第21回体感1000字小説バトル

エントリ作品作者文字数
1ひとりぼっちの指揮者忠 美希生 1026
2届かぬ手紙椿989
3いちばんのがまん861
4神に関するひとつの可能性ヘビトンボ1168
5SZZYAPAN948
6舞雪朧冶こうじ957
7A N Aヒロトモ1074
8小さな美術館松原正一843
9お墓遠野浩行975
10ほんとのほんと。武宮久遠930
11それでも多分、幸せか千早丸1114
12未来の夢レオ1162
13明日になれば全てが解決するだろうじゅん1016
14幻光むん1265
15破天荒いちこ0
16恋のから騒ぎ妃華 寒水790
17夏の日泉咲樹1659
18Breathin'沙風吟999
 
 
バトル結果発表

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エントリ1  ひとりぼっちの指揮者     忠 美希生 


 僕の真っ正面に、いつも君はいた。
君は指揮棒を持っていて、決まった時刻になるとそれを振った。
僕はしがない羊飼いだったけれど、身分もわきまえず君にみとれていた。

 君がやって来たのは7年前、4人の仲間たちを連れていた。
君は指揮者、誰よりも一番高い所から周囲を見下ろしている。
そして2人の男性トランペット奏者は僕の憧れ、もう2人の女性ホルン奏者は僕の相談相手だ。
 君たちがなぜ僕の前に現れたのかを僕は知らないけれど、僕は毎日羊の群を追い回しながら君たちの演奏に耳を傾けていた。
それで僕の心は満たされた。
どんなに君との間に距離を感じようとも、奏でられる音色は変わらず僕を包んだからだ。

 ところがある日、1人のトランペット奏者が僕を訪ねて来た。
彼は、自分の持つ音が狂い出したと僕に打ち明けた。
しばらくして、彼の姿はいつの間にかかき消えていた。
そのうちに、1人のホルン奏者も僕のもとへやって来た。
彼女もまた、自分の持つ音が出せなくなったと肩を落とした。
そうして1人また1人と、ことごとく仲間たちは去って行った。
皆が君ではなく僕に正直な思いを告げ、君は何も知らされなかった。
 けれども君は指揮棒を振り続けた。
今までもそうして来たように、雨にさらされても雪に埋もれても休まず続けた。
決まった時刻に、指揮棒が空気を切る音だけを僕は聞いた。

 きっとどんなことになっても、君には聞こえていたんだね、仲間たちの変わらない音色が。
君の表情は少しも曇ることがなく、君の腕が下ろされることもない。
 今日も聞こえる、決まった時刻になると君は指揮棒を振る。
僕が君のぜんまいを巻く。

 君が一人きりになって1年が経った。
気がつくと、指揮棒を持たない方の君の腕が地面に落ちていた。
バランスを崩した君は横に倒れて、その格好のままで指揮棒を振った。
僕が止めようとしても、君は聞かなかった。
僕は思い切ってぜんまいのネジを無理矢理引っこ抜いた。
それでも君は止まらなかった。
君の半身は泥で汚れて、衣装はすり切れていた。

 やがて、辺りを嵐が襲った。
僕は羊たちを小屋に押し込むと、風に押し戻されそうになりながら、なんとか君のもとにたどり着いた。
君は片足を泥の中に突っ込んで、まだ指揮棒を振っていた。
泣いているようにも見えて、笑っているようにも見えた。
ただ確実に、雨ではない水滴が君の瞳から溢れるのを僕は見つめた。

 よく晴れたある日のこと。
鈍くなった君の腕の振りを見ながら、僕は君の身体をハンマーで叩いた。 







エントリ2  届かぬ手紙     椿


あの人からの手紙が途絶えて、もう一週間も過ぎていました。
今も待ちわびて、待ちわびて・・・
遠い異国に行かれたあの人の、最後の温もりも幽かに薄れてきていた六月の半ば頃、翳りを見せる空を眺めて、ため息が止まらない。
戦地に向かう愛する人を、何故止められないのか、と嘆いた夜も数え切れず、今だ、侍女から受け取る手紙にあの人の手紙はないのか、と切望していました。
最後に「愛してる。」と聞いたのはいつだろう?
最後に「愛してる。」と言えたのはいつだろう?
不安と焦燥が私の心を蝕んで行きます。
安らかに夢を見られるのは私にとってあの人の腕の中だけ・・・
振り払っても振り払っても、毎夜襲うのは不安が見せる悪夢。
遠征に行かれる間際にあの人がくださった、一つの赤い簪を握り締め、悪夢に耐えては、朝焼けを背負って涙が頬を濡らす毎日。
怒号と苦悶の叫びが混じる中、駆け回るあの人の姿は、今の私には考えたくもないものです。

「あの、お手紙でございます。」

悪夢をしのぎ、迎える朝にはいつも、侍女に手紙をすぐ届けるように申し出ていたため、あの人が戦地に行かれた日から今日に至るまで、侍女から手紙を毎朝受け取るのが日課となっております。
そして、渇望するのです。あの人のクセのある筆跡の封筒が届いていることを‥‥‥。

ある朝の事でした。期待というものがどれほど後の絶望を強くするのかわかったのです。
一通の、いつもとは違った封筒を見つけた私は期待を持ってその封筒の封を切りました。
きっとあの人だ。そうに違いない、と言い聞かせるように期待を抱きながら。
その後は残酷なものです。
差出人は不明。ただ、あの人の戦死通告が淡々と書かれていました。
悪夢が、不意に現実となったのです。

あなた達は、愛する人の死が与える苦痛を知っていますか?
現実に起こりえぬだろう出来事を想像しても、実感はないでしょう。
それでも、現実は残酷なものでした。夢も残酷なものでした。
二人が持った優しくも甘い過去は、無常にも消えてしまい、戻りえぬものとなりました。
今ではあの人の形見と為った簪。そして数々の愛の言葉。
それらが私を苦しめます。強く、深く、苦しめます。
終わりを迎えた幾年の愛は、何処へと行くのでしょう?
叶わねど、この身朽ちても、永久に在るのでしょうか?この胸に。
今、この愛を綴って届けます。あの人へ・・・
赤い簪と私の心とともに・・・灰になり、灰になり・・・







エントリ3  いちばんのがまん     絢


「お前どうしてそんなやる気がないんだ?」優等生の秋が言う。
「めんどくさい!」劣等生の良が言う。
「何が?今関係ないだろ。」0.5で返す。

普段は絶対に話さないこんなこと。何がきっかけで一歩踏み込んだかな?

場所=よくある道 時間=下校(四時半頃)夏だからまだまだ明るい。

仲良しコンビ?小六の良と秋は恐ろしく非日常的な会話を始めた。
あくまでこの二人に対しての非日常的。

「生きるのがめんどくさいんだよ、もう。」
「はぁ?」

小学生男子が笑顔で話しているからといって自動的にゲームの話じゃないぞ!

「死にたいの?」
「別に。」
「生きたくないんじゃないのか?」
「なんでそれが死にたいに結びつく?」
「いや普通になぁ、普通はそう思わね?」
「ん〜何が言いたいかは何となく分かるんだよ。」
「じゃあ、解説。」
「・・生きたくないから死ねるやつって少ないぞ。」
「死ぬのが怖いとか?」
「ああ、ここで死んだら楽だけど周りからなんか言われるだろ。」
「はっ?」
「別に楽しみにしてることなんてないし、もうめんどくさいんだよ。」
「だから?」
「けど死んだら父さん母さんが悲しむは周りからなんか
言われるはお前だって迷惑だろ?」
「ああ、確かに。」
「だから、もうつまらないどころか生きていてつらくても生きなくちゃなんねぇんだよ。俺のじんせいでいちばんのがまん。」

しばらく無言で歩き続ける。

「馬鹿だな。」
「ああどうせバカだ。」
「そんなの結局怖い乃言い訳じゃないか。」
「バカだからわかんねぇな。そんなの。」
「良のご両親が悲しむって死んじったら関係ねぇと思うぞ。
それに劣等生やってる方が困らせるって。それに。死んだら死んだで結構きれいな思い出になって今よりいいんじゃないか?」
「だから、どんなにいいこと言われてもバカだからわかんねぇだって、
バカを説得するのはバカじゃなきゃ。」
「ん〜〜やっぱ馬鹿!」
「へいへい。」

とりあえず死にそうにないな。秋は確信に近い物を覚えた。
がまんを続けることが当たり前の良もなお歩く。
結局なんもかわりゃしねぇ。

いつもと何ら変わらず、てくてくてくてく。







エントリ4  神に関するひとつの可能性     ヘビトンボ


「おいあんた、そうそこのあんただ」
 晴れて大学受験に失敗し予備校へ足を進めている時だった。
「あんた、神を信じるか?」
 宗教勧誘かよ。見た目は若い女だが頭の中は聖書でいっぱいなのだろう。
「いや、信じないね」
「そうか、私もだ」
 今思えばここで道を間違えたのだと思う。


「ではシスターは神が存在しないと言うのですか?」
「ああ、するはずがない」
 いま俺は大学進学を断念し、こいつと辺境の地で布教活動をしているわけだが・・・
「そんな!じゃあ私は何を頼りに生きて行けば!?」
「今までも頼ったからといって何もなかっただろう」
 教会に懺悔に来た信者をこうも冷たく突き放すなよ。
「そもそも神とはそれに頼らねば生きていけない弱者が・・・ムグッ」
 これ以上任せておくと、この地での貴重な信者を再起不能にしかねないので口を塞いで俺が続けた。
「鈴木さん、神は信ずる者のところへ必ず現れ救いを与えるのです」
「神父様・・・」
 とりあえずこの場は適当に丸め込んでおいた。


「で、貴志。今日のあれは何だ、本気で言ってたのか?」
 二人して町の居酒屋で飲んでいる。
「なわけないだろ、でもお客様なんだ。満足してもらわないといけない」
「だからってよく心にも無いことを言える」
「そうでもないさ明日香」
「まさか本気で神が存在するとか思ってるのか!?」
 そんなに驚くなよ、俺一応神父だぞ。お前もシスターだけど。
「何かさ、神は『いない』けど『ある』んじゃないかってな」
 頭を叩かれた。
「痛っ、何すんだよ」
「ん? 壊れているわけではないか」 
 暴力女め。この前こいつの着替え中に部屋に入った時には二度と太陽が拝めないかと思った。
「説明するとさ、神なんてのは『いない』けど信仰心が集合した思念体みたいなのは『ある』んじゃないかと。世の中の奇跡なんかはそれが起こしてるのかと」
「馬鹿馬鹿しい。なら世界の宗教戦争もそれの所為だな」
「きついけどその通りだ」
 やはり理屈ではこいつに勝てないらしい。


『迷える子羊達よ・・・』
 居酒屋から教会に帰ってきた俺達が見たのは礼拝堂に浮かぶ神々しい姿。
「か、かか、神様だ明日香!」
 しかし明日香は不機嫌な顔で台所から何かを持ってきて・・・
「死ね」
 神様に向かって思いっきり投げつけた!
「ちょっ、何してんだよ!?」
「ふん、見てみろ」
『ギャアアアア!!』
 神は体中から煙を出して悲鳴を上げながら逃げて行った。
「塩で溶けるレベルの低級霊だ。ったく、神父があんな物にだまされるな」
 呆然としている俺に明日香が続ける。
「貴志は神を必要とするような弱者じゃないだろう? 私はもう寝る」
 本当に礼拝堂の椅子で眠り始めた。
「俺はお前の召使いか?」
 仕方なく明日香を部屋へ担ぎながら思う。
「また聞けなかったな」
 お前が着替えている時、背中に翼が見えたけどあれはなんだったんだ? と。







