第31回1000字小説バトル Entry35
僕は死体だ。名前はもう無い。冷たい床に横たわっている。本当はもう生体ではないから、熱いも冷たいも感じないはずだが、長年生きてきた余韻のようなもので、かなりのところを感じる。
しかし、生前の記憶といったような確かなものは先ほど霊が、その他資料と一緒に取りまとめて持っていってしまった。つまり、停電時の電化製品のようなもので、自発的に動いたり、確かなところを感じたりすることはもう出来ない。
それぞれの事情によって異なるが、死体でいる期間は二、三日から長くて一週間くらいのものだ。死体はその儚さが美しい。雪山の遭難やひとり暮しのご老人等の場合は、かなり長い間死体でいなくちゃならないし、木乃伊になんかされた日にゃあ、生きてる時間の何十倍も死体でい続けなくちゃならない。考えただけでも気が遠くなる。
死体といえども無機物に違いないから、他の物質、例えば岩石とか紙片とかと比較すると、その物質であり続ける期間は極端に短い。しかし、まっとうな物質にはそれなりの心構えがあり、性根を据えて物質であり続けているので、比較にはならない。そういった意味では、煙と灰になり、土に返ったとしても物質であり続けるという論理も成立する。
とにかく、死体には何もできないし、ちょっと外出するのでも人様の手を煩わすし、見た目も悪いし、疎んじられるので、やはり一週間前後で本当に死んだことを認識してもらって、別れの儀式を済ませてもらって、消滅する方がよさそうだ。
などと考えていると、どうも周りが騒がしい。パチ、ガシャガシャ。どうやら写真を撮っているようだ。男達が寄ってたかって、写真の次はテープで輪郭を印している。白い手袋でやたらに触られて、白い粉までかけられた。どうやら僕は他殺体のようだ。少なくとも変死体には違いない。これは少々厄介なことになった。騒動が収まると僕は白い布を被せられ、担架で運ばれた。そして車で。
生体の時には体験したこともないような手荒な手法で手術を受け、お腹の中に防腐剤と新聞紙が詰められた後は、静かで冷たい霊安室に納まった。顔から胴から二十数ヶ所メッタ突きだったと漏れ聞いた。きっと怨恨の線だろう。
それからずっと時間がたって、僕はまだ死体のままだ。死体としてはベテランになり、立派な名前もつけられた。「身元不明刺殺体・発見場所都内某所」杓子定規で長い名前だが気に入っている。捜査本部も今月末で解散だ。