クリスマス。第三次世界大戦は終わろうとしていた。僕は市営住宅に一人で暮らしていた。父さんは出兵し、母さんは死んだ。その日は雪が降り近くのどこかで戦争があってるなんて信じられないほど静かな日だった。 夜、隣の部屋で大きな音でロマンティックな音楽が聞こえてきた。僕は、父さんがまだ家に居る頃に飲んでいたお酒を持ってその部屋に行った。 インターホンを押すとタロウさんが出てきた。「やあ、どうした?」とタロウさんは言った。「素敵な音楽が聞こえてきたから」「ああ、これ?好き?」「いいですね。この音楽。タロウさん、シャンパンでも飲みませんか?」「お父さんのじゃないのかい?」「いいんです。きっと父さんも許してくれます。今日はクリスマスです」「クリスマス?ああ、そんなもの前の戦争くらいから忘れてたね。」「メリークリスマス、タロウさん」「おう。メリークリスマス」 彼女―タロウさん―は前の戦争で片足を失った。それで世界大戦には出兵しなかった。彼女は前の戦争で事務職を任されていた。その地で運命の女の人が現れて彼女に毎日会いに行った。そんな時地雷を踏んで片足を失ってしまった。 僕は泡を一頻眺めて一口飲んだ。「おいしくないんだね、お酒は」「そうか」タロウさんは笑った。「タロウさんは男なの?女なの?」「もちろん、男さ」そう言って彼女は真剣な顔になってそれから笑った。「それがどうしたって言うんだよ。坊主そんなことはな野暮な人間が言うことだ。性別なんて俺と関係あるのか?それにだな、片足がないってこともだ。片足がないことも俺に何が関係あるって言うんだ?」僕は、思ったことをそのまま言った。「関係ありません。タロウさんは素晴らしい音楽を聴く美しい人間だと思います」タロウさんは、お酒にだいぶ酔っているのかおいおい泣き出してしまった。 その時だった。空襲警報が静寂を突き破ったのは。見たことのない飛行機が見えた。残酷な炎。タロウさんが立ちあがるのに僕は肩を貸した。僕らは黙ったまま逃げた。タロウさんの家を出るとみんな部屋を出ていた。赤ちゃんが泣いて大人は指示を出すのに大声で叫んでいた。そこら中で燃え上がる炎が熱く僕は焼け死んでしまいそうだった。轟音が鳴り響いていた。僕は恐ろしくてそれ以上目を開けていられなかった。誰かが僕の背を叩いた。「これがお前の親父さんや俺が見た戦争だ。お前は生き抜いてこの残酷な風景を伝えなくちゃいけないんだ!見ろ!目に焼き付けろ!過ちは、これで最後だ!」そう言ってタロウさんは肩を離した。僕は懸命に駆けた。何かが光った。その光は僕の目を貫いて後頭部に穴が開くほど眩しかった。目は閉じなかった。でも高音が高鳴りそれを突き破る爆発音を聞いた途端目の前が真っ暗になってしまった。 目を開けると町中は真っ黒でかつてあった建物は全て瓦礫の山と化していた。周りには誰も居なかった。「タロウさん」僕は叫んでみた。でも彼女の返事はもちろんない。僕は起き上がろうとした。違和感があった。僕は片足を失っていた。安らかにそれを受け入れたが、涙が頬を伝った。
「俺、わからないんだ。」 彼は私にそうつぶやいた。彼は色々悩み事があると見える。私の車で食事に出ている最中だった。 気が付けば私達は「半同棲生活」を送っている。大概は私が仕事から戻る頃に合わせて彼は専門学校の授業を終え帰宅する。二人で歩けば私たちは一見、周りの恋人達と何の変わりも無く見えたが、唯一違うところは私たちは恋人という枠においていない事だ。私は彼を好いている。彼も好いている。二人の間にはキスもセックスもあるし、私二人の共通の友達も暗黙の了解と言わんばかりに、私たちは付き合っていると思っている。