進みが速く、空虚な生活をしていると砂が落ちるよりもゆっくりだった。 蝋燭の明かりに照らされた母の顔を見ながら、手をあわせた。そして、私は再び扉を閉めた。
「行ってきます」ひとりの男が家から出てきた。「行ってらっしゃい」声が男の後を追った。奥さんに書いてもらった‘買い物リスト’を取り出し男はぶらぶら歩き出した。晴天の昼時、商店街はにぎわっていた。男は仕事場での寝起きが常であり、帰宅も出勤も決まって夜中か朝方である。お天道様の下をのんびり歩けるのは何年ぶりかのことである。少し歩くと艶やかなご婦人に声をかけられた。何年か前に2度程会ったことがある。「あらご主人、ご無沙汰してます。最近忙しそうですね」「ご無沙汰しております」「最近この辺りでは空き巣や万引きが多いでしょ。うちは商売やってるから心配でね。早いとこ逮捕してくださいね」「はい、全力を尽くします」「頼みますね。それとこの前、奥様にはいろいろお世話になっちゃって。よろしくお伝えください」「はい、分かりました」「それでは、ごきげんよう」「失礼します」と男は会釈をして別れた。男の仕事は刑事である。「全力ねぇ」眉間にしわをよせ少々俯いた。少し歩くと‘魚政’の看板が見えた。男は頼まれていた鯵を買い、次の指示書(?)どおり、つきあたりの果物屋へのんびりと歩き始めた。休日の光景を眺めながら・・・買い物リストに目をやり、「ご主人、いちごください」「おっ、旦那めずらしい。奥さん風邪でも引いたのかい?ひとつサービスしとくよ。奥さんお大事にね」「ありがとう・・・」男はなんだか違う世界に来てしまったようで、不思議な気分になった。 ふと見ると20m前の方から目つきのあまり良くない男が猫背気味でこちらの方に歩いてきた。高校生ぐらいだろうか。胸騒ぎが男を襲った。タバコを買うふりをして自動販売機に向かい、その男の様子をうかがっていた。その男は果物屋の前で歩く速度を落とし、ご主人が奥に戻ろうと後ろを向いた瞬間、1パックのいちごをカバンの中にいれ、今来た道を足早に引き返した。見なければよかったと男は思った。男はため息をついて、その男の後を追った。その男に近づこうとしたその時、その男はいちごをさりげなく道端に置きその場をゆっくりと去ってしまった。程なくして、ひとりの女の子が泣きながらいちごパックの方へ歩いてきた。いちごを手にとり、ひっくひっく息を詰まらせながら辺りを何回も見回している。泣き止んできた女の子はいちごを買い物かごに入れると安堵の表情で商店街を後にした。「今日は非番だ」男も商店街を後にした。
「お姉ちゃんの子供が行方不明になってね」 そういう茜の顔は沈んでいる。 彼女は部屋の中心に置いたテーブルを挟んで僕と向かい合うと、自慢のミルクティーを勧めた。「あたしも妹みたいにかわいがってたんだけどな」「まあ、そのうち見つかるかもしれないし」 毒にも薬にもならないことを言うと、気丈にも笑顔を作って見せた。彼女のこういうところは凄く好きだ。「気付いてた? いつもはこの紅茶にもその子の粉ミルクが入ってるんだよ。おいしくなるの。今日は牛乳を使ったんだけど」 咳きこんだ。記憶がフラッシュバックして頭の中で暴れる。「大丈夫、どうしたの?」「ちょっと粉ミルクにはトラウマがあって」 幼い頃、祖父を訪ねて老人が家に来た事があった。 祖父と老人は飲み明かしていた。 遠くに居た僕には良く聞こえなかったけど、どうやら猿を捕まえたとかそういう話をしているみたいだった。 僕は、そんな猿のことよりも、老人が持ってきている粉ミルクの缶には一体なんの意味があるのか不思議に思っていた。「で、何が入ってたの?」「今思うと多分何かの記憶違いだと思うんだけど・・・」「いいから」「いや、やめとこう。