第30回1000字小説バトル Entry19
バスは乗客で満杯だった。
3人ほど立っている。
最後尾に嫌な集団が陣取っていたので、前の方に行く。
すると、なぜか席がひとつ空いていた。
出口のすぐ後ろ、運転席の横だ。
運がいい。
ミカを座らせた。
僕はその横に立つ。
バスが動き出した。
街路樹の枝が窓をこする。
天気もいいので、気分もいい。
「ちょっと、あれ…」
ミカが小声で、僕の背後の運転席を指さす。
振り返る。
運転手がハンドルを握っている。それだけ。
「なに?」
「よく見てよ、ほら」
僕は体の向きを変えた。
よく見る。
ああ、ほんとだ。
運転手は、両手をハンドルに固定されたただの人形だった。
遠目には人間がハンドル操作をしているように見える。
が、実は、ハンドルの方が勝手に動いている。
にも関わらず、バスはちゃんと走行している。
カーブも曲がるし、赤信号も止まる。
「遠隔操作?」
「なによ、それ?」
他の乗客は気付いていないらしい。
いつの間に公道での自動運転が認可されたのだろう?
自動操縦の運転席。
僕は、さりげなく運転席の側に体を移動させた。
運転席に特別な装置は見当たらなかった。
ただ、カエルがいた。
それも一匹だけ。
人形の首から吊されたジャムの空き瓶の中に、アマガエル。
ツヤツヤした緑色で、薄く張った水に体半分だけ浸っている。
カエルにしては真剣な顔つき。
正面を向いて、しゃがんでいる。
と、突然体を起こし、四本の脚でバタバタと狭い瓶の中で体の向きを変えた。
左。
するとバスが左に曲がった。
つまり…。
「このカエルが運転してるの?」
いつの間にか横に来ていたミカが小声で訊く。
僕に訊かれても困る。
困るが、そうだろうと思える。
「だって、ほら」
ミカはそう言って、醤油差しを見せた。
てっぺんに黒の油性ペンで何か書いてある。
〈運転手用浴び水〉
「どこにあったの?」
「そこ…」
僕は、醤油差しの中身を瓶の中のカエルに数滴垂らした。
カエルはちょっと驚いてから、ケロケロと素早く二回鳴いた。
と同時にバスのクラクションがけたたましく二度鳴った。
もはや、疑う余地はない。
「爬虫類なのにすごいわね」
「両生類だよ」
僕はもう一滴だけ、カエルに水を垂らした。
今度は尻をモゾモゾ動かしただけだった。
気持ちいいのか、嫌がっているのか、よく分からない。
僕とミカは自分の席の方に戻った。
まもなくバスは市街を出た。
ちょっと運転席を覗いてみた。
カエルは瓶の中でドタバタと忙しく動き回っていた。
バスは今、くねくね道を走っていた。
なるほど。