ある朝目がさめると、僕はいつもの様に体を起こした。だが、隣には知らない女性が縞々模様のパジャマを着て寝ていたんだ……。「!?」 僕はそっと布団をめくり、長い髪の後ろ頭を見つめてから深呼吸し、顔を覗き込んだ。「……」 だが、その顔に見覚えは無い。彼女はまだ眠っているため、正確な年齢はわからないが恐らく20代。僕よりは年上だろう。 布団をかけなおし、僕はベットから降りた。そして部屋を見渡す。「あれ……?」 つい声に出してしまったが、ここはいつもの場所ではない……じゃあ誰の部屋何だ? けれど、見渡す感じでは女の子の部屋って感じではないんだけれど……。 そう思っていると、部屋へ近づいてくる足音が聞こえてきた。 もしかして、ここは彼女の彼氏の部屋!? 僕は慌てて辺りを見渡し、隠れられそうな場所を探す。だが、男の部屋ということもあり、大きなクローゼットも無く、残念なことに押入れさえない。どうやって生活してるんだよと、ツッコミを入れたいところだが、そんな時間も無い。 あ、ベットの下! ここなら……。狭いけれど入れそうだ。 僕がベットの下に入ったとほぼ同時ぐらいに、部屋のドアが開いた。現れたのはやはり男だったが、予想とは違い中年だった。 このオヤジが彼女の彼氏? 言っちゃ悪いが年齢も離れすぎているし、顔のレベルも……。 男はベットに近づいてくる。「おい、起きないか。もう朝だ。下で母さんもご飯を作って待ってるぞ」「ん〜……」 彼女が微かに何かを言うと男は部屋を出ていった。そして、ベットがきしむ音がし、僕は慌てて下から出た。ベットを見上げると彼女が座って伸びをしている。20代かと思っていたが、まだ十代後半の様にも見える。ますます、先ほどの中年が彼女の彼氏だとは思いたくない。 そんな彼女に見とれていると、視線が合ってしまった。やばい! と思ったが、彼女はニッコリと微笑んだ。「おはよう。そんな所にいたの? こっちにおいで」 ……確信犯? だが、そう思ったところで、彼女の笑みに勝つことなど出来ない。どうやら僕は、彼女に一目惚れをしてしまったらしい。「可愛い〜。今着替えるから待っててね、ご飯前に散歩に行っちゃおう」 彼女は僕をギュッと抱きしめてから立ち上がった。 そして一つ思い出した。それは僕が昨日この家に飼われたということだ。 大事な彼女。僕は彼女を守る……立派な番犬になろうと今、決めた。
寂寞風邪という名の病が九州地方でやはり始めたそうだ。 厄介だなあと思うのは何も彼や僕だけではない。いまに社会全体がその病にかかったら 病院なんて役に立たない。だって、お医者さんだって看護婦さんだって実際は 病人になってしまっているから。 そう、知らぬ間にそうなってしまったよね。 寂寥風邪。先日までは封鎖されていた瀬戸大橋も意味をなさなかった。 結局ウィルスは本州に上陸したと同時にあっという間に日本全国を覆い尽くしてしまった。 恐れていたのは何も彼や僕だけではなかったのに。 けれど、不思議だな。 あれだけ危惧していたことなのに、いざ寂寥風邪にかかってみるとさ とりわけ異常なこともないわけさ。皆がそうだからなのかな。 彼は言ったね。何事も恐るるに足らずだってさ。 新薬が開発されるまでは、しばらくこの病に浸っていようなんて悠長な態度に 僕は呆れたよ。 ところで、今朝のBBCニュースを見たかい? 笑っちゃうよね。トップニュースで日本国消滅なんて見出しを取り上げてさ。 何もわかっちゃいない。英国人ってのはなんであそこまで知ったかぶるんだろうか。 たださ、誤解が誤解の種をまき散らした結果、 今後英国は日本からの輸入を一切禁じる、なんてことになったら 大事だろう。そうしたら、日本は本当に終わるよ。 終わりが始まりだって? 彼の楽観ぶりには打つ手がない。 寂寥風邪。 かかってしまったな。 案じていたのは何も彼と僕だけではなかったのに。