エントリ5  SZ     ZYAPAN


ここはどこにでもあるようなアパートの一室だ。

この部屋の壁に時計がかけられている。

SZはそこにいる。SZとは、この時計の秒針の名前だ。

SZは工場で作られたときの記憶がない。

だからSZはこの部屋のことしか知らない。

物心ついたときから秒針として、文字盤の上で回り続けている。

目が回ることはない。SZは自分が回転しているとは思っていない。

SZは自分はいつも同じところに静止している、と思っている。

SZの目には、一秒ごとに部屋が時計回りに小刻みに回転して見える。

SZは「カチ、カチ、カチ、…」という音が60回すると、部屋が元の

位置にもどることにすぐ気がついた。

SZは言葉を知らない。60秒という言葉も知らないが、数を数えたり、

計算したりすることは出来る。

SZがこの部屋に来てから、3年ぐらい経過している。

SZは1年とか1ヶ月というものを知らない。

でも60秒で部屋が1回転するより大きい変化に気がついている。

それは人間の言葉で1日というものだ。

SZは人間の1日の長さを大体知っていた。

SZの生活で光のない時間帯がある。それは平均すると21600秒続いた。

光のある時間帯は64800秒ぐらいだった。

全体で86400秒ぐらいになる。3年間の平均的な秒数だ。

つまりSZは1秒、1分、1日、のそれぞれの時間の長さと関係を把握出来て

いるのだ。人間が天体の運動を観測して暦を作ったことと似ている。

SZは時計の音や、部屋が回転して見えるようすなどの、知覚できること

にもとづいて周りの環境を理解している。

知覚のできない自分の後ろ側や部屋の外のことは、理解してない。

たぶん何らかの存在があるのだろう、と推測するのみだった。

一秒ごとに刻まれる時計の音がSZにとって全てのことの基本だ。

それは命の鼓動であり、計算術であり、もっとも確かな疑いようのない

抽象的な原子とでもいうような存在だ。

SZがもし鳩時計の部品だったら、1時間の概念をもったはずだし、

もし日曜定休日の人の部屋にいれば、1週間の概念をもったはずだ。

でもSZにとってはどうでもいいことだ。

SZにとって大切なのは目の前のリアルな現実だけだ。

そして「今この場所で生きている実感だけが存在を証明する」とでも言う

ように今日も刻々と時を刻みつづけている。

                          END







エントリ6  舞雪     朧冶こうじ


 窓の外を雪が降っていた。白い粉雪がその身を翻しつつ、静かに重なっていく。
 厚い雲に覆われ日の光は地へと届いてはいないのに、辺りは妙に明るく見えた。

「如瑠(ユキル)、何見てんの」

 ストーブの側の己の席から、如瑠の黒板に近い窓際の席までゆったりと歩く。
 足元で、踵を潰された上履きが間抜けな音を立てていた。ブレザーの変わりに紺の丈の長いセーターを着ている友人の姿を認める。

「雪が…」

 如瑠に言われ、外に目を移した少年が歓声を上げた。

「すっげぇ雪ーっ。
 これこのまま積もんないかな」

 窓に張り付いている少年に如瑠は僅か微笑んだ。
 薄ぺらな布製の鞄を肩から掛けている少年は如瑠を振り返る。
 目を輝かせたまま、友人が革の学生鞄に教科書や筆箱を仕舞い終わるのを待っていた。

「屋上、行こ」
「弥滝(ミタキ)…っ」

 有無を言う暇さえなく手を引かれ、如瑠が抗議の声を上げる。弥滝は気にする風もなく、存外に強い力で手を握ったまま階段を駆け上がっていく。白い息が背後へとたなびいていた。

 重い鉄の扉を押し開け、勢い良く弥滝が飛び出した。
 
「きれーっ、さっむーいっ、けど、キモチイーっ」

 両の拳を天へと突き出して、想いのまま声を放つ。傍らでは如瑠が肩で息をしていた。白い頬に朱が上っている。

「すげ…、目ぇ回りそ…」
  
 目を開いたまま天を仰ぐ弥滝は、魅せられた様に呟いた。
 つられて落ちてくる雪を見上げて、如瑠はあぁと頷いた。

「雪を眺めていると意識を攫われそうになる。
 静けさや明るさ、冷たさや雪の描く軌跡が呼んでいるのかもしれない」

 何処へとは言わないけれど、それに酷く焦がれているような眼差しに言いようのない不安を覚える。

「お前、俺のこと好きだよな?」

 捨てられた仔犬のような頼りない表情に、如瑠が淡く笑った。
 きつく手を握られ、それはそのまま弥滝の声なのだと如瑠は思う。

「…弥滝がいるから。
 まだ、捨てたものではないと思える」

 気負いなく紡がれる言葉に嘘はなく、弥滝は顔をほころばせる。
 如瑠も微かな笑みを返し、フェンス越しに遥か下方の花壇に積もる雪を見つめた。

 ――――深々と、雪は降り続けていた。

                                                                  (了)







エントリ7  A N A     ヒロトモ


 「わからないことだらけさ。答えなんて見つけようと思うからいけないんだ。もともとそんなものは存在しない。それを探すために生きてる、なんてやつがいたら…、そうだな、君は牧場に行ったことがあるかい? ほとんどの牧場には牛の糞でできたでかい山があるんだ。その中はガスと、微生物が糞を分解するときの熱でひどく高温になってる。俺はそいつを頭からそこに突っ込んでやるよ。笑えるだろ。ん…、このピーナッツ塩が効いてないな。すまないが塩を取ってもらっていいかい?」
 僕にもわからないことがある。なぜ僕はこんなところでワイルドターキーなんか飲んでいるのか、ということと、塩がどこにあるのかということ、そして、そもそも僕の隣で大きな声を出しているこの男がいったい誰なのか、ということだ。しかしこの男が、答えなど存在しない、と言うのだからそうなのだろう。全てはわからない、のだ。
 薄暗いこの店は銀座の高級クラブでもなければ、新橋の立ち呑み屋でもなく、ちょうどその中間といったところだ。なぜか入り口に金モールがやたらに飾ってある。他に客が二人いたが、両方ともナカソネのようなハゲだった。二人のナカソネは壁際のカウンターで、まるで黒地のシャツにソースが染み込んでしまったかのように座っていた。そこにあるのは二人の人間ではなく、二つの染みでしかなかった。僕にはその染みから、少しずつ魂が抜け出ていくのが見えた気がした。
 隣に座っている男は、塩のことを忘れ、また話し出した。
 「人間が生きていることに理由なんかない。そう思わないか? 考えてみてくれ、何ヶ月か前に深海底で、生物の祖とされる細菌が見つかった。彼らは酸素を必要としない、逆に酸素を嫌うんだ。そして、何もない真っ暗闇の中で、意思や考えを持たずただ浮遊している。僕らと一緒さ。ただ違うのは、僕らは酸素がなければ生きていけない、ということだけだ。君に、意思や考えがあるというのは、無意識の中に湧いて出た虫のようなもんだ。」
 そう話していた男の顔は、キメの細かい肌に、何年もの疲れを蓄えたような深いしわが刻まれ、若々しくもあり、時に老人にも見えた。そして、彼には耳がなかった。普通はそこに軟骨の上に薄い皮がかぶさったものがある、しかし髪の毛の下から見えるその部分には、ただの黒い穴があるだけで、それ以外の突起は何も無かった。その穴は、彼の話していた深海底につながっているかのように、暗く、不気味にそこに存在していた。
 その穴を見た僕は、この男が話していることを、正しいとも間違っているとも言えなかった。ただ、わからなかった。







