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第30回1000字小説バトル Entry2

僕とカワウソ

そのカワウソはあまりにも寂しがり屋なので、いつかトコトン傍にまとわりついてやり、その口から「頼むから一人にして」などと言わせてやりたい気分に駆られる。但し実際それは無理な話で、僕がカワウソに逢いに行けるのは仕事のない週末に限られており、しかも毎度妻に何かもっともらしい嘘をついて出掛けなければならない。嘘の材料に困った場合は迷わず訪問を取り止める。いかなる嫌疑も避けなければならない。それがカワウソとの関係を維持する為に長期的観点から導いた僕の信条である。人が過ちを犯すのは決まって目先の都合を優先するときだ、と死んだ親父も言っていた。
さて、カワウソの棲家は遠い。かなり遠い。二往復すれば文庫本一冊は読み終わる。しかしカワウソに青山辺りまで電車で出て来いとも言えない。そもそも電車賃をもっていない。だから僕が電車に乗って逢いに行く。
カワウソは概して献身的な生き物ではない。むしろ利己的な面が多々目につく。僕がいろいろ苦労して訪ねてもそれが当然という態度だ。一週間或いはそれ以上の期間放っておかれたことの非難ばかり浴びせてくる。わざわざ紀伊国屋で買ってきたマグロの切り身をあげてもこれといった反応もない。だが腹は減っているらしく黙々とたいらげる。その様子はかわいらしくもある。時折やや照れた様子で僕に川魚をくれたりする。まだ鱗がついていて生臭く、とてもそのまま食べれる代物ではないので、僕は礼だけいって丁重に断る。するとカワウソは少し気落ちした様子で、自分の巣穴にそれを放り込む。きっと後で食べるのだろう。
カワウソと一緒のときは、これといってやることもなく、ただ漫然とカワウソの近況を聞いたり、適当にじゃれあったりして時を過ごす。カワウソの近況報告というのはあくまでカワウソ的世界観に基づいた話なので、内容は理解できても共感することは難しい。逆に僕の身の上話をしても相手にとって同じことだろう。だから僕は自分の話はあまりしない。
憂鬱になるのは別れの刻限が近づいた頃だ。カワウソは決まって言葉少なげになり機嫌が悪くなる。そして僕も別れの辛さを共有しているかどうかを執拗に確認してくる。僕は適当に言葉を返しながら、心の中では次の訪問の際に妻にどんな嘘をつこうか思案している。そんな自分に自己嫌悪を感じながら僕は帰路につく。ふと僕にとってカワウソとは一体何なのだろうかなどと自問したりするのだけれど、電車の席に座ると意識はすぐに読みかけの本へと向かい、カワウソを頭の中から締め出す喜びに浸ってしまうのだった。

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