彼は比較的自分の思っている事を伝えるのが得意だったが、恋愛に関しては違っていた。私も彼に習い必要以上の事は口を開かなかった。余計な説明はしなかった。しかしこれだけ一緒にいればと周りは自然と、勝手にそう思ってくれた。 しかし、私がそれで満足していたかといえば、決してそういうわけではない。私はちゃんとした恋人になりたかった。本当は独り占めしていたい。でも彼は付き合うといわない。その事で縛られる事や悩む事が嫌なのだという。彼は交友関係が広く、もともとの優しい性格からか異性の友達も多かった。異性と二人で遊びに行くことも多々ある。異性に優しくした為に相手側が好意を持たれてると思い込み、トラブルになったこともある。 「累くんて、付き合ってるヒトいるの?」 彼が異性にこう問われたとしよう。彼の答えは、こうだ。 「いません。」誰も嘘は付いていない。ごく少数の友人にしか私との事は知られていない。しかも、彼はその少数の人間にも決して自分の口から付き合ってる等と言ったことは無い。それが真実なのだから。彼からそんな話を聞く時、私はいつも思う。 私の存在を無いものにしないで。 「・・・聖さん、聞いてる??」彼は運転席から私の顔をちらりとみた。「聞いてるよ。」言葉と同時に少し笑ってあげる。同時に彼も微笑む。彼は私が笑っているのがなにより安心するという。それを私は忘れていない。彼の喜ぶこと、彼のして欲しい事、彼の安心する事。私は全てを彼に提供する。自分から彼を困らせるようなことはしない。私の役目は、そう。彼を自由に生かせてあげること。彼にとって安心する場所を作ってあげること。分かっている。今から彼は話の続きをするだろう。私はいつものように少し笑ってこう言うだけだ。「好きなようにやってみなさい。」
日の出と共に起きるのは、俺の所為じゃない。朝一番に飲むコーヒーは、いつも苦い。目玉焼きには、醤油。キツネ色になってしまうパン。ワンパターンなのは、とっくに諦めている。予定時刻は7時。通学に1時間の学校で、何が悪い。受験生活を乗り切ったんだ。負け組には、なりたくない。マンションの端のドアが開くとき、隣の家の奴も登校する。……冗談じゃねえ。幼馴染みと言う響きに、何人が泣いただろう。俺の横の騒音公害元。予定時刻は7時。眠い眼をこすりながらの道筋。5m後ろのお騒がせ女。頭の中にぐるぐる廻る歌詞。たった1フレーズ電車に揺れながら呟く。携帯は右側のポケット。誕生日はまだ来ない。 うだうだと続く生活。予定時刻は7時。眠い俺の隣に、死神がやってきた。非日常の入口へ、ようこそ。消したいモノはありませんか。赤い眼の、死神。ひとつ後ろの車両の、黄色いリボンの女。只今お試し期間中です。1日だけ、消してご覧に見せましょう。
※作者付記: 駄文でごめんなさい。
僕は窓から見える空を眺め、その広大さに胸を打たれまた、窓に区切られたその大きさにため息を漏らしたあぁ、あの空の向こうには限りない世界があるというのに僕はこんな狭い所で何をしているのだろう空はこんなに青いのにどうしてこの授業はこんなにもつまらないのだろう(僕はとりわけ山崎の国語に面白味を感じられない)今日の空は特に晴れ渡っているのに僕の心はいつでも曇っている、それもどうしようもないくらいまじめに取る気でいたノートを伏せ机に寝そべって視界から黒板を遮断する黒板の代わりに目の前には四角く区切られた窓が現れその向こうには広大な青空が広がって見事な風景が出来上がっている薄くかかった雲が特徴的だうわぁ、いいなぁ漠然とした気持ちが込みあがってきた今すぐ限界を宣言して外に駆け出していきたくなるそれほどまでに今の僕に青空は魅力的だったどうしようもない気持ちを押さえつけるため僕は睡眠という最終手段を用いることにしたうつ伏せになり視界を完全に遮断してみた作戦は見事に成功外を流れる風の音と山崎のよく響くテノールが心地よいメロディを産み僕を眠りへと誘ってくれる(山崎は歌手にでもなるべきだったのだろう)ここまでお膳立てをされては眠らないのも失礼だここで眠らねば男が廃る俺がこれから眠ることは神様によって決められたことなのだというわけで寝るぐぅ…そこまではよかった目が覚めたときに今までなぜ眠っていたのかを忘れていたのも不覚だったが授業が終わるまで眠れなかったのが何よりもの失敗だったやはり机と椅子で眠るのには限界があるいきなり視界に入ってきたのは淡く儚げな赤色に染まった空だったあまりにも突然のことで油断していたまったく準備していなかったもうだめだ押さえ切れなかった僕の心は何よりもその空に奪われ今すぐにでも、出来るなら窓を飛び越えてでもあの夕空の下に立ち目一杯、空を見上げたかった僕は思いっきり音を立てて椅子から立ち上がったキーンコーンカーンコーン神様っているんだって思ったなぜかあそこまで高まっていた僕の気持ちは急速に冷めて行った人って不思議だな…いや不思議なのは空のほうなのかもしれない下校途中の坂道、空を見上げながら歩いていると段差に躓き派手に転げたよく転ぶ憎たらしい段差だが今日はあまりに空が綺麗なので許してやることにした先生「この作文を書いた奴、名前が抜けているし行を飛ばしすぎだ。後で職員室に来い」
この世は深い霧の中にある。 もう目を見開いても何も見えないのに、それなのに人は手探りしながらさまよい続ける。 みんなは知らないようだ。周りが見えてないこと。だから余計に霧が深まっていくんだってこと。 私はもう何も見えない。 私はにはもう光が見えない。 太陽の黄色いひかりも、夏の乾いた青い空も、冬の目にしみるしろさも、柔らかい色も、暗い沈んだ色も何も見えなくなった。 もう歩けない。 もう疲れた。 倒れても誰も気づきはしない。泣き叫んでも誰も気が付きはしない。 人々は、自分の声にしか反応せず、自分の中で生き、他人の足を踏み、他人のぼろぼろになった体を蹴る。 誰かが見つけてくれたなら、誰かが火を灯してくれたなら、足取りもしっかりしただろうに。ぶつかったり、傷つけた人に謝ることができただろうに。 でももう遅い。私は血を流しすぎた。つまずいて擦りむいたきすぐちから、踏みつけられてできた傷から今も止まることなく流れ続ける。 明日はたぶんもう来ない。 静かな朝だ。 吐く息は白く線をかく。 屋上はひっそりと呼吸している。 私はフェンス越しに遥か下の小さい世界を見る。 あぁ、どうか、神様が本当にいるなら、どうかこの深い霧を暖かい光に。あぁ。どうか。 私はフェンスをまたぎ、霧の世界の中に飛び込んでいった。
昨日の昼頃、ある女が散歩をしていたそうだ。で、この池を通り過ぎるときに見たらしい。2メートル超過の巨大魚を。 水面から飛び出して水鳥を食ったそうだ。 嘘くさい。 そこまではまあいいとしよう。問題はそれからだ。その女は家に帰ると弟に言った。「あれを捕まえてきてくれたら、学校に行く気になるかもしれない」 弟は健気にもその魚を捕まえようとした。しかし彼は魚の捕まえ方など知らない。しょうがないから釣りが趣味である友人に電話した。 そして、土曜の早朝に池に来ているという事態に至る。釣りが趣味な友人というのが俺だ。「はぁ……バス釣りの道具でそんなでかいのが釣れる訳ないだろ?」 あの女はいつもそうだ。弟に無理難題を課して、困る様を見ては楽しんでいる。それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。