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第29回1000字小説バトル Entry21

夜明け前

 静まり返った街の中で、そっと息をしてみた。生きているみたいだ。空は暗闇のむこうからうっすらと光とあたたかい空気をただよわせはじめている。白く黄色い空に覆われてしまうことを思うと、僕は軽いめまいにも似た気分になった。自分のちっぽけさと、世界の現実感がじわじわと忍び寄ってくる。
 通りをはさんだコンビニには僕と同じようにベッドの中で夜をすごさなかった若者たちが、煙草を吸いながらただただ時間をつぶしている。慣れない煙草に僕は火を付けて、ぼうっと、煙と記憶を吐き出し、それがゆっくりと漂い消えてゆく様を見たりして歩き続ける。
 昨日の夜、いや、この夜はいったい何だったのだろう? そんなことを思い出すふりをして、でもすべて知っている・・・。

 僕のとなりに君はいた。夜空の中で愛おしさが小さな光を放ちそうで一生懸命こらえていた。目の前をゆっくりと流れる川は風景をゆらゆらと映し出している。そして、僕はゆっくりと素直にその光を、じっと川を見つめる君に伝えていった。
 君は「え・・・」と戸惑う。誘いかけた気持ちが、君のこころと体を軽く触れただけで通り過ぎ、風の中で音もなく消えてゆくのがわかった。君は多くを語らない。でも、それ以上のことをしっかりと伝えていた。共にすごしていたと思えた日々の彼女にとっての意味。それは僕の世界から遠く、はるか彼方にあって、僕はそれを知った。言葉の向こう側で。
 彼女は僕を背にして道路へ向かい、手を振ったかと思うとタクシーをつかまえ、逃げるように闇から街灯りに沿って走り去った。それは、たくさんの車の、たくさんの灯りの川の中へと溶け込み、そのうちの一つになってしまった。
 僕は、街の中にあった。この僕であることをやめなければいけないようで、すべてが抜けて、消えてゆく。部屋に戻ったら何もかもが現実になることを恐れ、とりあえず川沿いを北へ北へと歩いた。

 無人駅のように、相変わらず静まりかえっている街を、吐き気がするほどの静かな眼差しで見ている。もうすぐ夜が明けるだろう。そしたらきっと、この夜のことが遠い夢の場所にあって、だから胸にいつまでも重く残り、逃げられず、透明な自分とありありと存在する世界とのバランスを失ってしまうだろう。
 ゆっくりと東の空は光を放つ。溶けていきそうな僕と記憶を感じながら、川を見る。何もない。何もない。ただ空は色を変え、眩しく、図々しく光を分け入らせた。

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