エントリ8  小さな美術館     松原正一


僕の趣味は美術館に通うことだ。でも友達も親さえもそれを知らない。なぜなら、言っても意味無いし、言う必要もないからだ。ただあえて言うなら、それは彼らに対する敬意である。そして僕は今日もただ一人、ある町の小さな美術館に行く。こうゆう美術館にはルノワールやモネといった名はもちろん無い。地元の絵描きか、または町のコンクールで通った素人の作品しかない。僕は絵を知識の証左にしたくない。ただ絵の中にある書いた人それぞれの人生をかいま見たいからだ。そこには有名・価値は問わない。だからお金も対してかからないこのような美術館は僕にとって休日を過ごすにはもってこいの場所である。僕は受付のおばさんにお金を支払い、展示室に入った。誰もいない。僕はゆっくりと観る。どのくらい時間が経っただろうか。僕は最後の展示室に入った。そこには30を少し過ぎたぐらいの男が椅子に座り、ある絵を観て、それを描いてるようだった。不思議な光景である。僕は彼の視線の方を観た。そこには小さな少女の可愛らしい絵があった。彼はその絵を見ては筆を走らせていた。僕は奇妙に思えた。この絵にどんな魅力があるのか?それより、なぜここで絵を描いてるのか?僕は好奇心を抑えられずに彼に聞いた。彼は筆を止め、静かに言った。この絵は去年亡くなった娘を描いたんですと、また彼はこういった。私は娘の全てをこの絵にこめました。だから娘に会いたくなったり、娘を描きたくなるとここに来るんですと、僕は彼の矛盾した思いを感じた。彼はそれを感じたようでこういった。僕は絵描き、絵を売らなければ、生活はできないし、自分の最高傑作はたくさんの人にみてもらいたいと、僕は美術館を後にした。帰り道、僕はあの絵を思い出していた。あの絵の中の少女は今思えば目が笑ってなかったように思えた。それは絵の中の少女自身の思いか、または書いた彼自身の思いか、それとも僕自身の勝手な思い込みか、答えは分からない。でもこんな小さな美術館にも人生がある。僕はまたいつか一人で来ようと思った。







エントリ9  お墓     遠野浩行


 綺麗な緑の芝生に染め上げられた墓地。約千基あるお墓は、すべて平べったい石板の形をしていた。
 墓所というには、まるで石板の展示会のように見える場所で、僕は一基のお墓の前で屈んでいた。
 城所家先祖代々の墓。
 と書かれた石板の片隅に、五年前に亡くなった恋人の名前が書かれていた。
 そのお墓の上に、大胆にも足を乗せ、立っている女性がいる。ほっそりとして長い足に、キュッと引き締まった細い体。長い髪を背に垂らし、黒く大きな瞳は僕の方を見て笑っていた。細い腕は透き通るように青白かったが、彼女の体全体が半透明だった。
 屈んだまま彼女を見上げた。優しい微笑みの向こうに、空と雲が見える。
「リオ……」
 恋人の名前を呼ぶと、彼女は笑った。やや目尻が浮き上がり、口元を綻ばせる。はにかむような笑顔。「困った人ね」と若干の憤怒が、愛らしさで吹き飛ばされたような笑顔……。
 彼女は間違いなく、僕の恋人だった人だ。
 僕は、彼女の忌日に墓参りを欠かしたことはない。それは彼女の恋人だったからではなく、時間を共有したものの義務だと思っている。いや、そう思おうと必死にもがいているだけかもしれない。
 しかし、行く前にいつも思うことは。
「行きたくない」
 と、いうこと。
 墓参りほど残酷なものはない──僕は思う。
 嫌でも人の死に直面し、脳みそから生前の記憶を引っ張り出す。そして、涙腺を緩めて──泣く。
 毎年、同じ事の繰り返し。それでも、僕はパブロフの犬のように涙を流した。
 風が湿り気を帯びてきた。サッーというさざ波のような音を立てて、草木が泳ぐ。彼女の顔を通して見た空が、黒い雲に覆われた。
 僕は立ち上がった。依然、彼女は気恥ずかしそうな笑顔を浮かべている。そんな彼女を無視して、お墓のある一点に目を向けた。
 突起状のスイッチがあった。
 僕はそのスイッチを思いっ切り足で踏みつぶした。何度も何度も足裏を踏み下ろす。
 スイッチはひしゃげた。
 同時に「ERROR」という表示が、彼女の胸の前に掲げられると、笑顔が歪んだ。魚鱗のようにボロボロと体が剥がれていく。赤い発光ダイオードが点滅する。
 そして、彼女の立体映像は消えた。最後まで笑っていた。
 次の年、僕は彼女の姿を見ることはなかった。僕は墓参りに行く前に「行きたくない」とは思うようになったが、やはり涙は止めることは出来なかった。







エントリ10  ほんとのほんと。     武宮久遠


コーコーセーの教室ってのは、うるさい。
特に女子高生の多いこのクラス。本気でうるさい。
あたしは机に顔を伏せた。
グループで群れて、黄色い声で騒いで。
みんなみんな、馬鹿みたいだ。何やってんだろう、馬鹿みたいに騒いで、馬鹿みたいに大笑い。
話題なんか幾つも無い。カレシの話、どこそこのプリクラがかわいい、何組の○○さんがムカツク、数学のセンセがまじうざい。
そんな話題がエンドレスで続く。
ほんと、馬鹿じゃないのか。
みんないかにも「あたしたち友達です」って顔して、陰で悪口いいあって。
お互い信じあっちゃいないくせに、その場限りいい子演技。
心の底では何考えてるんだか。
目をきつく閉じて、眠ろうとする。なのにちっとも眠くならない。
……ほんとに。
何やってんだろう――――――自分。
教室には4〜5人のグループが三つ、その中に一人ぼっちの女の子が独り。……あたしだ。
あたし独りだけが、この世界から取り残されたみたいに孤独。
もうクラス替えから3ヶ月も経った。なのにあたしはまだ独り。
最近全然笑ってないせいで、顔の筋肉がこわばってる。多分もう二度と綺麗に笑えない。
回りにはこんなにも人が溢れてるのに、あたしは心の底から一人ぼっち。
はは。ほんと馬鹿だね自分。
今自分のやってる事。よーく分かってる、つもりだ。
皆を見下してるような振りをして、実は羨ましくてたまんない。
馬鹿にしたみたいな態度は、ただ単なる強がり。負け狗の遠吠え。
教室では独りで寝た振り。頭の中は自己嫌悪の言葉で破裂寸前。
本当に馬鹿なのは、自分だ。
たとえ振りでも演技でも、皆は笑えてて、友達だっているのに。
いや、違う。振りだって思ってるのは、演技だって思い込んでるのは――――――本当は、あたしだけなのかもしれない。
皆は、きっと幸せだ。友達がいて、カレシがいて、何だかんだ文句だって言うけど本当は仲のいいセンセだっている。
毎日悩んだり、頑張ってみたり。どうしても落ち込んじゃったときは、親友が慰めてくれる。
あたし、ホントなにやってんだろーなぁ……
誰も信用できない、心の底から笑ったのはもう何年前の事だろう。
もう、死んじゃおっかな……
どうせ死ぬ勇気すら持ってないのに、そんな事を考えてみたり。
あたしは、じぶんのそーゆう所も大嫌いだ。