「どうしよ…」 幼い頃から姉に逆らえないように調教されてきた友人は顔面蒼白だ。このままでは家に帰って姉に泣きつくのも時間の問題だろう。「しゃあねえなあ、一泡吹かせてやるか」 一応作戦は立ててある。多少無理はあるが。 作戦は単純だ。 餌で誘き寄せて、捕まえる。菓子でも撒いてればアヒルが寄ってきて餌の役割を果たしてくれるだろう。「それからどうするの?」「その魚が寄ってくるのを待ち、お前が捕獲する」「いや、どうやって?」「素手」 命綱を渡すと、友人は泣きそうな顔をした。「おっしゃあ離すな! 死んでも離すな!!」「冷たい、死ぬ! 恐い、死ぬ!」 自分より大きな魚にしがみ付く友人を、何とか引き上げる。 池に逃げられないように、それを草むらへ引きずった。「正直、捕まえられるとは思ってなかったんだがなあ……」「…死ぬかと思った。池の中の竜宮城に死んだ婆ちゃんがいた」 おかしなことを言っている友人をよそに、魚を観察した。恐らくアリゲーターガーだかスポッテッドガーとかいうやつだ。大阪の池で繁殖していたという話を聞いたことがある。「本当にいるとも思ってなかったんだがなあ」 疲労感と達成感がごちゃ混ぜになって寝転ぶ俺達の隣で、ガーはビタビタと跳ねていた。 月曜日、登校途中に友人の家を訪ねると、庭の池ではガーが泳いでいた。それまで池にいた鯉は水槽で狭そうにしている。「おはよう」「…ぉはよう」 玄関から出て来たのは誇らしげな友人と悔しそうなその姉。「俺達の勝ちだな、引き篭もり」「嘘から出た真とはこのことね」 庭の池で、ガーが大きく跳ねた。
ヤヨイちゃんがマコトくんを好きなことを知っているのは、私だけ。彼女は「あなたにだけよ」と、こっそり教えてくれたのだ。学校の外で他の子に話しているのかは分からないけど、教室の中では確かに、仲良しのナホコちゃんにもマサコちゃんにも話しているのを聞いたことはなかった。「始業式の日にね、階段で転びそうになったとき助けてくれたんだよ」それが好きになったきっかけらしい。「今日は学校来なかったね…」「今日こそバイバイを言おうと思うの!」そんな彼女のつぶやきを、私は聞いていた。マコトくんは先生に目をつけられてはいるものの、不良というほどのものでもなく、むしろ素直な少年だと私は思う。彼が教室に入ると、不思議と彼の周りには人が集まるから。だけど人気者と言う名詞は使えない。彼は無口だからみんなの話を「ふぅん」と聞いているだけなのだ。ヤヨイちゃんも素直な少女だ。その素直さと大人しさ故、彼に密かな想いを抱いていても自分から声をかけることは出来なかった。彼女が彼に、優しくて、それでいて熱い視線を送っているのを私はいつも見ていた。たまに、彼は彼女の方を振り返る。だけど彼女は恥かしくて目をそらしてしまう。そんな日々が続いたある放課後。ヤヨイちゃんは誰もいない教室で、私に言ってきた。「マコトくんと…夏休みに入るまでには、話したかったな…。助けてくれたお礼もまともに言ってないし。私ってなんで不器用なんだろうね。くやしいな…」そうつぶやく彼女は、可愛らしい。「マコトくんもきっと不器用なのよ。あなたに限らず、色んな人に対して…」私がそう言おうとした時に、教室のドアがガラッと開いた。ヤヨイちゃんはびくっとして、ドアの方を向いた。そこには照れた顔をしたマコトくんが立っていた。彼女は顔を真っ赤にして彼を見た。「聞いてた…?」ふるえる声で、彼女は聞く。小さく彼は頷く。「やだ…」彼女は私のカゲに隠れようとしたが、その前にマコトくんがこちらに歩いてきた。彼は学ランの胸ポケットからシャープペンシルを取り出した。そしてヤヨイちゃんの机、つまり私の上面に11桁の数字を書いた。「…え?」「俺の携帯。来週の花火大会…お前と行きたい…」それだけ言って、彼は自分の席から鞄を取ると、教室を出ていった。ヤヨイちゃんは信じられない、と言いた気な顔をしていたが、しばらくしてほろりと涙をこぼした。「嬉しい…」その涙は私の上に、ぽたりと落ちた。
