第59回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01タイムスリップ中津川渉1000
02核爆弾大山きのこ1000
03タイムマシーン2007moon moon1024
04進路相談の1コマ久遠997
05最後の公園安東芳治974
06ねがいごとゴンネギ1000
07埠頭の猫青井 空1000
08バッグたまご995
09生滅相沢 心383
10人魚の涙ZH998
11ミズコウヨリ961
12ならのかいぶつ送り女将1048
13飽きる男土目1000
14ピアノichi882
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  タイムスリップ     中津川渉


四ッ谷に向かうJR中央線。新宿から東京駅まで15分。つり革に任せて揺れる善雄の目に右の男の新聞の見出しが目に入る。「電電公社、プッシュホン電話の受付開始」。目を窓外に戻した善雄がもう一度覗き込む。「電電公社?」、「プッシュホン?」。新聞の日付、5月17日、1969年。目を疑う。今日は2007年5月17日だ。前の男の新聞を見る。これも日付は1969年5月17日。窓外にすれ違う総武線が真黄色。昔の古い車体だ。いつも見る高層ビルはまったく見えない。善雄はもう一度周囲を見回した。ケータイを覗く乗客がひとりもいない。

何か呆然とするうちに電車がトンネルを抜けて四谷駅に滑り込む。人を掻き分けるようにして、思わず下車してしまった善雄は、学生達の流れに乗って階段を上がると、改札口で駅員が鋏を鳴らしている。懐かしい。狭い通路に続く古い駅舎を通って四ッ谷駅の外に出た。目を疑った。広い新宿通りを、麹町のほうから黄色い路面電車が走り抜ける。イグナチオ教会が昔のままだ。もはや懐かしいと思う余裕もなくなった善雄は信号を超えて土手下の道を行く。駐車のトヨタコロナが何と古臭い。なんだか気が遠くなってくる。一体これはどうしたというのだ。

やっとのことでふらふらと入った大学の構内に並ぶ立て看板。「70年安保粉砕」の朱色の文字が叫ぶ。まさか、まさかと思いながら、善雄はようやくタイムスリップという言葉を思い出していた。「そうだ、あれだ。そうすると俺はこの大学の3年生・・。このどこかにいるということか、そうなのか。」やっとのことで気を静めた善雄の思いはようやくここに辿り着いた。

歩を止めてレンガ模様の一号館に目をやった時だ。まちがいない。かばんをぶら下げて真面目腐った顔をして“善雄”がやってきた。「あれは俺だよ、俺だよ」と善雄はつぶやいた。「俺がむかしの俺に話しかけてもいいのか?。だったら言いたい事が一杯ある。」

意を決して「あのお、ちょっと」と善雄が“善雄”に近づいたとき、一歩踏み出した善雄の脛は立て看板の柱の下部をいやというこすってしまった。「てっ!」

電車は四ッ谷駅に到着した。揺れた善雄の脛が前の男の旅行バックをいやというこすってしまった。立ったままうとうとしていたようだ。念のため前に座る男の新聞の日付を見た。2007年5月17日。何かほっとした。しかし、痛む脛をさすりながら、善雄は、夢の続きを見たいと思った。







エントリ02  核爆弾     大山きのこ


「みせて」
私が緩く懇願すると、彼は嫌そうに目を閉じた。そんな彼の態度が気に触り、思わず口調が強くなる。
「ねぇ、聞いてるの!」
ピシャン!その瞬間、まるでシャッターが閉まった時のように彼の心が閉じる音がした。(これで終わりかな……)私は冷たい汗を背中に感じながらも、諦め切れずにいた。

 好きになると、とことんまで知りたくなる。生きるうち張りつけたバリアーを一枚一枚剥ぎ取って最後に残った核の部分に触れてみたい。サディスティックな欲求に駆られる。その間際で彼は私を拒絶した。弱くて脆いズタズタに、剥き出しの心を私にだけ見せてよ。ねえ。
 墨色の空にぼやけた橙色の月が浮かぶ。私はいつだって世界の中心にいた。
「核爆弾が爆発したら私は宇宙からその光景を眺めたいの。一緒に見よう」
「……やっぱり君にはついていけない」