その瞬間、懐かしいときめきが心によみがえった。高校時代の友人の結婚式の二次会で、彼女は新郎新婦の横に立った。ストレートの黒髪、大きくて少し茶色の目、黒いツーピースのドレスから伸びるすらりとした手足。彼女はきれいになっていた。大勢の二次会出席者の前に立っても、少しも物怖じしない唇が、マイクを通して明るく声を出す。マイクを持つ右手の細い薬指には、磨かれたシルバーのリングがはめられている。僕の胸は、少しズキリとした。彼女が二人の為に、流行りのウェディングソングを歌い始める。その声と、彼女がまぶしすぎて、僕は目をそらした。あの頃は恋だとも気付かないでいた。思い出すのは彼女の優しさにとまどって、つっかかってばかりだった自分。無邪気で、素直になれなかった高校時代。卒業式にはサヨナラさえ言えなかった。今になって、想い出のアルバムには彼女だけが写っていた。会場の拍手で僕はハッとした。彼女の歌が終わったのだ。僕もみんなと一緒に拍手をした。彼女がおじぎをすると、「次は新郎のお母様からのメッセージです」司会が進行を続けた。彼女は舞台から降り、席についた。二次会の最中、僕は彼女のことばかり気にしていた。笑ったり、隣りの友達とナイショ話をしたり、右手の指輪を気にしていたり…。そんな仕草のひとつひとつが、僕の心から懐かしい記憶をよみがえらせていた。二次会が終わった。僕はぼぅっとした頭をぶんぶんと振り、両頬をぱちんと叩いた。「圭太。何してるんだ?帰るぞ」友達に笑われる。「あぁ、今行く…」言いかけた時、僕のまわりでふわりとした良い香りがした。ふと後を見ると、彼女が立っていた。「…あ…」僕は何も言えずに固まってしまった。近くで見ると、きれいになったことがとても良く分かる。彼女が歌っていた時のように、僕は目をそらそうとしたら、彼女が言ってきた。「変わってないね、圭ちゃん」そしてくすっと笑った。圭ちゃん。僕は高校時代、彼女にそう呼ばれていた。「私の顔、まっすぐ見ないところ」「すず…」鈴木のすず。僕は彼女をそう呼んでいた。「私が歌ってた時も、そっぽ向いてたでしょ。失礼ね」ちょっと口を尖らすが、彼女の目は笑っていた。優しい瞳だけは高校時代と変わっていない。僕は何かを言いたかった。だけど、何を言いたいのか分からなかった。しばらく僕らは見つめ合っていた。失っていた今までの時間を取り戻しているかのように…。
ある屋敷の土間の端にある釜戸で、今日も火は燃えていました。 その隣の水がめの中で、今日も水は静かにしていました。 火は水が好きでした。自分にはない落ち着きと優しさを、水から感じることが出来るのです。水がないとすべての生き物は生きることが出来ません。だから、この屋敷にも水が置かれているのです。 また、水も火が好きでした。火の温かさと力強さが、どれほどの生き物を安心させ、生活させたことでしょうか。この魅力は、水にはありません。水は火を尊敬していましたし、愛してもいました。 そしてお互いにそのことを知っていました。 けれども二人は決して近づくことが出来ませんでした。いくつもの火事を水が消した例があるように、火は水に近づくと消えてしまいます。また、いくつもの水が火にかけられ、沸騰された例があるように、水は火に近づくと水ではなくなってしまうのです。もし、近づいたなら、お互いに消えてしまうのです。今日も力強い火を、水は静かに映していました。でも、全てを映すことなどできないのです。全てを映すには釜戸は遠すぎます。「もう少しだけ、水がめが釜戸の近くに置かれれば良いのに」 水は静かに言いました。綺麗な、でも憂いのこもった声でした。「そうすると、お前は蒸発してなくなってしまうよ。