気持ち悪い話だから」 それでも茜に押し切られる形となり(というか粉ミルクの缶を持ってきて脅された。見るだけで吐き気がするのだ)昔話を続けた。 酔った老人が僕にも絡んできた。 粉ミルクの缶の中身を見せてくれるという。 あとになって後悔するのだが、好奇心旺盛な少年はそんなことを知らなかった。老人が蓋を開け、僕が中を覗き込む。 泣かなかったと思う。ただ固まっていただけだと記憶している。でも本当は泣いたんだろう、子供には刺激が強すぎる筈だ。 記憶の限りでは、最初に二つの穴が見えた。 良く見ると、それはただの穴ではなく、眼窩だった。 黒く煤けた頭、折り畳まれた手足。 ああ、猿の話をしていたのはこういうことか。 猿の黒焼き、とでも言うべきものがそこにあった。 「怖!」「だからやめとこうって言ったのに」 半泣きの茜に説明するように粉ミルクの缶を手に取った。必死で。「こうやってそのじいさんが蓋を開けて僕に見せたんだ」 茜が固まった。これは昔話の中の僕を再現しているのだろうか?「茜?」 呼びかけても返事をしない。その時、粉ミルク缶の内部が視界に入った。 僕は悲鳴を上げた。 赤ん坊の黒焼き、とでも言うべきものがそこにあった。
※作者付記: 粉ミルクの缶を見るたび、あの日見た猿の黒焼きを思い出します・・・。
試しうちすみません、廃棄してください
11月半ば。 風は冷たく、木々の葉も落ちて寒そうな夜だった。 僕と彼女はそんな葉の散った桜並木の下を、口もきかずに歩いていた。 丸くなりきらない月の明かりが彼女の黒髪に反射しているようで、なんとなくまぶしく感じた。 僕と彼女は学生時代のサークル仲間だった。 僕には同い年の恋人がいる。 彼女にも少し年上の婚約者がいる。 なのに、どうしてかは分からない、僕と彼女は関係を持ってしまったのだ。 茶色い葉を踏みしめながら、彼女は僕より少し前を歩いていた。 彼女の黒髪と黒いコートのせいか、そのまま夜に溶け込んでしまいそうで、僕は必死に彼女を追いかけているような感じだ。 彼女は来年の春に結婚が決まっている。 そんな年頃なんだなと思うが、僕の恋人はまだ結婚を考えてはいないようだ。 焦ってる訳ではない、だけど、なぜか目の前にいる女性に遅れを取りたくないと一生懸命になっている気がした。 なぜ、僕らは今、この時に関係を持ってしまったのだろう。 学生時代、一緒に騒いでいた懐かしさ。 仕事の行き詰まりやストレス。 久しぶりの再会。 お酒の勢い。 どれも言い訳にしか聞こえない。 理由はどうであれ、僕は恋人を裏切ってしまったのだ。 それなのに、罪悪感を感じない僕は、世間一般で言う「遊びたい盛りのオトコ」なのだろうか。 それとも彼女のことを、好きになってしまったのだろうか。 そして彼女はどう思っているのだろうか。 よくある結婚前のマリッジブルーなのだろうか。 それに僕は利用されたのかもしれない。 後悔や罪悪感は感じてないのだろうか。 彼女の表情からは何も読み取ることが出来なかった。「…あ」 小さく言って、彼女は足を止めた。 僕はやっと彼女と肩を並べることが出来た。 彼女は上を向いて、再び小さくつぶやいた。「狂い咲き…」 僕も上を向いた。 多くある桜の木の中、1本だけ、ひと枝だけ、薄いピンクの花を咲かせていた。 季節は冬に近い秋。 なぜこんな時期に間違えて咲いてしまうのだろうか。 月明かりに照らされて、花びらが光って見える。「なんだか…」「え?」 彼女は桜を見つめ、「私たちみたいね…」 そう言って、一粒の涙をこぼした。「…そうだな」 僕は彼女の涙を見ながらそう返した。 彼女が何を思ってるのかは分からない。 僕も何を感じているのか分からない。 その理解出来ない部分が、この目の前の桜の花に似ていた。
