第61回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01海の底ichi876
02飛鳥152
03ノーマルエンド槍さん961
04プラトニック鈴木真希993
05(本作品は掲載を終了しました)
06或る男の復讐香蘭1000
07小さな魔法ko-ta999
08美術室と絶対音感土目1000
09ひとめぼれーオートロック969
10受け継がれるもの魚月麻耶1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  海の底     ichi


 

「ね、だから早く学校来て、…聞いてる?」
「…」
「皆心配してるから…」
「…(何の心配だろう)」
「裕!」

目の前に友人の顔が映った。果たして本物の友人だろうか。私は友人に似た幻覚
をみているのかもしれない。友人は顔をゆがめた。変な顔。プリクラでさえそんな顔
しないくせに、全然笑えないんだから。

「聞いてるの?しっかりしてよ」
「…聞いてるよ、」
「学校にはちゃんと来て。皆いるから。大丈夫よ」
「…」
「私の名前、分かる?」
「…」
「ちゃんと聞いてて、葵、葵よ、思い出した?」

葵、そうか、幼稚園からずっと一緒の友達だ、何でこんなところにいるのだろう?

「…葵、なんでここにいるの?用事があるならメールすればいいのに」

葵は何故か私の目の前に、私の携帯を差し出した。葵の手が微かに震えている
あぁ、泣かないで、

「電源、切れてるでしょ?…何かあったかとおもったんだよ」
「…ごめんね」

葵の頬についた涙の跡を手の平で包み込むようにして触れる、私の友達、どうか
泣かないで。私は壊れてなんかない、心配なんかしなくていい、ただ、彼が今どのあたり
を旅しているのか把握できれば、私は気が済むのだ。

「…いい?明日から、学校来てね…明日迎えに行くから、」
「…」
「聞こえてる?」
「聞こえてるよ」

ぼんやりと、彼女の声は鼓膜の音に心地良い振動を与えた。ゆらゆらしていて、
気持ちが良い。このままずっとずっと、沈んで行けたら楽なのだろう。
彼はこんな音を聞いたことがあるだろうか。もしかしたら、海の中にあるのかもしれ
ない。圧迫された水の中。低く唸る波の音に体を乗せる。どこへでも行ける。

「祐…」

葵がかすれた声で囁いた。葵の温かい手が私の手を握る。

「…泳いでるの」
「え?」

葵の目と私の目が合わさった。聞いてくれる?彼は今海の中で泳いでいる。

「いまは、ここにはいないけど」

葵が私を抱きしめた。温かかった。小刻みに震えていた。そうか、もうダメなんだ
私は葵に伝えられなかったのだ。ごめんね。葵がおもうように、私はもう壊れてるのかもしれない。

「いまも、未来も、もういないのよ」

そんな言葉さえ、滑稽なウソだと感じるのだから。







エントリ02       飛鳥


  
言葉にしたって
体で表現したって

此の御時世

本当の事なんて
篩いにかけても
少なくて

努力したって
報われるのは
ほんの一握り

誰に云われてもいないのに
無駄な涙を流す日々を
幾つ送ってきただろう

夜明けに見た
何時かの幻を
後どれだけ
夢見て生きるんだろう

其れでも

其れだから
僕達は

誰かを
愛したくて
誰かに
愛されたくて

必死だった
  







エントリ03  ノーマルエンド     槍さん


白黒の世界で鬼ごっこをしていた。しかし、体はフワフワとしていてうまく動かせず、それとの距離は確実に狭まりつつあった。焦れば焦るほど体は自分の物ではなくなりフワフワとしてしまう。『なぜかはわかっているんだけどな』と苦笑している。周りは白黒白黒……モダンな街並み、フワフワ走っていると色が見えた。昔自分が住んでいた部屋が紫色に染まっていた。フワフワする体を操り、紫色の中に転がり込ませる。ドアを締め、部屋を見渡す、雨戸は締まり、タンスがあり、机があった。紛れもなく昔住んでいた部屋だった。『へぇ、懐かしいな。』と思った。
誰かが部屋に近づく気配がした。『あぁそうだね、コレは鬼ごっこだったね。このままいくとノーマルエンドかな』などと考える。部屋のドアノブに手が伸びるのが見えた。ドアが開くとそこから、手が足が体が黒く塗りつぶされ、そこに子供の落書きのような白い格子模様の彼女が入って来た。顔は幾何学的な模様が何重にもかさなって見えなかった。
それが部屋に入って来た途端、不快感が生じ、私は冷静ではなくなった。『ノーマルエンドは嫌だ。ノーマルエンドは嫌だ。』とつぶやきながら雨戸を開けようとする。フワフワフワフワと自分が邪魔をするがなんとか雨戸を開けた。