このままで良いよ」「じゃあ、私たちが遠くても良いのね」 水の発言に火は困惑しました。「……それでも君に近づきたいよ」 火にしては弱々しい声でした。いつもの力強さがありません。「そうだよ。このままで良いわけがない」 火らしく力強く、火は言いました。水は黙ってうなずきました。「でも、どうすれば良いか分からないんだ」 二人は途方にくれました。 ある日屋敷の土間で、主人と召使が話をしていました。水がめの位置をずらそう、という話でした。火も水も、黙って聞いていました。「これ以上遠くへ行ってしまうんだね」 彼らが出て行った後、最初に口を開いたのは火でした。火は雨に当たったかのように、元気がありません。声は今にも消えそうでした。「あなたが水がめに映ることもなくなるわ」 水は、事実を確かめるように言いました。「どうせこうしていられるのも最後。あなたに近づきたい」「おいでよ」 しばらく沈黙が続きました。近づくことがどういうことか、お互いに知っています。その沈黙には意味がありました。お互いの気持ちが、言葉にのせるよりも鮮明に、そして確実に伝わってくるのです。 水が勢いをつけて水がめを倒しました。同時に火は、水を受け止めようと大きくなりました。水には火が映りました。全てが水に映りました。 ジュッ 嫌な音がしました。大きく広がった火は一瞬で、水を受け止めようとしていた力が抜けていきました。水は熱さにたえられず形を失っていきました。 ジュゥッ あとには湿った灰と、割れた水がめの破片だけが散らばっているだけでした。
彼は突然、頼んだばかりのビールを飲み干し私を抱きしめた。「モニカのことが好きなんだ」私の名前を呼ばれたのか一瞬戸惑ったが、彼の真剣な顔になんとなく意味が通じた。出会ったのは一時間前。道端で迷っていた私に彼は拙い英語で話しかけてきた。きっと、丁寧に道を教えてくれるつもりだったのかもしれない。私は新宿にあるホテルの名前を指差した。「オーケー!」日本の人はいい人ばかりだが私たちに対する態度はそっけないと書いてあったガイドブックの意味がなんとなくわかった。彼は、私の顔を見ながら指をさし日本の言葉で案内するようなことを言っていた。その後、なぜかご飯を食べようという会話になった・・・っというか、彼が誘ってきたのだ。異国の場所で不安には感じたが彼の瞳は透き通っていてどう見ても悪いことをするような人ではなかったので付き合うことにした。そもそもこの国に来たのも仕事とは言え交流も望んでいたのでよかったのかもしれない。ちょっと恥ずかしそうな顔をしながらも一生懸命コミュニケーションをとる彼に興味もわいていた。私から言葉をかけたのは初めてなのかも知れないが名前を聞いたら彼は驚いていた。「マイ ネイム イズ ユタカ」ユタカは少しはにかみながら聞き返してきた。「ホワッチュア ネイム?」私は、がんばって聞き返したユタカに微笑み自分の名前を名乗った。「モニカ! グットネイム」そんなことを言われたのは初めてだったので思わず感謝の言葉を伝えた。その会話で私たちの間には言葉という壁もなくなったような気もした。ユタカの案内で日本の居酒屋に連れて行かれた。店内に入ると笑顔の店員が飲み物や食べ物を持ちながら私たちを出迎える。店員に案内されるまま靴を脱ぎ、木箱のようなところに靴を預ける。ユタカは「ディス イズ シューズボックスキー」っといいながら、私の手に漢字が書かれた木の板を渡してきた。日本の鍵は変わっているのだとはじめてのカルチャーショック。席へと案内され、彼はビールで良いかと尋ねてきたのでうなずいた。ウエイトレスらしい女性が去ってからすぐに中年くらいの男性がジョッキを持って現われた。彼は「カンパイ」といいながら、私のジョッキに自分のジョッキをぶつけてきた。彼は突然、頼んだばかりのビールを飲み干し私を抱きしめた。「モニカのことが好きなんだ」私の名前を呼ばれたのか一瞬戸惑ったが、彼の真剣な顔になんとなく意味が通じた。
