第32回1000字小説バトル Entry14
気付くとそこは2−Cの教室だった。
妙に静かだ。僕は不安に駆られ、教室から走り出た。自分の足音が、喘ぐ声が、突き抜けるようだ。
学校を出た僕は、おぼろな記憶を頼りに街を徘徊する。そのうちに僕は、二つの問題点に気付かされた。
一つ。僕の記憶から、具体的なものが抜け落ちている。
教室で不安に駆られた理由がわからず、それより自分の記憶をまさぐって行くと、自分の名前すら覚えていないことに気付いた。何となく、又は突発的に記憶が目覚めることはあっても、自分からは掘り下げられないようである。
そして、もう一つ。街並みに人の姿が見られない。
適当な民家へと忍び込んでみるが、そこには生活の気配が生きているのみだった。砂嵐を映し続けるTVの前に、御飯の入った茶碗と箸が転がっていた。取り敢えずTVの電源を消した僕は、脱力し、その場へと座り込んだ。
自分の中に浮かんだ突拍子もない考えを振り払う気力もなく、僕は成す術なく確信した。
ここは破滅した世界だ。
スーパーの自動ドアを手動で開く。
始まりの日から一週間が過ぎようとしている。既に電力供給が途切れたようで、暇潰しのビデオも見られなくなってしまった。
あの家をねぐらに決め一週間住んで来たが、食料補給が面倒だ。スーパーに住んでやろうかとも思ったが、腐った生野菜の臭いには耐えられない。
一月が過ぎ、冬を迎えた。窓の外に粉雪がちらついている。
そんな折、僕は風邪を引いた。家の中を漁ったが、薬の買い置きはない。外へ出て行けば、のたれ死ぬのは確実のように思われた。
薬が欲しい。薬が欲しい。薬が欲しい。
そう願うと、僕の手の中に風邪薬が現れた。熱で朦朧としていた僕は、それを不自然なこととは思わなかった。
翌日、風邪は完治した。
願っただけで、何でも出てくる。そのことに気付いた僕は、まず好物の炒飯を出した。火を通した食べ物は久しぶりだった。
次に大量の札束を出し、最後に人間を出した。数十億人の人間を。
意外な程円滑に、社会は動き始めた。
「原因はいじめだっ「息子は目覚めないじゃあり「引きこも「訴える「無理に電源を切ると人格が崩「雅紀。雅紀。雅「慰謝料を
またあの妙な夢だ。
僕は、隣で寝ている恋人に気遣いながら、ベッドから身を起こす。
人間を出した後、僕からはあの万能の能力は消え去った。僕は社会に溶けるように馴染み、今では恋人までいる。
この幸せはいつまで続くのだろう。
恐らくはコンセントが抜かれるまで。