「だから殺したの?」「そうよ…だから殺したの」彼女はにこっと笑ってそう言った。だって仕方ないでしょ、と。夜11時半。寒い冬にもかかわらず彼女はコートも着ずにやってきた。 「お願いだから入れて」と言って。僕の部屋は彼女の甘い匂いでいっぱいになった。彼女は彼氏…僕の親友を殺したそうだ。理由は「別れてくれと言われたから」と。僕はその言葉を聞いて頭がくらっとなった。彼女は僕の様子も気にせずしゃべり続ける。「私はずっと側にいたいの。もっとキスしたいの。もっとセックスしたいの。もっと、もっと…」僕はうん、うんとうなずくしかなかった。分かるでしょ?なんて彼女は言う。僕はうん、うんとうなずくしかなかった。さっきから頭がくらくらする。本当は何か彼女に言ってやらなければならない、首を絞めてもいいかもしれない。僕の親友を殺した女なんだから。でも僕の頭を抜けていくのは親友との思い出よりも、彼女の匂いだった。彼女の匂いと彼女の狂った言葉がすりぬけていく。「何で私のコト嫌いになったの?って聞いたら、他に好きな人が出来たって…ひどいひどい…っ」彼女が髪を振り回すたびに彼女の甘ったるい匂いが漂う。あぁ、僕はこの匂いに犯されそうだ。この匂いだけでイっちまいそうだ。僕は…僕は…「…聞いてる?ねぇ、聞いてる?」その言葉にハッと我に返った。僕ののどはからからで言葉を出すのが精一杯だった。「だから、殺したの?」「そうよ…だから殺したの」彼女はにこっと笑ってそう言った。だって仕方ないでしょ、と。僕は、うんそうだよね。と言いながら彼女を抱きしめた。彼女の甘い罪の匂いをいっぱいにかぎながら。かすかに自分を呼ぶ親友の声が聞こえた気がしたが、それも彼女の匂いで消えていった。
おかっぱ頭に眼鏡。小学校を卒業してから六年間、ずっとこのスタイルを変えることはなかった。「おい、浅川だぜ」「うわ、あいつここに座る気かよぉ。最悪。外行こうぜ、外」にたにた笑いながら小走りに去っていくクラスメイト。それに便乗して席を離れる、私は名前も知らない人。興味しんしんにこの状況をうかがう遠目の人。もう慣れたわ。不気味だといわれることも小馬鹿にされるのも。傷つかないといえば嘘になる。やっぱり悲しくなるときもあるし、あの見下げた目をつぶしてやりたいとも思う。あからさまに汚いものを見るような拒絶の表情。あれのせいで私は顔を上げることさえ出来なくなったし、人の笑い声も嘲っているような響きしかもたなくなった。みんな嫌い。こんなもの、壊れてしまえばいいのに。学校から家まで、二度、バスを乗りかえる。最初に乗るバスは学校の人がいっぱいいて憂鬱だけれど、家のすぐ近くで止まるこのバスは、一番落ち着ける。誰もが他人というこの空間。それぞれの目的地に行くためだけに集まったパーツ。静かで、ゆっくりしていて、寝かしつけるような振動が気持ちいい。そういえば、小学校の頃の親友は酔うからこの揺れが嫌いだといっていた。親友――――…。もうずっとその席は空席だ。もともと私はこんなに根暗じゃなかった。友達と呼べる人が指じゃ数えられないくらいにいて、休み時間にはみんなと外で遊んで、毎日が楽しかった。それだけじゃなくて―――――もっと自信をもっていた。人に話し掛ける自信も、人と話す自信も、自分の意見をいう自信も、愛されているという自信も。