 頭の片隅に染み付いた情景を思う。想像力の乏しい彼のことが愛しかった。彼の顔が思い出せない。もう、そんな事どうでもいい事だ。嵐の中心で、何が起きたのかさえ分からずに、まとわりつかせた風のせいで、私の周りには誰も寄り付かない。どうでもいい人ばかりだわ。
「何がどうでもいいんすか?」
あれ、声に出したっけ……。私の顔を覗き込む後輩のヤマノ。
「今夜暇なら、飲みいきませんか〜」
つぶらで小さな目。上司に対してため口とはなんぞや!と正す気にもなれないのは、その邪気の無さからだろう。私に対する態度が他に対するものと違うと感じていたが、やっぱりそうか。
「いいよ、どこ行く」
「立ち飲み屋……いいっすか?」
ああ、給料日前か。ヤマノは遊んでそうだからな〜、まぁいいんだけど。ヤマノの地味なくせに派手な外見を一瞥する。
「お〜け〜」
「やた〜」
無邪気なやつだ。でも、嫌いじゃない。

 ほろ酔いの私は意外と強いヤマノに絡みながら、千鳥足で歩く。電柱の灯りに集う昆虫の羽音が微かに耳に入る。
「ヤマノ〜〜〜!ボッカ〜〜〜ン!!!」
「なんすかそれ?」
突然叫んだ私にヤマノがぽかんとした。羽音が耳の奥で膨張する。
「核爆弾の落ちる音だ!」
「へ、へぇ」
その時、ヤマノの大きくも無い体が私に覆いかぶさってきた。口を塞がれ、鯉のようにアップアップする。ポツンと点いた灯りの下で、お互いの舌を絡ませあう。羽音も耳に入らない。ヤマノの吐く熱い息が、私の内部に注ぎ込まれ、途端に何かがムクムクと動き出した。それは野生の欲望で、核爆弾のスイッチだった。







エントリ03  タイムマシーン2007     moon moon


「ついに完成だ!」
ヨレヨレの縦じまシャツの袖をまくりあげながら博士は言った。
「おめでとうございます、博士」
助手の只野は興奮で声が震えた。

「只野君、感動するのはまだ早いぞ。今からテストだ。祝杯はこれがうまく行ってからだ」
そう言うと、装置を作動させる準備に入った。
目の前の装置こそ正真正銘タイムマシンだ。
未来、過去へ自由に行くことが出来るのだ。
ただし1分だけの未来、過去にしか行けない。
しかも到着までタイムマシン内の体感時間で1時間かかるのだ。

博士は研究室の黒縁の丸い壁掛け時計を見た。午後1時。
両手に持ったストップウオッチのスイッチを押し一方を只野に渡し、タイムマシンに乗り込んだ。
「ヨシ、準備完了だ。いざ未来へ!」、

そのタイムマシーンは色も形も大型の業務用冷蔵庫。
ただ、ドアに丸い窓が付いてることが冷蔵庫とは違う。

ブーンと低い機械音が鳴り始めた。感動の瞬間だ。
ストップウォッチを握る只野の手にも自然と力が入った。

1時間経過

部屋に低く響いていた機械音が少しずつ静かになり、やがて止まった。
只野は飲んでいたコーヒーカップを机に置きドアの方を見た。
ドアが開き、博士が出てきた。
「只野君、どうだ?私のストップウォッチは今1時間だ」
「ハイ博士、僕のは1時間1分です」
「成功だ」

博士は、赤縁の丸い壁掛け時計に目をやった。午後2時。
タイムマシン内の体感時間は1時間だが、外にいる只野の待ち時間も1時間かかるのだ。

博士は、テスト結果のデータを取り終えると
「よし、只野君、次は過去へ行くぞ」
再びタイムマシーンの中へ。
赤縁の丸い壁掛け時計の針は午後3時を指していた。
只野はストップウォッチを握りながら見送った。
再び低い機械音が鳴り始めた。

1時間経過

機械音が少しずつ静かになり、やがて止まった。
ドアが開き、博士が出てきた。

「只野君、どうだ?私のストップウォッチは59分だ」
「はい博士、僕のは1時間ちょうどです」
「よし、完璧だ。祝杯をあげよう!」
そう言うなり博士は、赤縁の三角の壁掛け時計に目をやった。午後4時。

「しかし、只野君、君も忙しい奴だな。壁掛け時計をとっかえひっかえ。さっきの赤縁の丸時計が良かったな。
それはともかく祝杯だ。シャンパンを持ってくるぞ」
博士は研究室から出て行った。

「一体何のことを言ってるんだろう?博士こそ、タイムマシーンから出てくるたびにシャツを着替えて。しかも、今度は縦じまのシャツ。嫌いだと言ってたのにいつから縦じまが好きになったんだろう?」