孝介が扉を開けると、眼鏡をかけた赤髪の男がいた。「おかえり」「おかえりじゃねぇよ! お前誰だよ」「ブライアンだけど」「どう見ても日本人だろ!」 赤髪の男の顔を指差して孝介が云った。「バレた? 折角髪の毛赤く染めたんだけどなぁ」「どうでもいいから、出てってくれ。警察呼ぶぞ」 そう脅したが、けろっとした顔で男は椅子に座る。「……美味しいねぇ、この煎餅」「勝手に食うなよ俺の煎餅! 話を聞け!」「気持ちは分からなくもないけど、ここはボクの部屋でもあるからね」 孝介には理解出来なかった。「俺の部屋だよ! 早く出てけ」「そうだ、キミが恨んでた飯塚さん殺しておいたから」「はぁ!? 何云ってんだよ」 両手を広げる孝介。「だから、飯塚さんを殺したの」「ふざけた嘘つくなよ。泥棒なんだろ? それで、この場を切り抜ける為にそんなことを」「その解釈は全く筋が通ってないような気がするけど。まぁいいや、これあげる」「ひっ」 赤髪の男が投げたのは、飯塚の切断された首だった。孝介は吐き気に襲われる。「ボクは、キミの分身みたいなものだからね。キミが殺したいな、と思えばすぐに殺すよ」「な、何云ってんだよ、このイカれた野郎がぁ!」 孝介は男を無理やり椅子から下ろし、部屋から放り出した。「はぁはぁ……何なんだよアイツ」 一体何者だったのか孝介は考える。泥棒? 殺人鬼? とにかく異常者だ。あんな奴に関わったら、こっちまでおかしくなる。「――え?」 振り返ると、赤髪の男は椅子に座って煎餅を頬張っていた。「云ったでしょう、ここはボクの部屋でもあるって」「お前なんで……超能力者かよ」 孝介は唖然として目の前の出来事が信じられなかった。 と、そこで一つの解釈が閃いた。『ここはボクの部屋でもある』、『ボクは、キミの分身みたいなもの』、そして瞬間移動のような超能力。 赤髪の男は、もう一つの人格。「お前を殺せば、全て終わる!」 孝介は台所にあったナイフを持って、一直線に男の方へ突っ込んでいく。そして、男の心臓部を貫いた――。「……終わった」 びっしょりと汗を掻いた孝介は床に倒れこんだ。「云うの忘れてたけど、キミ別に多重人格者とかじゃないから。ボクは、キミの頭の中で存在してる。因みに、飯塚さんは脳内で殺しただけだから、実際は死んでないよ」 死んだ筈なのに椅子に座って煎餅を食べながら平然と話す赤髪の男を見て、孝介は力が抜けた。
※作者付記: 脳内に存在する赤髪の男の話。
最近では小学校の宿題で夢を提出するという。将来のではなく、寝て見る夢の方だ。自動録画は禁止で、起きてから電子ノートに出力するのだそうだ。 子供の夢では採点する方も大変だろうなと思っていると、理紗は大げさに首を振り、そんなの耐えられないと言う。あたしの頃はそんな宿題がなくてよかったよ。14歳にしては随分ひねこびた溜息に、僕は苦笑する。 のっぺらぼうのこめかみなんて逆に気持ちが悪い、と理紗はよく口にするが、僕はそれがあまり好きではない。 脳や神経と電子機器とを繋ぐために側頭部にソケットを埋め込む処置は、僕が子供の頃は必要だし当然のことだった。しかし装置は年々小型化され、やがて主流は非接触型になった。こめかみの黒い穴はもう必要ない、いわば旧人類の証だ。理紗の年齢で開けている子がいたら、それは酔狂かファッションだ。 そんな風に振る舞うことで、彼女はこちら側に来た気分になりたいのだろう。旧式のプラグで大人と不完全な交感をし、滅びゆく文化である「語彙」を増やすことに熱中する。脳と脳を直結させれば感情も感覚も共有できるのに、そんなのロマンチックじゃないと頑なに拒否してみせる。どこで手に入れたのか紙に鉛筆で詩を書いて、30も歳の離れた僕を口説こうとする。 僕らの世代に憧れを抱くのは自由だ。けれどそれは幼い反発でしかない。不理解こそがロマンチックと信じることができたのは、単に我々が無知だったからだ。