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第31回1000字小説バトル Entry21

もう1つの世界

真っ暗な中を、ぼくはゆっくりと歩いている。そこには道というものはなく、ぼくは体がうごくがままに進んでいる。遠くから一発の銃声が、人々の笑い声が、教会の鐘の音が、工場の機械たちのさわがしい音がやってくる。音は途切れることなく、歩いているぼくの耳に入ってくる。
 ぼくはゆっくりと歩いている。暗い闇の中を、一人で、足音を立てずに...。歩いている方向のはるか先に、とても大きな灯台が建っているのが見える。灯台があるということは、きっと近くに海があるに違いない。けれどもぼくはそこにたどり着けないだろう。これまでにもぼくは歩く方向のはるか先にいろいろなものを見てきた。自由の女神、光り輝くビルの群れ、闇を光で切り裂く飛行機、電飾でいろどられたピラミッド...。でもぼくはそれらのそばに近寄ることができない。ふと気が付くと、目の前に広がる景色が変わっているのだ。周りを見渡しても、過去に見た景色はどこにもない。かわりに新しい「何か」が目の前に、はるか先の方に現れるだけだ。
 ぼくはゆっくりと歩く。どういうわけか、体は止まるということをしない。いや、止まるということを知らないのかもしれない。体は―ぼくは何のために歩いているのだろう。ここはどこだ。今何時。家はどこ・・・。たくさんの疑問が頭の中に浮かんでくる。次から次へと疑問がやってきて、次第に頭の中がふくらんでくる。どんどんふくらんで、いつ破れてもおかしくない状態だ。耳に犬の遠吠えが入ってきた。「パチン!」とうとう頭の中は破裂し、ぼくの周りにたくさんの疑問が飛び散った。ぼくは飛び散った疑問を踏み歩く。疑問は粉々に砕け散る。
 ぼくはゆっくりと歩いている。暗い闇の中を、一人で、足音をたてずに...。

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