エントリ04  進路相談の1コマ     久遠


 突然ですが、私は目の前にいるこの男の事が大好きです。愛しています。
「…で、やっぱりここは通学も不便だし、君ならもっと上を目指せるんだから…」
 目の前の男は私の担任と言うやつだ。
「…話聞いていますか?」
「半分は」
 にっこりと私は笑ってあげた。彼は、はー…とそれは深くて重い溜息を吐いた。
「あなたの人生なんですから、真面目に話を聞いて下さい…」
「半分は聞いていますよ?」
「もう半分も僕の話に集中してくださいっ」
「それは出来ない相談ですね。つまらない話ですから」
 私は笑顔を崩さないで言った。先生はショックを受けた表情で絶句している。彼はそんな姿が私の嗜虐心をそそるのだと言うことに気付いていない。
「……僕、やっぱり教師に向いていませんか?」
「そうですね」
 私は小首を傾げて先生の言葉を肯定してあげた。先生は肩を落とした。
「はぁ…。僕に受験生の担任なんて、やっぱり無理だったんです…。君の進路相談も満足に出来ないなんて、僕はだめな大人です…」
 私はそろそろいいか、と真面目に先生と話す姿勢をとった。
「先生は、どうして私の志望校をそんなに否定するんですか? 凄く良い雰囲気の学校ですよ」
「…じゃあ、お聞きしますけど、どうしてそんなにこの学校に拘るんですか?」
 うなだれた姿勢で顔だけ上げて、先生が私に聞いた。
「先生の母校だからに決まっているじゃないですか」
「……は?」
 先生のきょとんとした声に、私は笑顔を崩さない。
「先生が担任になって、私は3年間先生と一緒にいましたけど、それって先生の27年間の歴史の約9分の1ですよ? 物凄いちっぽけな物だと思いません? だったら先生にもっと近づくためには先生と同じものを見るべきだと思ったんです。4年間先生と同じ大学に通ったら、似非でも4年の時間を共有したことになるでしょう?」
「……えーっと……」
 先生は未だ良く分かっていないという表情で私を見つめた。
「つまり、私は先生を愛しているということです」
 先生の目が、落っこちてしまいそうなほど大きく見開かれた。
「だから、私受験勉強頑張りますね」
 呆然とする先生を放置して、私は小会議室のドアまで駆けて、振り返った。
「返事は大学生になってから貰いますね」
 失礼しましたと声を掛けて外に出る。
 4月に先生の母校の校門の前に立ったとき、貰う返事はどれほど一杯一杯なものなのか―――今からその瞬間を想像するだけで笑いがこみ上げた。







エントリ05  最後の公園     安東芳治


 小さな公園がありました。小さな小さな公園でした。手のひらの中で慈しむような公園でした。湿っぽい地下鉄の出口の階段を上がって、右に曲がって直ぐにありました。小さすぎて、暗い地下鉄から出て来る俯いた背広の人々の群れが、一列に並んで後ろも振り返らずに前へ進む、蟻の群れのように見えました。みんな並んで黙々とアスファルトの乾いた路を歩いていくのです。誰もビルの間のそこに、薄暗い小さな公園があるなんて気がつきませんでした。只黙って会社へ急ぐのです。歩いていくのです。でも空を消し去って覆いかぶさる不安定な高層ビルで取り囲まれる前は、小鳥たちや生き生きした小さな子供たちの透明な声が、バイオリンの胴の中のようにキラキラと響いた公園だったのに。

蟲は碧の葉っぱの陰に隠れて休んでいました。毎年々葉を着けては散らし、プラタナスの大きな葉は、小鳥が隠れるのに最適でした。公園を三十年も生きてきた野良猫のゴンタが、ふて腐れた顔をしていつも通り過ぎました。裏通りの赤い堤燈のぶら下がった商店街の、ゴンタの縄張りの見回りに出かけるのです。鮒やモロコの佃煮の並んだ魚屋さんや、何時も鋏の音がする床屋さんや、空の車輪をカラカラ回している自転車屋さんの前を通って。でも商店街もいつの間にか一軒一軒と店をたたんで、もうそんな姿はもう見られなくなってしまいました。人の良いおじさんもおばさんもどっかへ消えてしまいました。とっくの昔に。

 朝のビルの前に薄汚いトラックが止まりました。ビルの中の会社へ配達する新聞を届に来たのです。トラックはもう何年も洗ってはもらっていないのです。只物を積んで運ぶだけで、精一杯生きてきたのです。トラックはそうしてドサッと新聞を下ろすと、又錆びて落ちそうになっているマフラーから排気ガスをゴミ虫ダマシの屁のように吐いて、次のビルに新聞を届けるために直ぐに発ち去っていったのですけど。

