第31回1000字小説バトル Entry23
初対面の女の子と、なにか食べようか、てことになったとき、「牛丼が食べたい」と言われて、びっくりしたことがある。
そのころは、女子高生が吉野家へ行って、「牛丼、つゆだくで」と注文することが、話題になっていた。
彼女の説明によれば、ふだん女の子どうしでは、牛丼屋になんか入れない。
でも、なんだか話題になってるみたいだし、一度食べてみたかったんだそうだ。
「生卵のことはギョクって言うんだよ」
ぼくは、しょうもないことを自慢気に説明した。
牛肉をドンブリの片側に寄せて、ご飯がむきだしになったところに、紅しょうがをどっさりと乗せる。
紅しょうがで、ご飯を少しだけかきこみ、紅しょうががなくなると、生卵をかけて、すすりこむ。
そして、少なくなったごはんを、まだ残っている山盛りの牛肉で食べる。
彼女は、そんな食べかたを、未開人の風習でも見る文化人類学者のように観察していた。
彼女とは、牛丼を食べたり、ラーメンを食べたり、ゲーセンに入って脱衣マージャンをやったり、という感じで遊んだ。
女同士だとできないようなことを、リクエストされることが多かった。
ぼくたちは、男の本音と女の本音の話をよくした。
ぼくと彼女は、ずいぶん仲がよさそうに見えたらしいけど、けっきょく友だち以上にはならなかった。
彼女は、最初から、友だちモードに持ちこもう、としていたのかもしれない。
そして、ぼくから吸収できるものはすべて吸収していったのだ。
その後、彼女は、就職して一年目のときに、社内でもっとも人気の高い男をゲットして、結婚退職した。
彼女なら、きっと、うまくやるだろう。
ぼくは牛丼を食べるたびに、彼女のことを思いだした。
デフレになって、牛丼が280円になってからは、週に一回は食べるようになり、彼女のことを、よく思いだすようになった。