自在に意識を入出力できる子供たちこそが、人類の新しい姿ではないか。 幾度目かの喧嘩の後、理紗はしばらく姿を見せなかった。 やがて馴染みの店に僕を呼び出した彼女は、こめかみに絆創膏を貼っていた。時代遅れのソケットをようやく取り外したのか、と僕は早合点し、一抹の寂しさも覚えたが、それどころではなかった。 右に3.5mm径のイヤホンジャック。左に黄色と赤と白のビデオ端子。骨董品店でも滅多にお目にかかれない代物だ。 コーヒーに咽せながらどうやって使うのかと問うと、あんたの部屋のガラクタと繋ぐのよ、と事も無げに言った。 僕は立ち上がった。 強気の奥に不安を覗かせる理紗の目を覗いて、笑った。そこまでされたら微笑むしかない。彼女は、そう、ロマンチックだ。 行こう。部屋の年代物のデッキときみと僕を繋ごう。そして一緒に「サンセット大通り」のDVDを見よう。 視覚と聴覚とを不器用に共振させる、昔ながらのあのやり方で。
「何でこんな所に雑巾掛けてんの」 祖父がいつも座っていた店の一角の柱に、不自然に太い釘に掛けられた襤褸切れを見つけて僕は尋ねた。 もう40年もの間、商店街の片隅で細々と荒物屋を営んできた祖父だったが、駅前に巨大なデパートが建って3年、ついに店を畳んで叔父夫婦と同居する決心をした。孫の僕も、買物は車に妻と息子を乗せてそのデパートに行くことが多く、祖父の店では随分買っていない。 今日は、店の片づけを手伝う代わりに、売れ残りの品を分けてくれるという話だった。僕が子どもの頃から品揃えが変わらない古びた薄暗い店内で、春風を吸った埃から懐かしく切ない匂いがしていた。「それか。雑巾じゃない。物の怪だ」 祖父はその襤褸を取ると、無造作に僕に向かって放った。つい避けてしまった僕の足元に、薄汚れた雑巾がぱさりと落ち――床すれすれでふわりと浮かんだ。雑巾はよたよたと柱に向かって飛び、元通り釘にぶら下がって止まった。「へえ」 表面にうっすらと恨めしげな影が浮いている。布の汚れのように見えるが、これが顔なのだろうか。捲ってみると中は薄い灰色の靄がかかっていて、襤褸切れは嫌がるように身を揺すった。漫画に出てくる「オバケ」というのが一番近いだろうか。10年位前、屋根裏にこの釘で打ち付けてあったのを祖父が見つけたそうだ。「こいつはお前にやる」 祖父は売り物だった釘抜きを使って錆びた五寸釘を柱から引っこ抜くと、釘ごとオバケを段ボールに放り込んだ。 そんなわけで僕は、埃を被った座敷箒や今時見かけなくなった四角い銀色の塵取りなんかと一緒に、オバケを貰って帰ることになった。軽自動車の助手席に乗せた段ボールの中で、オバケは夕日に鈍く光る塵取りと並んで黙って揺られていた。成程、釘に憑いていたのか。祖父の店を遠く離れても、オバケは段ボールから出ようとしなかった。 ガレージの奥にしつらえた納屋に段ボールを放り込むと、柱の節穴を見つけて釘を刺し、そこにオバケを掛けた。オバケは暫くもぞもぞしていたが、やがて馴染んだのか動きを止めた。 僕は納屋を出て、居間に置いた揺籠の前で居眠りしている妻の後ろから、息子の顔をそっと覗きこんだ。 揺籠の中で寝息を立てる息子は、怪異への憧れと畏れを失わずに成長してくれるだろうか。輝く無垢な瞳に見つめられ、その姿を取り戻したオバケが生き生きと家の暗がりや屋根裏を翔けるのを、僕は夢見ている。