 朝霞の中を、乾いた風が灰色の道路を吹き抜けてきました。風は公園の前をフッと息をかける様に通っていきました。フット耳元に軽く息を吹きかけるほどの風だったのです。でもプラタナスには絶えられませんでした。かろうじて今年、やっと三枚の葉をつけただけの、公園に最後に一本だけ残った痩せこせたプラタナスの樹が、ため息を吐くように最後の大切な葉っぱを、カサッと道路に落としました。







エントリ06  ねがいごと     ゴンネギ


「狐は油あげが好きなの。だからお供えするの。」
帰り道、近道をして神社の中を通ったら、ふとそんな会話が聞こえてきた。
買い物帰りだろう。茶色い紙袋から油あげを取り出しながら、母親らしい人が幼稚園位の子供に説明している。今時着物を着た女性というのも珍しい。子供も紫陽花のような色の着物を着ている。
「ふーん。ねえねえ、お母さん、そうすればお願いきいてくれるの?」
「そうよ。お供えしたら、願い事をきいてくれるの。ほら、ヨウコもお供えしなさい。はい、これ。」
どうやら親子らしい。油あげをもらった「ヨウコ」と呼ばれた少女は、不思議そうな顔をしている。何気無い会話を聞きながら、僕は親子の後ろを通り過ぎようとした。夕日が差し込む境内には、僕と親子の影が石畳に映しだされて…ん?そこで僕はある違和感を感じた。影がない…。親子の影がない。確かに僕の影は地面に映っている。じゃあ、この親子は一体…。そんなことを考えているうちに、後ろを通り過ぎた僕は、立ち止まり、恐る恐る振り返った。親子は急に消えるわけでもなく、母親は熱心に手を合わせている。が、やはり影はない。
「ヨウコの病気が少しでも良くなりますように。」
「えっと、ヨウコは、自分の子供に逢いたいなぁ。お母さん、帰ろうよ。お腹すいたよう。」
はいはい、わかりました。母親は袖を引っ張る娘にそう答え、名残惜しそうに社を見て、不思議な顔をしている僕の横を、軽く会釈をして通り過ぎた。お兄ちゃんさようなら。ヨウコも可愛い笑顔で僕に挨拶をした。ごくごく普通の風景だ。考えすぎなのだろう。第一、影にそんなにこだわる僕がおかしい。昨日見た漫画の影響かな。そんなことを考えながら親子の行き先を目で追っていたら、「ヨウコ」が何かを落とした。気付く様子もなく、僕も声をかけるタイミングをのがしてしまい、親子は角を曲がってしまった。アレなんだろう。幽霊の落し物かな。なんてことを考えながら拾った僕は、思わず声をあげてしまった。それは母の形見のかんざしそっくり…いや、同じものだ。そういえば、僕の母はヨウコである。病弱で、僕を産んで他界した。あれは、母だったのだろうか。ふと、子供の頃の記憶が蘇った。母親に逢いたいとだだをこねた僕を見かねて、祖母が大量の油あげを買い込み、僕を連れてここに来た。
「沢山お供えしたら、お稲荷さんは必ず願い事をきいてくれますよ。お母さんきっと逢いにきてくれるわよ。」










