第68回体感バトル1000字小説部門

エントリ作品作者文字数
01Sな彼との口頭戦争〜ラブレター編〜神宮 愛1000
02【おまじない】ゼンジ1017
03産まれるヤマモト1000
04私の歩く音土目1000
05笑う女しずる1003
06花瓶かるき1000
07チイサナ世界中橋945
08神の命日に
 
 
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エントリ01  Sな彼との口頭戦争〜ラブレター編〜     神宮 愛


今朝、登校してきたら真っ白な便箋にハートマークのシールがついた手紙が、私の靴箱に置かれていた。も、もしかしてラブレター?なんて思ってニヤついてたら、背後から怜悧で顔立ちのいい少年が一人、全身からどす黒いオーラをうねらせてやってきた。ぎゃあ!

「…それ、何ですか」
「あ、え、えええっと、わ、私宛のお手紙でしてー」
「誰から?」
「え?え、いやーそれが何も書いてなくてですね…ははは」

苦笑いしてやり過ごそうとする私。ファ、ファイト…!だって見られたら最後、ボロッボロに破られたあげくゴミ箱に遺棄されて終わりである。隠すのは若干後ろめたいけど、気にしない。いいじゃん、私へ届いた愛のメッセージくらい読ませてくださいよ。

「怪しいですね。今すぐ捨ててください」
「い、嫌だよ。誰からかくらい知りたいし…」
「知らせたいなら名前くらい書いてくるはずです。書いていないのだから、知らせたくない。つまり貴女も、相手の事は知る必要がない」
「えええええ何それ!?すごい極論だな!」

彼は、私の抗議を完全に無視してサッと手紙を奪い取ると問答無用で開け始めた。

「う、うわ、ちょ、ちょっと…! 勝手に読まないでよ!」
「俺の物は俺の物、アンタの物も俺の物」
「あんたはジャイ●ンか!こういうの、プライバシーの侵害っていうの知ってる!?」
「侵害じゃないですよ当然の論理です。アンタは俺の女。故に自分の女の持ち物は、見て当然」
「それがジャイ●ンだっつってんてしょーが!」

何この激しい自己中見たことない。あんた絶対私のこと先輩だって思ってないでしょ!
恨みがましく言ったら彼は口の端を意地悪く上げてから、フンと小馬鹿にしたように笑った。…。ああそうだそうなんですよコイツ超絶サディストなんですよー。私のこと絶対年上って思ってないんですよー敬語だってぶっちゃけ蔑んでやってる気がするんですよー!

「蔑んでませんよ思い込み激しい人ですね。自意識過剰タイプですか?」
「誰がッ! ああもう、ああ、もういいから、いいからお願いだからその手紙返して。青春のメモリーにするんだから」
「俺が居るのに?」
「俺がい………え、え、はい?」
「俺が居るのに、俺以外の思い出が要るんですか貴女は。酷いひとだ…」
「………」

呆気に取られて物が言えないというのは、まさにこの事だ。
この男は本気で、人の青春の全てを自分で埋め尽くす気らしい。
ああいっそ、あんたなんか東京湾に沈めばいいのに。









エントリ02  【おまじない】     ゼンジ



 彼女に嘘をついたその瞬間から。
あの瞬間からすべてが変わり始めていた。
まだあの時はあいつの大切さがわからなくて…。
あいつの優しさがわからなくて…。
オレが悪いから…。
オレが馬鹿だから…。
泣き腫らした目でオレは空を見上げる。
空は満月がうっすらと顔を出してきた夕空。
声はもう涙の辛さで変わってしまっているけど…。
その空を学校で1番近くに見られる屋上でオレは呟く。
「「神様なんて信じない!」」

