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第29回1000字小説バトル Entry20

違和感

 朝から、頭が薄ぼんやりしている。
 霧の中を泳いでいるような感じで、まるで自分の体が自分のものではないようだ。
 やはり、昨夜の酒がまだ残っているのだろうか。どうやって、家に帰ってきたのか判らないほど、ぐでんぐでんに酔っ払ってしまった。久しぶりのことである。
 顔を洗っても、歯を磨いても、すっきりしない。
 食卓につくと、妻が不思議そうな顔をして私の顔を見ている。
「あなた、なんだか今朝はおかしいわ」
「おかしいって、何がだい?」
「なんていうか…、何だか、別の人が座っているみたい」
 そういわれてみると、目が覚めてからずっと、まるで他人の体にでも入りこんだような感覚である。
 それにしても、そういう妻の顔が変にぐにゃりと曲がって見える。なにか変な薬を飲んだというわけでもない。なんだというのだろう。この違和感は…。
 子供が、目の前を慌しく走っていく。ふと、立ち止まる。私の顔を見るが怪訝そうに首をかしげて、すぐに何事もなかったように部屋から出ていく。
 いったいどうしたというんだ。本当におかしい。そんな子供の表情さえものっぺらぼうのようにしか見えない。
「もう、行くよ」
「だいじょうぶ?気をつけてね」
「ああ」
 妻はとても心配そうな声で繰り返す。
「やっぱり、何か違っているわ。今朝のあなたは」
 
 愛車に乗って、自宅からいつもの通勤路に出た。狭いくせに、朝は通勤ラッシュで混雑し、日ごろから事故の多い危険な路だった。
 ところが、なぜかその道路が空気に溶けるようにかすんで見える。すれ違う対向車は、黒い塊にしか見えない。脳みそが麻痺してしまったのだろうか。わけがわからない、この違和感。不快感。
 どうしてしまったのだろう。私はいったい……。
 すると、まさに、その時である。
 空間を真っ二つに切り裂くような、激しい音。クラクションと、タイヤのきしむ音に続いて、さらにけたたましい激突音が響いた。
 たちまち、目の前のゆがんだ景色が暗転した。激痛が全身を駈け抜けたが、それも一瞬のことである。
 正面衝突だった。いつの間にか私は反対車線を走っていたのだ。
 地面に叩きつけられて、ボロ雑巾のように転がっている自分の姿を上から眺めるで、私は初めて今までの違和感の正体に気がついた。
 なんてことだ。朝起きてからずっと、私はめがねをかけ忘れていたのだ!

 それにしても、恨めしいのは、家族がそのことに全員気づかなかった事である。

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