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第30回1000字小説バトル Entry16

きりんの寓話

彼女がこうなってしまったからには、ゾウについて話すよりもキリンの歴史的変遷について話したほうがいい。そういうことは経験的にわかるのだ。
出て行こうとする彼女の肩に手をかけ、抑えた声で「ゾウじゃだめなんだ」と言ってみる。彼女は少しうつむいてテーブルの上のキリンビールの空缶をみつめていた。
キリンの歴史的変遷?
歴史を語るのはやさしいことではない。それは生まれて初めて買ったレコード、それからその上に積まれた数百枚のレコードについて順に考えていくことに似ている。とてもできそうもない、というわけではないがとても骨が折れる、そういう作業。歌詞を間違える。音程もはずす。でもそんなことは言っていられない。彼女が出ていく前に話をしなければ。
僕は口を開く。「キリンはアフリカで最初の動物なんだよ」
彼女「ゾウの時もそう言ったわ」
僕「違うよ、キリンはアフリカそのものなんだ。紙の裏表みたいに。アフリカがあった時そこにキリンがいたんだ」
彼女「それで?」
縮んだ想像力を内側から少し広げてみる。息がつけるくらいのスペース。六畳間の想像力。アルジェリア、太陽、コントラスト。

キリン「じゃあ行ってくるよ」
きりん「気をつけて…、あら?あなた少し首が伸びたんじゃない?」
キリン「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。僕がそうでないと思うのと同じくらい確かに、君がそう思うならね」

「ばかみたい」と彼女は言った。やっぱりまだ怒っていた。

きりん「ばかなこと言ってないで早く行きなさい。遅れるわよ」
そして次の朝、同じ場所で同じ時刻に同じ会話がかわされた。それは次の日になっても変わらず、(キリンいわく)古典的決定論を思わせる正確さで、それは来る日も来る日も繰り返された。キリンの生活は単調なのだ。しかしその日はやってきた。
きりん「あなた単長よ」
キリン「でも仕方ないだろ。これが我々の生活なんだ。キルケゴール的超越なんて、もう流行らないんだよ」長い年月はキリンをいくらか中産階級的にしていた。
きりん「ちがうの。首のことよ。長くなってる」
キリン「えっ?本当だ、11センチも伸びてる」
きりん「長いわよね。それ」
キリン「11センチだ」
彼は下を見ながら言う。
キリン「だけどキスの最適距離は11センチだってね、チュッ」
おまけに愛も育まれていたようだ。

最適距離だってさ、ちゅっ。
彼女が何か言った。でももう怒っていなかった。
日常はいろんなものを育てるのだ。

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