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第29回1000字小説バトル Entry10

別れ

 少しずつ、少しずつ歯車が狂い始めている。僕の中でも、君の中でも、狂い始めている。僕は手を握りしめて、未来を思う。君はソファに座り、過去に返る。外に行こうよ。連れ出してあげる。この部屋は何もないから。白い壁に何を願うの。
ソファに座って何を思うの。何も語らなくていいから。公園に行こうよ。手を貸してごらん。さぁ、ふらりと出かけよう。怖がらないで。震えているの。調子、悪いみたいだね。公園は明日にしようか。今日はじっとしていようか。今日は部屋でゆっくりしよう。それから夕食は僕が作るよ。パスタでいいかい。
「昨日ね......」
「どうしたんだい」
「何もかもが......」
「君が口を開いたのは久しぶりだね」
「......」
 君の目には何が映っているんだろう。一体どこを見ているの。植物みたいに動かずに、じっと時を待っている。僕は君の側にいたいだけだから。
「話さなくてもいいよ」
「昨日ね......わたし」
「目を閉じてごらん、そしてゆっくり落ちつくんだ。何を怯えているの」
「昨日、わたし、......」
 涙が浮かんだ。感情がちゃんとあるんだね。君は何時も無機質だったのに。
「不安なのかい」
「......」
「逢えてよかった。さよなら、あなた」
「どこへ行くつもり」
「過去に戻るの」
「過去には戻れない」
「さよなら」
 君はそういって出ていくんだね。何時かこんな日がくるんじゃないかと思ってた。追いかけはしないよ。忘れるんだね。僕は君の未来を祈っている。白い部屋。
ソファがひとつ。ベットがひとつ。ほかには何もない。君がいなくなったら淋しくなるね。
「観葉植物でも買うよ。さよなら」
「ありがとう。分かってくれたのね。さよなら」
 そうして君は去っていった。僕は音もないこの空間で独りぼっち。明日、観葉植物を買いに行こう。部屋も模様がえしよう。僕はソファに座って君のことをしばらく考えることにした。ソファの手掛けの上にはプレゼントした指輪が転がっていた。
「お互い淋しくなるね」

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