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第30回1000字小説バトル Entry25

MOON

 小さな粉雪が舞っている。
群青色の夜空から月の輝きを浴びながらほのかな光を含んで降り続ける。
 あたしは見上げた顔を来た路に向ける。遠くの静かな街の明かりが闇の中に姿を表してあたしの瞳に焼き付いた。もう戻る事など無いあの街、忘れなければと心の中で唇を噛み締めた。

「みゆきちゃん大丈夫?ほらお客さんのグラスをとって」
ママの細い指が目の前に広げられ綺麗な指先がグラスを示している。
「もうごめんなさいね。新米だから慣れてなくって」
ママにグラスを渡すと水割りを作りながら小太りの客に話し掛ける。
 あたしはあの子の事を考えていた。捨てたのは誰でも無い、あたし自身。

「ねえ、あたしもお酒頂いてもいいかしら」
妙に艶っぽい声に自分でも驚きながら、知らない男に甘えてみせる。それが今のあたし。全てを捨ててきた。昔のあたしを葬り去る為。
「まだ若いんだね〜肌が艶々してる」
小太りの男はあたしの膝から太股を触りながら垂れた目で胸元を見つめ、臭い息があたしの耳元で黄土色に変化していく様に感じた。
だめよと、そう微笑みながらあたしはあの白昼を思いだした。
 義父の荒々しい息遣いとか細い腕があたしの腰を抱え上げ狂気の様に激しく突き上げる。あたしは唇を噛みしめ喘ぎ出す自分を殺した。あたしとあの子を捨てて出て行った貴方を恨みながら。でもあたしも同じ。あの子を捨てて来たわ。貴方の子供を自分の為にだけ……貴方と同じ。

 街にはジングルベルが静かに響き渡り今にも落ちてきそうなお月様があの子を優しく包んでいた。あの子は教会の軒下であたしに最後の微笑みを浮かべ、あたしの未来を優しく見守ってくれる様にあたしを見つめてくれた。

「あれ?泣いてるのか」
小太りの男はあたしの涙に気付き優しく指で拭いながら急に人懐っこい顔をして
「自分に嘘をつくから涙が出るんだよ。お酒の涙はそんなもんさ」
そう言って席を立つと
「ママ、いつもの悪い癖が出たんだね。俺が送るよ……いいかい?」
ママはゆっくり頷くとあたしを見つめて微笑んだ。
「みゆきちゃん、やっぱりここでは雇ってあげられないわ。自分の居場所があるでしょ、そこへ戻るのが一番いいのよ」

 車はあの道を走る。
今夜も月が奇麗に輝いて、教会で別れたあの子を胸に抱締めていた事を思いだしす。
「いまさら……」
小太りの男は振り向くと、そんなことないよと微笑んだ。
 月が涙に滲んでたくさんの光りがあたしの瞳の中に広がっていった。

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