※作者付記: 初めて投稿しました。
よろしくお願いします。






エントリ07  埠頭の猫     青井 空


ここは「品川シーサイド」。遠くに大型船が通る。そして、高速の爆音も聞こえる倉庫街。大型のトラックも、埠頭の運搬船も俺の毛並みに風を起こす。いつからか大型ショッピングモールが建ち始め、足の裏にブロック敷きの硬さがガンガンと響く人と車が煩く街になりやがった。名前を付けたビルが見上げることの出来ないほど太陽近くにそびえてやがる。仲間達もこのうらびれた埠頭から移り住んでいった。俺には移り住めない理由がある。愛するあいつがこの埠頭に眠ってやがるんだ。あれは、丁度去年の今頃、その頃の俺の周りには何時もひっきりなしに数匹のメスが側に居て、俺を世話してくれた。何不自由なく、悠々と風を切ってボスとして威厳を保ちながら、暮らしていた。嵐の夜が過ぎた後、あいつがやって来た。洒落たマンションの窓越しに白い姿がチラチラと見える様になって、それから少しして窓がおいらの尻尾ほど開くようになり、あいつはその隙間を押し開けて、ある日俺の前に現れた。どのメス猫よりシャンとして、俺が声を声を掛けても振り向きもしやがらない。縄張りってやつを教えてやろうと近づくと「お目に掛かれて光栄です。」なんて聞いたこと・u桙燒ウい言葉を言いやがる。こいつは声を掛けても無駄だ。そう思っていた筈なのに、なぜか気になり始めた。窓が開くか開かないか、今日は雨、明日は風というように穏やかな日はなかなか来やしない。イライラする毎日は俺のハートを鋼のナイフでジャキジャキと刺しやがる。他のメスと遊んでいても気は晴れない。それどころか益々事態は悪化するばかりだ。俺は我慢しきれなくなって窓に近づき声を出してみた。ボスの俺が女にのぼせ上がっているなんて最悪の事態だ。だけどハートが悲鳴を上げて我慢の限界だった。あいつが部屋の中から発した言葉といえば「お久しぶりです。」だぜ。俺の判断力の鋭さ、腕自慢やら女自慢をいろいろと窓越しに教えてやった。それなのに返ってきた言葉が「そう」の二文字だぜ。それから数日後、実行の日はやって来た。ここは埠頭、荒っぽい奴ばかりがそろってやがる。錆びた鉄くずやドラム缶なんかも転がっている。トラックがこっちに向かって来る。俺達はその前を駆けぬけた。俺様の計算からすると電柱にぶつかって鉄くずが窓ガラスを割る手はずだった。なのに窓が俺の尻尾ほど開いてあいつが俺の目の前に出て来やがった。あれほど待ちわびていたあいつがあいつが・・・。



※作者付記: 初めて投稿してみました。






エントリ08  バッグ     たまご


 五年ぶりに押入れの奥の奥まで大掃除をしたら、何が入っているか分からない怪しげな箱が出てきた。やや小奇麗な箱なその箱は、デパートなどでよく贈答品が入っているものだった。贈られた物はどんな物でも惜しみなく使う私にしては珍しいことだ。さては、静岡のおばさんに貰った趣味の悪いセーターでも入っているのかなと、おせっかいなおばの顔を思い浮かべて箱を開けた。
 中身はバッグだった。それほど高価でもないが、五年前の私にとっては手の届かないような高級品だった。白い地に色とりどりの模様が施され、上質な皮の表面は全く色あせることなく、五年前と同じ様に誇りすら感じられる美しい輝きを放っていた。
 このバッグは、当時付き合っていた年上の女性からプレゼントされた物であった。彼女は私を繋ぎとめるのに必死で、何度も高級品を送ろうとした。その度に断ったが、一度だけ家に宅急便で送られてきたことがあり、それがこのバッグである。
 あの時私は…思春期特有の極論で、男性不信だった。横暴な父親の影を男性全体に見て、自然と愛情の矛先は女性に向いていた。その時付き合ったのが彼女である。彼女は美しく優しく、私を愛してくれた。私も彼女を愛した。しかしその恋は、私の平凡な幸せを求める心から終わりを迎えることになる。
 別れを告げた時、彼女は「やっぱりね」という表情を浮かべ、不気味なほど落ちついて話を聞いてくれた。きっと彼女は、何度もこうして女性から別れを告げられてきたのだろう。その度に「やっぱりね」と強がりながらも、何度も何度も愛を求め続けてきたのだろう。彼女にも親はいるはずだ。そしてその親はどんなに優しくても、心のどこかで娘には普通に男性と幸せになって欲しいと思っているはずだ。そんな両親の心と、自分の素直な心との間に挟まれて悩み苦しみ、それでも女性に恋をしてしまうのだ。
 そんな彼女を、私は捨てた。
 別れた時、私はこれを捨てようと思っていたが、彼女が「使わなくてもいいから持っていて」と言ったので、仕舞い込んでいたのだ。ふつふつと湧き上がる胸の痛み。これは彼女に告白した時のものとも、別れを告げた時のものとも違う。何とも重い鉛のような痛みである。
 私は、押入れの中に箱を押し戻した。ばねのように縮んで近づいた過去と現在の距離が、再び元に戻った。このバッグがこの世から消滅するのを許される時は、私が墓に入るその時のみである。