何もかもが、人生のスタートラインに立っている気がした。今日は、何日で何曜日なのだろう。ただ、目の前を車が行きかい、人間という生き物が交差している。この景色はおそらく自分という人間ではなく、ほかの動物が見ているに違いない。意識の中で見える光は、太陽の光なのか。それとも、人間がつくりだした光なのか。今は、不安という感情とともに希望という新しい感情が私のこころの中で泳ぎまわっている。遠くからどこかで聞いたことがある声が聞こえる。いや、もしかしたら音なのかもしれない。風の音はいつも聞こえていた。草原の真ん中に立つと私の横をすり抜け、雲を運び、地球という星を一周して戻ってくる。きっと、この風たちは永遠に吹き続けているのだろう。今度、戻ってくるこの風に出会うことができるだろうか。疑問が募るばかりである。そして、世界が真っ白な世界になった。おそらく白という色を表現として使うのは正しいのかわからないが。何もないということをあらわすにはその色しかないのかもしれない。ただ、そこに色というものをたらせば、だんだんと見えてくるような気もする。そう。海のかおりも好きだった。ただ、今は、海のかおりとはかけ離れた大きなかおり。もしくはにおい。大きなという表現にはなかなかしっくりこないが今はこの言葉しか出てこないのだ。何を望めば普段の自分に戻れるのか。ただただ、時間という勝手に進んでいくものに身を任せるしかないのか。そんなものに惑わされる自分も嫌いだが、今はその感情さえあるのに温かみを感じている。だんだんと私の周りが感覚とともに騒がしくなり何かが始まってる気がしてきた。そして、見えてきたのは初めて感じるかおりと人間が作り出した光。なんともいえないごつごつとした肌触り。希望いう感情よりも不安という感情がまた戻ってきたのかもしれない。心臓という動いているものが苦しいと驚きの感情を作り出し。モノが見える目というものから水。涙といわれるものが流れてきては、私が発した初めての声があたりを共鳴させた。これが生まれるという感覚だと気がついたのはそれからずいぶんたってからだが。その感覚があってこの世界に戻ってこれるのだと思う。最後の記憶はないが、今の私には昔の私が見える。周りにいる人間は気がついていないが私には家族という人間とは別に前世といわれる人間と会話ができている。おそらくこの前世もいつかは去り新たに私が前世になるのだと気がつくのは永遠に眠るときだろう。
※作者付記: 23文字のオーバーをお許しください。
二人の男が向かい合っていた。一人は凛と立っていて、一人は椅子に座っていた。二人の間にはカウンターがあって、立っているの男の後ろには酒の瓶が棚に並んでいた。座っている男は白ワインを口にしていた。座っている男は立っている男を『マスター』と呼び、立っている男は座っている男を『お客さま』と呼んだ。 ふと、『マスター』が後ろを向き、壁にかかっている時計の時刻と自分の腕時計の時刻を目で確認する。『マスター』が時計の時刻を気にするのは『お客さま』が店に入ってからもう三回目だった。「なぜ、そんなに時計を気にするんですか。」『お客さま』の言葉に自嘲気味な笑みを浮かべる。『マスター』は口を開いた。彼はある一日へと心だけ帰って行った。 あの日も、マスターは一人の男と向かい合っていた。カウンターの上には赤ワインとプレゼントが置いてあった。男は壁にかかっている時計を気にしていた。10時55分だった。男は何も言わずに赤ワインに口をつける。そしてまた時刻を見る。そんな男を、『マスター』はグラスを磨きながらちらりと見つめていた。有線の音色が、二人の間の静寂を逆に深めていた。 