「え?」
誰かと完全に声が重なってしまったようだ。
気まずい沈黙。
「じゃぁね〜」
「うん。バイバイ〜。また明日!」
帰宅する他の生徒の雑談がいやでも耳につく。
「あの…。誰なんですか?」
その答えにオレは絶句し、苦し紛れに
「誰でもいいじゃないですか」
と答える。
「あ・はい」
再び沈黙。
空は完全に満月が顔を出し、虫の声が聞こえる。
「何が…」
「ん?」
「何があったんですか?」
「?」
「いや、辛い事があったって言ってたので何があったのかなぁ…と。いやずうずうしいですよね!初対面ですし!」
「いや別にいいですよ。教えてあげましょう。オレは後悔してるんです」
「…」
「オレには大切なやつがすぐそばにいたのに、それに気づかなくて…。気づけなくて…。いなくなって初めて気づいたんです。馬鹿ですよね。あいつがそばに居たときから気づいていれば良かったのに…」
「あッ!」
「どうしたんですか?」
「その…。私も同じです…。大切な人がいるのが当たり前だと思ってつまんない事で怒ったりして…。その気持ち、すっごく分かります…」
再び沈黙。満月が天からオレの姿を映し出す。
「あの…」
「なんですか?」
「こんなときってどうすれば良いと思いますか?」
「う〜ん…」
難しい。知ってるんだが、これをやる勇気が無いから困ってるんだよな…。
でも勇気を出して答える。
「おまじないを唱えればいいんですよ!」
「えッ。どんなおまじないですか。教えてください!」
「そのおまじないは『ごめんなさい』と言える勇気ですよ。」
「あッ!」
何か考えている様な沈黙が漂う。しかし、今度は心地が良い沈黙だ。
「わかりました。私、彼に謝ってきます!」
ギーと錆付いた屋上の扉が開く音がした。
「ごめんなさい…か…」
きた時とは逆の気持ちで扉を開ける。
明日、彼女に謝んなきゃな…。
その時扉から1枚紙がひらりと落ちる。
目に入る文字は…
『ごめんなさい』
「帰ろうよ」
外では頬を真っ赤にさせた彼女が待っていてくれた。
「うん」
月明かりがオレたちを明るく照らす。



※作者付記:駄作かもしれませが楽しんでください!はい!






エントリ03  産まれる     ヤマモト


「みつおー!祭りだぞ〜!」
スパーンと開けた襖の向こうでみつおは弟達を折り畳んでいるところだった。
「暗っ!何その行動?早く行こうぜ〜」
「……俺留守番」
「はぁ?なんで」
「産まれんの、また」
「おぉ、え、今日?」
「わっかんないけど、今皆病院」
「ハーン」
みつおのかあちゃんは今妊娠中で、確かそろそろ産まれる頃だった。しかしせっかくの夜祭りの日に留守番とは手厳しい。
「なあ、行こうぜ」
「んー………」
「行こうぜ行こうぜ行こうぜ〜」
「………」

 結局みつおは俺の誘惑に負けて夕方草を使う事にした。オレンジ色した葉っぱで弟達をくるむとスヤスヤと寝てしまった。今までにも何遍もこうやって子守を抜け出しているので、そろそろマジで怒られるかもしれない。まあしょうがないよね、行きたいよね祭り。

 サンダル履きで外に出る。夏の夕暮れは酸素が濃い気がする。宵の空は地平線の黄色から天の濃紺へとグラデーションを描き、チカチカと瞬き出した銀の星々を散らしている。その配色と夏の空気が俺の胸を掻き立てる。何かが起こりそうな、クラクラする高揚感。バッタバッタサンダルを鳴らして走っていると、なんだかなんでも出来る様な、どこへでも行けるような気になってくる。体の奥から沸き上がってくる自分の万能感に酔い痴れる。

畔道を突っ切っていたらみつおが急に立ち止まった。
「あ」
「え?」
「聞こえる…」
何が?と聞こうとした時、まるで爆発音みたいな泣き声がそこらに響き渡った。

 オギャアアアーーーー!

「わーーー?!」
反射的にしゃがみ込む。耳を押さえながらそーっと上を見上げると、高い濃紺の空にぽっかりと、白い大きな赤ん坊が浮かんでいた。手をグーにして、体を丸めて。

「あー」
「もしや…産まれた?」
「だよなあ…」
「迎えにこられちったねお兄ちゃん」
「うぅ…、病院行ってきます」
「むん、気をつけて!俺はかき氷食ってたこ焼き食って射的と亀釣りと…色々やってくるから!」
「くー薄情者〜」

 駆け出したみつおを見送る。空には月みたいな大きな赤ん坊。なんじゃこりゃ。ぼやっと見ていたらギュと閉じられていた目がふいに開いた。真っ黒で透明〜な瞳。涙のせいか無垢故か。ああ!今こっち見たんじゃない?急に愛しさが溢れる。

 スーッと空気を吸うと夏の終わりの匂いがして、胸がキューとなってワクワクと膨らんで足がムズムズムズ〜としたので、
「やっぱ俺も行くー!」
と叫んでみつおの後を追いかけた。







