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第29回1000字小説バトル Entry22

鍵

 インターホンの音にドアを開けると、彼がいた。
 呆気にとられていると、ずかずかと家の中に入ってくる。
「なんで?」
 無意識に漏れた疑問に、彼は平然と答える。
「あ? なんでって、お前に会いに来たんだよ」
「だって、結婚したって……」
「結婚とお前は別だよ」
 そういって彼が近寄って来るのを、何処か遠い出来事のように感じていた。

「ねえ、日曜日に映画行かない?」
 ベットの上から帰り支度をしている彼に言った。
「あ、悪い。今度の日曜に俺、結婚するから」
 一瞬、彼の言葉の意味するものが分からなかった。
「上司の娘と見合い結婚だけどな」
 彼が可笑しそうに笑う。
「え? あなたが……?」
「そうだよ。そういうわけだから、悪いな」
 笑いながら、鍵を残して出ていった。

 彼がいなくなって、
 捨てられてちゃったんだな。
 そう、思い知った。
 何がいけなかったんだろう?
 わからなかった。
 彼の温もりが残っているベットでないた。
 彼だけが全てだったと知った。
 私には彼しかいないのだと。

「おいおい、どうしたんだ?」
 彼が不思議そうに聞いてくる。
「あなたは私を捨てたんじゃないの?」
 ただ、これだけを尋ねる。
「何言ってるんだ、さっきも言ったろ。結婚とお前とは別だって」
 彼は何を言ってるの?
「鍵、置いてったじゃない!? 笑ってたじゃない!?」
「捨てられたと思った? ワザとに決まってるだろ?」
 彼が囁く。
――パンッ
 思わず彼を叩く。
「悪かった。機嫌直せよ」
 彼が抱きしめてくる。
 何で私は抵抗しないの??
「あなたには奥さんがいるじゃない……。あなたが守るのは私じゃないわ」
 まともに彼の顔が見えない。
「馬鹿だな、さっきも言っただろ? 結婚とお前は別だって」
 こんな言葉に惑わされちゃいけないってわかってる。
 なのに、私は耐えきれなくなって彼にしがみつく。
「俺は欲張りだからな。知ってるだろ?」
 彼が呟く。
「あなたはずるい。あなたは家族だって何だって持ってるじゃない!? 私は何も持っていないのに、あなただけしか居ないのに!」
 ああ、とうとう最後の言葉を言ってしまった。
「お前が、そういうこと言うから悪いんだぜ?」
 彼の目に射抜かれる。
「あなたは私の全てを奪うのね」
「ああ、お前の心も身体も、未来でさえもな」
 もう逃げられない。
 でも私は甘い幸せを感じていた。

 もう、鍵は彼に渡してしまった。
 私は今日も独りでドアが開くのを待っている。

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