「 白衣を着た男が――私の目の前に立っている。 きめ細かい黒髪を真ん中で分け、大きな瞳と卵形の顔はまだ若い印象を与える。十代という年でもないが、落ち着きを払った雰囲気は、二十代後半のものだ。なかなかの好青年だ。『あ……ありがとうございます』 感謝の言葉とは裏腹に、青年の顔は少し引きつっている。 ……。 青年は一度咳払いする。『あの……山下さん。それではテストを始めます。まず、この部屋がどんな部屋か答えてください』 部屋は、白で統一した円柱型の広い空間だった。特にそれ以外何もない。私が腰掛けているパイプ椅子ぐらいなものだろうか。……ああ、そう言えば壁には、モナリザの贋作がかかっている。ちょうど私の後ろ。……なるほど。絵を発見することも私のテストのうちなのだろう。 青年は唖然とした顔で私を見た後、白い壁の一点を見つめた。そこはマジックミラーのようになっている。こちらからはただの白い壁に見えるが、その向こう側にあるモニター室からはこちらがよく見えている。 モニター室から、二人の男が私を見ていた。側にいる男同様、白衣を着、そして唖然としていた。『おい、こっちからは俺達は見えないはずだぞ』 一人の男が慌てた。 ……。 すると、男達はまた驚いた。『完全防音だぞ、この部屋は。何故、こっちの声が聞こえている』 もう一人の男は怒鳴った。『だいたい被験者は目も見えない、耳も聞こえないんじゃないのか? なのに、なんで見て聞いているんだ?』 初めて地動説を聞いた敬虔な信徒のように、驚愕の表情を浮かべたままモニター室の男達は固まった。 この奇妙奇天烈きわまる状況に、何か指示が欲しかった私の側にいる青年は、私に振り返った。『山下さん、あなたは本当に目も耳も?』 ぽつりと尋ねる。私はゆっくりと首を縦に振ると、答えた。『ええ、私は目も見えなければ、耳も聞こえません。ただ……私は頭に浮かんだ小説の風景や人物のことを口にしているだけです』 男はごくりと喉を鳴らす。唾液が通る音に、私は一瞬口元を緩める。『最後に一つ……いいですか?』 私は頷いた。『一つ間違いがありました。あなたの後ろの絵は、モナリザではなくゴッホのひまわりです。贋作であることは確かですけど……』 恐る恐る尋ねる青年に、私は薄く笑いかけた。『それは私がゴッホのひまわりより、ダ・ヴィンチのモナリザの方が好きだからですよ』(鍵カッコ閉じる)」
「なんてことだ!」渡辺は荒々しく言った。 今から30分前、渡辺が乗っているエレベーターが急に止まってしまった。電気供給の途絶えたエレベーター内は、非常用のライトはついているが、自分の手足がかろうじて見える程度だった。 閉じ込められたのは渡辺一人ではなかった。見た目は渡辺よりも若く、20代後半くらいでスーツを着たやや細身の青年も一緒だった。青年は、怯えることもなく涼しい顔で床に座り込み、ただ腕時計の留め金をカチカチと鳴らし続けていた。 渡辺は、絶え間なく扉を叩き叫び続けた。 それに耐え切れなくなったのか、青年がやっと口を開いた。「もう休んだらいかがですか。体力が持ちません」青年は微動だにせずに言った。「体力?長時間いる気か?君はここから出たくないのか?」渡辺は息を切らしながらかなり興奮した口調で言った。「今日は休日です。社員もほとんどいない。セキュリティーシステムもないですから…」小生意気な野郎だ、と渡辺は思った。その時、心臓に鈍い痛みが走った。渡辺は、心臓を抑え、倒れこむようにして床に座った。 青年はその姿を冷ややかな目で見つめていた。「なんか話を聞かせてくれ。退屈しのぎだ。面白い話の一つや二つあるだろう?」渡辺は横柄に言った。「そうですね」青年は、カチカチ音を立てるのをやめた。するとあたりは一気に静まり返った。「私の友人の話です。彼は今までに何人、いや、何十人と人を殺しています。でも、警察には捕まりません。証拠がないからです」「へー、どうやって?」渡辺は、心臓をさすりながら言った。「彼はあるとき山に行ったんです。谷底を見下ろそうと策に寄りかかったところ、その策が腐っていて、危うく落ちそうになったんです。その時彼の中の悪魔が目覚めたんです。ちょうどその時、近くにいた女性観光客が彼に写真を撮って欲しいと頼みに来たんです。