第32回1000字小説バトル Entry15
フロリダに住む叔母から3年ぶりの手紙。
「今年はフロリダの白熊年にあったっていて、いまフロリダにくると世界中の珍しい白熊を見ることができるよ」。
小さな頃から白熊に目のない私はさっそく渡航に向けた準備をはじめる。パスポートを新たに作り直し、コートを新調し、日常会話辞典を購入する。父と母と一人の妹には適当な言い訳をひねり出した。叔母は12の春に家族の反対を押し切って単身フランスに移住。以後家族内で彼女のことはタブー視されている。そんな彼女がなぜフロリダに居を構えることになったかについては、これまた長い長いエピソードがあるのだが別の話に譲りたい。
「近頃どうやら関西のほうでまた大きな地震があったらしいね。いや、政府の陰謀で表立っちゃいないみたいだけどね。今度もまた大勢死んだらしくてさ」。それで半年ほど関西方面に慈善活動に赴くというわけだ。巧妙かつ完璧。昔からなにかこういった方面で自分というものをいかした職にありつけないかと思っていたが、どうやらなにか道が開けてきた気がする。
空港に降り立ち、武者震いの一つもしながらコーヒーを飲んでいると、アナウンス。
「本日、14時38分発、エアーアメリカン航空367便は、宇宙人襲来により、金星に空路を変更いたします。」
パニックが空港を襲う。蛸の化け物のような金星人たちが新型の光線中を突きつけて、あたりを徘徊する。私と数百名の乗客たちは、仕方なく金星ゆきの飛行機に乗り込む。
「白熊が見たかったんだけどね」
気持ちはわかるけどどうしようもないんだよね、というように金星人は頭を2・3度横に振り、私の横に座った。もはや誰も彼もが観念し、新たに自らに訪れた事態を、悲劇ではなく幸福の一変形として捉えなおそうと努力を始めている。まあ、それもいいんじゃない。僕は隣の金星人に話し掛けた。金星には金星の白熊がいるんだろ? それで我慢するさ。
大きく頷いて、金星人は彼らの星のドストエフスキーがかいた、彼らの星の「カラマーゾフの兄弟」を読み始めた。
私が、来るべき宇宙時代への第一歩を踏み出したその年、フロリダでは白熊に強姦された女性が10万人を突破。政府は仕方なく、白熊の射殺を命じた。
その年は、悲しみの時代の始まりでもあった。