エントリ11  それでも多分、幸せか     千早丸


 地球は窒息した。
 20世紀に人類が見た夢と、現実の科学はかなり落差があり、宇宙移民は劣悪な環境となった。
 一般市民は知らぬ事だが、宇宙コロニーに太陽風を防ぐ術はない。1年住めば第4級被爆者が出来上がる。3年住めば生存率が70%で、7年住めば彼等の子供の半分が奇形。
 こんなコロニー、住める訳がない。
 しかし、地上の人口問題は急務だった。先進国が経済的な侵略を繰り返した結果、地上は隅々まで都市化されたけど、社会が安定したので人口増加に拍車がかかった。都市はスペースを求めて空へ伸び、地下へ潜り、それでも足りずに海にまで広がった。
 人類は空を失って、海を失って、緑を潰して、それでも増え続けている。

 政府の高官は、こっそりと相談した。
 地球上に、これ以上人間が住めるスペースはない。食料は、これも一般公開されていない技術でなんとか供給できるが、とにかく場所がない。
 残るは宇宙しかないけど、宇宙コロニーに人間は住めない。
「あれは、棺桶の衛星だ」
 1人が言った。それに幾人かが「なるほど!」何故か納得した。
「それならコロニーに老人を入れよう」
 贅沢なスペースと最先端のサイエンス・サービス。優遇制度の名を騙り「80代から宇宙で悠々自適」と、あっさり死んでも不審ない老人を宇宙へ捨てようというのだ。
「それは良い案だ」
 高官たちは喜んで、人口問題の重要会議を10分で終了させた。

  ◇

「青い顔してどうした?」
 高官の書記をしていた僕は、同じ書記仲間に肩を叩かれた。
「酸素酔いか? ココは市街と違って新鮮な酸素タップリだからな」
 慣れない奴は酔うのだと心配されたが、僕は笑顔を作って首を振る。さっきの会議にムカついて気分が悪いとか、冗談でも言えない。
「それとも日射病か」
 彼はそう言って、天井を見上げた。国際本部最上階、全面ガラス張りの天井は、隔たりのない真っ青な空を映し、本物の太陽光がフロア一杯に満ちていた。
「初めて見たよ、本物の空なんて」
 彼は眩しそうに見上げる。
 現在、ほとんどの人間は「空」も「海」も見たことがない。それが普通の彼等は壁に囲まれた市街地の生活に違和感がない。
 けれど僕は開発区の生まれで、子供の頃は空を見上げて過ごした。
 壁に囲まれた生活は、苦しい。
 医者は「軽度の閉所恐怖症」と役に立たない薬を押し付け、家族も友人も、誰も僕の苦しみを理解できない。
「役人の尾ヒレしてりゃ、贅沢できるな」
 彼はそう言って笑った。そして「人口が2割減るから、地上も少しはすく」背伸びして気持ちよさそうに付け足した。

 空がない。海がない。緑もない。
 誰も必要な情報を知らず、それでも幸せに笑える世界。

 だから僕は、窒息した。


終わり





学生1000文字テーマ・バトルの『伸びる』から連想しました。
最初に連想したのは「衛星軌道エレベータ」だったんですが。




エントリ12  未来の夢     レオ


僕と三島は電車に乗って海に向かった。春の海に会いたかったのだ。決して計画性のあるものとは言えなかった。時間は午後9時をまわろうとしていたし、僕らの住む場所から近い海でも電車で1時間はかかった。海をゆっくりと堪能する時間はほとんど無に近いだろう。それでも僕はまさに今、海を必要としていた。
電車に揺られている間、僕はあまり三島と会話を交わさなかった。三島もそれを望んでいるようだった。僕は電車に乗って常に変化しつづける景色を見ながら、僕と僕の身の回りの小さな世界の未来のこと考えてみた。電車の窓から見える街灯に照らされた夜桜はこんなにも綺麗なのに、僕たちの未来には明るい光なんて射していない気がした。美しい夜桜も僕にはどこか悲しく見えて、まるで世の中の光と闇の部分を同時に鮮やかに映し出しているように思えた。僕の周りでどれだけ安易な愛や安易な友情に溺れ、安易な夢を抱いて生きている人間がいるだろう。そう感じながらもその壁を壊せないで、輪の中で大人しく息をしている僕がいる。愚かな人間ばかりだと世の中に憤りを感じていたが、それは僕の僕自身に対するものかもしれないと思った。今は電車の窓から見える夜桜さえも、心から美しいと感じる気にはなれないでいた。でも春の海なら僕を慰めてくれる気がした。僕は胸の真ん中から退いてくれようとしない不安や怒りに潰されるのに恐れて海に助けを求めていたのだ・・・。確かな理由はないけれど、海ならきっと・・・。
もう駅に着くよ。黙っていた三島が口を開いた。駅から海は目と鼻の先にあった、駅を出ると潮の匂いがかすかにした。
「なにかがあるといいな。」三島のその言葉は僕の気持ちと全く同じものだった。三島も僕も求めているモノは希望であり、それを見つけることで明日からはなにかが変わる気がしていた。
だが僕らは海を見て愕然とした。春の海は嵐のようだった。風は立っているのもやっとの位強く僕らに吹きつけ、波は僕たちを寄せつけないように高くそびえたった。僕と三島が想像していた春の海はもっとはるかに優しく、僕たちの心を穏やかにするような海であった。結局はこれが現実だったのだ。僕たちは日常とは違う場所に行けば楽園が見つかるものしれない、などという夢を見ていただけだった。僕たちは大声で笑った。笑って笑って笑い疲れてそのまま浜辺に倒れた。
「夢、打ち砕かれたね。でも滑稽で笑えるよ。」三島はそれだけ言ってまた笑った。僕も笑った。僕たちはこの現実の世界で確かに笑った。心から笑えたのだ。僕たちは皮肉にも現実の世界から希望を与えられた。
「希望はきっと、そこらじゅうに転がってるんだろうな・・・。どうして気付かなかったんだろう。」僕はそうつぶやいた後で、海に向かってちくしょー!!と叫んだ。何度も、何度も、声がかれるまで叫び続けた。