彼は彼女らからカメラを受け取ると、場所を明け渡し、その場を離れました。何も知らず策に寄りかかった彼女らは、彼の思惑通り、谷底へまっ逆さま。またある時は、街中で道を渡ろうとしている目の見えないご婦人に「車は来ているか」と気かれ、猛スピードで近づく車があるにもかかわらず「来ていない」と答えた。それを信じ道を渡り始めたご婦人は…」「まさか、作り話だろ」渡辺がそう言うと、青年は何も言わず笑みを浮かべた。 渡辺は気味が悪くなった。 青年は再び口を開いた。「渡辺さん、蛙、お嫌いなんですか?」渡辺は驚いた。蛙はこの世で最も苦手なものだった。図鑑の写真を見て吐いたこともあった。しかも名前まで!「お前、何で知ってる?」「いや、ちょっと小耳にはさみまして」青年は大切そうに持っていた鞄をそっと開けた。そこにはおびただしい数の蛙が入っていた。それを見た渡辺は絶叫した。青年は薄ら笑いを浮かべながら、その中でも一番大きな蛙を両手で持ち上げ恐れおののく渡辺の顔の前に突きつけた。その瞬間、渡辺の絶叫は途絶え、床に倒れこんだ。そして胸を押さえ、激しくもだえ苦しむこと数十秒、渡辺はぴたりと動かなくなった。 青年は何もなかったかのように、床に散らばった蛙を集め、鞄に入れた。蛙は本物ではなく、ゴムでできたおもちゃだった。薄暗いライトのせいで渡辺には本物に見えたのだ。 青年は一人静かなエレベーターの中でうずくまると、再び腕時計をカチカチと鳴らし始めた。そして小さくつぶやいた。「またやっちまった」
「村上警部、現場に到着しました」「あっそう」新米刑事である保坂は運転席を降りると警部の為に後部座席のドアを開けたが、警部はタバコを吸っているまま動こうとしなかった。署内でもキレ者として有名で出世頭であり、「冷血漢」と噂される警部は今日は一段と機嫌が悪いようだ。保坂は他の捜査員が立ち働くアパートの間の狭い駐車場に入り、所属を名乗ると事件のあらましを聞き出した。保坂が車に戻ると、村上警部は何本目かのタバコを指に挟んだまま大きな欠伸をしていた。「報告します、まず死亡したのは栗原敬介、21歳、R大学の学生、免許証から身元が割れました。昨夜は駅近くの居酒屋で12時近くまで友人、高砂信也と言いますが、2人で酒を飲み別れたあと徒歩で帰宅、これは高砂本人と店員が証言し、被害者の財布、残ったままでした、からそれを裏付けるレシートが見つかっています、かなりビールを飲んでいたようです」「栗原のアパートは駅から南、つまりこちらの方向に30分程の所です。店からの帰り道に死亡したと思われ、死亡推定時刻とも一致します。被害者はアパートとマンションに囲まれたこの駐車場の一番奥、マンションの側面の植え込みの中で発見されました。後頭部に挫傷があり、それが死因です。ほぼ即死で、他に遺体に目立つ点はありませんでした」「凶器は落下してきた鉢植えと思われます、マンション屋上で管理人が育てていたハーブの鉢が1つ、遺体のそばに砕けて飛散しており、破片に血痕も認められました。屋上には誰でも出入り可能でした」身が入らない様子で聞いていた村上は、5階建てのマンションの屋上に並ぶ白い陶器の鉢の列を目を細めて眺め、面倒くさそうに言った。「凶器ねえ…。でもこれは事故じゃないの?、見た所随分危なっかしい位置に植木鉢、並んでるみたいだし、昨日は風も強かったし、でなきゃカラスかなんかが引っ掛けたとか…」「その男は偶然そこに居た、例えばネコでも見つけたとかでマンションの下まで行き、たまたま落ちてきた鉢植えに当たって死んだ。違うの?。それでなんで一課の私がわざわざ呼び出されるわけ?、殺人である根拠は?、例えば誰かが鉢植えを使い事故を装って誰かを殺そうとしていたとしても、なんであんな所で?