エントリ04  私の歩く音     土目



降りしきる土砂降りの中
傘を差して歩いている私はふとあることに気づいた
『ぎっぽ』
なんだか変な音がしている
雨音だけが響く中、立ち尽くす私を軒下の三毛猫が不思議そうに見上げていた
『ぎっぽ、ぎっぽ、ぎっぽ、ぎっぽ』
振り返ってみても誰もいないし、何もない
大雨で先の見えない道路は前も後ろも車一つ見当たらなかった
『ぎっぽ、ぎっぽ、ぎっぽ、ぎっぽ』
何の音だろう?
小首をかしげ思い当たる物はないか頭を探る
あまり恐ろしくは思えないそのコミカルな音を単純に疑問に思った
考えはまとまらないまま先に進む
一歩進んでみると
『ぎっぽ』
音符が付きそうな音が一つ
二歩進んでみると
『ぎっぽ、ぎっぽ』
同じ音が続いて二つ
どうやら私が歩くたびにだしている音らしい
気付くと不必要に注意していた自分が少し恥ずかしく思えてくる
一度、注意深くゆっくりと歩いてみる
『ぎゅいーっぽん』
間延びするように音が鳴った後何かが弾けるような破裂音
ちょっと面白くなってきてリズムを取ってみる
『ぎっぽ、ぎぎっぽ、ぎっぽ、ぎゅいーっぽん』
なんだかだんだん面白くなって来た、笑いがこみ上げてくる
誰も見ていない細い道、観客は軒下の三毛猫だけ
私だけの小さなお祭りが始まった
右足で大きく一歩踏み出す
『ぎっぽ』
左足でひょいっと地面を蹴り出す
『ぎっぽ』
両足使ってぐっと踏み込む
『ぎゅっぼん!』
調子に乗ってスキップを刻む
『ぎぎっぽ、ぎぎっぽ、ぎぎっぽ、ぎぎっぽ』
途中でくるくる回ったり
しゃがんで大きく跳んでみたり
どぶ板の上をてくてくと歩いていく
『こぎっぽ、こぎっぽ』
木琴を思わせるような可愛らしい音がなる
マンホールの上を一足に踏み越える
『ぎっぽーん』
水に響くような高い音がなる
草の上を慎重に踏み歩く
『がそっぽ、が、がそっぽ』
途中踏んだ石がアクセントを生む
私の音は絶え間なく続く、私の歩むたび、私の進むたび
この狭い道路にこだまする
大きく踏み込みまた『ぎっぽ』とそのとき
『ブッブー! ばっしゃーん!』
「あぶねぇだろうが!」
怒声と排ガスとトラックが私の目の前を通り過ぎる
トラックはすぐに見えなくなったが跳ね上げた泥までそうは行かなかった
土砂降りの雨を思い出し自分の体を見てみると
さっき跳ね上げられた泥が下半身を覆っている、顔にも少し飛んでいた
遊んでいくのもこれくらいにしようと思い傘を握りなおした
三毛猫はさっきの怒声に驚き何処かへいってしまった
私の歩く音は土砂降りにかき消されることとなった