エントリ09  生滅     相沢 心




カシャン―――


冬の空に屋上のフェンスの音が響く。


フェンスにもたれかかっている少女がふいに隣に座りこんでいる少年に話しかけた。


「ねぇ…今、ここから飛び降りたら死ねるのかな?」


少年は少しの間黙り込んだ後、口を開く。


「さァ?やった事ないからわからないや。」


「そっか。それもそうだね。」


少年の答えに同意しながら少女は小さく笑った。


「…死にたいの?」


少年は少女に問いかける。


「ううん。この世界から、生きる事から逃げだしたいだけ。」


「そう…。」


少女の言葉に少年は小さく息を吐く。


そして言った。


「それならホントに死ねるか試してみようよ。」


驚いて目を見開いた後、少女はもう1度笑った。










ほら、手を繋げば怖くなんてないよ


大嫌いで愛おしいそんな世界にサヨナラしよう










下から吹く風に髪がなびく。


足が地面から離れ、身体全体に風を感じる。









「バイバイ。」









同時に呟いた2人の言葉


それは、きっと―――…







エントリ10  人魚の涙     ZH


あの夏、私は彼を見つけた。だから私は海から出ることにした。やっと愛したいと思える人に出会えたんだもの。私は海の仲間にお別れを言い、彼の住む世界へとやってきた。私にとって海から離れることは危険だったけれど、私は愛する人と一緒にいることを選んだ。

一緒に暮らすようになって一ヶ月経たった日、彼は切ない顔で私を見つめこう言った。「君と付き合えば、忘れられると思ったんだ」そして、彼女をまだ愛していると打ち明けた。彼を捨てたその子はもう新しい恋人に夢中で、彼のことなんて少しも気にかけていなかったのに。私は泣いた。泣いて彼を責めては、自分の非力さを憎んだ。心が引きちぎれそうなほど痛かった。彼女の何が私に勝るというのだろう。海にいた頃は誰もが私を愛してくれた。色鮮やかな魚達も、イルカも、獰猛なサメでさえ、私には精一杯の愛情をくれたのに、どうして彼は目の前にいる私よりも、ここにいない人を愛そうとするの?

彼がどこか遠くを見ているときは、彼女を想っているときだ。虚ろな目の彼を見ると、私は胸が苦しくなって、溢れる涙を抑えることが出来なくなってしまう。最初はそんな私を見て、悲しそうな顔で抱きしめてくれていた彼も、それが毎日のように続くと、何もしようとはしなくなった。ついにはしゃくりあげる私に向かってため息をつき、そんなに泣くと涙の価値が下がるんだよ、と低い声で呟いた。

夜はなかなか寝付けず、暑さと湿気た空気の中で何度も寝返りを打った。海から出て三ヶ月経つ。体が衰弱しているのは分かっていたし、この頃では息をすることも苦しかった。心も体も追い詰められていたけれど、それでも私は、彼が私の愛に気づいてくれることを願っていた。

そんなある日、彼の携帯が鳴った。彼の耳にあてた電話から、かすかに女の子の泣き声が聞こえてきた。私の心臓は大きく波打ち、耳がキンと音を立てた。すぐ傍にいるはずの彼の声が遠くなり、足の感覚がなくなって眩暈がした。

私はずっと、波にさらわれて溺れる彼を助けようと必死になってもがいていた。私の涙は、彼が溺れた海のしずく。その悲しみという名の海から彼を救い出したかった。でも、もう私は必要ない。彼女がボートに乗ってやってきたのだから。

あの子の涙は私のものよりも価値があるんだろうか。彼が出て行ったドアを見つめながら、残された私はぼんやりとそんなことを思った。







エントリ11  ミズ     コウヨリ


 放課後。
いつもの様に帰り支度をしていると、ユリがやってきた。
「帰ろっか。」
二人で傘をプラプラさせて教室を出ようとすると、突然、ゴオーっという地響きと共に教室に水があふれた。
「何・・?」パニックになった。
どこからともなくやってくる水は、みるみるうちに水かさを増し、ついには天井まで達した。私たちは息ができなくなった。ユリと目が合った。私たちは手を繋ぎ、必死で出口を探すため泳いで廊下に出た。生憎の雨で窓は全部閉まっている。だめだ、息が続かない。廊下の奥には非常口がある。あそこまで行けば外にでられるっ。私たちは必死で泳いだ。こんな年で死についてなんて考えた事なかったけど、息が続かなければ死ぬと思った。
「ゴボっ・・」ユリは限界だった。もう少し・・非常口に手がかかった。外に出られるっ。その瞬間、ユリと私のからだは空へと急浮上した。
 空に浮いていた。まだ水の中かと錯覚したが、息ができる。
「ふうーっ。」肩の力を抜くと浮いていたからだが下降し、私たちは別棟の屋上にフワリと落とされた。
「ヤバイ、はやくみんなを助けないと。」外側の非常階段を駆け降り、非常口へと向かった。
「ないよ。」ユリが言った。そこには私たちが出てきたはずの非常口がなっかった。
「どーゆーこと?」
 校庭では部活が始まっていた。私はなんとなく違和感を覚えていた。見慣れた風景。校舎も非常口が無くなってる以外はいつもと同じ。校庭も、風になびいている校旗も、学校の外の景色もいつもと全く変わらなかった。
「何が違うんだろう。」その答えはすぐに出た。知らない女の子が近づいてきた。
「あなたたち、新入生でしょ?」
「えっ?」ユリと私は驚いた。違和感はこれだった。周りを見渡してみる。知ってる顔がいないのだ。
「意味わかんない。」ユリが呟いた。
「ロッカー案内するから、ついてきて。」女の子が言った。その状況は理解不能で、私たちは女の子に従うしかなかった。
「明日から、ここ使ってね。教室は1−2」そう言って女の子は出ていった。
「んーじゃあ、ウチらも帰ろっか。」ユリが言った。
「どこに帰ればいいんだろうねえ。」
「とりあえず、家あるかもしれないし、帰ってみればいいんじゃない?」ユリはいつもの鼻歌を歌っていた。私は明日からの私たちの身を案じつつ、とりあえずは家があることを願った。







