第31回1000字小説バトル Entry34
強い雨と風が叩きつける丘の上の小さな家。
食事の用意をしながらおじいさんの帰りを待つ。
おばあさんの姿を揺れるランプがぼんやり照らす。
「ばあさん大変だ。じいさんが川で怪我をした」
帰ってきたおじいさんは動かない。
村長のところの息子兄弟に両肩を支えられたまま。
その後ろで小さな女の子が母親にしがみついて泣いている。
みんながみんなずぶ濡れのまま。
おばあさんがタオルを配る。
「誰かおじいさんの体を拭いてやってくれんかね」
村長の息子たちがベッドに横たわるおじいさんの体を拭くと、
そのタオルが赤く染まった。
若い命の代わりに受けたおじいさんの傷は
あまりにも深い。
「川辺に土嚢をつんどるときに、じいさんが女の子が川に落ちたのに気付いて飛び込んだんだ。あっという間に捕まえて川岸へ戻って来たが、もう少しのところで流木が襲ってきて…」
誰も何も言えない。
重い空気の中で女の子の泣き声だけが時を刻む。
「なにか、腹が減ったな」
唐突に誰かが口を開いた。
それはおじいさんだった。
元気そうな声とは裏腹に体が震え顔に血の気はない。
皆の驚きが悲しみへと変わる。
「はいはい、大好物のスープが出来てますからね」
答えたのはおばあさん。
今まで何度も答えたのと
きっと同じ言葉で。
「おお、あのスープがあるのか。こいつはうれしい。そうだ、沈んだ顔で寒そうにしているこの連中にも出しておやり」
いくつもの涙が床に落ちる。
「ごめんなさい。っく、おじいちゃん、ごめんなさい」
「これこれ、いつまでも泣いとるんじゃない」
そう言うおじいさんにおばあさんはスープを差し出す。
女の子にも、それから皆に。
「うまい、最高じゃ。ほれ、泣いてないでちょっと食べてみろ」
そう促すおじいさんに、女の子はスープに口を付けた。
それは美味しいスープだった。
女の子の涙が止まった。
皆が口を付けた。
その美味しさに誰の顔からも思わず悲しみが消えた。
「もう泣くことはない。それよりこのスープは美味しいかい?」
女の子が小さく頷く。
「そうか。美味しいと思えるのは、生きている喜びの一つだ。わしの為に泣いてくれるのは嬉しいが、一つわしのお願いを聞いておくれ。いいかい、後からおばあさんに作り方を習って、この美味しいスープをいつか困っている誰かの為に作っておやり。きっとその涙を止めるだろうから」
皆の涙が止まった後
一人だけ一粒の涙を流したおばあさんに
唇だけで何かを言うと
おじいさんは目を閉じた。