エントリ05  笑う女     しずる


「私、トイレに行ったの」
「え。あ、うん」
 帰り道、突然、杏子が前触れのない話を始めた。
 一時間前。今日も、部活を終えた杏子は、いつものとおり、直美と待ち合わせをしている校門へと急いでいた。その途中、教室に忘れ物をした事に気づき、誰もいない静まり返った校舎の中へと舞い戻った。
 長い廊下を進むうち、杏子は違和感に気づいた。ペタペタペタ。裸足で歩く音が聞こえてくるのだ。後ろを振り返るが、その音の主は見当たらない。だが、相変わらずその音は杏子の後ろを付き纏う。
 ふと、トイレの前で足音が途切れた。杏子は、何の躊躇いもなく、女子トイレの中へ足を踏み入れた。その途端、彼女を猛烈な腹痛が襲い、慌てて一番手前の個室に駆け込んだのだが、その瞬間に、腹痛は嘘のように消えた。
 何か馬鹿にされているように思え、杏子が、個室から出ようと鍵に手をかけた瞬間。バタンッ、と大きな音がした。驚いて、思わず手を引っ込める。再びあの音。誰かが、一番奥のトイレから順番にドアを開けているのだ。
「誰!?」
 反応はない。相変わらず、トイレのドアを開ける音だけが響く。
「ちょっと! いい加減にしてよ!」
 杏子のいる個室以外のドアは全て開かれ、彼女の怒鳴り声は静寂に消えた。杏子は、怒りに身を任せ、個室から出るが、そこには誰の姿もない。
 何が何だか分からず、女子トイレを後にしようと、出口を一歩出たところで、杏子は何かに気づいた。徐に踵を返し、手洗い場の鏡の前で足を止める。ゆっくり顔を上げると、そこには、杏子の首にしがみつき、にやりと笑う女の姿があった。
「きゃぁぁぁ!!」
 この話を聞いた直美は、大声で叫んだ。
「それ、本当の話なの!? ねぇ、杏子……!!」
 興奮する直美の方を見向きもせず、杏子はひたすら下を向いていた。直美は、恐ろしくて仕方なかった。なぜなら見てしまったのだ。杏子の首に残る、手形のようなアザを。
「杏子……。どうやって、逃げてきたの……?」
 直美が恐々聞くと、杏子はゆっくりと直美の方を向いた。満面の笑みを浮かべたその顔は、とてつもなく不気味だった。
「投げ飛ばしたの」
「……え?」
「いきなり私の首を絞めようとしてきたから、頭に来て、ぶっ飛ばしたんだぁ。アハハハ!!」
「……」
 杏子は柔道部の女主将である。直美の脳裏に、安易に、その情景が描かれた。直美は、幽霊よりも何よりも、今目の前で腹を抱えて笑うこの女が一番怖いと思った。







エントリ06  花瓶     かるき


「あ、これカワイイよ、知花」
 夕暮れ時、アンティークショップの店先で、壱子は足を止める。
 ワゴンには、陶器の花瓶が並んでいた。
「へえ、素朴な花瓶ね」
 内側にだけ釉薬を使った、一見素焼き風の、肉厚で背の高い一輪挿しだった。飾りや柄の類は何もなく、ただ、土の色をしている。
「ずいぶん安いね」
「そちら、お買い得ですよ」
 店から、店名の入ったエプロン姿の初老の男が出て来た。白髪に白いヒゲ、柔らかい笑みを浮かべている。
「花の枯れない花瓶です」

「枯れない花瓶、ね。ふふ」
 壱子は帰りに買ったピンク色のガーベラを一輪、花瓶に挿して自分の部屋の机に置く。
 ガーベラに変わった様子は何もないが、土色の花瓶にガーベラの緑とピンク色が映えた。

 翌日、目を覚ました壱子は、ベッドから身体を起こし、花瓶に視線を向ける。
 ガーベラは、しおれる様子もなく、昨日と同じ姿で咲いていた。

 その翌日も、翌々日も、翌週になっても、ガーベラの様子に全く変わりはなかった。
「良い花を買ったみたいだね」
 壱子はガーベラを指先でつつく。
 ガーベラは買った時と同じ瑞々しさで咲いていた。

 そして翌月。
 壱子は軽い足取りで部屋に戻って来る。
 手には、赤いバラの花束を持っていた。
 壱子は真新しいままのガーベラを花瓶から抜き、バラの花束を生けた。

 バラ、バラ、スイレン、バラ、かすみ草、蘭。
 花は変わっていく。
 一度も枯れる事なく、替えられていく。
 そんなある日。
 壱子はひときわ軽い足取りで帰って来ると、一輪のコスモスを花瓶に生けた。
 それから、自分の左手の薬指にはめたリングを見つめた。

「入って入って」
 知花が満面の笑みで、壱子を自分の部屋の中へ招く。
「知花の家に来るのは久し振りだね」
 言いつつも壱子は、当たり前のように知花のベッドに腰掛け、隣りに知花が座る。
「――あ」
 壱子がふと見ると、窓辺に一輪挿しが置かれていた。
 ガーベラが一輪、生けてある。
「覚えてた?」
「何年前だっけ?」
「ふふ、どうだったかしら」
 知花は笑う。
「本当に枯れないのね。驚いたわ」
「ずっと、生けてたの?」
「ええ」
 知花は花瓶を手に取る。
 ガーベラには、ホコリが積もり、それ故にうっすらとぼやけたパステル画のような色彩を帯びていた。
「……綺麗だね」
「壱子の部屋の花だって、綺麗じゃない。いつも違う花があって」
「はは、そうね」
 ガーベラは、窓から入る微かなすきま風に揺れた。