でもおしまい。

後ろを見れば彼女がいる。体は色がついて白いワイシャツ、ベージュのベスト、紺の膝上スカートに白いソックス。顔は一歩毎に幾何学的な模様から彼女の顔に変化していた。もはやそれは完全に彼女であった。『残念、またノーマルエンドか』彼女の手がポケットに入った時そんな事を言っていた。おきまりのやりとりをした後、彼女のポケットから出てきたナイフで滅多刺しにされながら、私はぼんやりと頭上に表示さるノーマルエンドの文字を見ていた。

その後、三回ほどやり直したが、全て同じ結末だったので起きてみた。暗闇、目が慣れてくる仰向けから横を向く、真っ暗な中、手の届く距離に白いシルエットの少女が正座している様に見えた。恐怖七割勇気三割、ためらいなく殴った。

ガシャンと音を立てて倒れる扇風機。

冷静になって時計を見ると三時をちょっと過ぎたところ。八月の朝の空はまだ暗く、エアコンが切れていたため体中が汗でべとべとしていた。私は枕もとの携帯を手に取り、今までの出来事を携帯のメモ帳に打ち込み始めた。



※作者付記: 起きた後「どこが『ノーマル』だ!」っと自分でツッコミ入れてました






エントリ04  プラトニック     鈴木真希


一日に一度、毎日君を思い出すよ。ずっとずっと。



彼女は、もう、この世にいない。ふと、そんなことを実感して、気付けば免許を取ったばかりの大きなバイクに乗って、ここまで来る訳だけど、君の最後を見ていたこの小さな勿忘草の下で、僕に出来る事なんて、生きてるうちに「別れよう」って言ってあげればよかったって、悔やむことくらい。

彼女は、僕の誕生日に死んだ。仕事で逢えないってことは、もうずっと前から分かってたのに、それでも寂しくて、声が聞きたくて、いつもメールしかしない携帯で、君に電話を掛けて、声が聞きたいって伝えて、彼女の声で祝福されて、欲張りな僕の為に君は愛車に乗り込んだんだったよね。

キレイな人だった。優しい人だった。世の中を知らな過ぎる人だった。だからきっと、僕を置いて逝くことを後悔しながら死んだんだろうね。


僕を想って死んでいったのと、僕とは違う道を生きたのでは、どっちが不幸ですか。どっちが幸せですか。
あの三日前、僕の肩に額を寄せて眠りに落ちる前に、「あなたと一緒でないならば、生きていても不幸です。」そう言った君を、この問いの答えにしても良いのでしょうか。夜、男に告げた言葉を太陽の下に出してしまうのはズルイでしょうか。ずるい人間は嫌いですか。

僕は、僕と違う道を歩んででも、彼女に生きていて欲しかった。僕以外の誰かへでも良い、彼女に笑っていて欲しかった。君に生きていて欲しかった。忘れようとも想わないけど、忘れられる訳がない。


ここにもじきに蛍がくるでしょう。可憐な勿忘草の花を僕に渡して笑っていた彼女がもう居ないなんてね。ずるい男だけが残っちゃうなんてね。

彼女を愛していたのに「愛している」なんて言わなかった。君を愛しているのに「愛している」なんて言えないんだ。
ずっと彼女は伝えてくれた僕への想い。きっと今も君は。

「優しいだけなら好きになったりしない。」そう言った彼女に僕はいつでも弱虫で、優しい言葉ばかり捜して。傷つけないように、傷つけるような愛しかたをした。求められたものを与えられずに。与えられたものを求め続けた。

もういない君は、僕を縛って、僕は彼女が生きているうちに、彼女を解き放ってやれなかった。



朝目覚めたら君のことを思い出すよ。寝るまでずっと、とりつかれているよ。一日に一度君を思い出して、一日中、そのことばかり。




僕はあなたを愛しています。だからもう、忘れてください。



※作者付記: 読んでくださってありがとうございました。読みづらいものとなってしまい……。精進したいです。
勿忘草はご存知の通り「forget-me-not」「私を忘れないで」という意味の花ですね。ずっと過去のコトばかりに捕われている主人公が、苦しみの中で、死んだ彼女を苦しみから自由にしてあげたいと願い、そして最後に「今」(の(故)彼女)に目を向けているところを読み取っていただければと想います。
当然フィクションです。






エントリ05      


(本作品は掲載を終了しました)




