←前 次→

第31回1000字小説バトル Entry24

車を買おう

 車検が来月に迫っている。今の車はもう五年も乗っているから、そろそろ買い換えたいと思った。免許取りたての頃、ぶつけてもいいやという気持ちで、中古の安い軽自動車を買った。さすがに十万キロ乗れば、こいつも満足だろう。思えば、こいつにはよく泣かされた。エンジンのかかりは悪いし、エアコンは壊れている、カーステは音とびする、ひどいもんだ。
 俺は、とりあえず雑誌に目を通し、前から欲しかったミニバンを選んだ。「競合させて安く買いましょう」どれも同じ文句が並べられていた。俺はA社とB社に絞込み、さっそく見積もりを出してもらうことにした。
 まずA社に行った。「うちは値引きありませんよ」強気な態度だった。いわゆるワンプライスってやつだ。ここからが腕の見せ所と思い、交渉を開始した。B社の見積もりを強調しながら交渉すれば、ちょうど決算期でもあるから、結構いけるのではないかと期待していた。
 すると、担当者はそんなの屁でもないという顔で、得意気に答えた。
「うちのは、生産が追いつかないほどでしてね。申し訳ありませんが、ご期待に添えないようです」
 パンフレットと名刺を渡し、用事があるからと退席してしまう。受付嬢がまさにコーヒーを出そうとする時である。「ごゆっくり」と言われたので、その通り最後まで飲み干した。その後、試乗もしてやった。
 次にB社を訪れた。
「うちは値引きとかありません。この価格です」
 車種を告げただけで、そう言われた。俺が希望するB社の売れ筋商品は、A社と同じように納車二ヶ月待ちだそうだ。競合もなにもあったものじゃない。始めから門前払いだ。俺は、担当者が笑顔で解説してくるのを、ただ頷きながら聞いていた。その顔に騙されそうになったが、知らぬ間にグレードの高い装備に変えられていて、とんでもない金額になっていた。慌てて保留にする。それでも笑顔の担当者が、何だか怖かった。
 思い描いていたものと、どうも様子が違うようだ。雑誌に載っている成功者の美談はいったい何だろう。たまたまニュースを見たら、他業種が不況にもかかわらず、自動車販売は好調だという。何てタイミングが悪いのだろう。俺ならばうまく値切れると思っている全国の同志を、ふと哀れに思った。
 さて、実際に俺は何を買ったかというと……。前と同じ型の軽を買った。よく考えたら、車庫に入らなかったのだ。俺は、こいつを乗り潰してやると、固く固く心に誓った。

←前 次→

QBOOKS