時計の針が11時を告げる。男が口を開いた。「お勘定お願いします。」「お待ち合わせの方はいいのですか。」『マスター』のこの言葉に、男は目を伏せた。「実は、今日呼んだ女性にプロポーズしたんです。もし受けてくれるのなら、11時までにこの店に来て欲しいと……。でも、フラれたみたいですね。」男は、さばさばした表情でそう言うと、去っていった。ドアを開ける男の背中は、顔とは逆の表情をしていた。 それから少しすると、一人の女性が店に入ってきた。女はカウンターに座ると、カクテルを頼んだ。『マスター』の作ったカシスオレンジに口をつける。「あの、男の人が来ていませんでした?」と『マスター』に聞く。彼はすぐに察した。「先ほど、一人帰られましたよ。」と表情を変えずに答える。「そうですか。5分前に来たんだけど、彼は気が変わったんでしょうか。」その言葉に『マスター』は驚き、今日始めて自分の腕時計を見る。彼の腕時計は10時57分を差していた。全てを悟った彼にできることは、すべての後悔と衝撃をかみ殺してそっと壁時計の前に立ち、この罪深い時計を見えなくすることだけだった。 話を聞いた『お客さま』は、壁時計に目をやると、無言でまた白ワインに口をつけた。
あのとき、君の頬がほんのりと赤かったことを今でも覚えている。 君はわざわざ駅の屋根の無いところのベンチに座り、まるで自分が雪たちと同類であるかのように、白く、静かに呼吸していた。全身を白の衣装で覆った彼女をみていると、他人に「あれは雪の精ですよ。」と言われても信じてしまいそうな気がした。「寒くないんですか?」 気がつくと、彼女に声をかけていた。「あ、大丈夫です。すいません。」 彼女は何故か申し訳なさそうな顔をして言った。その声は薄く、透き通っていて、無色透明な色をしていた。そのときにはもう僕は彼女のとりこになっていたと思う。 その後僕は、風ひきますから、なんて言って半ば強引に彼女を近くの喫茶店に連れ込んだ。彼女は突然のことにかなり戸惑っている様子だったが僕はかまわなかった。僕は温かいコーヒーを二つ注文し一つを彼女によこした。彼女は申し訳なさからか、なかなか口をつけなかったが僕が飲みながら目で促すと恐る恐るゆっくりと飲みだしてくれた。僕はいつも友達にするようなたわいも無い話をした。彼女は僕の一言一言に耳を傾けてくれた。そして最後には面白い話題にクスクスと笑ってくれるようになった。そのときの一瞬はただの一瞬ではなかった。世界が一番美しく見えた。 彼女と別れるときはつらかった。「ありがとうございました。」「いえいえ。」「それじゃ。」 おきまりのあいさつをして別れる。僕はたまらなくなって振り返った。すると、何たる奇跡、彼女も僕のほうを振り返っていた。目線があうと彼女は優しい笑顔で小さく手を振った。そしてぺこりとお辞儀をし、雪の中に消えていった。変だな、冬だって言うのに顔が熱くてたまらない。 次の日も僕は自然に駅へと向かった。ところが昨日のベンチに彼女はいなかった。かわりに作業員らしいおじさんが話しかけてきた。「あんた昨日あの女と話してた人だね。あの人を探しているのかい。無駄だよ。あの人は警察に連れてかれちまった。あんなきれいな人なのにホームレスだったなんてな。」僕は深い失望感をおぼえた。しかし次の瞬間には、たまらなくおかしくなった。いいさ、彼女は雪の精。春になったら消えるんだ。
