第30回1000字小説バトル Entry5
風邪が治らない。そうはいいながらバイトは休めないし、学校だって行ってる。咳がひどくて、薬局で買った咳止めの薬を2時間おきにティースプーンでひとさじ。それでしばらくは調子いいんだけどバイトに行くとタバコの煙に巻かれて結局振り出し。だから治らないんだ。
布団の中にもぐりながらじっとしてるといろんなことを考える。子供のころは風邪を引くと母親がカルピスで薬を飲ませてくれた。今はハイネケンで風邪薬。どっちもよく眠れるんだけどなんか違ってる気がする。でも、そんな感じ。小さいころから何にも変わってはいないんだと思う。好きなものと嫌いなものは一緒にやってくる。良いことばかりでもなく、悪いことばかりでもない。何かひとつを選べば、他のものを選べない。多分そんなものなんだろう。風邪なんて大して苦しいわけでもないし、別に死ぬわけじゃない。病は気からっていうし、気持ち次第で咳が辛いとか思わなくなるかもしれない。ちょっと待てよ。もしかしたら風邪を引いてないのかもしれない。そういえば体が少し疲れているだけだし、のどだって痛くない。風邪じゃないんだ。咳が痛いだけだ。それだけだ。それだけだ。それだけだ。
気づいたら、外は真っ暗で、部屋の明かりがついていた。
「起きた?」と彼女の声がした。左手で髪を耳にかけながら体温計を僕の口に押し当てた。少し、香水の香りがした。甘い香水の香り。
「ムン」
「気分は?」
「ヴァルブバビヨ」
「咳は?」と時計を見ながら彼女は言った。
「ナダアオンアイ」
「ビールで薬なんか飲むからよ」と、体温計を僕の口から出して、じっとにらんだ。
「熱はないだろ?少し疲れてて、咳がするだけなんだ。大丈夫。風邪じゃないんだよ」
「それを風邪って言うのよ」
「そっか」
と、言いながら彼女の右手を引き寄せた。
「だめよ」といって僕の額に手を当てた。
「キスは風邪が治ってから」
いつだって変わらない。良いことと悪いことは一緒にやってくる。それだけだ。