一体いつからこんなに変わってしまったのか、あるいは徐々に変わっていったのか、もう理由も境目もわからない。いつからか追求するようなこともなくなった。今ではどちらが本当で、どちらが幻想なのかもわからない。「友達」がいた記憶さえ曖昧になってくる。――――――――もういい。疲れた。ただ今は休んでいたい。これからどこに流されようと、この時間だけは安らいでいたい。「ゆかり」冷たい窓に寄りかかってうつらうつらしていたら、いつの間にか夢にきてしまっていたのかな。誰かが、やさしい声で私の名前を呼ぶ。ああ、ほんとひさしぶり。こんなふうに名前を呼ばれるのって。やっぱりいいな。『いていいよ』っていわれているみたい。自分の中が、光でいっぱいになっていくみたい。なんでだろう。愛しくて、悲しくて、あたたかくて、泣けてくる―――――。「どうだった?」「ん〜なんか違う人だったみたい。似てたんだけど…」「友達?」「小学校の頃の親友。懐かしかったんだけどな。…どうしてるのかなぁ。 …会いたいなぁ」
※作者付記: きっとどんなに一人になっても、誰かが憶えてくれていると思います。(いい意味で)…一月なんでね。ちょっとポジティブに。
愛しいみんなへ 初めて、こんな形式ばった手紙を書きます。そんなものが最後の手紙になってしまって、本当にごめんなさい。私は今日、自分の行きたい場所に行きます。生まれて初めて、自分の思う通りに行動してみたいと思います。私のことを誰も知らない町まで、旅に出ます。 お父さん、お母さん。親不孝な娘でごめんなさい。生まれて初めて、二人の言いつけを破ることになります。勝手なことをしてすみません。それでも私は、世界をこの目で見てみたいと思います。この屋敷はたしかに広くて美しいけれど、私が感じたいものは、もっと違うところにあると思うのです。 籐篭の中の、ニットのセーターはアンナ、どうぞあなたがもらって下さい。あなたはいつもグレーのものしか着ないけれど、きっと明るいオレンジも似合うと思います。お姉ちゃんのお古でごめんね。気に入らなかったら、ほどいてマフラーに編みなおして。あなたは器用だから、とてもいいものが出来ると思います。 腕時計はジャックにあげて下さい。裏通りのアランさんの所に持っていけば、お小遣いくらいにはなると思います。一緒に海に行こうという約束を破ってしまってごめんなさい、とも伝えて下さい。だけど、ずっと忘れないとも、言ってください。もう会えなくても、約束はずっと私の胸の内に留めておきます、と。 ケント……あなたには机の上の指輪を。きっとあなたは怒るでしょう。でもどうか、私のことは忘れてしまって下さい。そして、もっと素敵な人と幸せになって。あなたには、私なんてつまらない女よりも、明るくて朗らかな人が似合います。今まで優しくしてくれて本当にありがとう。わがままでごめんなさい。 きっと、私は戻ってこないと思います。決してこの町が嫌いになったわけではありません。私が生まれて、一緒に育った街は世界にひとつしかありませんし、これからも出会わないでしょう。屋敷の窓から見えた木々の青さや、空に流れる雲。そんなありふれたものに出会うたび、たとえ他の町にいたとしても、この場所を思い出すことを約束します。私は変わらず、この町が大好きです。この町に住む人も大好きです。だからこそ、私は旅立ちます。4時37分の電車に乗らなくてはいけません。もう出かけなくちゃ。今までありがとうございました。 それでは、みなさんどうかお元気で。 5月22日 東ゲートパーク4番地 あなたの娘、姉、親友、そして恋人 ロゼ=キャンベル
※作者付記: 英語の手紙を翻訳した文章にしてみたくて、頑張りました。