(きょんちゃん好きだー!まじで。うん!)そんな事を思いながら僕はネクタイを首にマワス。別に仕事行く訳ちがうよ。死ぬためやで。だって僕の仕事はハウスクリーニング。ネクタイなんかせえへんもん。 きょんちゃん居るのになんでこんな事せなあかんねん。悪循環。 昔好きな仕事やっててまたいつかやる為に残してたタッカイタッカイ高級ネクタイ首にマイテ。悪循環悪循環。 ネクタイ首にマイテ明日の仕事の段取り考えてる。悪循環。5年前東京二イッタ。 好きな仕事で食べていく為に。もちろん失敗。地元に置いていった彼女の為二生きますっ!そう皆に伝えー!いざ地元へ。彼女には2人の彼氏が居てました。悪循環!とりあえず知り合いのラウンジでアルバイト。ママ、女の子、ママの彼氏、ママの前の彼氏のヤクザに挟まれ右往左往。そして皆僕にイウ。「シャキッとせえ!」悪循環。今の仕事はハウスクリーニング。女社長が言った。「生活安定してよかったね。」とてもいい笑顔。休み月2回。 女社長が言った。「マンション住めるように頑張って!」家賃5万円。なんかわからんけど仕事の車の駐車場代割り勘。給料激安。給料前借り。悪循環。女社長が言った。「ウラギラレタワ。」人間なんか意味わからん。もう人嫌い。もう人に会いたくない。電話に出たくない。でも毎朝仕事。迷惑かかるからね。悪循環。友達が僕を捜す。ただ電話に出ないだけ。返信しないだけ。ただそれだけ。皆が言うテル。「あいつ死ぬんちゃうか」「心配やわ。あいつ死ぬんちゃうか」「大丈夫かなあ。あいつ死ぬんちゃうか」もう死ななしゃあないやん。悪循環。僕が首つる隣の部屋で無理矢理飼わされた発情期の猫が鳴いている。「ニャアニャアニャアニャア」うるさくて死なれへん。悪循環。
僕は君に伝えたい事がある。いつも僕の側にいて、僕を忘れずに、愛を注いでくれる君に。僕と君の出会いは、突然だった。君に出会う前、僕は僕なりに、一生懸命生きていた。でも、いつしか周りのやつらに紛れて埋もれていった。誰かに見つけてほしくて、でもそのための努力をするほどの力はなくて、僕はどんどん埋もれていった。誰かを呼びたくても呼ぶ術をもたなかった。何で僕はこんなところに生まれてしまったのだろう。周りに仲間がいれば、こんな事にはならなかったはずなのに。そう思う自分はとても弱かった。―…そんな僕を君は見つけ、救いあげた。その日の空は真っ青で、雲がいくつかのびのびと背泳ぎをしていた。久しぶりに見た空だった。君は僕を見つけてから、僕に話しかけない日はなかった。僕は熱心に君の話を聞いた。いや、聞くことしかできなかった。アドバイスをする事もそっと抱きしめてあげる事も、僕にはできなかった。そして君も、そんな事を僕に望んでいるわけではなかった。君は僕の前では嘘をつかなかった。笑っている時、怒っている時、泣いている時、僕はいつでもただ話をきいていた。ある雨の日、君はいつものように僕のそばに来た。君がとても真剣な顔をしてると思ったら、「あたし結婚することになったの」と一言だけ、僕にゆっくり告げた。そう言った君は、不安を隠せないながらも、幸せそうで、とても可愛かった。僕は相変わらず聞いているだけで、何も言わずに窓の外を見た。外ではしとしと降っていた雨が、いつの間にか止んでいた。幸せそうな君を見るのは、とても嬉しくて、僕も幸せになれた。でも僕はいつものように君に何も出来なくて、そんな自分が嫌だった。嬉しさともどかしさの混じった色をかき消すかのように、一人で見上げた空は、出会った日と同じように真っ青な色をしていた。君が結婚する日になった。「おめでとう」そして「ありがとう」。僕は何も出来ないから、精一杯の想いをこめた。言葉にならないこの想いを。今、君に伝えよう。「ねぇ、見て。花が咲いたの。真っ青な綺麗な花―…。私たちのこと祝福してくれてるのかな。」
