第29回1000字小説バトル Entry30
少女は屋上に登った。
風が強い。風見鳥がからからと、飛べぬまま夜にもがいている。
白いペンキの風見鳥だ。
そのペンキは少女が塗ったものだった。少女がこの孤児院に来た時、風見鳥はぼろぼろだった。誰にも相手にされぬまま、永遠に飛べない空にもがき続けている風見鳥を可哀想に思い、少女が白いペンキで塗ってあげたのだ。
(お前は頑張ってね。いつか飛べる日まで頑張ってね)
そう言って少女は風見鳥に背を向けた。
見上げると夜空は満天の星だ。圧倒的な、満天の星空だ。
その星空の中へ、少女はゆっくりと身を投げた。からから。からから。風見鳥の回る音だけを聞きながら、少女はゆっくりと身を投げた。
(結局何も解らなかった)
そう思いながら少女は墜ちていった。
(何も解らなかった)
何も。
(良いですか? 分数の割り算は割られる数の分子と分母を)
(好き嫌いをしては駄目よ。残さず食べましょうね)
(ほらほら、みんな仲良くね)
(天に在す我らの神よ。アーメン)
だけど。
(だけど先生! 先生! だけどそれらに何の意味が有るの?! だから一体何なの?! 神様って誰なの?! 楽しいって何?! 悲しいって何?! おいしいって何?! 生きてるって何?! 生きてなくてはいけないの?! なんで死んではいけないの?!)
もう地面はすぐそこだった。
からから。からから。からから。強い風に風見鳥が鳴る。その音を聞きながら少女は、風見鳥だけは好きだったな、と思った。
だが。
(え?)
だが地面は再び少女から遠ざかっていった。
(な?)
ゆっくりと、しかし徐々に速度を増しながら地面は遠ざかっていく。孤児院の二階を通り越し、三階を通り越し、少女は空へ近づいていく。
(どうして)
少女はふっと背中へ振り返った。そこには。
(!)
そこには白く燃える羽が揺らめいていた。
安っぽく、だけれど胸苦しいほど白い、燃える羽根。
羽根は夜空に強く羽ばたいた。増していく速度の中、それを見た少女は、あれ程解らなかった悲しみの意味を何故か理解出来た気がした。
からから。からから。からから。
少女はからからと、白い羽根に抱かれて全てから遠ざかっていった。
次の日の朝、中庭で倒れている少女が発見された。
その死体を静かに見下ろす風見鳥の羽根が無くなっている事は、誰も気が付かなかった。
羽根の無い風見鳥は今もこの孤児院の屋上で、飛べない空に向かってもがき続けている。