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第31回1000字小説バトル Entry30

眠れぬ夜

眠れない夜だった。
身体は疲れて重いのに、頭は働いていた。
何度も寝返りを打つのだけれど、どうやら私の目はまだ夢の世界を見たくないらしい。
無理矢理目を閉じようとすると、瞼の上がきりっと痛んだ。
まるで誰かに瞼の上を引っ張られ、目をつぶるのを妨げられているかの様。
諦めた私はベッドから起き上がって、スタンドに手を伸ばした。
オレンジ色の光が、闇に慣れた私の目を眩しく照らした。
目覚まし時計は8:00にセットしてあり、甲高い音が鳴り響くまであと6時間。
窓を開けると、微かに冬のにおいを含んだ冷たい夜風が部屋に舞い込んできた。
タバコに火をつけると、先っぽの灰がその風に吹かれて赤々と染まった。

苦い煙を一気に吸い込んでは吐き出す。
タバコというのはある種の覚醒作用があると思う。
苦い煙が全身を支配して、身体中のあらゆる神経を刺激するのだ。
おかげですっかり目が覚めてしまった。
眠れぬ夜を過ごすのは今日が初めてではない。
眠れないには眠れないなりに、それなりの理由があるものだ。
それなら無駄な抵抗はやめて諦めた方がいい。

草木も眠る丑三つ時。
そこ言葉通り、辺りは昼間の騒がしさを忘れさせるほどに静まり返っていた。
車のエンジン音も、人の話し声も、近所の犬が吠える音も聞こえない。
ダークな雲が半分の月を隠し、唯一電灯の明かりが辺りを薄暗く照らしていた。
こんな夜は嫌いではない。

私の五感すべてを通り抜け、その声は頭へと響く。

「もう会わない方がいい」

1週間前のことだった。
いつもの待ち合わせの喫茶店で言った私の言葉。
彼は何も言わずコーヒーを啜った。
そして一言。

「わかった」

そしてゆっくりと立ち上がり私のもとを去って行った。

こうなることはもう随分前からわかっていたことなのだ。
2人の距離が少しずつ広がって、気づいた時には私の視界に彼はいなかった。
きっと彼もそれを感じていたのだろう。
だから反論することもなく、私の言葉に従ったのだ。
辛くはなかった。
気持ちが離れたなら、別れは当然のことだ。
先が見えないまま進むことはできない。
でも私はどこかで期待していたのかもしれない。
別れを拒む彼を。

気が付くと私を取り巻くすべてのものが泣いていた。
そして私も泣いていた。
すべては過去なのだ。
彼を愛した現実も、彼が残さなかった傷跡も。
それが悲しいのだ。

すっかり短くなったタバコを灰皿に押し付け、またもう1本取り出して火をつける。
今夜はやはり眠れそうにない。

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