エントリ06  或る男の復讐     香蘭


男は父親が嫌いだった。

高慢で圧力的で何もかも一人で決めてしまう、父親が嫌いだった。

母親はいつも父親に傅いていた。
細面で澄んだ瞳をした美しい女性だったが、父親に三つ指をつくその表情は悲しげだった。

男はこの美しき母親を自分が守らねばと幼心に思い、何度となく反抗した。
その度に殴り飛ばされ、背中をしたたか打ちつけた。

男は力では父親に勝てないことを知り、
そして父親の庇護下にいる自分は反抗する資格がないということを悟った。

男はひたすら勉学に励び、東京の大学を受験した。

そして男は田舎を出た。
東京で明るく快活な友人を沢山作り、柔軟で先進的な考えを持つ教授を師と仰いだ。
彼らは知識に富み、それでいて奢らず、女性を一個の人格として認めていた。
父親とは違う、都会的に洗練して整えられた口髭を指先で摘みながら教授は言う。

「君ね、女性は家庭の太陽です。その太陽は喩え夫であっても曇らせてはなりません。」


男は目から鱗が落ちた心持ちだった。
そして、ここで職を探そうと決めた。

田舎から出てきて、必死に勉学に励みながら貪欲に知識を吸収するその姿勢が買われ、父親よりも大きく社会的に立場の上の職についた。
男はがむしゃらに金を稼ぎのし上がった。

男の復讐は固まりつつあった。
貯めた金を持って田舎に帰り、父親に「貴方は間違っている。妻や子を虐げる悪である」と告げ、母親を救い出す。
それだけを夢見ていた。

しかし、彼が社内地位を上げていくと、都会的で柔和で先進的な周りの男に疑問を感じるようになった。
良く言えば柔軟で立ち回りが上手いが、悪く言えば狡賢い。
表面では調子の良い事を言いながら、裏では如何にして自分が表に出るかを模索する。
相手が落ちぶれれば手のひらを返したように背を向ける。

そんな周りの姿を見るたび、男は記憶の中の父親を思い出す。
取引先の相手に騙されたが、「必ず支払いをしてくれる」と信じ続け、自分が立て替えた。
結局取引先の人間は支払わず、穴を埋めるため母親が必死に内職をしていた背中を見て、幼い男は何も分からず只父親の頑固さを憎んだ。


そんな中、「チチキトク」の知らせが届く。
夜行列車に飛び乗ったものの、臨終には間に合わず、彼を待っていたのはすっかり小さくなった父親の遺体だった。

風呂敷に包んだ札束が急に重くなった気がした。


男は、今まで言えなかった言葉を呟く。


「親父、今までありがとう。」


風呂敷の中の金で、男は懇ろに父親を葬った。







エントリ07  小さな魔法     ko-ta


 全国高校野球選手権、県大会予選。
 あと一勝すれば、憧れの甲子園の切符を掴む事が……なんてものは夢物語で、まだたったの二回戦。
 しかも相手に十点差つけられた五回の裏の攻撃。
 この回を無失点に抑えられれば、コールド負け成立。
 僕はまだ二年で来年が残っているものの、先発ピッチャーを任されている以上はコールド負けで夏を終わらせる事は三年に申し訳なかった。ベンチ内には今年は終わったものだという空気が流れていて、僕は端に追いやられるように一人、座っていた。
 あと少しで、泣きそうだった。
「おい、吉野」
 近寄ってきたのは三年で八番、ライトの永田さんだった。永田さんは守備はそれなりにうまいものの、打席に立つとめっぽう打てない。僕が見た永田さんのヒットは、数える程しか無いだろう。
「気にするな。お前は今日の試合を来年に活かせ」
「……はい」
 不思議な雰囲気を持った人で、練習中に良く空を見上げている事が多く、いつも何を考えているのか分からない人だった。この回は六番からの打順だから、このまま凡退し続けると永田さんが最後の打者という事になる。
「夏、まだ続けたいか?」
 一人目の打者が三振で打ち取られた時、永田さんはいつものように空を見上げて言った。
 こんな時に何を言っているんだろうと思いながら、それが県予選の事を言っているのだと思い、僕は無言で頷く。
 声を出すと、泣いてしまいそうだった。
「そうか……、そうだよな」
 永田さんは泣きそうな僕の頭にポン、と手を置いて、そして微笑みながら何かを呟いてベンチを立ち上がった。『任せろ』と呟いていたのだと僕が気付いたのは、永田さんは既に最後のバッターとして打席に立った時だった。
 まるで『あっ』という声が聴こえてきそうな、投手の顔。
 完全な失投。
 永田さんは思い切り振り抜いた。
 キーーンッ!
 金属バット特有の軽快な音が響く。
 大きく、大きく、弧を描いて飛んでいく。
 皆がベンチを乗り出して追った。
 視線の先、ボールはそのまま外野フェンスを越えてった。
 土壇場でコールドゲームを崩した張本人は、愛想程度にこちらに手を振りながら、ダイヤモンドを廻っていた。
 僕は思った。
 もし、この世の中に本当に奇跡だとか、魔法だとかというものが存在するのならば、こういうものを言うのではないか、と。
 ゲームセットまであと四回。九点差。
 どうやら、まだ夏を終わらせる訳にはいかないようだ。