エントリ13  明日になれば全てが解決するだろう     じゅん


 明日になれば全てが解決するだろう。 そうして僕は今日と同じ朝日と夕陽の束の間の休息を楽しみなが、その途中でオレンジの雲の船の流れに身を任せ、目の前の全てから逃げきるのだ。 
 素晴らしいと思わないか? あんなオレンジの雲の船に乗っかってゆっくり、それこそ風の吹くままのんびりここから去っていくのさ。 できればラジオを持っていこう。 そうしてボブディランの曲でもかけていきたいものだ。 曲は何かって? 彼の曲ならなんでもいいんだ。 ハーモニカとオルガンと、ディランの声なら僕はいつまでだって聴いていられる。
 子供の頃は、雲の上っていえば白い綿のように柔らかく温かいものだと信じていた。 改めてそれが正しかったのだと僕は知ることになるだろう、きっと。 オレンジの雲はオレンジの綿でできているのだよ。 
 爽快だと思わないか? 雲の上では太陽の光は常に僕を、僕のためだけに照らし続けていてくれるんだ。 もう、薄ぐらい沈鬱な心持になることもない。 灰色の雲の天上を下から眺める陰気な日もない。 僕は死のうとも、生きようとも決意する必要もないんだ。 ただ、風の流れに従っていればいいだけ。
 痛快だと思わないか? 僕は僕以外の誰もそこへは連れて行かない。 誰にも告げずに僕はここを去っていくのだ。 最初は皆僕がどこへ消えたか不思議がるだろうよ。 あいつは変な奴だったから、どこか見知らぬ国へでも逃亡しただの、地下の奥底で首でも吊っているだのと皆は思い巡らすだろうけど、僕はしばらく誰にも僕の居場所を知らせない。 そして、一年もたったある日に、「上を見上げてごらん。 そこの雲の上に僕は居るんだよ」って手紙を僕は雲の上から地上に撒き散らすんだ。 その手紙を手にし一斉に空を仰ぐ皆の顔を思い浮かべただけで、僕は笑いが止らない。 痛快だろ?
 でもね、全ては明日になったらの話さ。 今日の僕はいつもと変わらずバス停でオレンジの雲たちを眺めながら、バスが来たらそれに乗らなきゃいけないんだ。 バスに乗ったら狭い座席の片隅で、隣のおばちゃんのご機嫌を横目でうかがわなくちゃいけない。 もちろん降り際には、バスの階段の段差に細心の注意を払って降りる。 そして、降りた矢先の大通りの人の波には、もっと気をつけなきゃだめだ。 直進するだけじゃ人に轢かれて鳩どもの餌食になるだけだからね。 
 とにかく、明日まで待つことにしよう。 明日になったら全てが解決するだろう。







エントリ14  幻光     むん


先月長年住んだ東京に別れを告げ、緑豊かなこの町に林谷は引っ越してきた。
まず驚いたのは空気。こんなに旨いと思ったのは初めてかもしれない。朝一の空気の新鮮な事。当り前にあるものに感謝をする。
都会の汚れた空気を吸い続けて心まで汚れてしまっていたのかもしれない。
次に夜がとても静かな事。都会の眠らない街と違って恐いほどシンと静まり返っている。慣れれば実によく眠れた。


毎朝ウォーキングを兼ねて新しい町の探索に励んでいる。

草の匂い。日差しの強さ。
すれ違う人は、知り合い関係なく挨拶を交わす。
町の人も皆生き生きとしていて、すぐに好きになれた。

町並みを一望できる小高い丘にある公園にきた。
緑がなんて多いんだろう。
建物と緑が見事に調和していて、何処か懐かしいとさえ思える景色。

満足げに見渡していると、視界の端にドーム状の建物が見えた。
一部が崩れている。火事でもあったのだろうか?
林谷は好奇心に建物へと吸い寄せられて行った。
きな臭い匂いがする。が、中は不思議と焼けたような様子はなかった。中へ脚を踏み入れ様と一歩進むと、背後に気配を感じた。
振り向いて凍り付いた。
町中の人が集まったかのような人、人、人。
いつも笑顔のおばさんもおじさんも険しい顔をして、
皆が皆林谷を見ている。
「あ、いや。何かなーと、思って。町にとって重要な何かなんですか?」
引きつる顔に気付いていながら努めて明るい口調で聞いてみた。
それほど異様だった。

けれど、気まずい空気だけが流れ続ける。
林谷は「あ、そろそろ帰るか…」とだけいうと、逃げるようにきびすを返した。
気持ち悪さに釈然としない。ぽりぽりと頬を掻いてみたがなんだかわざとらしく思えて、重い息を吐いた。

夜の帳が下りた頃。昼間の人達の事を自然に考えては、うーっと意味の無い言葉を吐いた。
不自然さがやけに気になっていた。
静か過ぎて耳が痛い。
こういう時の田舎は、淋しく感じるものだ。

思っていると、は!と林谷は起きあがった。
なんだこの違和感は。何故今まで気にならなかったのか不思議な位だ。
こんな緑豊かな地で、何故虫の音1つ聞こえない?
夜に町人を見かけないのは早寝の週間かと思っていたが、一人もいないのはおかしくないか?

林谷は自宅を飛び出した。
まだ七時半を回った頃だ。町に灯りが1つも無い。
なんなんだ?
一度違和感を感じたら何もかも嘘臭く感じてくる。
人が居ない。
広い町に完全に孤独になったみたいで、急に恐怖が沸き起こって叫びたい衝動に駆られた。
走った。
誰かを求めて走った。