、そんな偶然を待ってる程ヒマで間抜けな無差別殺人犯…」村上はそこまで一息に喋ると、部下に向き直った。保坂は下を向いて小声で言った、「それがその…計画殺人ではないかと」「だから!、第一どうして被害者があんな所に来るって分かるの?、大声で呼んだとでも言うの?、被害者が近付いて来ない限り殺しようが無いんじゃないの?」仕事も粗方終わったのか、捜査員達は遠巻きにこちらの様子を覗っている。保坂は顔を上げると、また小さな声で話し出した。「確実では無いですが、例えば一緒に飲んでいた人間には予測はつくのでは、と思うんです。被害者はビールを随分飲んでおり、3月とはいえまだ夜は冷えます。駅から栗原の自宅までは一本道、そしてここはその道のりの半分ほど過ぎ、ちょうど繁華街から住宅街に入った所です」「ふん、だから?!」「つまり…、可能性の問題ですが、被害者は…ここに入って立ちションを…」「立ち―――?」「冷血漢」の村上弓枝警部は、らしくない数秒の絶句の後、落ち着きを取り戻し「だとするとその高砂って男が有力容疑者ね。もし被害者がこちらに来なければ中止すればいいだけの話だし、長いこと待つ必要も無い…。でも、被害者にそれらしい、つまりその…痕跡は?。無かったなら…それが済むまで待って犯行に及んだ訳でしょ?」「はい、ありませんでした、ですが例えば並んでしたことがあれば…、クセは分かります」保坂が捜査員達に指示を与えるため行ってしまうと、彼女はタバコを消した。そしてなんとなく禁煙を思い立った。
※作者付記:
時代は西暦2035年。 うつや情緒不安を有する人は増え続け、仕事や家庭生活の失敗、人間関係の苦悩等による年間自殺者は10万人に達している。この対策として様々な精神安定剤が開発され、中には、思い出したくない記憶を消し去ってしまう薬もある。 それはEメモリー。飲んで10分経ってから20分間、消したい記憶だけを思っていればよいのだ。規制改革が進んだため、多くの薬はコンビニで気軽に購入することができるが、Eメモリーは管理指定薬なので、医師の診察を受けて処方箋をもらわないと手に入らない。しかも、乱用による人格破壊を防ぐため、毎月1回分までという制限がある。 広告代理店に勤める真祐は優秀な成績を上げ、35歳で営業課長に昇進した。800万円の年収を約束されたので、学生時代から思いを寄せていた女性にプロポーズしたところ、たまたま失恋したばかりだった彼女は真祐の申し出を承諾した。大好きな人と結婚することもできて、彼の人生は順風満帆だった。 ところが、その後の新しい仕事で大失敗をやらかしてからは、その記憶が重く頭にのしかかり、あらゆる業務がうまく進捗しなくなった。そして、出勤することまでが憂鬱になった真祐を、苛立った彼の妻は責め立てる。「会社を辞めたら離婚してもらうわよ。フリーターのあなたと結婚するつもりはなかったんだからね」 悩んで神経症になりかけた真祐は心療内科を訪ね、あの薬、Eメモリーを処方してもらった。嫌な記憶さえ消せば、元の順調な人生が戻ってくるはずだ。「Eメモリーを飲んだから立ち入り禁止だよ」そう妻に言い残して暗くて静かな部屋に入り精神を集中したが、仕事の疲れからか、真祐はいつの間にか眠り込んでしまった。「いつまでやってるの!うまくいった?」大きな声で入室してきたその人が誰なのか、真祐はさっぱりわからなかった。なぜなら、服用の直前まで文句を言っていた妻が夢に現れ、Eメモリーは、彼女の存在を除去していたからだ。真祐は、駆けつけた彼の父から、体を揺すり続けている人が親愛なる妻だと教えてもらったが、愛情が復活することはなかった。 いつの時代でも、人生の取捨選択は願ったとおりの結果にはならないのが相場である。
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