エントリ07  チイサナ世界     中橋


自分の世界が白と黒で構成されているのは、いつものこと。
それ以外の色は初めから無く、存在さえ知らなかった。
「さあ、信号が青になったら渡りましょうね」
青というのは、右はしの少し薄い黒のこと。
今付いているのは、赤と呼ばれる青よりも濃い黒のこと。
ほんの微かな違いを人は色と呼び、その違いを楽しむのだと思っていた。
自分の目が、「不良品」だなんて、思ったこともなかった。

小学校に上がってすぐ、健康診断で自分の目に色盲という病名が付けられた。
「今まで気付かなかったなんて有り得ない」
お医者さんはびっくりしてたけど、そんな事言われたってこっちの方がびっくりだ。
みんなが見ていたモノと、自分が見ていたモノが違ってたなんて、今まで誰も教えてくれなかったじゃないか。
「なあ……色のない世界で暮らすのって、どんな感じ?」
好奇心を隠しきれないのか、クラスの田村がそう聞いてきた。
「どんな感じって……普通だよ」
普通普通。全部普通。
生まれた時からずっと見てきてる世界に、どんなも何もありやしない。
「むしろ、色のなくない世界の方がどんな感じって感じ」
僕の目には、映らない「色」が踊る世界。想像もできない。
「みんながキレイって言うのは、ぼくだってキレイって思えるよ」
例えば夕日、赤から青への空のコントラストは解らないけど、地面に沈む太陽を中心に、上から下へと少しずつ濃さを増す黒のグラデーションはキレイだと思う。
「ふーん…よくわかんないけど、お前はお前できれいな世界見てるって事だよな」
良かったな、って笑われて、何がいいのかよく解らないけどそうだねって笑い返す。
大人は多分ぼくを可哀想だっていうんだろうけど(実際、担任の先生はぼくの目のことを聞いたときに可哀想にって言ってた)、ぼくはぼくで世界を見てる。
黒と白。
確かに他の人とは違うのかもしれないけど、ぼくの目に映る世界も美しい。
知らない色を知らないことを可哀想だと云われてもぼくはちっとも可哀想じゃない。
ぼくの目は、大人が言うような「不良品」なんかじゃない。永遠に付き合っていけるぼくの一部だ。
「……さてと」
黒板(本当は緑色なんだって田村が言ってた)に白で書かれた文字を新しいノートに書き写す。
「中江君、黒板見える?」
先生の声に、
「だいじょうぶです」
大きな声で返事を返す。







エントリ08  神の命日に     仁


心はあの日、君に囚われたまま

「あ。お前。」
声を掛けられた。
外に出たのは5年ぶりだった。
相手の顔は日の光が眩しく反射してよく見えない。
「誰?」
「え・・・」
早足に歩き去る。
俺を“お前”だなんて、きっと知らない人間だ。
だって、俺はこの世に選ばれた人間。
俺は神に等しい存在だった。
5年前、俺を信仰していた男が死ぬまでは。



交通事故だった。

咄嗟に俺をかばった男は頭のおかしな人間で、俺を“友達”だと言っていた。
俺を同等の存在だと。
死ぬ間際まで、“生きろ”と、この俺に向かって。

その男の名前を田嶋といった。
他の人間共から嫌われ、蔑まれる存在だった。
そんな人間と俺が同等なんて・・・笑わせる。
あの男は死んで然るべき人間だった。

ただ、俺の代わりに死んだのが気に障った
あの男が俺の代わりだなんて、まるで同等の命の重さではないか。
だから5年前、俺は神の冒涜に心底落胆し、闇に籠もっていた。



「何だよ、知り合いだったのか?」
「あぁ、田嶋だよ」
「はぁ!? あのイジメられっ子かよ、痩せすぎだろ、気付かなかった。」
「あのイジメは酷かったよな」
「城田が助けたんだよな。クラス違ったのにさ。」
「いいやつだったよな、城田は。みんなに好かれてた。」
「しまいにゃ、田嶋を庇って事故死だしなぁ。アイツはすごいよ。」
「そういえば。田嶋、いつ病院から出てきたんだ?」
「入院してたのか? 事故の後遺症?」
「あぁ、そう。確か、精神科」



心はあの日、君に囚われたまま。

心地よい神に見入られ、守られた誇らしい記憶。

願わくば、このままもう少し、君の幻影に酔っていられるように。