灯り?
遠くにチラチラと灯りらしきのが見えた。
確かあれは昼間の、ドームの方では…。
足早に近づいて行った。

蛍だろうか。
ふわふわと幻想的なそれに、惹かれる様に建物に脚を踏み入れた。

カツンとカン高い靴音が響く。
中は埃っぽく、資料室みたいだ。
古い書籍に、日に焼けた新聞。
日付が50年も前だ。月灯りを頼りに読める字を追っていった。

長い時間がたった。
林谷の脚は震えていた。
この町は50年も前に戦争で焼失し、滅び去った町だったのだ。

蛍の光のようなものがふわふわと林谷の回りを周っていた。







エントリ15  破天荒     いちこ


 「破天荒」

本日は晴天なり。朝っぱらから交尾しているネコがやたら羨ましい。

学校に行くのはうざい。学生服を見るのも真っ平だ。であるからして、朝から自動販売機でワンカップなんか買ってしまう。これで少しは現実逃避になるだろう。

ああ、おいらは、駄目な教師だなあ〜〜〜。としみじみしながらワンカップを飲み干し、民家のポストの上なんかに置いてっちゃう。

 「おっす!おはようっす!」と、朝から暑苦しい。

 「ああおはよ」とやる気ない返事。

 「わっせわっせ」

 なんてったって男子校。しかも、運動部がやたら強い。

 「先生、おはようございます」

 朝から保健室の先生はフェロモン全開。努力は認めるが、顔が鶏がらみたいだからげっそりしてしまう。
 
 げっそりしながら没収したエロ本が山のようになっているロッカーに行って、教材を持って来る。

 教材と言っても、馬鹿でかいハリセン一個だけ。教えることは全て頭に入ってる。でなきゃ教師と言えるか!と、おいらは勝手に思ってる。
 
 「うっす!」と教室に入る。大抵、生徒達はエロ本見てるかくっだらねえ、メールしてる。でも、おいらが教室入ると空気が変わるんだよ。聞かねえ奴はハリセンでぶっとばしてエロ本も携帯も没収してやる。おいらは、名の知れたやくざの息子だからか、奴らは大抵びびってんだ。

 そんなおいらにも一人だけ苦手な生徒がいた。クラス委員の宮元だ。

 奴は、いわゆるおねー系で、高校生のくせに、親が医者であることを良いことに、自分の体をいじくり回し、全くの女になっていた。そして悪いことにそいつは非常に綺麗であった。

 「んんん?」その日、おいらは自分の目を疑った。クラスの柔道部のキャプテンである倉橋が、どういう訳か女みたいな格好をしていた。
 
 「どどどどどーしたんだ!倉橋!」おいらは冷や汗が出た。
 「似合うでしょ?ちょっとお〜イメチエン!」倉橋はおいらにウインクした。
 
 アゴが床まで落ちてしまいそうだった。

 明らかに宮元の影響であった。その日を堺に、我が、3年B組は、お姉系が、急激に増えた。他の教師や校長からもうるっせー指導を受けたが、皆、どんどん女になって、教室はまるでキャバレーの様だった。
 
 ある日、とうとう最後まで頑張っていた卓球部の3人が陥落した。おいらは、教室で身の危険を感じるようにまでびびっていた。生徒の全員がおいらを変な色目で見るのも怖かった。そして、おいらは決断した。

 ボンレスハムみたいな網タイツをはいて、真赤な口紅はまるでオバQみたいだった。
体にぴったりとした紫色したドレスを着て、髪は三輪明弘みたく黄色く染めた。ばっさばっさと風がおきそうな付けまつげまでして、アホ丸出しであった。

お袋は面白がって笑っていたが、オヤジは「指を詰めろ!」とおいらを追い掛け回した。
若い衆はおいらが頭がおかしくなったのだと、おいらに病院で診てもらうように説得していた。

おいらは、「うふん、あはん」なんてくねくねしながら学校に向かった。

 その日、学校で、年配の先生達は即死するかと思うぐらいショックを受けていた。
「皆も30ぐらいになったら私みたいに美しくなるのよ!こういうのってとってもお金がかかるのよ。女性ホルモンとか、一生打ち続けなきゃ汚い髭も生えちゃうんだから!それに、ホルモン剤って、骨がぼろぼろになるのよ!」おいらは教壇に立って仁王立ちして言った。

「やだーーー」
「きたなーい」
「やっぱ、嘘でも男でいい〜」

 
オカマどもはおいらの醜さにおののいていた。

「おほほほほほ〜〜」
おいらの馬鹿笑いだけが教室に響いていた。

翌日、教室はお姉系は宮元だけになっていた。

おいらはほっとしたが、また女装して遊ぶのもいいなと思った。







エントリ16  恋のから騒ぎ     妃華 寒水


 ありえないわ! どうして毎日毎日毎日(エンドレス)
「ハーイ、我が愛しの君! 一緒にお弁当たーべよ!」
来るのよー!!

ことの始まりはそう、2、3週間前のこと。私は告られた。1コ上の先輩に。でも私はその人のことあまり(というか全然)知らなかったから断ったのだけれど、断り方がまずかったのか「それなら、俺のことをもっと知ってくれたらOKだしてくれるかもしれないんだな」などとほざき、毎日昼になると自分をアピールしにやってくるのだ。
「じゃ、そういうことで。がんばれ渚」
「どういうことだよ、我が友!」
「いやー毎度毎度わるいねー。2人っきりにしてもらっちゃって」
アハハハハーと笑う先輩をにらみつければ「そんな目でみるなよハニー」などとニコニコ顔で返ってくる。ふっまぁいいわ。今日は秘策があるんだから。
「ねー先輩」
「なんだ?」
 私に話しかけられてうれしかったのか超笑顔で聞き返してきた先輩。この笑顔をこわしてしまうかもしれないけど致し方ない。
「私ね、好きな人がいるんです。でもあなたではないんです。ごめんなさい」
 こう告げ先輩を見れば、顔には落胆の色。なんとなく悪い気がして何か言おうとする前に先輩が口を開いた。
「その好きな人ってさ、誰か聞いてもいいかな?」
こうくるのはまぁ、当たり前だよね。
「えっと、この国の人ではないんだけど……」
「えっじゃあ外人さんなの!?」
「うん。そう……」
「そうかー。外人かー。でもめったに会えない人よりもまだ俺の方が有利だよな」
 …
 ……
 はい? 何今のこの人のひとり言は? まさか、まさか……
「俺はこんなことではくじけないぞ! その外人さんに告る前に、俺のことを好きにならしてみせるぜ渚ちゃん!」
 やっぱりかー!!
「そんなこと言ったって、私ほんとにその人のことが好きなんです!あなたにはなびきませんよ!」
「よーし!がんばれ俺!」
「人の話を聞けー!!」
私の闘いはつづく。