エントリ08  美術室と絶対音感     土目




絶対音感
物心ついたころには音とその違和感が感じられるようになっており
気が付いたら周りにすごいねーだとか言われるようになった
おかげで音楽のテストと自己紹介の特技欄には困らない



今は神様にもの申したくなる

(どうして?)

そう、どうして?

どうして私には絵の才能がないのだろう?
筆を握り締め顔をしかめる
目前には風景画と思しき一枚の絵
空は濁り建物は歪み草木はひしゃげ太陽はいびつな輝きを放っている
…こんな風景が訪れるのは世界が壊れる二日前とかその辺だろう

隣からフンフンと鼻歌が聞こえてくる、これは有名な世紀末という曲だ
ニマニマしながらこっちをている友人をチラリと見る
目が合ってしまった
ニマニマの度数が上がり口が開く

「いやぁ、いつ見ても素晴しい絵心をお持ちのようで」

口の中に絵筆を突っ込んでやりたくなる
クラス内では(主観ではあるが)クールな知的美人を通している私としてはそんな行為をするわけにもいかず
とりあえず絵に向きなおして無視しておく

「あら? 怒っちゃった? こっちむいてよ〜」

「授業中」

静かにそれだけを言い
また絵筆を走らせる
これ以上の崩壊は無いだろうと開き直ってのことだ

「だって暇なんだもん♪」

早々に絵を書き上げたこいつはさっさと提出を済ませ今は残り時間を他人の…主に私の邪魔をしている
うっとうしいことこの上ない

(絶対色彩感覚とかあればいいのに)

どんな能力だ! とかツッコミが返って来そうだな
目の前の世界崩壊を眺めながらぼんやりとくだらないことを思い浮かべる
鼻歌に毒されたか頭の中では世紀末のBGMが鳴り止まない
ふと見上げた時計は…

(いかん! このままでは居残りだ…)

何とか現状を打開しようと脳内BGMを威風堂々に無理矢理変更
筆の走りも軽快になってきた
隣のニマニマ顔が何度か視界に入ったが全て無視した、存在を認識しないことにした
鼻歌も聞こえないことにしてやり過ごした
机を叩く音がやたらと鼻歌とマッチしていたが鼻歌が聞こえていないことになっていたのでそれも無視した
まったく終了時刻は過ぎたのだから帰ればいいのに
雑念を振り払い一心不乱に筆を走らせ
ようやく絵が完成した

(よしできた!)