行くんだあの向こうへ!少年がそう思い試みるのは今回で七度目この街はとてつもなく高い壁で閉鎖されているなぜそんな風になっているのかなんて子供の少年にはわかっていないが少年は昔からあの向こうに行きたいと思っている少年が初めてそう思ったのは土管の上にに寝転び目の前いっぱいに広がった空を見上げた時だった空ってどこから見ても同じなのかな……そんなどうでもいいことから始まったんだっただけど今では命をかけるに値することだここから抜け出すには壁を越えるかたった一つの出入口、門を通るしかない門にはいつも人がいて大人しか通してくれない無理に通ろうとしても追い返されるどれだけ交渉しただろうか、だが一度も応じてくれたことはなかった強行突破しようとして足を撃たれたこともあったそこまでするのはどうしてなんだろうかけれどそんなことぐらいで懲りるような俺ではない「よっし、行くぞ!」数日用の食料やロープにナイフ、役に立ちそうなものを片っ端から詰め込んだ鞄を持ってぎりぎり門から見えない位置にまで近寄り様子をうかがう「二人か……」いつも三〜二人いるものなので今日思い立ったのは運がよかったとりあえず鞄から爆竹を取り出すこれで相手の注意をそらそうというわけだ「ねぇ」「うお!?」行こうか行きまいかとしていると不意に後ろから声をかけられた振り向くとそこには見知らぬ少女がいた「そんなに驚かなくても……」「おまえこそ、なんだよ、いきなり後ろから声かけんなよ」ばれなかったかと門の様子をうかがうどうやら見つかりはしなかったようだ安心して息を漏らす「やめたほうがいいよ」「……」「向こうに行きたいんでしょ?」「何なんだよ、さっきから!」「別に……忠告してるだけ」少年は抑えつつも声を荒げた名も知らないその子自分には関係ないけどというようにそう続けた別に無視すればよかったはずだがその子の瞳を見たときに少年はどうしてか話をしなければいけない気がした「でも俺は行く、向こうに!」「どうしても?」「ああ、俺は空を見るんだ」「空なら見えてるじゃない」「俺が見たいのはもっと違う空さ」「違う……」「そう」少年はまた門をうかがう姿勢に戻る「どうする気なの?」「こいつでビビらしてその間に走ってく。お前、帰ったほうがいいぞ」「私、行く、その空私も見てみたい」「………こけても待たねーぞ」女の子はニコッとだけ笑った気が付くと少年は女の子の手を握っていた
学校が終わると、愛犬のライカを連れて海岸沿いを歩く。 藪を掻き分けていつもの入り江に出ると、既に彼女は居て、流木に腰掛けていた。「遅かったね」「補習が長引いたんだよ」 彼女の傍ら、砂浜に腰を下ろす。勝手に肩掛け鞄が漁られ、文庫本が引き抜かれた。 彼女が現地調達と思わしき貝をつまみに読書している間、僕は投げた流木をライカに拾って来させる訓練をしていた。どちらも何も言わず、耳にはただウミネコの鳴き声と波の音、そして、彼女がページをめくる音と尾ビレが水面を叩く音が聞こえていた。 二ヶ月前、逃げ出したライカを探して辿り着いたここには、人魚がいた。 僕以外には懐いたためしがないライカを撫でながら彼女が発した第一声は「耳掻きを貸して欲しい」だった。方向感覚を狂わす寄生虫をどうにかするためらしい。 それ以来、僕は毎日ここに来ていた。「………で?」「え?」 ライカが12匹目のクラゲを拾って来たあたりで彼女が口を開く。「何か話がありそうだけど」 相変わらず鋭い。僕はクラゲの死骸を遠くに放り投げると、言った。「何かさ、父親が転勤することになってさ。こんな田舎の支社じゃなくて、本社に栄転だとか………………」「君も行くんでしょ?」「そうなるね。君に会うのは今日が最後だと思う」 彼女が海に向かって貝殻を水切りの要領で投げる。手首のスナップを効かせた綺麗なサイドスローだったが、やはり貝殻は軽すぎるらしく、二度跳ねただけで波に飲まれてしまった。「参考までに聞くけど、何処?」「名古屋」「あー、ダメなんだよね、太平洋側って。肌に合わないって言うか。 ………………行こうとしても無理なんだけど」「そう、じゃあ、うん………」「お別れだね」 太陽が水平線に触れると、途端に冷え始める。