←前 次→

第29回1000字小説バトル Entry19

もう走らなくていい

 父さん、僕はもう一人で走れるよ。

 学校のマラソン大会があるといったら、父さんは「じゃぁ俺がコーチしてやる。」と言って一緒に走り始めた。それから父さんと僕のマラソンが始まった。仕事をしているのかしていないのか僕にはわからなかったが、父さんは毎日6時には帰ってきた。そして「おい、走るぞ。」と言うなり、僕の前を走っていた。僕だっていつも学年では上位だった。40を越えた父さんには負ける気がしなかった。でも父さんには勝てない。そんな僕を見て、「俺に勝てたらもう練習しなくていいぞ」と、父さんは僕をからかった。
 そんな父さんが、急性心不全であっけなく逝った。4年生のマラソン大会の前日だった。
 それ以来、僕はマラソンにのめり込んだ。毎日走った。具合が悪いときは母親に止められた。でも、僕は走った。走っているときはいつも父さんと一緒にいられるような気がしたからだ。いや、実際父さんと一緒だった。父さんはもうすぐゴールだと思うと、必ず僕の前に現れて、背中越しに「俺に勝てたらもう練習しなくていいぞ」と言ってきた。だから僕はいつも走らなければいけなかった。父さんに負けるのはいやだった。
 6年生のマラソン大会が来た。僕はあれからずっと走っている。2年間、毎日・・・。つらくはなかった。楽しかった。
 レースが始まった。僕はトップを走る。ぶっちぎりだ。そりゃそうだろう。練習量が違う。毎日走っている僕にはこんな距離はたいしたことなかった。でも、いつものようにゴール間近で父さんが現れた。
 いつも僕の前を走る父さんが、どうしたんだろう、今日に限って遅い。僕はにいつのまにか父さん追いついて・・・父さんを追い抜いた。父さんの顔は見えなかった。
 僕はそのままゴールした。1位なのにうれしくない。・・・・僕は誰に勝ったのだろうか。なぜだろう。うれしくないのに涙が止まらい。

 それ以来、僕の前には僕の前には父さんは現れない。ずっと・・・。

←前 次→

QBOOKS