「タイトル破滅と崩壊」
居ない筈の人の小声はもちろん無視だ

曲もさながら
威風堂々と風景画を持って行き教師に突き渡す
美術教師はその絵を一瞥すると数秒ほど渋って一言

「次回再提出な」

茜色に染まった芸術的な美術室に不愉快極まりない爆笑が響いた







エントリ09  ひとめぼれー     オートロック


 にゃあ、にゃぁあ、にゃあ。
 手の中で、仔猫が鳴いている。
「よしよし、怖くない、もう大丈夫だからね」
 あたしは、優しく声をかける。
「大丈夫だよ」
 自分に言い聞かせてから。
 下を見下ろす。
 地面は三メートル……四メートル近いだろうか。
 仔猫が降りられなくなって、助けにのぼった桜の木。
 まさかこんなに高いとは。見上げるのと見下ろすのでは大違いだ。
 何とか幹にしがみついておりようとしてみる。
「にゃあっ、にゃあっ、にゃっ!」
「ちょっと、落ち着いて!」
 抱き方が変わると、仔猫は落ち着いてくれない。
 右手で猫を抱いて、身体を支えるのは左手一本。無事に降りられるかどうか……。
 その時。
「君?」
 下から声がした。
 見上げていたのは、同じ学校の制服の男のひとの二人連れだった。学年は同じみたいだけど、顔に見覚えはない。
「危ないよ?」
 声をかけて来た方の人が、少し心配そうな笑顔を浮かべた。
 輝くような笑顔、とでも言うのだろうか。
 思わずあたしは、その笑顔に見とれていた。心臓が高鳴る、顔が熱くなる。
「あっ、ええと、この子助けたんですけど」
 仔猫を見せる。
「降りられなく……なっちゃって」
「左下に枝があるよ、そこに足を引っかければいける」
「え?」
 見まわすけれど、よく分からない。
「思いっ切り足だけ伸ばしてみて」
「そ、そんな事言われても」
 足を伸ばせば、バランスがくずれる。枝に辿り着かずにバランスだけ崩れてしまったら。
「大丈夫、ちゃんと枝はあるから。それに」
 彼はまた、微笑んだ。
「落ちても助けるから」
 魔法のようだった。
 心に勇気が一気に湧き上がった。
 見えない方に、ぐっと足を伸ばす。
 足先が枝に――届いた。
 けれど。
 ずるり。
 その足先が、滑った。
「あっ」
 あたしの身体は、そのまま、真下へ。
 地面にぶつかる!
 そう思った瞬間。
 どべしっ!
 地面とは別の方向からの激しい衝撃と共に、あたしの身体は吹き飛び、生け垣に突っ込んだ。
「にゃあ」
 仔猫は、あたしの手から飛び出して走り去った。
 生け垣に突っ込んだあたしの身体には、傷一つなかった。
 そして彼の姿も、なかった。

「なあ岸本、何も蹴る事はなかったんじゃないか?」
「いや……絶妙なとこに来たのを見ちまったからさ」
「まあ、結果オーライだな」
「はは、は」
「ナイスボレー!」
「さんきゅ、ナイスボレー」







エントリ10  受け継がれるもの     魚月麻耶


「あーちゃん。出かけるわよ。片付けてらっしゃーい。」
誰も何も答えない。母親は首を傾げると庭先に視線を向ける。スコップとバケツは転がっていた、まるで持ち主が消えたのを悲しんでいるように…。慌てて庭先に降りる、やはり誰もいない。外に出てしまったのかと玄関までくるが、門は閉められており開けられた形跡もない。となると、残る出口は一つ。山へ繋がる開かずの門。開かずの門はしっかりと釘を打ちつけ開けれないようにしてある、だからそちらから出ることは出来ないと思いつつも胸騒ぎを覚え開かずの門へ行く。門は、嘲笑うように開いていた。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」
母親は叫びながらその場にしゃがみ込んでしまう。声を聞きつけた近所の主婦がやってくると開いた門を見て青ざめる。正気に戻った主婦が町内会に連絡を取り、すぐさま警察とも協力して子供の捜索が行われた。しかし、そこまで大きくない山に子供の姿は見当たらなかった。母親はあまりの恐怖の為、病院へと送られることになった。
時が経ち、誰もが子供の存在を忘れ山の存在を忘れたころ街路地に倒れている女性が発見された。女性は住所や名前は覚えていなかったが、名を聞かれると小さな声で「あーちゃん」と言ったのだと言う。まさかと思い十数年前に起こった事件の調書を見てみると、いなくなった子供も『あーちゃん』と呼ばれており、歳も面白いくらいピッタリだった。詳しい検査をした後、見つかった女性はいなくなった子供だと認められた。両親に連絡を取るも父親は数年前に他界し、母親はあの事件後直ぐに精神病院に入院して数日後には飛び降りたそうだった。当時の事を聞かれれば曖昧に、真っ暗なところにいたのだとかご飯は良い子にしていたら食べれるのだとか訳のわからないことを言っていた。
ただ、人々には緊張が走っていた。まだ山は生きているのだと言う老人が毎日山を拝み、そこまでしないにしても人々は山へ続く開かずの門をまたしっかりと封じた。
「あーちゃんは何を山でしていたのかな?」
「全てを知ったんだ。」
「スベテ?」
「そう、大人の醜いところを。」
「どんな?」
少女はクリクリとした瞳を輝かせ、私の話を今か今かと待ち構えている。この子を選んで正解だ。撫で少女に話しかける。
「食事にしよう、長い話になるからね。」
そう、とてもとても長い話。この周辺一帯で子供の血を喰らっていた鬼の、親の話。焦る必要はない、時間はあるのだから…



※作者付記: 初めての投稿になります。思いついたものを書いただけなのでまとまりはありませんが、読んでくだされば嬉しいです。