今が夏だったならもっと長く居られたのに。沈黙もヒグラシが消してくれるのに。 彼女の話によると、人魚は回遊する生物らしい。しかも不規則に各地を転々とするので、一度群れからはぐれたら合流するのは難しいのだとか。「今さ、冬だよね、暦の上ではともかく。寒いし、君が泳げるような季節じゃない」「うん」「夏にさ、泳ぎたかったね。うん」 日が沈むまでの、一息しかないような短い時間。僕達は太陽を眺めていた。 彼女の頬を涙が伝う。宝石のような涙。いや、実際に結晶化して砂浜にぱらぱらと零れ落ちる涙はとても綺麗だった。
私は、ブロセ・クラン社の雑誌記者として、パリ支社からこの城館に派遣された。取材目的は、この夏、毎号連載中の「幽霊の出没する城館」特集の現地取材だった。 まぁ、幽霊などイギリス人ほど関心のない国柄、数ページの眉唾物の連載だ。ただ、今回は、必ず「出る」と言われるルロワーヌ城。写真撮影に成功せよ、と編集長の厳命を受けてきた。 あまり、うれしくない仕事だ。 ともかくパリから230キロの道のりを車でひた走り、ロワール河の支流アルドル川の葡萄畑の丘陵の中に建つ十七世紀の城ルロワーヌに向かった。 城館の所有者ルクレール氏はある食品メーカーの経営者だが、モロッコに出張中との事。事前に預かった鍵で、勝手に城に入って泊り込んで取材しろ、といささか投げ遣りな調子。 私も、昼間からそんな不気味な館に入り込む気もしない。近くの町で牛肉のワイン煮とロワールワインで胃袋を満たし、夜九時に城門を開けて、シトロエン・ブレークを前庭広場に入城させる。 ところが、巨大な鉄鋲のうたれた扉を開け、静まり返った城内に私が入るなり、一階ホールでルクレール氏が笑顔で私を出迎え入れたのだ。「驚かせて申し訳ないね、ムシュー。少々、話があるのだがね」 氏は、大きなフロックコートにキュロット、右手には短いステッキといった18世紀仮装パーティーみたいな衣服を着込んでいたが、優雅な物腰で私を書斎に導いた。「実は、わが社の内情も火の車でね」氏はワインを私に勧めながら穏やかに言った。「私の私有資産の売却による財務改善を銀行から迫られているのですよ。だが、この内情は公には出来ない。分かりますね?」「なるほど分かります。でも、それを私に話す理由は?」 私は渋いワインを舌の上で味わいながら返した。「つまり、貴方にグランヴィル財団のムシュー・ド・グランヴィルにこの城を購入せよ、と城の幽霊からのメッセージがあったと記事にしてもらいたいのですよ」「ビジネスに加担せよと?」「そればかりではない。ド・グランヴィル氏はこの城館の城主一族の末裔なのです。本来の所有者です、いまわしい大革命で放逐される以前のね」「ほほう、面白い話ですね」「氏は御先祖の歴史には無関心な若者です。それを知らない。ただここを購入すれば、その事実を知り、驚くことでしょう。まぁ、一晩、この書斎で、貴方の真に迫った幽霊屋敷の取材記事を書き上げて下さい。では、私はモロッコへ出張しますんで失礼」 と、ルクレール氏はもう夜だというのに、出かけてしまった。 私は、どうせ気乗りしない取材なので、でっちあげの幽霊遭遇記を一晩で書き上げた。霊体こそ視認できなかったが、財閥の御曹司グランヴィル氏の熱いメッセージを託されたとして... 記事が掲載された半月後、ルクレール氏から社に連絡があった。 ルロワーヌ城が時価の三倍の値で売却でき、私の記事によって素晴らしい商売が出来た、と氏は感激していた。 ところが、地元のロワールの地方紙から送付されたルロワーヌ城売買契約の記事を見て私は腰を抜かす。 席上、笑顔で買主グランヴィル氏と握手を交わすルクレール氏の写真。それは、あの晩、私が会った人物とは違った。 しまった、あれは本物の幽霊だったんだ。まんまとやられた!