エントリ12  ならのかいぶつ     送り女将


「――移してでも残して欲しいって嘆願書が出てたらしいんだよ」
 少々くたびれたマーチのハンドルを握りながら、無精ヒゲを生やしたトウヤが言う。
「全然知らなかった。なあ、キョウジ?」
 助手席のシンゴがくわえ煙草で、地図を見る。
「まああの雑木林、危ないから入るなって指導されてたしね」
「そうだったか?」
「そうだっけか?」
「それも忘れてたのか」
 ぼくたちを乗せたマーチは、畑の中を横切り、隣町の市役所の脇を抜ける。
「この辺も来た事あったよな」
「そーだな――っと、その先左だ」
「OK」
 五分程走ったところで、木々に囲まれた一角と、「市民の森公園 P→」の看板が見えた。

 トウヤのぎこちない車庫入れをからかった後、僕たちは公園を歩く。
「……オレ、割と最近来た事あるぞ、ここ?」
 トウヤが周囲をきょろきょろとしている。
「その時気付かなかったの、トウヤ?」
「ん、まあ、便所使っただけだったし」
「そういうのは来たとは言わねえよ」
 木々の間の土の道。ちょっとした山道のようだった。
「なあ、シンゴ」
「なんだ?」
「んで、どこにあるんだ?」
「ここだよ」
 シンゴは、拾うとはなしに拾った木の枝で、足元を指す。
「いや、それは知ってる」
「だったら訊くなよ」
「いや、トウヤが言いたいのは、この公園の中のどこにあるか、だと思うよ?」
「知らん」
「え!?」
「なに!?」
「ある、って事はオフクロに聞いたが、それ以上は別に」
「お前なぁ、結構広いぞ、この公園?」
「計画性がないなぁ」
「なんだよ、おれが悪者か?」
「他の誰を悪者に出来るんだよ」
「まったく、十年経っても変わってねえな、お前は」
「ははは、そんなに褒めるなよ」
「褒めてねえよ」
「全く褒めてないね」
「このツッコミ上手共が」
 シンゴは笑って、持っていた木の枝を放った。
 集まるとはなしに、僕たちの視線が木の枝に集まる。
 そこには。

「でっけ」
「でかいな」
「大きいね」
 僕たちは呆然とそれを見つめる。
「なあ」
 見上げながら、トウヤが呟くように尋ねる。
「ん」
「なに?」
「これ、どうして楢の怪物つってたんだっけ?」
 それは、木々の中でもひときわ高い。記憶の中より遙かに巨大な。
「杉だよね」
「杉だな」
「ああ、杉だ」
 杉だった。
「兄貴が修学旅行で奈良の大仏見たとか言ってたから、何となく耳に残っててさ」
 日が落ちかけ、杉は黒い影となっていく。
「子供ってバカだな」
「うん、バカだ」
「まあ、あれから十年しか経ってないけどね」
 「ならのかいぶつ」は、ざわざわと葉音を立てながら、ゆったりと風に揺れ続けていた。