エントリ17  夏の日     泉咲樹


私は、静かに教室に入り、窓際の席に座った。教室には、自分しか居ない。夏休み前の放課後。時刻は、夕暮れ。夏特有の強い日差しの太陽が、もうビルの群れに沈みそうになっている。汗ばむ程の気温と体にへばりつく湿度は幾分楽になってきている。開いたままの窓から、私は、校庭を見下ろした。校庭では、野球部が練習試合をしている様だ。目があの人を捜している。しかし、遠すぎて誰が誰の顔が判らない。眼鏡を上に動かしてレンズの下で覗いても判らない。
私は、ため息をついた。
コバヤシトモヤ君。
私が捜していたのは彼だった。
本来、内気で友達も少ない私。そんな私だから、男の子と会話したことすら余りない。この先、自分は男の子を好きになったりするのだろうか? と思ったこともある。恋愛小説や恋愛ドラマ、友達の恋愛を一生眺めていくだけなのかも知れないという私の考えを見事に壊してくれたのが彼だった。私のとってこれは、初恋というやつだ。今時、高校生にもなって、初恋だなんて笑われるかな?
彼を好きになった日のことは、忘れられない。理由は、複雑ではない。
入学して二ヶ月経った頃だった。
私の登校時間は早い。家が結構遠い所にあるため、電車の時間が早くなり必然的に登校が早くなる。朝は、大抵、一番に教室に入る。その日もそう、今日みたいに夏の暑い日だった。教室に入ろうとすると、教室の前のドア付近で人にぶつかった。
それがコバヤシ君だった。野球部のユニホームを着ていたから、部活に向かう所だと思う。急だったので、私は、コバヤシ君にぶつかったはずみで、無様に転んだ。眼鏡が飛んで、廊下に転げた。すっごく恥ずかしかった。
「大丈夫、ヒロセさん」
顔を抑えて蹲る私に、彼は、手を差し伸べてくれた。私は、耳まで真っ赤になっていたのではないだろうか? 
男の子にこんな風に優しくされたのは、初めてだった。せっかく私に注いでくれた優しさを無駄にはしたくなっかので、躊躇いながらその手に捕まり立たせてもらった。温かい。
「大丈夫?」
「……うん」
「ヒロセさんの眼鏡、大丈夫かな?」
コバヤシ君は、廊下に落ちていた私の眼鏡を拾い上げた。「はい、これ」
「……ありがとう」
眼鏡の事なんて、どうでも良かった。
自分の名前を覚えてくれていたことが嬉しかった。ドキドキした。鳴り止まない鼓動。
「あのさ、思ったんだけど、ヒロセさんは、眼鏡じゃない方がいいよ。そっちの方がいい」
コバヤシ君は、トマトみたいになった私の顔を見て笑いながらそう言った。
「……そう、かな?」
「うん。そっちの方がいい」
それ以来、何の会話もしていない。
私がコバヤシトモヤ君を好きになったのは、それだけのことだった。嬉しかった。
それからの私は、コバヤシ君に気がついて欲しくて、わざと何度も前を通ったり、目で追ったりしていた。何も言えないまま。
でも、私、最悪の場面を見てしまった。そう、彼が他の誰かに告白している所だった。一瞬、全身が動かなかった。すぐに怖くなって逃げ出した。弱虫な自分に嫌気がさした。悔しくて、悲しくてしょうがなかった。
私は……。と、そこで、思考を止める。
ぞっとした。全身に鳥肌が立った。焦れば焦るほど、私の頭の中は、混乱している。
どうなってるの?
一体、どうしたというの?
私には……それ以降の記憶がない。
全く、ない。
「コバヤシ君に会いたい……」
唯一記憶に残っているコバヤシトモヤ君に会いたくて、会いたくて、たまらなかった。
気が付くと、私は、泣いていた。

「先生! 二一一号室のヒロセさんが、目を覚ましました!」
ヒロセナミの担当医の部屋に中年の看護婦が駆け込んだ。彼は、驚いて立ち上がる。
「本当か!」
植物人間状態の彼女が目を覚ますことは、奇跡に近い。一年ほど前、交通事故で病院に運ばれて来た時、その外傷の少なさに安心したが、なぜか脳だけが覚醒しなかった。
「彼女に……何があったんでしょうか?」
看護婦が問う。
「何か、目覚める理由をみつけたのだろう」
担当医は、答える。嬉しそうに笑う。
「そうですね」
看護婦は、頷いた。彼女もまた、微笑んだ。







エントリ18  Breathin'     沙風吟


 彼女がいなくなった。

 僕は机の引き出しを開ける。なぜそうしているのか自分でわからない。頭が混乱している。小さな包みを取り出す。包装紙を破り捨てると、小さな木製の箱が現れる。側面の穴から銀色のハンドルが突き出ている。僕の誕生日に彼女がくれた、手製のおかしなオルゴール。

 ハンドルを回せば奇妙な音が鳴った。金属の鍵を弾く音ではなく、風が鳴るような、擦りつけるような低音。それはメロディと呼べるものではなかったけれど、不思議に僕の心を震わせた。オルゴールと彼女が言ったので、僕もそう呼んだ。
 声の綺麗な娘だった。色白で、物憂げで、けれどもとても優しい微笑みを浮かべた。機嫌の良い時には、歌うように話した。
 あんまり速く回したらだめだよ。壊れちゃうから。
 真顔でそんな風に言った。もう壊れてるじゃないかと思いながらも、僕は忠実にその言葉を守ってきた。だけど。もう。

 四角い小さいオルゴール。彼女は単純なものに美しさを見いだすのが好きだった。そっけないくらいにシンプルなものを愛した。
 僕はハンドルを回し始める。ゆっくりと、回す。
 最後に会った時、僕は彼女に返答を求めた。自分の恋心への。
 今度ね、と彼女は言った。
 運命というものがあるとして、彼女はそれを知っていたのだろうか。僕はまるで気付かなかった。なにも知らなかった。
 ハンドルを回す。風が鳴る。
 今度ね。それが最後に聞いた言葉だった。どうして彼女はあんなことを言ったのだろう。微笑みながら。今度なんて無かったのに。僕はハンドルを回す。歯を食いしばる。嗚咽が漏れる。涙があふれる。ハンドルを回す。もっと速く。
 返事をまだ聞いていないのに。彼女は死んでしまった
 風のような奇妙な調べの繰り返し。僕はハンドルを回す。もっと速く。壊れてしまう。壊れてしまえ。咎めてほしい。声が聞きたい。回す。もっと速く。もっと。

 その時。気付いた。

 小さな衝撃と共に、ハンドルが折れた。箱は僕の手から抜けて、横向きに床に落ちた。横板がはずれ、板の隙間から黒い円盤がはみ出した。
 僕は立ちつくしていた。
 オルゴールというよりも、それはレコードだった。
 僕は限界まで早くハンドルを回し、たった一度だけ、知らずに回転数を合わせた。それは彼女の息づかいを正確に再生した。彼女の言葉を。
 僕はずっと彼女の答えを聞いていたのだ。何度も、何百回も。
 彼女らしいシンプルな一言。
 「すき」