エントリ13  飽きる男     土目



これはとある男のお話

男は小さな男の子だったころから一つのことをし続けるのが苦手でした
それは運動でも勉強でも変わらず
走っていたかと思うと跳び始め跳んでいたかと思うとまた走り始め
算数の時間でも飽きれば教科書を変え一人で別のことを始める始末
親や教師が何度いさなめても
彼は”だってあきちゃったんだもん”といって聞きません
そんな彼はまれに見るほどの万能人間でした
スポーツに精を出せばオリンピック級
勉強に精を出せば東大以上
何をやらせても誰よりも一番になっていました
しかし、彼は自分が一番になるととたんにそれに対する情熱が冷めてしまいます
朝に入ったテニスクラブでも昼を過ぎるころにはクラブ員全員を打ちのめして帰って行き
昼に入った名門塾も夜になるころは講師全員に頭を抱えさせて帰ってきます
彼のできない、したことのないことは日に日に減って行き
ある朝、とうとう彼は思いつく全てのことをやりつくしてしまい同じことを繰り返すことになりました
同じ道を同じように歩き同じように花を愛で同じように近所の人に挨拶をし同じように帰ってくる
彼はこれを歯を喰いしばって耐えました
次の日も、同じ道を同じように歩き同じように花を愛で同じように近所の人に挨拶をし同じように帰って来た彼は涙を浮かべて歩いていました
その次の日、彼は近所の人に青ざめた顔で無理矢理笑いながら帰ってくると

「もう…限界だ!」と叫び
翌日には彼は自室で自分の命を絶ってしまいました
悲しみに暮れる彼の家族は彼と関わった全ての人に手紙を書き
彼の葬儀はとても盛大に行われました
親兄弟はもちろん今まで打ちのめしてきた人皆が彼の最後を見届けました
教師が手を握り格闘家が涙を流しスポーツ選手が顔を撫で博士が祈りました
あまりにも人が多かったため葬儀は三日にも及んだうえで終わりました
彼のお墓は町の真ん中に安置され遠くからでもお参りできるほど大きい物にされました

それからしばらくしてある日彼の近所に居た人が買い物に出かけると
死んだはずの彼が八百屋で悠長に買い物をしているのを見つけました
驚いて彼に話しかけると名前が違う別人だといいます
彼の両親にやっとのことで話を聞くとなんでも
人生はもっとゆっくり楽しむべきだと思い
今までの自分を消して新しい自分になりもう一度人生をやり直すつもりらしい
今度は出来るだけじっくりと
かくして彼は早くも二度目の人生に入ったわけで
本人曰く死んでいるのに飽きたそうです









エントリ14  ピアノ     ichi


ぽろーん。

一定の音を人差し指でつくと、同じ音が長く響く。
ぽろん。
延ばさないで指をすぐ離してやればあんま綺麗な音じゃない。

楽譜どうりに鍵盤を指で辿ったってつまらないだけだ。
綺麗じゃない。
いつもみたいに弾いてみたって馬鹿らしい。

目の前にある楽譜はいつも練習してる曲。たくさんのおたまじゃくしがうじゃうじゃと泳いでいる。
何故こんな黒い点々から様々な曲が生まれるのだろうと、不思議でしょうがないと思ったこともある。
だから適当に五線譜に黒い点々をつけて弾いてみたら、悲惨な結果になった事もある。
でも、流れるように繋げる事で美しいメロディを奏でることも知ってる。

ぽろーん。

「さっきから何してんの?」

私の真後ろから聞こえたのは誰かさんの声。
めんどくさそうに振り返ると、やっぱりあの顔があった。

「ピアノを弾いてるの」

「弾いてるようにみえないけど」

さらりと返されて私はまた黒と白の鍵盤に向きなおす。
ぽろーん。だって何も弾く気がしないんだもの。
たまには乱暴に扱いたくなるし、めちゃくちゃに弾いてみたかったりする。
ピアノのせいじゃなく、自分の指のせいだとは分かっているけれど。

「わたし、ピアノ弾けなくなったみたい」

「なんで?昨日まで弾けてたじゃん」

「きのうまでね」

ぽろーん。もう一回同じ音。
ずっと聞いてると耳にこびりつくようなピアノの音。
一定の音からメロディを弾いてみる。
どーれーみーふぁーみーれーどー。
左手は動かない。

「なんだ、ひけるじゃん」

「何が?」

軽く笑いながら私の肩をポンポンと叩く手を睨みながら聞き返す。
するとあの顔がにこりと笑って、私の右手を指差した。

「かえるのうた」

そう言って私の左の方に近寄り鍵盤に指を置く。
ちらちらと視線がうるさいので、私は溜息をついた。

「ばか」

「一緒に弾こうよ」

「私スランプ中なのに」

「へいきへいき」

「…」

なんだか悔しくなって、指を動かした。かえるの歌の連弾がこだました。変な気持ちが胸の中でぐるぐると旋回して、かえるの歌はすべての原点なのかもしれない、と変になった頭で思った。

「ピアノをひくときの指が、綺麗」

あの顔はそう言って、私の指に手を重ねた。